「ダイバージョナルセラピー 実践発表全国大会」レポート
~その方らしさを取り戻してもらうための一つの方法

[2019/4/1 00:00]

〈ダイバージョナルセラピーワーカー〉の実践を発表する

2019年3月17日に順天堂大学にて、「第2回 ダイバージョナルセラピー実践発表全国大会2019」が開かれました。

〈ダイバージョナルセラピー〉(DT)とは、心身の活動が低下した方々に、再びその方らしさを取り戻し、活き活きとした生活を支援する専門療法です。

一人ひとりの個性や嗜好に合わせたさまざまな活動により、個人が本来持っている〈楽しさ〉や〈幸福感〉を引き出します。そして、自らの存在感と自信を取り戻せるよう、〈ダイバージョナルセラピーワーカー〉(DTW)という資格を持った人がサポートします。

このイベントには、DTに興味のある方々が、全国各地から集まりました。その活気に満ちた内容の一端を、お届けします。

健康は、人々が生活する場で創られている

「〈かわいい〉は、人間の生きる力や存在を支えてくれる」と、島内氏

イベントは、順天堂大学国際教養学部副学部長・特任教授であり、日本ダイバージョナルセラピー協会副理事長でもある、島内憲夫氏の基調講演から始まりました。

テーマは、『WHOヘルスプロモーション~愛と夢を育む健康な社会づくりを目指して』です。

「医療や介護の業界のみならず、最近は建設会社もヘルスプロモーションについて勉強しようとしています。皆さんも人としてまたDTWとして、ヘルスプロモーションを考えていただきたいです」と島内氏は言いました。

「ヘルスプロモーション」とは、WHOが1986年のオタワ憲章で示した21世紀の健康戦略です。

さらに2005年のバンコク憲章を経て「人々が自らの健康とその決定要因をコントロールし、改善することができるようにするプロセスである」と定義されました。

またWHOシニア・アドバイザーのイローナ・キックブッシュ博士は、「オタワ憲章での健康は医師や薬によって創られるのではなく、人々が生活する場で創られている」と語っています。つまり学校や職場、家庭や街で、健康は創られているということです。

「地域の人が大事」と言う人は少ない

「大切な人を、想像してください」と言った島内氏は、少し時間を空けた後で、こう続けました。

「家族や恋人、友人や同僚を想像した人が多いと思います。自分の街の人を浮かべた人はいますか。残念ながら『地域の人が大事』とは、誰も言わないのです」。

世界の人々の中には「愛だけが、健康で幸せな社会をつくる」と言う方も少なくありません。日本では〈慈愛〉でしょうか。

「DTWの皆さんの心の中に愛があるからこそ、素敵なケアができると想像できるわけです」と島内氏はそう言いました。

愛には、距離感が欠かせません。

近しい人との心理的な距離を例えた『ヤマアラシのジレンマ』という寓話があります。

寒い日が続くのでヤマアラシのつがいが抱き合いますが、互いのトゲで相手を傷つけるのです。何回も抱き合ったり、離れたりする中、お互いを傷つけないちょうどいい距離を取れるようになるという話を、島内氏は挙げました。

「夫や妻、子どもたち、そして友人や同僚、地域の人たち。ちょうど良い距離を取れるようになれば、幸せな生き方ができるでしょう。しかしながらこれには、感性(五感)が必要なのです」(島内氏)。

“前向きに生きられること"が健康の照準に

島内氏は、〈健康〉の考え方が変わってきているとも言います。

これまでは、〈健康〉という言葉は「心身ともに健やかなこと」や「心も体も人間関係も、うまくいっていること」を指していました。しかし、今は「何事にも前向きに生きられること」にも注目が集まっていると島内氏は言います。

東日本大震災までは、「前向きに生きられること」を健康だと考える人はあまりいなかったのです。健康は、年齢的な変化をするだけでなく、歴史・社会的な変化をすることを理解する必要があります。これは、今後の〈健康〉の課題だといえます。

「21世紀は心の時代だといえます。前向きに生きるための戦略を考えなくてはならない時代が来ているのです。それも愛がベースですから、DTWの皆さんの活躍の場はますます広がっていくことでしょう」(島内氏)。

マカオでも好評だったドールセラピー

「『たあたん』を抱いてニコッと笑うと、相手も笑います。それで通じるのです」と、芹澤氏

続いて、日本ダイバージョナルセラピー協会理事長の芹澤隆子氏が話し始めました。

ある日、芹澤氏のもとに、マカオから講演依頼が舞い込んできたといいます。マカオは、ポルトガルに統治されていた中国の特別行政区。人口は約60万人の都市です。

「マカオの高齢者福祉では、ドールセラピー(人形療法)が注目を浴びています。きっかけは、2018年の4月の大阪で行われた『バリアフリー展』でした」。

このイベントで、芹澤氏は、フランスベッドの製品である『(泣き笑い) たあたん』という人形を抱いて〈ドールセラピー〉の説明をしていました。

会場にも置かれていた、話題の『たあたん』。来場者も抱っこを体験

〈ドールセラピー〉とは、本物のような感触の赤ちゃん人形を介して、愛する対象を見出し、創造性や感性を蘇らせる心理療法です。

来場したマカオの方が芹澤氏の話すドールセラピーに、興味を持ったのでしょう。2019年3月9日から3日間行なわれたマカオの『高齢者EXPO』に芹澤氏を招聘しました。

芹澤氏は、マカオの方がドールセラピーをどのように解釈したのか気になっていたと言います。

「『高齢者EXPO』のチラシには、〈娃娃(わわ)治療〉とありました。実は〈娃娃〉は、人形のことではありません。“かわいくて愛おしい"という意味です」。

〈人形療法〉という言葉よりも、むしろ治療の本質をよく理解していると芹澤氏は言います。またチラシには、〈康楽〉という文字も書かれていました。〈康楽〉は、DTを指します。

「これも的確だと思いました。この2つの文字で、DTは“健康と人生を楽しむこと" だと解釈できます。チラシを見て、私は改めて教えられた思いがしたのです」(芹澤氏)。

そして、実際に訪問した施設での職員のドールセラピーへの工夫を紹介しました。また、「利用者自身に自然に受け入れられている様子を目の当たりにした」と芹澤氏は話したのです。

施設での交流を生むセラピードール

午後からは、13組のDTWの方々の実践発表でした。ここでは2組の発表を、ご紹介します。

まずは、『ミミちゃんがくれたもの~セラピードール『たあたん』活用事例報告~』。介護付き有料老人ホームせんり(有限会社おいらーく)本間圭介氏の発表です。

Bさん90歳(要介護2・認知症自立度IIb)は難聴で、居室で一人過ごすことが多い方。娘が体調不良で入院し、大切にしていたお守りを紛失したことなどが重なり、不安や不信感を抱えていました。それでBさんに、ドールセラピーを試みるようにしたようです。

「『たあたん』には、『ミミちゃん』という名前を新たにつけました。当初は、ご入居の皆さんが盛り上がっていても、Bさんは『ミミちゃん』のことだけしか見ていません。やがて、「かわいい赤ちゃんだね」と他の入居者から話しかけられ、Bさんとの交流が広がっていきました」と本間氏は言います。

Bさんと『ミミちゃん』に対し、「せっかく『ミミちゃん』がいるんだから、遊んであげようよ」と言うご入居者もいらっしゃいました。徐々に二人を囲む方々が増え、『ミミちゃん』を中心に過ごすようになったそうです。

「次第に寒い季節になりました。『ミミちゃんが寒そうでかわいそうだから』と言って『ミミちゃん』にマフラーを作るようになりました。『私たちみんなでつくれば早いよね』と言い、3~4名が編み物をはじめるようになったのです」(本間氏)。

『ミミちゃん』 のおかげで、Bさんは笑顔になることも増えたと言います。居室に戻ると、「『ミミちゃん』ただいま! いつもかわいいね」という会話からはじまるそうです。

フランスベッドから販売されている『(泣き笑い)たあたん』

DTは本人の生きがいのみならず、グリーフケアにも寄与

続いて『生きがいみ~つけた 透析クリニックでのDTの取り組み』と題して、仁誠会クリニック光の森(医療法人社団仁誠会)の赤澤千鶴氏の発表です。

仁誠会は熊本県にあり、透析を中心とするクリニックと介護施設、保育園を運営しています。熊本県は全国の中でも、透析患者数の多い県です。

県内には6,000名以上の患者がおり、仁誠会ではその1割にあたる600名の透析患者を、5つのクリニックで治療しています。

「仁誠会では楽しく生きることをお手伝いするために、『生きがいプラン』を作成しています。『生きがいプラン』とは、患者の楽しみや生きがいに着目した透析看護プラン。その人らしい楽しさや生きがい支援に、活用しています」と赤澤氏は言います。

その『生きがいプラン』を活かし、それぞれのクリニックでDTWが楽しみながらDTを行なっています。

また仁誠会では年間行事に、DTを積極的に取り入れています。特筆すべきはその行事に、患者や入居者一人にスポットを当てることです。

男性Tさん(73歳)は、週3回の透析治療を8年続けています。「楽しみは、何もなか」と言い、透析の日以外は自宅で過ごす毎日。合併症もあり透析導入後は、「迷惑をかけたくない」と言い、外出も減ったそうです。担当の看護師からは、「生きがいが見つからない」と赤澤氏に相談をしたとのこと。

「私生活を確認すると、コーヒーが好きなことがわかりました。そこで夏祭りにコーヒー店を出すことを提案したのです。しかしTさんは、「無理だよ。俺にはできない」と即座に断わりました。

ところがある日、Tさんは奥様と、コーヒー店へ行ったことをうれしそうに話していたのです。チャンスだと思いました」(赤澤氏)。

それで再度Tさんに、コーヒー店を打診。快諾が得られ、押入れに眠っていたコーヒーミルを出し、コーヒー豆を取り寄せました。また、コーヒーに添えるお菓子選びや職員への試食会、当日の服装選びなどを奥様とともに準備したのです。

「スタッフの関わりの中で、本人のやる気が芽生えたように感じました。夫婦で人生を楽しむことができたのではないでしょうか。また、Tさんの社会との交流の場にもなったのです」(赤澤氏)。

Tさんは、仁誠会の行事でコーヒーを出し続けました。その後動脈瘤の手術を決断したものの、術後の経過が思わしくなく、昨年6月にTさんは帰らぬ人となったのです。

死亡の連絡をいただいた電話口で奥様は、「偲ぶ会として、夏祭りに最後のコーヒー店をやりたいと思っている」と切望。親族を失う喪失感から立ち直らせる、グリーフケアにもなったと言います。

「Tさんの生きがい支援は、夫婦の絆がさらに深まり、Tさん家族と仁誠会との絆をもたらしました」(赤澤氏)。

人生の楽しみ方は、一人ひとり異なります。個人がどんなことに喜びを見出すのか、生きがいに繋がっていくのかを考えることから、DTは始まります。心を理解し、ともに寄り添いつつ、そのプロセスをいっしょに楽しむDTWは、今後より一層求められる存在になるでしょう。

喜びや楽しさから、前向きに生きる力を

〈ダイバージョナルセラピー〉という言葉は、一般になじみがないかもしれません。

また、特定の方法論に従うというよりは、一人ひとりに寄り添うものです。そして本人が望むこと、喜びや楽しさを導き出すことだといえます。それには相手を知り、理解しなくてはなりません。
つまり〈ダイバージョナルセラピー〉は、〈健康〉と〈愛〉を入口として、心身が弱った人の活動を支えるための方法論です。

ただもっと多くの人に、〈ダイバージョナルセラピー〉という専門療法の存在を知ってもらうことが大切だといえるでしょう。それにより支援を受ける人も、支援する側の人も幸せになるだろうと確信できたイベントでした。

[今村光希]