旦木瑞穂の終活百景 第二景『石匠庵神レムジア』(後編)

[2016/5/20 00:00]

『石匠庵神レムジア』(前編)

『旦木瑞穂の終活百景』第2回目は、香川県高松市に誕生して7年を迎えるローカルヒーロー『石匠庵神レムジア』を紹介しています。

今回は後編です。『レムジア』の成り立ちを語った前編も併せてお読みください。

『石匠庵神レムジア』の役割と目的

夜間の公演も行う『レムジア』

『石匠庵神レムジア』は、「日本人のお墓に対する意識の変化=墓離れ」という問題をほんの少しでも解消できたら。というコンセプトのもと、誕生しました。

メインターゲットを子どもたちに設定し、子どもたちの中に、「お墓参りに行こう」という気持ちが芽生えてくれたら。という思いで、活動してきました。

レムジアを作って来たアートディレクターの、よしおかりつこさんは次のように語ります。

「私は子どものころ祖母と一緒にいることが多く、『お墓にお化けなんていない。大事な祖先が可愛い孫に悪さするわけがない』ということを聞かされてきました。お墓って不気味なイメージがありますよね。怖いところっていう。だからお墓に対する認識を多少でもいいから変えてもらえたらと思って。ヒーローだと楽しく伝えられるじゃないですか。学校で習うんじゃなくて、おばあちゃんの話を聞くような感覚で、なんとなく気づいてくれたらと思って続けてきました」と言います。

「大きな流れを生みたいとか、みんながまたお墓を作るようにしていきたいとか、社会を変えたいとは思わない。何か少し動きが変わってくれれば」と言います。石工さんや同じ業界の人たちに対しても、啓蒙していくべき方向性みたいなものを伝えられればと考えています。

製作途中のマスク

「プロモーションとかマーケティングみたいに、今出したものがすぐに効果が出るっていうわけにはいかないでしょうけど、子どもたちに伝えたいと思うことを、自分たちのできる範囲の中でやってきたっていう感じですね」

『石匠庵神レムジア』は、「家族を大切に思う心」「先祖に手を合わせ感謝する心」そしてその先にある「命を大切にし、自分に誇りを持つ心」を伝えると同時に、庵治町と牟礼町の石工の歴史や仕事についても、ストーリーに取り入れ、配布するパンフレットの中でも紹介しています。

庵治石は丈夫で美しい貴重な石で、昔から城壁や墓石に使われてきました。中でも、大切な人を偲ぶために作るお墓には、欠けたり壊れたりせず、色ムラのない最高の庵治石を選んで墓石に仕立ててきました。

せっかく苦労して切り出した石も、黒玉と呼ばれる黒い結晶や白玉と呼ばれる白い結晶の塊があると、割れやすく見た目も良くないため使えません。

加工や細工の途中で欠けたり、黒玉や白玉が出ることもあるそうです。そんな石工の仕事の厳しさや技術の高さを、よしおかさんが実際に取材し、子どもが読んでも分かりやすいようにパンフレットにまとめ、公演の際に配布しています。

レムジアの衣装も手作りだ

『石匠庵神レムジア』の活躍と効果

『石匠庵神レムジア』は、最初の公演から丸5年が経ちました。

これまで主に、高松市で毎年行なわれる、全国の石屋さんが出店するイベントや、小学校などで公演をしてきました。

学校での公演

今では、高松市の子どもたちは『レムジア』が大好きで、重ねた積み木をお墓に見立てて、お墓まいりごっこをしている子どももいるのだとか。

『レムジア』のシナリオは、子どもには少し難しいような印象を受けますが、子どもたちにはちゃんと伝わっているようです。

「ヒーローショーをするようになって、子どものすごさに気づきました。子どもってきっと生きてる人も死んでる人も差がないんですよね。垣根がないんです。わからなくても、感覚で理解するんです。わざわざ頭で考えて、難しくしているのは大人の方なんだなって気づきました」

よしおかさんは、母校の小学校でショーをしたとき、低学年の子でも「おばあちゃんに会いたくなった」「家族を大事にしたいと思った」など、趣旨を理解して感想を書いてくれたことに感動しました。

「イメージモチーフがおじいちゃんおばあちゃん、お父さんだったので、今時のお母さんみたいに、膝ついて目線合わせて教え諭すんじゃなくて『背中を見てついてこい!』みたいにしよう、子どもに媚びないヒーローにしよう!って決めたんです。手とり足とり教えるんじゃなくて『分からないなら分かれ』みたいな。子どもって憧れて『カッコイイ!』って思ったら、ついてくるんですよね。いつも置いてかれちゃうけど、でもカッコイイからついていきたい…て思わせるようなヒーローも必要だと思うんです」

『レムジア』は本物の石工さんが演じているので、石に対する思い入れが表現できる

最初は、石工さんたちに「このシナリオ難しくないですか」「大丈夫ですか」と心配されたこともありました。でもよしおかさんは「いいんです! 石工さんは職人なので、やっぱり男らしさとか、ちょっと古風な『技は見て盗め!』みたいな空気感を活かしたいんです」と言って推し進めました。

「石工さんたちもさすがに最近は、若い子にあんまり厳しくすると続かないので、噛み砕いて丁寧に教えているらしいんですけどね。もともとは厳しい職人の世界の人たちなので、上を立てて、下には厳しくするんだけど、しっかり守ってあげて…みたいな、人に対する気遣いが徹底してる。そういう世界を守りたいと思って、あえて簡単なストーリーにはしませんでした」

だからよしおかさんは、石工さん以外の人から「『レムジア』で演技をやりたい」と申し出があっても断っています。本物の石工さんだからこそ出せる「カッコ良さ」が子どもたちを惹きつけるのかもしれません。

こういったしぐさもポーズではなく、実際に作業している

香川県高松市の石工事情

香川県のお墓離れは、都心部と比べればまだそこまで深刻ではないようです。

ただ、庵治石は高級な石材なので、田舎より都心部で売れる傾向にあります。しかし都心部ではお墓離れが進んでおり、お墓を立てたい人がいても土地がなく、需要は減る一方です。

「お墓を立てて当然という時代は終わったんですよね。先祖代々の墓はあるし、守っていくだけで、新たに立てる人はごく少数です。だから庵治町・牟礼町でも、やめてしまった石工さんが少なくありません。福島の方で『石屋が生きていけなくなったのは、墓屋になってしまったからだ』と言った方がいますが、本当にそうです。お墓だけでは生きていけません。石屋さんに戻って、お墓以外のことも大事にしないといけません」

よしおかさんは『レムジア』の関係で、たくさんの石工さんたちと出会ってきました。庵治町・牟礼町の歴史や石の勉強を重ね、ずいぶん石に詳しくなりました。

「お墓の啓蒙ってあんまりしてこなかったように思うんです。しなくてもお客さんがいたから。でも、例えば暮らし方の提案をする住宅メーカーや建築家みたいに、お墓づくりも石材屋さんや石工さんが提案をしていった方がいいと思うんです。決まり切ったものじゃなくて、お墓の表現だっていろいろできます。みんな今、狭い範囲で考えてるように思うんです」

おばあちゃんと一緒に暮らしてきたよしおかさんは、お墓が身近で、大切な存在でした。でも、『レムジア』を始める前は、「お墓ってみんなグレーでどれも一緒」という印象だったと言います。『レムジア』がスタートして、たくさんの石工さんたちに出会って、石について深く学ぶうちに、石工さんたちの力になりたいと思うようになりました。

「石を切り出す丁場(ちょうば)の撮影に行ったとき、夕方の景色がすごくきれいで言葉を失いました。夕陽が当たると出土した面に全部日が当たって、大地が黄金みたいに輝くんです」

夕陽を受けて輝く丁場

心が揺さぶられたり、楽しいと思えることがないと自発的に掘り下げようとはしませんし、深く関わろうとは思えません。よしおかさんの口調からは、石工さんや石のことが好きでたまらない様子が伝わってきます。

庵治町・牟礼町の丁場では、自然の恵みへの感謝と環境へ充分な配慮をしながら、採掘が行なわれています。

代々丁場を守り続けてきた丁場主さんが、長期にわたり安定して供給できる体制をとり、市場に出回る量を把握し、値崩れしないようブランドを守り、品質に関しても厳しくチェックしています。

そうした人たちの弛まぬ努力のおかげで、庵治石の品質とブランドが維持されているのです。

『石匠庵神レムジア』が最終章を迎える理由

今年9月の公演で最終章を迎える『石匠庵神レムジア』。

始めてから7年が経過して、メンバーが会社を継いで責任のある立場になったり、地元の理事会に入ったりして、忙しくなったことが主な理由だといいます。

「永遠に続けることはできません。でもちょっとずつ縮小して、いつの間にか消えてしまう…。そんなことになって、子どもたちをがっかりさせたくないんです。だったら、きちっと最終回の話を作ってあげて、子どもたちに『終わったんだな』って分かるようにしたいと思っています。ただ、『もしかしたらまた、どこかで会えるかもしれないね』っていう終わり方にすることで、私たち自身がもう一度、どういう活動をしていくかを考える時間を作ってもいいかなと思っています」

と、言うことは、もう二度と『レムジア』に会えなくなるわけじゃないということでしょうか。

「未練タラタラなんです。本当は」

よしおかさんはいたずらっぽく笑います。

よしおかさんをはじめ、『レムジア』に関わる石工さんたちは、全員ボランティアで活動しています。よしおかさんは市内でデザイン事務所を経営し、石工さんたちは香川県伝統工芸士の認定や、一級技能士の資格を持つ職人です。

「ボランティアでデザインもして、シナリオも作って、ショーの練習も見られる人って、探そうと思ってもなかなかいませんよね。私は石工さんの世界が好きになっちゃったのでできますが、『私と同じだけ夢中になって』と言ってなれるものじゃないです。だから、1回閉じて、きちっとじっくりこの先を考えた方がいいと思ったんです。もしかしたら復活もあるかもしれません。どちらにせよ、中途半端にはしたくないんです」

確かに、かけてきた愛情や熱意の分だけ、真剣に向き合う時間が必要だと思います。

『石匠庵神レムジア』とよしおかさんの新たな取り組み

よしおかさんは、2003年にデザイン制作会社から独立し、フリーランスとして活動をスタート。2016年3月にritsuto design合同会社を立ち上げました。

現在は、企業の展示会からホームページデザイン、ロゴマーク制作、製品開発など、総合的なアートディレクターとして活動する傍ら、地元の専門学校 穴吹カレッジで非常勤講師も務めています。

物心ついた時から絵だけは本当に好きな子どもで、高松工芸高等学校の美術科を経て、広島市立大学芸術学部を卒業。

アートの世界に挑戦して、美術館などに作品を展示してもらっていたこともありましたが、自己表現よりも、人の喜ぶ顔を見る方が満足度が高いことに気づき、デザインの道に進むことにしました。

「人と会って、一緒に仕事をして、人の思いを形にできるようになりたくて、現在もまだまだ勉強中です」
と明るく笑います。

和を感じさせる装飾が細かい

今後の目標や将来の夢についてたずねました。

「実は、次の企画は既に動いているんです。次は石工さんだけでなく、木工所や建築家の方にも声を掛けて、香川のモノづくりを漫画で描こうと計画中です。それと、できれば年に一度くらいは『レムジア』で何らかのイベントを企画したいと思っています」

これは楽しみです。来年以降も『石匠庵神レムジア』に会えるかもしれません。

「私にとって、大きな成長のきっかけと感動をくださった石工さんたちは一生の宝物です。『レムジア』が終わっても時々飲みに行ったりすると思いますが、ただ飲むだけでは物足りないので、面白いことを次々企画して喜んでもらいつつ、自分も楽しく絡んでいこうと思っています」

よしおかさんの挑戦は続きます。

『石匠庵神レムジア』は、6月11日と12日の「庵治ストーンフェア」サンメッセ香川の大展示場で『知の章』公演後、最終回『絆の章』告知。9月の「むれ源平 石あかりロード」で公演予定です。

【2016年6月8日追記】その後の状況の変化で、9月の「むれ源平 石あかりロード」の公演は中止となりました。6月11日と12日の「庵治ストーンフェア」サンメッセ香川の大展示場で『知の章』公演が最終公演となります。

よしおかさんと石工さんたちが積み重ねてきた『石匠庵神レムジア』7年間の歴史に区切りがつけられる日まであと数カ月です。

今年の晩夏は、『石匠庵神レムジア』の最後の勇姿を目に焼き付けに、歴史と伝統、技術と絆の残る、高松市庵治町・牟礼町へ出かけてみてはいかがでしょうか。

『レムジア』とよしおかさん


旦木瑞穂(たんぎ みずほ)
1975年愛知県出身。
産経デジタル「New Roses Web」にてグルメ・イベントレポートや、鎌倉新書「月刊 仏事」で葬儀や介護に関する記事などを連載。
各種パンフレット、ガイドブックなどの企画編集のほか、グラフィックデザイン、イラスト制作も行なう。

Twitter:@mimizupon

[旦木瑞穂]