【特別インタビュー】田中雅英氏に訊く 東京都の特養建て替え問題

~都内の特別養護老人ホームを救う!史上初の代替施設の建設

[2019/4/17 00:00]

東京都内の特別養護老人ホーム(以下特養)は、築30年を超える施設が少なくありません。

いずれ建て替えが必要となります。法人としては建て替える間も、運営を続けていることが望ましいです。ところが都内には、近隣建て替えに必要な用地はありません。その間の運営は、どこで行なえばいいのでしょうか。

こうした問題を解決するための代替施設が、2019年の夏初めて誕生します。東京ならではの介護問題を孕んだ、この問題。

7年間にわたり代替施設の建設を提案し続けてきた東京都高齢者福祉施設協議会副会長の田中雅英氏に、お話をうかがいました。

田中雅英氏

東京の都市部には、近隣に特養を建て替えるための用地が少ない

都内における特養建て替え問題の背景には、どのような課題があるのでしょうか。

都内の特養は、老朽化した施設が増えています。表を見てもわかるように、改築して30年以上経つ施設が、約70施設あります。

アンケートを取ると、建て替えたいという施設は21施設もありました(2013年9月時点)。

建て替えたい理由は、耐震強度の問題や防水性能の劣化、空調や給排水設備の老朽化などが考えられます。また、施設そのものが狭い上に動線が悪くて使いづらい、個室が少ないなどの理由もあるでしょう。

つまりハードもソフトも、社会的ニーズに合わないところが多いのです。

老朽化した施設を建て替える場合、建物の近隣に土地があり、そこに新しい建物を造ります。そして完成後に、旧施設から利用者と職員が移動できれば課題は少ないです。その点、用地の確保が比較的やさしい地方では、建て替えはスムーズだといえます。

ところが都市部には、近隣に空いた土地はありません。仮にあったとしても、非常に賃料が高いのです。広くて整形地で、土地が安いという場所はほとんどありません。期待できる用地は、おのずと公有地になります。ただ公有地は、待機者対策としての新規施設整備のために使うことが原則です。

たとえば世田谷区の特養では大規模修繕を行なう間、利用者や職員が区内の別の特養に移るという方法を用いました。

課題が二つあります。一つ目は一時的とはいえ、職員が他の法人に異動したら、もとの施設に戻ってくるかわからないこと。二つ目は、改修中に法人の収入がないことです。事務機能は残さなければなりませんから、赤字になります。

建て替えのための代替施設をつくり、建て替えを推進する

この問題を解決すべく、田中さんが提案した代替施設はどのような構想なのでしょうか。

建て替えたい施設のための代替施設を建築し、それをかわるがわる利用するという案です。建て替えたい法人が利用者と職員とともに、その代替施設に移動します。完成したら、その新しい施設へ戻るわけです。そして新たな建て替えたい法人が、この施設に入ります。この代替施設を利用し、老朽化した施設を順次建て替えていくというスキームです。

この案であれば法人が土地を探さずにすみますし、また移動するための仮の建物を建てる必要がありません。しかもこのスキームは事業を継続しつつ、建て替えができることです。経済的にも人材確保の観点からも、負担とリスクが少ないのではないでしょうか。

現在、1棟目が清瀬市に建築中で、2019年9月に運用開始となる予定です。東京都は23区にも同様の建物が必要になるということで、2棟目はすでに計画中と聞いています。

この代替施設を実現するために、どのような手順を踏んだのでしょうか。

まず、理論づけが必要だと感じました。東京都と地方では、建て替えの困難性に格差があることを証明しなければならないと思ったのです。それで東京都高齢者福祉施設協議会の調査として、島根県、石川県、福井県の特養建て替えについてアンケートを取りました。ちなみにその3県は、特養の整備率トップ3で、東京都と比較しようと考えたのです。アンケートを回収すると、

「この3年で5施設を建て替えた。山口県の特養の土砂災害を参考に、平屋だった建物を2階建てに建て替えた。その際は、自治体が所有している土地を、無償貸与している。建て替えできずに、特養が減少するような環境要因はない」(島根県)。

「この3年間の建て替えは、すべて隣接地において更新した。建て替えが困難だとは考えていない」(福井県)。

「平成元年からの10年間で3施設を建て替えた。建て替えの困難性は、少ない」(石川県)。

という回答が得られました。一方、東京都は

「建て替えるための一つの方法として、分散改築が考えられる。サテライト型特養(※)にすれば、土地と建物は賃借することが認められており、少数の初期投資で整備することが可能である」という回答でした。

※「サテライト型特養」
定員が30人以上の特養を本体施設として、連携をとりながら別の場所で運営される施設のこと。ただし、原則として本体施設から、通常の交通手段を利用して20分以内の場所に存在しなければならない。

しかし、サテライト型特養自体の話は、現実的な話になっていません。

アンケート結果をもとに「地方は建て替えの困難性がないけれど、東京都内は非常に困難性が高いです。だから建て替え時の代替施設の建設が必要」と世田谷区、東京都福祉保健局、厚生労働省老健局(以下老健局)に訴えました。また代替施設には大家さんが必要なので、東京都住宅供給公社(JKK)に働きかけたのです。

こうして7年間かけて調査と説得を続け、ようやく平成26年度に46億円がおりたのです。そして東京都高齢者福祉施設協議会に、建て替え問題検討委員会をつくることになり、私が委員長に就任しました。

利用するのは、代替施設から20キロ範囲内の施設

清瀬市の代替施設は、どのような建物なのでしょうか。

特養と障害者施設の2施設があります。特養は、120床です。大規模な施設になります。

そのため、近隣に宿舎の確保やこれまで通った施設から、代替施設までの専用バスを出すという工夫が必要です。今回の代替施設を利用するのは、清瀬市、その近隣の市部や区部などの特養になるでしょう。アンケート調査の結果を見ると、その代替施設から20キロ以上離れた施設は、利用が難しいのではないでしょうか。

老朽化した特養には、50床や60床の施設も多いです。今後は二つの施設が同時に利用できるようにし、賃借料を安くしたいと考えています。

建て替え時には資金需要が高まり、法人の資金繰りも厳しくなるからです。入口を二つにし、水道/ガス/電気などのメーターを二つに分ければ可能かもしれません。

具体的に施設が建て替えるということになったら、どのようなことが必要になるのでしょうか。

まずはなぜ建て替えが必要なのかを、法人全体で検討しなくてはなりません。

30~40年先の特養のニーズ、ユニットと個室の関係、職員確保の見込み、財源などです。手続き関係は、東京都に相談することから始まります。現在の施設がある自治体と、代替施設がある自治体での調整が必要になるかもしれないからです。

利用者の住所変更、医療費の負担、他の自治体から入所者を受け入れるなど、検討事項は少なくありません。さらに施設の利用者及び家族に、「一時的に代替施設に移ってくれますか?」と意向をお聞きします。なによりも不安を取り除く必要があるからです。もちろん職員には、協力を要請します。

ちなみに施設の耐用年数は、どのくらいなのでしょうか。

耐用年数は、建物の構造にもよります。鉄筋コンクリートであれば、40年程度もつでしょう。ただボイラーや空調設備などを改修しつつ、使っていく必要があります。その間、理事長が代替わりをする可能性もあるでしょう。後の世代を育成しながら、法人は施設の建て替えを考えていかなくてはなりません。

東京都の人口も減るといわれていますが、特養は雇用の受け皿にもなっているわけです。いわば、社会資源なのです。建て替えについては、何十年経っても意義のあることだと思っています。

施設整備については都の補助金の協議があるので、2~3年かかると見込んでいます。つまり代替施設には、2~3年に1つの施設が入る計算です。この代替施設が40年持てば、15~20の施設が入ることになります。代替施設の必要がなくなることがあれば、そこを特養や地域の福祉拠点にすれば良いのです。

特養には、デイサービスを併設しているところも少なくありません。ちなみに建て替えが生じて、代替施設に移動しなきゃならない場合は、デイサービスはどうなるのでしょうか。

いい質問ですね(笑)。デイサービスや訪問介護などが併設している特養があります。建て替える間の2~3年後に元の地域へ戻り、再び利用者を確保するのは大変でしょう。だからデイサービスなどは、事務所を借りて運営するのです。つまり、在宅サービスだけここに残します。ただし運営が難しいのは、ショートステイです。これは、諦める必要も出てくるかもしれません。

介護には、それぞれの地方モデルが必要

この代替施設は、東京都にいくつぐらい必要だと思いますか?

東京都は、長細い地形です。清瀬市にあるから、市部はこれを利用すればなんとかなると思います。区部については、北部と東部、南西部の3つがあればいいのではないでしょうか。圏域ごとに建築年数の古い施設数を勘案し、“代替施設整備の必要性”を考えていくと良いかと思います。

小笠原、伊豆七島、奥多摩になると、利用者も住民も少なくなるはずです。特養をグループホームや小規模多機能型施設など小さな施設に建て替えていくなどの工夫が必要になるでしょう。

山間部の人たちは「ここに住む」という人もいるけれど、いずれ町に降りなくてはならないでしょう。集約して、効率化も図らなくてはなりません。

今回のスキームは、大阪にも参考にならないでしょうか。

大阪や名古屋は、参考になるかもしれません。ただ東京のスキームがあるように、大阪のスキームや中山間部のスキームがあると思います。特養など施設の建て替えについても、それぞれの地方モデルが必要ではないでしょうか。

本日は貴重なお話をお聞かせいただき、誠にありがとうございました。

【田中雅英氏プロフィール】
東京都高齢者福祉施設協議会副会長。社会福祉学博士。1976年早稲田大学商学部卒業後、損害保険会社、不動産管理会社を経て、2002年に社会福祉法人 大三島育徳会創立に参画。2004年より、特別養護老人ホーム『博水の郷』施設長。2017年、理事長就任。東京都を中心に、大都市と地方の地域格差是正に取り組んでいる。

【お詫びと訂正】初出時に「社会福祉法人 大三島育徳会」の名称を誤って記載しておりました。お詫びして訂正させていただきます。

[シニアガイド編集部]