第67回:故人のFXが負債化して遺族に襲いかかるリスクと対策

[2021/11/25 00:00]

「持ち主が亡くなった後にFXが負債化することってありますか」

デジタル遺品に関する講演やメール相談を行なうようになって7年。

よく尋ねられることのひとつとして、上記の質問はずっと私の身近にあります。

葬儀や遺品整理がひと通り終わったあとに突然FX会社から高額の支払い請求が届いたら――。確かに恐ろしい事態です。

果たして、どれくらいの警戒が必要なのでしょう。

3年振りに実態調査を行ないました。

最新の調査で得られた負債化実績は“ゼロ"

今回は国内でFXサービスを展開している35社(42サービス)を対象に、利用者の遺族に追加保証金(追証)などの未収金の請求を行なった実績や金額を尋ねました。

回答が得られたのは匿名希望を含めた13社で、回答拒否が10社、無回答が12社という割合です。

今回得られたのは「弊社サービスでは、該当事例はございません」(フィリップ証券)など、実績ゼロという回答のみでした。

同業他社で発生した事例についても情報を求めましたが、こちらも同様です。「かつてはごくまれに発生した話を聞きましたが、ここ数年は他社でも聞きません」(匿名)、「報道等での認識がありますが、具体的事例は存じ上げません」(SBI FXトレード)など、少なくとも業界内に広まるような目立つ出来事は直近では起きていないようです。

一般の問い合わせ窓口や消費者相談センター等でも調べましたが、同様の感触でした。

このコラムで実施した2018年9月2016年11月の過去調査でも、故人のFXが負債化する事例は業界全体で年にゼロから数件程度でしたが、そのレア度がさらに増した感があります。

前回までは「20~30万円程度」という負債額の規模感が掴めましたが、今回は該当事例の回答がなく数値で表現できませんでした。

「故人のFXが数1000万円の負債になる」という都市伝説

そもそも、FXはどのように負債化するのでしょうか。

FXとは外国為替証拠金取引の略語です。

証拠金を元手に、その数倍の外国為替の取引を行なう金融商品で、為替変動の差額により利益や損失が発生する仕組みです。

現在、国内のFXサービスで扱えるのは証拠金の25倍までと定められています。

例えば100万円の証拠金を元手に、10倍にあたる1,000万円相当の外貨を取り引きするとしましょう(金利差調整分や手数料は省きます)。

為替変動により外貨が1,020万円相当になれば20万円の利益になり、980万円相当に下がれば20万円の損失となります。

ここでもし大暴落が起きて、決済するまでに880万円まで落ちてしまったとしたら、元の証拠金では足りなくなるので追加の保証金(追証)が20万円必要になります。このとき持ち主が亡くなっていたとしたら、その請求が遺族にいくわけです。

これに加えて、借金で証拠金を立ててFXを運用していた人が亡くなった場合も、その借金をFX絡みの負債と受け取る遺族もいます。「故人のFXが数千万円の負債になって葬式後に襲いかかってきた」といった都市伝説は、そうした関連負債の恐怖も吸収して発生した可能性がありそうです。

ただ実際は、証拠金の維持率に応じて自動で強制的に決済されるロスカットの仕組みがあるので、持ち主が気づけなくてもマイナスに転じたまま延々と取引が維持されることはありません。

最近は証拠金が底をつく前に(証拠金維持率が一定の割合を下回ったときに)自動でロスカットが働くケースも多く、また、強制決済時にマイナスが発生しても追証を免除する制度を取り入れているサービスも増えています。

今回の調査でも「当社FXでは、追証は発生いたしません。評価損拡大時に追証を請求する仕組みは無く、基準以上の評価損発生時にはロスカットが発動するためです。なお、ロスカット処理後の資産がマイナスとなるケースもここ数年ありません」(ソニー銀行)といった回答を複数受け取りました。

1998年にFXが国内で解禁された頃の最大レバレッジは現在の25倍より桁違いに大きい400倍で、ロスカットも義務づけられていませんでした。それから幾度の規制強化を経たいま、リスクはゼロではないものの、故人のFXが負債化するシチュエーションはかなり限られるようになった印象です。

FXは未決済のままでは相続できない

それでも、亡くなった家族がFXを運用していたらしいという情報に出合ったら不安を感じるのは無理からぬことです。遺族の立場ではどう向き合えばよいでしょうか。

とにかく利用しているFXサービスを突き止めて、相談窓口に問い合わせることが第一です。

スマホやパソコンにインストールされた運用アプリやFXサービスからの郵送物、預金口座の入出金から辿れる取引専用の口座などを糸口に特定にいたることが多いようです。

提供しているサービスに問い合わせて所定の手続きを経れば、継続中の取引が停止できます。

株券や外貨建ての普通預金などは、相続人が同じ金融機関に口座を持っていればそのまま株券や外貨建て預金として引き継ぐこともできますが、FXの未決済分(建玉)は決済したうえで相続することになります。

ソニー銀行の「相続のお手続き」ページ。FXは振替後に引き継ぎできる商品=そのままでは引き継げない商品のカテゴリーに入っている

ひと通り調べても運用実態が掴めず、それでも不安が残る場合もあります。そのときは法律家に相談することも検討しましょう。

加えて、故人の電話番号を承継したり郵送物の転送手続きをしたりして、FXサービスから連絡が届いた際にキャッチできるようアンテナを張っておくのも有効な手段です。

なお、複数社からの回答を総合すると、最初から10倍を超える高いレバレッジで多額を投入するケースは滅多にないようです。

生前の様子や故人を知る周囲の証言から、FXを始めたとしても期間がそこまで長くないと推察されるなら、負債に関しては過度に不安視する必要はないかもれしません。根拠のない楽観は危険ですが、できるかぎり自身が被るストレスは抑えるように努めるのが賢明です。

認知症対策もじわじわ浸透中

FXサービスを利用する本人としては、死亡時だけでなく、認知症などで判断能力が低下した局面での対応も考えておいたほうがよいでしょう。

元気な頃から家族間で財産のことを話し合っておくのが一番ですが、様々な事情でそうはいかない場合は、エンディングノートなどに利用しているFXサービスの名称だけでも書いておくと家族の不安を抑えられそうです。

また、一定の年齢に達している口座保有者を対象に定期的に連絡する取り組みを実施している運営元もあるので、サービスを選ぶ際に注目してみるのもお勧めです。

たとえば、SBI FXトレードは80歳以上の口座保有者を対象に年に1度電話でコミュニケーションを取っています。取引が可能な判断能力がないと判断した場合は、取引約款及び適合性の原則に基づいて口座を解約しているとのこと。

同様に、OANDA Japanも「判断能力が低下した場合には、成年後見人からの依頼があれば、同様の対応(=取り引きの決済と口座残高全額の返金)を行ないます。なお、75歳以上の口座保有者には年1回直接連絡を取り、自身の判断で取引が可能かどうか確認しています」といいます。


リスクを伴う金融商品の存在は、家族にとっては非常に大きな不安となる怖さがあります。金額的なダメージよりも、むしろ精神的なダメージのほうが大きくなるかもしれません。

事故で夫を亡くしたある女性は、半月前に夫が「FXやってみようかな」とつぶやいたのが脳裏から離れなかったといいます。夫が残したデジタル機器やお金の履歴を可能な限り調べ上げてもFX口座の痕跡は見つからず、それでも不安が払拭できないと相談されました。

自動車で峠道を走るとき、運転者よりも同乗者のほうが酔いやすいことはよく知られています。同様に、人は自分で制御できないリスクのほうがダメージを受けやすいところがあります。終活に限らず、それを踏まえてFXと向き合うほうがよいでしょう。

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古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。著書に『故人サイト』(社会評論社)、『スマホの中身も「遺品」です』(中公新書ラクレ)など。2021年10月に、伊勢田篤史氏との共著で『デジタル遺品の探しかた・しまいかた、残しかた+隠しかた』(日本加除出版)を刊行した。Twitterは@yskfuruta

[古田雄介]