第28回:故人のFXや仮想通貨が遺族への借金爆弾になる現実的なリスク
持ち主が亡くなった後に負債として遺族の前に現れる遺品はうれしいものではないでしょう。
デジタル遺品のなかでもそうしたリスクがよく知られているのがFXと仮想通貨です。
この連載の第6回にあたる「仮想通貨は死後に借金爆弾になりうるか」からおよそ2年ぶりに関連業界の横断調査を実施しました。
これらの資産が借金爆弾化する頻度はどう変化したのか見ていきましょう。
FXの負債化はレアケース。頻度と損失額は横ばい傾向
FX(外国為替証拠金取引)は証拠金を元手に、数倍から数十倍の額の外貨を取り引きする金融商品で、為替変動の差額で儲けを狙います。
証券会社やFX会社の口座を通して取り引きするのが一般的です。うまくいけば大きく稼げますが、逆に向かうと軍資金を失うどころかマイナスに転じる危険もあります。
たとえば10万円の証拠金で10倍の100万円分の外貨を取り引きするとします。
為替変動により価値が105万円相当になったら差額の5万円が儲けになりますが、逆に95万円になったら5万円の損失になります。
さらに90万円になったらマイナスは証拠金と同じ10万円に達するので、追加の保証金を投入しなければ取り引きは継続できません。
ここでゲームオーバーとなれば元手の10万円を失うだけですが、急激な変動があると追加保証金の支払い猶予までに85万円まで落ちるといったことも起きる可能性があります。
こうなると取り引きから降りても5万円の支払いが残ります。それが負債というわけです。
負債に転じた際に持ち主が亡くなっていたら、支払い義務は遺族にいきます。
そうしたケースはどれくらいあるのでしょうか。国内のFXサービス37社に過去1年間の発生事例を尋ねたところ、11社から回答を得ました。
そのうち9社は「該当事例なし」で、残り2社は「あるにはあるが非常にレアケース」「年に数件あるかないか」といいます。負債額は30万円以下がほとんどで、過去には120万円を越えた事例が例外的にあった程度ということです。
これは2年前の調査とほぼ同じ結果です。前回も協力してくれたある証券会社は「負債化しない相続相談も含めて、ほとんど横ばいです」といいます。実際、ここ数年の傾向について変化を感じるとの回答は1件もありませんでした。
FXはかつて倍率(レバレッジ)が最大400倍まで選べましたが、2011年8月以降は25倍が上限となっています。
また、証拠金割れの後に素早く強制決済(またはロスカット)する仕組みも業界全体で整ってきています。少なくとも国内のサービスを利用する限りは、本人が不在でも負債が際限なく膨らんでいくといったことはなさそうです。
FXの負債化リスクは2年前と変わらずレアケースであり、額としては数十万円程度という規模感が妥当なようです。少なくとも、「葬式が終わったら、突然FX会社から1,000万円の請求書が届いた」といった事態は心配しなくてよいでしょう。
仮想通貨の法整備はまだ不十分。ただし、取引所の遺族整備は大きく前進
2年前から様相が大きく変わったのは仮想通貨です。
仮想通貨は中央銀行が管轄しない通貨で、価値の変動はとても激しいです。大半は取り引きや残高の記録がデジタル環境に置かれ、他の金融資産と比べて実態がつかみにくいところがあります。
仮想通貨自体はどれだけ持っていても負債化しませんが、数千万円相当を超える額を所持している持ち主が亡くなった場合、相続税というかたちで支払い義務が遺族に向かう可能性があります。
相続税の対象になるのは他の金融資産も同様なのですが、仮想通貨が厄介なのは相続税の支払い義務“だけ”が遺族に残される可能性があるところです。
仮想通貨の保管場所(ウォレット)は、パソコンやスマホ内、クラウド上、専用端末内、印刷した紙など多岐にわたりますが、いずれもパスワードがなければ手出しできません。
ところが、その状態でも「相続税の対象になる」というのが最新の見立てなのです。
パスワードが分からない仮想通貨を故人が持っていた場合、その相続税はどうなるのか――2018年3月23日の参議院財政金融委員会で、藤巻健史議員が質問したところ、国税庁長官代行(当時)は「一般論として申し上げますと、相続人が被相続人の設定したパスワードを知らない場合であっても相続人は被相続人の保有していた仮想通貨を承継することになりますので、その仮想通貨は相続税の課税対象となるという解釈でございます」と回答しています。
相続税は、基礎控除(3,000万円+600万円×相続人)を差し引いた金額が対象となります。
仮に相続人が3人いて1億円相当のビットコインを持っている人が亡くなったとすると、対象は5,200万円相当となり、相続税はざっと600万円程度になります。
何も伝えないまま亡くなったとしたら、家族が元のビットコインを換金することは絶望的。すると、この高額な相続税だけを家族に託すことになってしまうわけです。
とてもリスキーです。ただし、仮想通貨を取り扱う仮想通貨取引所のサポート体制は2年前よりもずいぶん良くなっている様子です。
国内の取引所16社に契約者死亡時の措置について尋ねたところ、6社から回答を得ました。
そのいずれも、明確な相続手続きルールを整えているそうです。2年前の調査では利用規約に「相続」の文字が書かれているところもなく、形だけでもサポート体制が設けられているところは見つけられませんでしたから、大きな前進だと思います。
具体的な措置は銀行や証券会社の対応と変わりません。
契約者が亡くなった場合は、契約者の死亡を証明する公的書類と申請者の関係性を証明する書類を用意してサポート窓口に問い合わせます。相続手続きには相続人全員の書類が必要になりますが、ひとまずは凍結するなどの措置がとれます。
そして、6社中3社ではすでに相続手続きの実績があるとのことです。
そのうちの1社である「bitFlyer(ビットフライヤー)」は「件数は非公開とさせていただきますが、被相続人死亡による相続人への返金の為の資金移動は増加傾向です」と回答しています。
多くの取引所がこうした対応をとってくれれば、家族に万が一のことがあったときも、取り引きや口座の実態をつかんで相続税の対象になるほどの額があるのかを確認したりできるでしょう。
業界全体で相談件数が増加しているということで、今後のさらなる充実も期待できそうです。
とはいえ、遺族の立場からすると、これらの資産に気づく糸口がまったくなければ手の打ちようがありません。デジタル資産は他者から見つかりにくいという特有の問題を抱えています。
リスクを抑えるために、契約書類やデータを印刷して保管しておくなど、自らも糸口になる情報をきちんと残しておく意識が大切かもしれません。
「アイネットFX」を運営しているアイネット証券は次のようなアドバイスを添えてくれました。
「弊社のお客様が亡くなられた際のご遺族の方からの話を聞くと、メモや弊社から口座開設完了時に郵送する書面が残っていたので連絡しましたといったお話を聞くことが多いです。パソコン内にメモ等を残していてもご遺族の方がパソコンにログインが出来ないことが多々ありますので、保有しているFX口座等を紙面で残すのは効果的かと存じます」
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古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。書き手が亡くなった100件以上のサイトを追った書籍『故人サイト』(社会評論社)を2015年12月に刊行。2016年8月以降、デジタル遺品研究会ルクシー(http://www.lxxe.jp/)の理事を務めている。2017年8月にはデジタル遺品解決のための実用本『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)を刊行する。