古田雄介のネットと人生
第6回:仮想通貨は死後に借金爆弾になりうるか

[2016/11/28 00:00]

自分に万一のことが起きたとき、オンラインで所持している金融資産がマイナスに転じて、それがそのまま家族に襲いかかったら・・・・・・。いわゆる「デジタル遺品」を考えるとき、特段の恐怖をあおるのがこの問題です。実際のところ、そういった事例はあるのでしょうか? オンライン証券会社や仮想通貨取引所に取材しました。

借金爆弾になりうるのは証拠金取引

オンラインの金融資産といっても、ネット銀行で作った普通預金や株券などが借金に姿を変えることはまずありません。遺産分割協議が終わったあとで発見されて、家族や親族に二度手間をかけたり、ぎりぎり相続税がかからないように整えた節税計画をご破算にしたりといったリスクもなくはないですが、せいぜいプラスがゼロになる程度のものです。

負債になりうるのは証拠金取引と呼ばれるものです。金融商品そのものの代金ではなく、売買する際に生じた差額だけを受け渡しするタイプのもので、先物取引や信用取引、FX(外国為替証拠金取引)、オプション取引の売り側(空売り)などがあります。

大雑把にいえば、100万円の商品を100万円払わずに預かっておける商品というわけです。買ったときに100万円だった商品が110万円になったら10万円儲かり、90万円になったら10万円損をする。ただ、さすがにタダで持てるわけはなく、損する事態になったときにきちんと支払えるように証券会社に一定のお金を預ける必要があります。これが証拠金です。

そして、100万円が50万円になるような想定以上の損が発生したときは、最初の保証金だけではまかなえなくなるので、追加の保証金(追証/おいしょう)が必要になります。追証が用立てできない場合は商品を手放さざるをえません。すると追証の支払い義務だけが手元に残ることになります。これが負債になります。「FXで1,000万円の借金を背負った」「先物取引で財産を失った」といった事態は、こうしたプロセスを経て発生するわけです。

このとき本人が亡くなっていたら、支払い義務は遺族(法定相続人)に行きます。追証が発生して本人からの支払いがないと証券会社は規定の方法に従って契約者への連絡を図るので、そこで初めてその存在を知る遺族も出てくるでしょう。遺族にとってはまさに寝耳に水のはずです。

負債の連絡が遺族に届くのはごくレアケース

このように、仕組みとしては遺族が負債を被る可能性がありますが、実際そういた事例はどれだけ発生しているのでしょうか。国内の主要なオンライン証券会社12社に取材したところ、匿名希望を含む8社から回答をもらいました。そのうち5社は「ほとんど発生していない」「まだ事例はない」といいます。

「相続手続きの相談は年々増加傾向にあり、ご高齢なお客様には年に1回ほど電話等でヒアリングも行っています。しかし、負債の相続というケースは記憶にありません」(ライブスター証券)

「追証発生時に口座をお持ちの方が亡くなられている場合でも、他に保有していた建玉を決済して精算して済むことがほとんどです」(匿名)

残りの3社は遺族に負債がいくケースがあると話していますが、やはりいずれもレアケースの域を出ないとのことです。

「あるにはありますが、本当にレアケースです」(楽天証券)

「発生件数は年に数件程度です。ご存命のうちに手じまいしているケースが多いようです」(マネックス証券)

では、そうした事態に備えるにはどうしたらいいでしょうか。

口座の持ち主としては、万一の際に家族に伝わるように意識しておくことが重要というのは各社共通の答えです。

「電子交付サービスを契約されていると郵送等がありませんので、相続人に気づかれることが少ないようです。証券取引を家族に内緒で行っている方も多いので、相続を円滑に行うには、エンディングノートを作成しておく、公正証書遺言を作成しておくことが良い方法だと思います」(マネックス証券)

家族側としては、やはり日頃から証券会社からの郵送物に目を光らせておく意識が大切でしょう。没後も郵便物をすぐ処分せずに細かく精査することも肝心です。上のライブスター証券のように高齢な顧客には電話や書面で連絡するといった特別なケアを実施している企業もありますが、業界標準というわけではありません。「こういうこともある」と念頭に置いて、自ら対策するという心は常に持っておいたほうが良さそうです。

仮想通貨取引所では、まだ実績なし

ネットの金融資産を考えるとき、これからは仮想通貨も無視できなくなるでしょう。ビットコインに代表される仮想通貨は世界規模で取引高が伸びていますし、国内でも2016年5月に改正資金決済法が成立して、通貨としての位置づけが明瞭になってきました。数年後には国内で1兆円規模に成長するとの説もあります。

仮想通貨も単に所持しているだけなら普通預金と似たようなもので、負債になることはまずありません。しかし、仮想通貨を売買する取引所では信用取引や先物取引を受け付けているところが多く、構造上、負債を生むリスクをはらんでいます。

オンライン証券会社と同じく、日本語で展開している主要な仮想通貨取引所7社に取材を申し込んだところ、うち3社から回答をもらいました。しかし、3社とも負債が発生して遺族に対応を求めた事例は「皆無」とのことです。

負債の相続に関する規約も見当たりませんでした。主要取引所「coincheck」を運営するレジュプレスは「相続等の規約は、そういった事例の相談を受けながら作っていくことになると思います。おそらくはネット銀行や証券会社の枠組みを参考にさせてもらうことになるでしょう」と話しており、将来的には従来の金融商品に近いルールが形成されていくと思われます。

いずれにしろ、本人以外の人が気づきにくいというネット資産共通の特徴は持ち続けるでしょう。持ち主としては万が一のときに家族を困らせない気遣いが必要ですし、その他の人でも家族がそうした資産を持っているかもしれないと頭の片隅に入れておくのが大切だと思います。滅多に発生しない出来事については手厚いフォローが望めないのが世の常ですから。


古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。書き手が亡くなった100件以上のサイトを追った書籍『故人サイト』(社会評論社)を2015年12月に刊行。2016年9月以降、デジタル遺品研究会ルクシー(http://www.lxxe.jp/)の理事を務めている。

[古田雄介]