古田雄介のネットと人生
第2回:あなたの「デジタル遺品」を暴かれないようにする方法
デジタル機器の中身には、遺された人々に託すべきもののほかに、できればそっとしておいてほしいものやどうにか知られずにやり過ごしたいものもあるかと思います。
では後者の遺品を死後まで秘密にしておくことは果たして可能なのでしょうか。 自分以外の誰にも開けられないデジタル金庫は作れるのでしょうか、ちょっとシミュレーションしてみましょう。
デジタルデータは内と外に散らばっていく
自分が持っているデジタル資産は、「どこに保管してあるのか」という視点で眺めると全体像が把握しやすいです。
手持ちのスマホやパソコンに保存した家族写真や住所録、マルチメディアファイルなどは、当然ながらその機器の中にあります。そして、端末が備える自動バックアップ機能やアクセス履歴ログによって二重化されたりショートカットが生成されたりしています。
外付けHDDやNASに自らバックアップしている場合は、そちらにも分身が作られます。クラウド上にバックアップしているなら保管場所にはインターネットも加わります。
一方、SNSにアップした日記やサービスの契約情報は、もとからインターネットの先にある運営元のサーバーにあります。ネットバンクの預金も置き場所はその銀行の管理下です。手持ちの機器にはそれらにアクセスした履歴が残り、コピーが保管されることもあります。
つまり、デジタル資産は普通に利用していると、内(ローカル)に外(インターネット)にと散らばってしまうのです。そのなかに秘密にしておきたいデータがあるのなら、それぞれ本体とコピー、履歴の保管場所を掴んで、それらが他者から見られないように手を打たなければなりません。
散らばり方はデータによって様々です。パソコン内の画像なら、本体の保存先とバックアップ先、自動で記憶される表示履歴や一時ファイルを押さえればよいでしょう。SNSのアカウントなら、実名を伏せるだけでなく、現実の自分とひもづけられないように自宅付近の写真をアップしないとか「今日は会社の設立記念日で休みだ」といった発言を控えることも肝心です。それに加えて、自分の端末に残ったログイン履歴も随時削除するか見られないように工夫する意識が必要になります。
秘密にしたいものが数個だけなら個別に追跡して防御するのも有効ですが、多岐にわたるなら、外部から触れられない領域を作ってその内側で利用する仕組みにするほうが現実的でしょう。その端末に遺したいものや伝えるべきものを一切保存していないのなら、いっそデジタル資産ごと“金庫化”するのも手です。
実は、それがもっとも手っ取り早い方法だったりします。
スマホはロックひとつで国家レベルのセキュリティ
巷にある一般向けのデジタル機器で、もっともセキュリティが高いのはスマホです。ログイン時にキー入力や指紋認証を経る設定にしておけば、キーを知らない自分以外の人が開けることはまずできません。
2016年初頭、象徴的な裁判が米国でありました。
米連邦捜査局(FBI)がテロ事件の容疑者が所持していたiPhone 5cのロック解除を支援するよう、製造元のアップルに訴えを起こしたのです(関連記事)。アップルは支援拒否の姿勢を貫きましたが、他の企業の助けでロックが解除できたためFBIが訴訟を取り下げて幕を下ろしました(関連記事)。
FBIのような世界最高の国家レベルの組織でも、ここまでのことをしなければ1台のiPhoneを開けることができなかったわけです。iPhoneは内部に保存したデータすべてを暗号化する仕様になっているので、物理的にSSDを取り出して解析することもできません。どうにかしてロックキー(パスコード)を知る必要があったのです。
さらに、このiPhone 5cのロック解除の方法は、セキュリティチップを搭載した現行のiPhoneでは通用しないともいわれています。Android端末もいずれ全暗号化が標準になる見込みで、今後スマホの鉄壁ぶりはますます強固になっていくでしょう。iPadやAndroidタブレットも同様です。
この特性を使って、たとえば、内緒にしたい画像や動画はメインとは違うサブのスマホやタブレットに入れておくといった手が打てそうです。現実の自分と切り離したハンドルネームでオンライン活動している場合は、その端末だけで入力するといった作戦も有効でしょう。
ここで重要なのは、他の場所にコピーや履歴、ロックキーのヒントなどを一切残さないことです。
パソコンにバックアップしたりログイン履歴を残したりするのはダメです。家族が予想できるようなロックキーにしたり、スマホ画面にキー入力の指紋跡を残したままにしたりするのも避けるべきです。また、Siriなどの自動音声ガイドを起動して「通話履歴を教えて」などと話しかけると、ロック状態でも近々の履歴がリストアップされるといったことも、鉄壁の穴を塞ぐために知っておく必要があるでしょう。
ちなみに、ジャストシステムのネットリサーチ「Fastask」が2016年2月に発表した調査(ニュースリリース)によると、スマホのロックを設定している人は31.7%(有効回答1,100人)だったそうです。
パソコンやNASは物理的に抜き出せることも念頭に置きたい
隠したいデータの容量が数百GBやTB規模になる場合は、パソコンやNASを金庫にするしかないでしょう。
パソコンやNASも標準でログインパスワードを求める設定にできますし、ファイル単位で暗号化することもできます。ただし、パソコンやNASで使われているHDDやSSDはマシンから抜き出して解析する手法が確立されているので、ビジネス向けモデルのようにドライブ単位で暗号化する設定を徹底していない限り、鉄壁といえる状況にするのは難しいかもしれません。
なお、Windowsパソコンであれば、家族がお別れのメッセージを読んでいる間にあらかじめ削除指定していたフォルダを完全削除する「僕が死んだら・・・」(有限会社シーリス)や、設定したログインの空白期間や指定した日時で削除処理を作動させる「死後の世界」(ゆき氏作)といったフリーソフトを利用する手もあります。もちろん、この場合もバックアップや履歴の保管場所を考慮に入れなければ意味がありません。
内緒にする容量をある程度絞ってスマホやタブレットの鉄壁を求めるか、鉄壁に準ずる状態で膨大な容量を秘密のベールに包むか。それぞれの特徴を押さえて選ぶのがいいでしょう。
ただし、一番重要なのは金庫に目を向けさせないことです。
パソコンやスマホには、思い出の写真や仕事上必要なデータ、葬儀の連絡などに必要な履歴などが詰まっていることが多いです。あなたが亡くなったとき、家族や近しい人がそれらの大切な情報を求めて愛用の機器に触れようとするのは自然な流れです。
このとき、求められそうなすべての情報をメインのパソコンやスマホに入れておき、そのパスワードは伝わるようにしておいて、金庫たる別の端末にはスポットが当たらないようにする――そうやってデジタル機器の外側にある身近な人々の気持ちを考慮することが、望ましい結果を呼び込む最強の手となるかもしれません。
古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。書き手が亡くなった100件以上のサイトを追った書籍『故人サイト』(社会評論社)を2015年12月に刊行。2017年8月にデジタル遺品解決のための実用本『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)を刊行した。