古田雄介のネットと人生
第3回:宗教はインターネットに宿るか ―僧侶相談サイト「hasunoha」という回答

[2016/8/29 00:00]

2016年8月の今、Googleで「お坊さん」を検索すると、Amazon.jpが扱う「お坊さん便」(みんれび)などの僧侶派遣サービスと並び、僧侶に質問できる相談サイト「hasunoha」が上位に表示されます。

いずれも伝統仏教というキーワードのなかで注目を集めているWebページですが、前者と後者のアプローチは対極的です。そして、どちらもインターネットと宗教の可能性を示しているように思えます。

僧侶に質問できるサイト「hasunoha(ハスノハ)」

ドライに頼める僧侶派遣サービス、ウェットな「hasunoha」

「日本人の宗教離れ」とはよく聞く言葉ですが、一方で日本には様々な宗教が溶け込んでもいます。年初の神社は参拝客で賑わっていますし、結婚式には神父の前で愛を誓うカップルが多いです。お葬式のスタンダードがいまだ無宗教葬ではなく、圧倒的に仏式であることも証明の一つといえるでしょう。

宗教は日本人の心から離れたのではなく、単に軽くなったというほうが正確だと思われます。親や親友というほどではなく、かといって完全な赤の他人でもなく、会えば挨拶くらいはする町内会長くらいの存在――その程度に捉えている人は少なくないのではないでしょうか。

近年、インターネットで葬儀や法事のために僧侶を派遣するサービスが流行しているのは、そんな宗教の立ち位置を象徴しているかもしれません。身の回りには頼める僧侶がいないし、そこまでこだわりはないけれど、儀式を成立させるためにはいてくれないと困る。その場合に、手元の端末で注文できる僧侶派遣サービスはとても便利なのです。

標準の戒名料も含めて料金を統一しているところが多く予算が組みやすいうえ、数年スパンのしがらみを憂う心配もありません。その後に付き合いを深めることもできますが、その場限りにもできます。

言ってしまえば、ドライに“儀式装置”としての仏教を注文できてしまえるのが僧侶派遣サービスの強みです。

それに対して、僧侶相談サービスの「hasunoha」は仏教を通した悩み相談という、宗教のウェットな面にスポットを当てています。そして、こちらもヒットしています。2012年11月の開設から3年半で月間200万PVを達成する人気を獲得しました。

Amazon.co.jpで取り扱っている、みんれびの「お坊さん便」、標準的な読経で3万5千円、戒名料込みで6万5千円の一律料金制だ

hasunohaの根底にあるのは、僧侶の“回答力”

hasunohaは伝統仏教の僧侶たちに悩みや日ごとの疑問などを質問できるサイトです。回答してくれる僧侶は150人以上いて、これまでに2万件以上の問答が積み上げられてきました。会員登録や質問投稿など、すべて無料で利用できます。

「ソシャゲやめたい」「死んじゃいたい。」「不倫10年 相談することすら迷います」などなど、気兼ねのない自由な質問が多く、そこにつけられた機転の利いた回答が見物です。

質問しなくても、過去の回答を読んで感銘を受けたら「有り難し」ボタン(「いいね!」ボタンのようなもの)を押すという楽しみ方もできます。

現在は読者の9割が女性で、年代は初期から40~50代が中心。ただし、最近は若い世代の投稿も多く、10代からの質問も珍しくなくなっているそうです。

なぜこれほどまでに支持を得たのか。設立者の堀下剛司さんはこう語ります。「根本のところは仏教という枠よりも深くにあるんじゃないかと思います。自分が抱えている生き方の悩みやストレスについて、一緒に考えてくれたり示唆を与えてくれたりする存在を求めている人が多いんじゃないかと」

実際、2015年末にhasunohaに寄せられた質問の傾向を分析したところ、およそ3割は「自分の心の持ち方」に関する質問で、2割強あった仏教の教えとお寺や僧侶に関する質問よりも断然多かったそうです。そして、全体の2割で「人間関係」の質問が続きます。この傾向は月日を経るたびに強まっているとのことです。

「死別や罪悪感、生き方の悩みなどに対する宗教家の力はものすごいものがあります。とくに、死をどう捉えるかを答えるとき、宗教的な解釈を越えた圧倒的な思索のなかから、その人の考え方や境遇を踏まえたすごくいい言葉をくれる。その力がサイトを支えているところがあります」

堀下氏は仏教についての深い知識がない状態からサイト運営を始めました。だからこそ、そうした僧侶の“回答力”を明確に見い出したのかもしれません。くわえて、その力を引き出せる環境でスタートしたことも重要だったでしょう。

「ビジネスではなく、趣味で始めたのが良かったんだと思います。ビジネスだと事業計画を達成するために焦りますし、質より量でコンテンツをどんどん作ることになったでしょう。そうではなく、読者から質問が届くのを自然に任せ、あとは何もしないという選択肢が選べた。だから、届いたときに僧侶から良質な回答がたくさん返ってきて、質問者や読者の方に喜んでもらえるという流れができたんですよね。やっぱり、サイトの成熟した空気は時間をかけないと生まれない。それを待てる状況だったのが功を奏したのだと思います」

堀下剛司さん。ヤフージャパンやGREEでWeb事業の指揮を取ってきて、現在は出版系IT企業に勤務している。現在、hasunohaにかけている時間は一週間で10時間程度という。

インターネット上で宗教的な交流を完結するということ

hasunohaと僧侶派遣サービスにはもう一つ違いがあります。それは宗教的なサービスを実施する舞台がどこにあるのかというところです。

僧侶派遣サービスを実施する舞台は葬祭ホールや自宅など、現実の空間です。インターネットはスムーズなやりとりを実現するための手段に過ぎません。

僧侶派遣サービスに関して、伝統仏教界の一部からはドライに宗教行為を商品化しているとの批判も聞かれますが、最終的には僧侶と喪家が対面して宗教行為を行なうという意味では伝統的な寺院の手法と変わりありません。

対面してその場で関係を終わらせることもできれば、その後のつきあいにつなげることもできます。まったくしがらみのない状況から仏教に深くアクセスしていく入り口にもなりえるわけです。

そしてhasunohaはインターネット上で事をなします。それはつまり、「現実の儀式」とは別の「ちょっとした相談」という入り口を、誰でもアクセスできる空間に設けたということです。そういう方向からインターネットの可能性を示しているところはないでしょうか。

堀下さんも意識しています。「いまの日本は『お寺とお寺によく行く檀家さん』とそれ以外の人たちとの間に壁ができているように思います。hasunohaはその壁を取り払った中間地帯のような存在になりたいんですよ。どっちかに引き込まれることなしに」

ただ、hasunohaはまだ道半ばとも語っています。「やはりマネタイズができないと。いろいろなアイデアが頭の中にあるんですけど、それを形にするにはお金が必要です。ですが、そういう費用をまかなって自走できる収益構造はまだ作れていません。趣味で続けているうちはまだヒヨッ子。hasunohaの成功は、まだ先だと思っています」

成功した暁には、どんな道筋を示してくれるのか。今後も注目していきたいと思います。

9月21日、サイトのすぐれた問答をまとめた書籍『hasunoha お坊さんお悩み相談室』(小学館集英社プロダクション/1,200円+税)が発行される。これもマネタイズの一環だ。

追記:インターネット終活&デジタル遺品に関する相談を募集します!

「古田雄介のネットと人生」では、インターネット終活やデジタル遺品に関する読者の方からの相談を受け付けています。デジタル機器の中のデータやネットサービスのアカウントは、持ち主の死後どのような道を辿るのか。また、どうすれば意図するままに処理できるのか。日頃疑問に感じていることがあれば、下記の情報をご記入のうえ専用アドレスnetlifelab@gmail.comにご連絡ください。個別に直接ご回答することはできませんが、この連載で可能な限りお答えします。



古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。書き手が亡くなった100件以上のサイトを追った書籍『故人サイト』(社会評論社)を2015年12月に刊行。2017年8月にデジタル遺品解決のための実用本『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)を刊行した。

[古田雄介]