古田雄介のネットと人生
第4回:AR追憶サービス「Spot message」に未来はあるか

[2016/9/26 00:00]

特定の場所でスマホのカメラを向けると、画面に映し出される風景のなかに、現実には存在しない画像や文字情報が付いてくる――拡張現実(AR)技術を用いたサービスはすでに様々な分野で実用化されています。世界的にヒットしているゲーム「ポケモンGO」が、その良い例です。

そして、故人の動画や写真をお墓や縁の場所で表示するサービス「Spot message」もその1つです。

「Spot message」は、供養と追憶の空間を拡げる、まさに画期的なサービスですが、広く世間に受け入れられるかは別問題です。一時の話題の種で終わるのか、文化として定着するのか。将来性を探ってみたいと思います。

Spot messageのAR動画再生イメージ

「墓前でAR動画」を実現するには毎月1,000円(税別)が必要

霊園の入り口に立ち、スマホで公式アプリを立ち上げると、故人からの「家族へ」の文字。画面下には「あと100m」と大きく表示されている。

そのまま霊園のなかを進むと「あと70m」「あと50m」。故人の墓の区画に入ると「あと15m」。墓前に辿り着いたら「あと0m」となり、ここで初めて「メッセージを見る」というメニューが選べるようになる。

タップすると、カメラ越しに表示された墓石の隣に故人の姿が浮かび上がって、あらかじめ用意していたメッセージを伝えてくる。

「墓参りに来てくれてありがとう」「もう夏は終わったな、体調は崩していないか?」「私が死んで5年経ったが、皆元気にやっているか?」・・・・・・。

Spot messageは、AR技術とGPS技術を使って、特定の場所だけで作動する動画や写真、メッセージ情報を埋め込むサービスです。Google Play(提供中)やApple Store(9月下旬提供予定)から無料の専用アプリをダウンロードすれば誰でも再生可能で、会員になってスポットを登録することもできます。

スポットの登録範囲は地球全体です。登録した場所には直接手を加えないため、公営の霊園や故人ゆかりの海岸といった公共性のある場所でも気兼ねなく導入できるのが特長といえます。

現実の景色と重ねるAR動画や写真だけでなく、通常の動画や写真、テキストメッセージを設定することも可能で、再生時期を季節や年月指定で細かく区切ったり、対象を家族や個別の友人限定にしたりもできます。また、スポットの登録は国外にも対応しています。

では利用料金はどうなっているのでしょうか。

2016年9月現在、利用料金はスポットを登録する側のみかかる仕組みです。2カ月を上限に簡易機能が使える「お試し会員」や「無料会員」も用意されていますが、本格的な利用には登録料500円(税別、以下同)と、月額500円の有料会員契約が必須となります。

さらに、AR対応の写真や動画を設定するには、1件につき登録料1,000円と月額500円、それに専用スタジオで撮影するならその分の費用もかかります。

つまり、何年先も残された誰かのためにAR動画を残したいと思ったら、最低でも有料会員費用と1件のAR動画の維持費で毎月1,000円を支払う必要があります。そのときに生きている誰かの振り込み口座も確保しなければなりません。

正直なところ、現在の料金体系のままで一般に広く普及するのは相当難しいでしょう。実際、リリースからおよそ1カ月で集まった無料会員は数百件に及びますが、ARオプションをつけた有料会員登録は数件に留まっています。

ただし、提供側も現状を静観しているわけではないようです。

2016年9月現在の料金プラン。そのほか、クロマキーを使ったAR用動画の撮影サービスも有料オプションで用意している

着想はセカイカメラ以前の2007年

Spot messageを開発・運営するのは千葉県で約30年前に創業した石材店の良心石材です。2代目社長の香取良幸さんが先頭に立って、本業の傍らで、複数のIT企業やベンチャー企業とやりとりし、全世界で安定して提供できる仕組みを考え、国際特許を出願するなど綿密に計画を進めていきました。国内特許はすでに取得済みです。

計画が本格化したのは2014年からですが、着想自体は2007年から温め続けていたといいます。当時の手帳には「AR×お墓」のメモが残されていました。スマホを使ったARサービスの先駆として知られるセカイカメラ(現在はサービス修了)の登場が2009年なので、かなり早い時期からこの技術に目をつけていたことが伺えます。

「根本にあるのは、多くの人がもっと追悼の場に足を運ぶようになってほしいという思いです。お墓やゆかりの場所だけで発信されるメッセージが残せたら、受け取る側のタイミングによってものすごいインパクトが残ると思うんですよ。それこそ人生が変わるくらいの。ARがあればそれができると思い、人生をかけることにしました」

良心石材の香取良幸社長

その思いを胸にサービス提供までこぎ着けたものの、いくつかの課題は残りました。とくに直前まで悩んだのは料金体系でした。

「本当は無料で一生使えるのが理想ですが、数千万円のイニシャルコストや、お墓などの位置を正確に特定する人件費、サーバー代などの負担が大きく、いったんは月額でお支払いいただくかたちにさせていただきました。しかし、このままでは非現実的なので、今後大きく変えていくと思います」

具体的には、レンタル墓のように5年や10年単位で利用料金を登録時に支払う方法や、新規の墓石代に数年分の使用権を組み込むといったアイデアがあるそうです。

また、Spot messageの利用範囲を広げることで、普及を促進するといった取り組みも進めています。追悼目的だけでなく、思い出の場所に婚約メッセージを登録するといった日常的な使い道も提案するようになったのもそのためです。

トップページに貼られているSpot messageの使い道ムービー。日常用とお墓参り用が並んで置かれている

動きが止まるまでは見守る価値はある

お墓参りなどの伝統的な世界と産業界の最新技術は、水と油のように相性が悪いと思われがちです。

たとえば、QRコードを埋め込んだ墓石はおよそ8年前から販売されていますし、インターネット上にお墓を建てるサービスを2000年頃から提供している伝統仏教系の企業も存在しますが、世間一般に普及しているとは言いがたいですし、知らないと突飛な印象を与えてしまうところがあります。

ただ一方で、立体駐車場のように骨壺を動かす自動搬送式納骨堂のように、定着して成長しているものもあります。

ニチリョクが1999年に販売開始した、国内初の自動搬送式納骨堂「本郷陵苑」(東京都文京区)はスタート時こそ不振でしたが、その後火がついて5年ほどで6,300区画が完売しました。いまでは全国の都心部に同様の納骨堂があり、普通のお墓のように手間がかからず、お参りする際のアクセスが良い強みが知れ渡っています。

Spot messageの行く末がどちらになるかは分かりませんが、「人生をかける」といった情熱がサービスに投入されているうちは、成功の可能性を秘めているといえるでしょう。価格体系や販路、あるいは名称など、今後様々な変化を遂げていく可能性があります。

そういう視点で、公式サイトの更新履歴(Spot messageの場合はブログでしょうか)の紆余曲折ぶりをチェックするのも有意義だと思います。

情熱的にSpot messageを操作する香取さん


古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。書き手が亡くなった100件以上のサイトを追った書籍『故人サイト』(社会評論社)を2015年12月に刊行。2017年8月にデジタル遺品解決のための実用本『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)を刊行した。

[古田雄介]