新しく始まった「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」は、どれぐらい使えるのか

[2019/8/13 00:00]

故人の口座から葬儀費用が引き出せる

2019年の7月1日から「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」が始まりました。

これは、亡くなった人の葬儀費用などを、故人の銀行口座から150万円以内という上限付きで引き出すことができるものです。

通常、金融機関は、口座の名義人が亡くなったことがわかると、口座を凍結してしまいます。

この凍結は、遺族による相続手続きが終わるまで続きます。

そのため、残された遺族が、葬儀費用などを引き出せずに困ってしまうという問題がありました。

「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」は、そういうときに、上限付きではありますが、口座からお金を引き出せるという制度です。

では、実際にはどれぐらいアテになる制度なのか、運用開始後の実情を確認してみましょう。

思っていたほど便利ではない

「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」の趣旨を聞いたときに、想像したのは次のような制度でした。

  • 故人の預金通帳、印鑑、それに、お金を引き出す人の身分証明書(マイナンバーカード、運転免許証)などを持って、口座のある銀行の支店に行く。
  • 専用の書類などに記入することで、150万円以内の現金がすぐに引き出せる。

しかし、全国銀行協会のリーフレットを見ると、「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」は、そういう制度ではありませんでした。

まず、必要な書類が膨大です。

  • 被相続人(故人)の除籍謄本、戸籍謄本または全部事項証明書(出生から死亡までの連続したもの)
  • 相続人全員の戸籍謄本または全部事項証明書
  • 預金の払戻しを希望される方の印鑑証明書

つまり、相続の手続きに必要な書類と、ほぼ同じ書類が必要となります。

経験がある方にはお分かりでしょうが、「故人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本」を集めるには、手間と時間がかかります。

さらに、相続人が多い場合は、全員の戸籍謄本を集めるのも大変です。

郵送を待つ期間があるので、手際よくやったとしても、1週間から1カ月ぐらいの日数が見込まれる作業なのです。

葬儀費用には間に合わない可能性が高い

一方、故人の葬儀の費用は、いつ必要となるのでしょう。

これは、その土地柄や葬儀社によって異なります。

農村地帯では、葬儀が終わったその日に請求書とともに現金払いを求められることもあります。

葬儀の当日に香典がたくさん集まるので、それで困らないそうです。

都会の葬儀社ならば、生命保険からの入金や給与の支払日を考慮して、1カ月程度は待ってもらえるのが普通です。

いずれにしても、「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」の手続きをしていると、間に合わなくなる可能性が高いのです。

結論として、「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」を、葬儀費用に充てることは考えないほうが良いでしょう。

例えば、生前に故人と相談して葬儀費用を預かっておくなどしておいた方が安全です。

また、受取人が指定できて支払いが早い、生命保険などの利用を検討しても良いでしょう。

「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」は、もう少し後の生活費などを目的にしていると思った方が良さそうです。

必ず150万円引き出せるとは限らない

最後に、「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」で引き出しができる金額についても注意があります。

この制度では、一般に「150万円が上限」とされています。

それは間違いではないのですが、正式には次のような式で計算をします。

「相続開始時の残高×1/3×払戻しを行なう相続人の法定相続分」

例えば、相続人が長男と次男の2人で、口座の残高が600万円だとしましょう。

その場合、長男が単独で払戻しができる額は、次のようになります。

600万円×1/3×1/2=100万円

というわけで、「必ず150万円が引き出せるわけでない」ということは覚えておきましょう。

[シニアガイド編集部]