第32回:葬儀社が開発したアプリ「TASUKI(タスキ)」はデジタル遺品問題を解決するか

[2019/1/31 00:00]

首都圏を中心に展開している葬儀社のアーバンフューネスは、デジタル遺品の問題を解決するというスマートフォンアプリ「TASUKI(タスキ)」を開発しています。

どういった切り口で解決していくのか、狙いと仕組みを聞くために同社を訪ねました。

デジタル遺品は「見えにくく」て「未整備」

そもそもデジタル遺品はどんな問題を抱えているのでしょうか。

これまでの連載でも触れていますが、デジタルという見えづらい状態で残っている遺品であること、死後の対応について機器やサービスのサポート体制が追いついていないこと、この2つに集約できます。

デジタル遺品は物体として残っていない場合が少なくありません。

たとえばネット口座やSNSのアカウントなどは、デジタル環境を通してしか確認できないケースもあります。

故人のスマートフォンやパソコンが使えればそれらにアクセスできる可能性は格段に上がりますが、強固なロックに阻まれて遺族が中に入れないというトラブルもしばしば発生しています。

そうした困った事態になったとき、通信キャリアやメーカーが対応する枠組みはなく、ネット上のサービスも遺族が資産を引き継げるケースと無理なケースが混在しています。業界全体のガイドラインがなく、デジタル遺品全般を支えるセーフティネットは存在しないのです。

一方で、いま日本ではキャッシュレス化が推進され、世界では個人情報をひとり一人が管理する潮流が起きています。伴い、デジタル資産の重要度は何かと高まっていますが、遺品になったときのサポート体制がなかなか追いついてこないというのが現状です。

このデジタル遺品問題と「TASUKI」はどう向き合うのでしょうか。アーバンフューネスのオフィスにて、開発を担当するイニスジェイの代表取締役である村越隆さんに解説してもらいました。

株式会社イニスジェイ 代表取締役 村越隆さん

託す設定をブロックチェーンでメンバー間管理する

TASUKIは、家族間や仲間内で利用していくうちに人間関係を構築していけるコミュニケーション機能を基本としています。

グループチャットのような感覚でAさん家族が一家の連絡網として使っていると、Aさん家族の「ファミリーツリー」が構築され、Aさんが実家とやりとりすると、ファミリーツリーが離れて暮らす両親の家ともつながるなど、利用するほどに人間関係がマッピングされる仕組みです。

この関係図にいる人の中から、自分が死亡した際にデジタル資産にアクセスするための「カギ」を渡す相手を選びます。

「スマートフォンのパスワードとネット口座の情報は配偶者に」、「趣味のSNSのIDとパスワードは職場の同僚と地元の友人に」といった具合にデジタル資産ごとに渡す相手を指定する一方で、誰にも見られたくない情報は死亡と同時に削除するように設定することも可能です。

日頃のやりとりに利用しつつ、ふと思い立ったときにデジタル資産の行く末に道筋をつけておく、といったスタンスで使うアプリといえるでしょう。

左の画面のように「ファミリーツリー」を構築して、個別にデジタル資産の「カギ」を渡す相手を選ぶ。ファミリーツリーは血縁に限らず構築可能で、「会社の同僚だけ」といった線引きもできる

ファミリーツリーやデジタル資産の設定は、アーバンフューネスのサーバーで管理するのではなく、ブロックチェーンを使ってツリーのメンバー同士で分散管理するのがポイントです。ブロックチェーンは仮想通貨で使われている技術で、中央集権で管理しなくても改竄(かいざん)を防げるうえ、情報の変更をリアルタイムで監視できる利点があります。

これにより、個人情報を企業に預けるリスクを負わずに、メンバー同士で設定の変更共有が可能になります。

たとえば誰かがスマートフォンを機種変更したり、デジタル資産を託す設定を追加したりしたら、その瞬間にツリー内のメンバーで変更した情報を共有できます。

仮にAさんが亡くなったら、メンバー全員にAさんの死亡が伝わり、指定した相手には指定したデジタル資産の情報にアクセスする「カギ」が渡され、誰にも見られたくないデータは人知れず消去されるというわけです。

託したい情報が託したい相手に届く。この筋さえ確保できれば、デジタル遺品の見えにくさは解消されますし、端末のパスワードも伝わるなら通信キャリアやメーカーのサポートが現状のままでも問題ないでしょう。

TASUKIの大筋のコンセプトはデジタル遺品問題の本質を確かに捉えていると思います。

死亡確認はあえてアナログで

では、細部の気になるポイントを見ていきましょう。まずは死亡確認はどのようになされるのかです。

死亡が確認されて「カギ」が渡される仕組みですが、これは遺族が死亡届(死亡診断書)を提出することで発動するそうです。より正確にいえば、死亡届によって行政から発行される火葬許可証を葬儀社が受け取り、その情報から本人確認するプロセスを経ます。

火葬許可証を死亡確認に用いる手法は、ヤフーが総合終活サービス「Yahoo!エンディング」において2014年から2016年まで提供していた「ヤフーの生前準備」機能と同じです。

確実性の高い方法ながら、発動するには契約者が持つIDカードを元に遺族がサービスに問い合わせる必要があり、提携する葬儀社を仲介するといった条件も重なっていました。手続きが煩雑だったことから利用者数が伸びず、2年足らずで提供を終了したといわれています。

生前準備機能を備えていたかつての「Yahoo! エンディング」。画期的な仕組みだったが、利用者が伸びなかった

TASUKIはこの手続きをシンプルにする仕掛けに注力したといいます。

「担当される葬儀社様が、アーバンフューネスの葬儀社向けプラットフォーム『MUSUBYS(ムスビス)』を導入しているなら、自動で紐付けられてカギが開く仕組みです。導入していない場合は、ツリーメンバーのどなたかに弊社に連絡してもらう仕組みです」(村越さん)

アーバンフューネスは2020年までに年間死亡者数の1割を担う葬儀社にMUSUBYSを導入してもらうことを目標としています。つまり、現状多くの場合は後者のケースに進むことになります。

この場合、TASUKIにある「死亡通知がおありの方はコンタクトセンターにご連絡ください」という画面を読んだメンバーに連絡してもらい、あとは同社が担当葬儀社とやりとりしてカギの発行まで進めることになります。ひと手間かかりますが、縁者がTASUKIを普段使いしているなら誰かがアクションしてくれそうです。

TASUKUの死亡確認の流れ

通話履歴やアプリごとの履歴は消せない

次に、デジタル遺品を削除したり引き継いだりする設定の詳細です。

インターネット上のサービスには、前述のとおり、遺族が引き継げるものとそうでないものがあります。

また、本人以外がIDとパスワードと使ってログインすることは不正アクセス禁止法に抵触するおそれもあります。

この領域まで踏み込むのはリスクを伴いそうですが、「各運営元の規約に従うというのが我々のスタンスです。TASUKIは本人が指定したIDとパスワードなどの情報にアクセスするためのカギを渡す仕組みで、その先のことはメンバーの方々の判断に委ねられます」と線引きしています。

また、削除に関しては、通話履歴やブラウザーの閲覧履歴、そのほか他のアプリケーションに残った履歴や設定などを個別に指定はできません。

iPhoneやAndroidの設計上(あるいはアプリストアの審議上)、自身のサービスの枠を越えた処理が認められないので、スマホアプリという提供形態である以上は仕方ないでしょう。

「最初のリリースでは『指定したアカウントを自動的に消すか、残すか』しか用意しないと思います。残すのなら、誰に渡すかだけを決められるというかたちになると思います」(村越さん)

最新のリリース予定は2019年夏

最後はリリース時期です。TASUKIの名称が発表されたのは2018年10月で、当初は同年のうちにリリースされると言われていました。それがメディア露出のたびに「2019年春」、「2019年内」と伸びているのは気になるところです。

村越さんは「現在のところ、2019年夏にリリースする予定で動いています。一次リリースに盛り込む機能が想定以上に増えて、時間がかかってしまっているのが現状です」と説明します。

最初に投入するバージョン(一次リリース版)には、デジタル遺品の管理機能とファミリーツリー内でやりとりするSNS機能のほか、スケジュール機能とリコメンド機能に加え、あと2つ主要メニューを用意する予定といいます。

そして当面の目標として、年内には8~10万アカウントに達したいとのことです。


TASUKIが多くの人に使われるほど、日頃からデジタル資産(デジタル遺品)に対策を講じる意識が浸透するでしょうし、葬儀業界でもデジタル分野の対応方法が確立していく期待も高まります。

逆に、利用者数が伸びずにニッチな存在のままであれば、最小の手間で発動できるとしても、メンバーが思うように動いてくれないエラーが増えるはずです。

いずれにしろ、実用的なデジタル遺品対策の手段が増えることは公共の利といえるでしょう。その利がどれだけ大きくなるのか、今後も見守っていきたいと思います。


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古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。書き手が亡くなった100件以上のサイトを追った書籍『故人サイト』(社会評論社)を2015年12月に刊行。2016年8月以降、デジタル遺品研究会ルクシー(http://www.lxxe.jp/)の理事を務めている。2017年8月にデジタル遺品解決のための実用本『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)を刊行した。

[古田雄介]