第33回:インターネットは認知症の人の声を拾えるか

[2019/2/27 00:00]

SNSやブログを通して認知症を患う本人が手軽に情報発信できる時代になりました。

しかし一方で、そうした発信に戸惑っているという声もまだ根強くあります。認知症について当人の声が聞けるサイトのスタンスに触れながら、向き合い方を考えてみましょう。

小池一夫さんのツイートに「投稿をやめたほうがいい」の返信が

2019年1月18日、劇画『子連れ狼』などで知られる劇画原作者の小池一夫さんがアルツハイマー型認知症と診断されたとツイートし、大きな反響を呼びました。5千件以上のリツイートと3万5千件以上の「いいね!」が付いています。

反響の大半は肯定的なものですが、一部には「呆けはじめてる自覚あるなら実名twitterやめたほうがいい」(原文ママ)など、戸惑いをみせる声もみられます。この投稿に対し、小池さんはこう返信しています。

SNSやスマートフォンが世界中に広がり、いまはネット上に誰でも、いつでも、どんな状況でもメッセージを残すことが可能になりました。それはネットがない時代では気づくはずのなかったような遠くの人の声が、耳に入るようになったということでもあります。

認知症が身近でない人のところに、認知症を患った人の声が届く。それが不思議でない状況になっていますが、慣れていないのでどう対応していいか分からないという戸惑いが多いのも現実ではないかと思います。

そうした空気感のなか、朝日新聞社は認知症の当事者が発信する情報サイトとして「なかまぁる」を2018年9月に立ち上げました。どんな狙いが込められているのでしょうか。

認知症当事者とともにつくるウェブメディア「なかまぁる」

認知症を自分ごととして捉える人に届くコンテンツを目指す――「なかまぁる」

「なかまぁる」は、同紙の創刊140周年記念事業「認知症フレンドリープロジェクト」の一環としてスタートしました。

計画が立ち上がった当初は「認知症に特化したメディア」という方向性だけでしたが、突き詰めるうちに認知症を患う本人や家族、医療介護関係者など、認知症に自分事として向き合っている人=認知症当事者とともに作るというビジョンが固まっていったそうです。

編集長の冨岡史穂さんは「俯瞰したところから『認知症の定義とは』みたいにつくっていくのではなく、当事者の目線で『こんなことやったよ』『私これができるよ』と伝えて広げていくことに重きを置いています」と説明します。

「なかまぁる」の冨岡史穂 編集長

認知症に馴染みのない層に直接向けて発信するというより、まずは認知症を日常としてよく知る層の間でコンテンツを育てていき、周囲の層の目にじわじわと広げていくという戦略といいます。

イメージは「ネット上の居場所」。本人や家族、医療関係者が会話し、部屋には本人たちに役立つ情報が載ったパンフレットやイベントのチラシがさりげなく置いてある、といった感じでしょうか。

そのため、サイトのデザインとコンテンツは認知症の本人に読んでもらうことを意識しています。当事者からの多くの声を反映し、認知症に関するネガティブな面を切り取るよりも、どういうふうにポジティブに捉えるかに重きをおいた構成を重視しているとのことです。

その一方で、当事者以外の人の目も意識しています。認知症を患う「本人」が発信するコンテンツは現状インタビュー記事が中心となりますが、「本当はご本人が作ったコンテンツをそのまま公開するということもやりたいのです。体制がまだ整っていませんが、少しずつ取り組んでいきたいです」(冨岡編集長)。

サイト上の情報に責任を持つという意味で、誰が発信するにしてもノーチェックというのは現実的には難しいでしょう。しかし、極力手を加えないで発信する意義はあると考えているそうです。

「認知症の方々へのインタビューを通して気づいたのですが、認知症だから個性が失われるということはまったくなくて、むしろ会話を通してその人固有の強いものが見えてくるんです。元々の生き方、ポリシーみたいなものがしっかりと。『この前お会いしましたっけ?』というやりとりがなければ、認知症のことを忘れて話し込んでしまうこともあるくらいなんですよ。

だから、『認知症になっても前向きに生きられるか』を考える前に、『いま現在、ちゃんと自分の人生を生きているか』が重要なんだなと。それを認知症の当事者ではない多くの人に知ってもらえるようなコンテンツも発信していきたいと思っています。それにはご本人の声は欠かせません」

すでに「本人の声」に触れる機会はあふれているのかも

認知症を患う方の生の声を聞きたいなら、「認知症 本人 ブログ」などで検索すると多くのページがヒットします。

この連載の11回目で紹介した、患者自らの病の語りを公開している「ディペックス・ジャパン」には「認知症の語り」の項目があり、本人や家族のインタビュー動画が多数視聴できます。

そして、冒頭の例にあるように、普段使っているSNSに認知症を患う本人の投稿が流れてくることも珍しくなくなっています。

ディペックス・ジャパン「認知症本人と家族介護者の語り」

認知症について多くのケースに触れられる機会は、10年前、20年前と比べると格段に増えているといえるでしょう。コスト面で考えても劇的に軽くなっています。その気になれば、1日の通勤通学の間に2~3人の人の声が聞けるでしょう。

それくらい気軽になっているなら、あとは受け取り側が知ろうとするか、しないかという問題といえるかもしれません。

厚生労働省は2015年1月に「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」を発表しました。その冒頭で、2025年には認知症を患う人が高齢者だけで700万人に上るとの推計を載せています。高齢者の5人に1人が認知症になる計算です。

人生の終わりに認知症を患うというのは、もはや日本人にとってよくあるパターンになっているといえそうです。それこそ「君の将来かもしれンよ。」ということでしょう。

「なかまぁる」も、やはり2025年頃の日本を見据えているそうです。

「学ぶというより楽しむ要素がないと、社会というものは変わっていかないと思います。ですから、『なかまぁる』をより楽しいサイトにしていきたいですね。親しみやすく、身近であるように。それが『認知症フレンドリー』な社会への近道になるといいなと考えています」


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古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。書き手が亡くなった100件以上のサイトを追った書籍『故人サイト』(社会評論社)を2015年12月に刊行。2017年8月にデジタル遺品解決のための実用本『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)を刊行した。

[古田雄介]