第34回:北米の終活文化「エステートセール」はインターネットで海を越える

[2019/3/25 00:00]

北米では家主が人生の終わり頃に家財や不動産などを一切合切売る「エステートセール」という文化が根付いています。

これを日本でも広めるために活動している人がいます。実家の片付けが大詰めを迎えるなか、母が大事にしてきた和人形を売れないか相談しました。

実家売却で、にわかに存在感が高まった和人形たち

筆者の実家は名古屋市の郊外にあり、ここ2年は空き家になっていました。父が没した後数年は母が一人で暮らしていましたが、身体的な衰えを感じるようになり、いまは川崎市にある筆者宅の近くにある賃貸に移っています。

実家には当時暮らしていた家具や家電、調度品などの多くが残っていますが、いまの住まいには物量的に持ち込めないため、実家の売却時にまとめて廃棄してもらうということで母も納得しています。

ただ、長らく保管してきた和人形を廃棄するのは決心に時間がかかったようでした。

本棚の上や押し入れには、姉が生まれたときに祖母から贈られたひな人形や、祖母が亡くなったときに引き取った能人形などがあります。普段はあまり気にかけないものの、捨てるとなると気が引けるのはよく分かります。

実家に残された和人形たち

そのため実家の売却が決まったすぐ後に、近所のリサイクルショップや中古品店に買い取ってもらうよう相談しましたが、いずれも「人形は持ち主の思い入れが強い反面、中古になると買い手がつきにくい」という理由で断られました。

引き取り手がいないなら仕方ありません。こうした経緯を辿ったうえでの「納得」でした。

ところが、実家の引き渡しが一カ月後に迫ったところで売却できる可能性が再び浮上しました。

仕事の場でたまたま、国内でエステートセールのコンサルタント活動をしている堀川一真さんと出会ったのです。不躾と思いながら実家の和人形のことを相談すると、二つ返事で名古屋に駆けつけてくれました。

堀川一真さん。30歳になった1994年にオクラホマ州の大学に留学し、かの地でエステートセールに従事した

北米で1970年頃に一般化したエステートセール

北米では持ち主が亡くなったり、先々の人生を意識して身辺整理したいと思ったりしたとき、手持ちの品々を売却するために不動産や家財道具、調度品、趣味のアイテムなどの価値を査定するプロを呼ぶことがよくあります。

プロは1~2週間かけて家の中のものをしっかり見定めて値札を貼っていき、最後に家の前に受け付け用のテントを張って販売可能な状態にします。この自宅を使った即売会が「エステートセール」です。

自宅で店を広げるといえばガレージセールが有名ですが、あちらは持ち主が好きに値付けして売り出します。対して、エステートセールではプロの査定が入り、各分野の市場価値に基づいた値で売るといった違いがあります。

米国では1900年代初頭から実施されたという資料が出てきますが、一般化したのは1970年頃と言われています。核家族化が進行し、家が受け継がれにくくなった社会変動が普及を後押ししたようです。

堀川さんは1990年代にオクラホマ州に留学し、そこで多くのエステートセールに携わりました。

当時から「3日間の開催で1,000人くらいの人が集まるのはザラ」という盛況ぶりで、いまはさらにインターネットもあります。最近は近所の人に加えて、開催中のエステートセールが探せるサイトを頼って遠方から参加する人も増えているそうです。

エステートセールの検索サイト大手「Find Estate Sales」。米国内で開催中のエステートセールが検索できる

このエステートセールを日本で普及させようというわけです。そのための構想を10年前から練り続け、2018年に日本エステートセール協会を設立しました。

品物の価値を最大限に高めて、ニーズのある場所につなぐ

「あー、この子素敵ですね。表情が柔らかくてとてもいいです。着物は古布ですか? 非常に面白い風合いですね~」

堀川さんに実家にきてもらったのは2019年2月末。ケースから人形を取り出して、一体一体をじっくりと愛でながら査定してくれるので、母もずっと楽しそうでした。

母の口からも、能人形は祖母の知人に作ってもらったこと、今は亡き友人から贈ってもらった人形もあることなど、未聞のエピソードが次々に飛び出します。

筆者としても、単なる実家の風景の一部でしかなかった人形たちが、初めて個別の存在として記憶に入り込んできたような不思議な体験となりました。

ガラスケース入りのひな人形を査定。国内では場所をとらないことが利点になるため、ケースから出して男雛と女雛の2体セットで売り出すことになった

堀川さんはエステートセールを仲介する存在なので、買い取りはしません。

より多くの買い手の目に売りたい品々が映るようにサポートしてくれるプロです。現地で品々を確認したうえでいったん預かり、群馬県にある自身のアンティークショップで見栄え良く撮影したり、修理したりして、価値を最大限に高めたうえで、品々にあわせた販路に売りに出します。

その品の価値を知り、お金を払ってくれる人が集まる場所とつないでくれるわけです。「たとえば、翡翠(ジェイド)の置物は日本だとあんまりですが、米国だと大人気なんです。国内だと数千円程度とみられる香炉を、向こうで1,600ドル(約17万5千円)で出品したりしています。そうやってモノの価値というのは場所によって大きく変わるんですよね」

年代モノのクルマならマニアが集まるオークションに出し、美術品ならサザビーズなどに出品することもあります。和人形なら、海外にもファンが多いので国内店舗での販売と併行してebayなどの海外オークションサイトに出品するのが常道とのことです。

和人形の多くは実際にebayに出品してもらっている。ケースから取り出し、堀川さんのスタジオで撮影してもらった写真が貼られている

文化を後世に残すためのエステートセール

そうして売買が成立したときに、基本設定として、出品手数料を抜いた額が1万円以下なら50%、1万1円~9万9999円なら45%、10万円以上なら40%の報酬を受け取ることで活動しています。

遠方出張預かりの際のガソリン代や、大物の預かりで必要な倉庫代など、状況によっては様々な実費がかかりますが、これらも最初に販売した金額から差し引くかたちで受け取る仕組みにしているそうです。

今回査定してもらった5セットある和人形の出品目安額は合計で4万円程度。何十品目とまとめて依頼する人もいるなかで、少量少額の依頼になってしまい引け目を感じましたが、堀川さんは「まったく気にしないでください」と強く首を横に振ります。

活動の根本には米国の師匠の言葉があるそうです。「『日本は遺品を全部処分するだろ? それだと文化が残らない。良いモノは後世に伝えないと。エステートセールを知ったからには、それをお前がやれ』と言われましてね。収益が軌道に乗るにはもう少し時間がかかりそうではありますが(笑)、ずっと続けて広めていくことに意味があると思っています」

そして3月中旬、5セットの和人形のうち、祖母が大事にしていた能人形が35ドルでニューヨーク在住の方に落札されました。預けてから2週間後、ebayに出品してから3時間後のことです。こんなメッセージが届いたと教えてもらいました。

「Oh thank you so much for such a surprising response. It s my honor to have the historic vintage. I hope what s behind it can be passed on to the new world permanently. I really love Japanese culture and music, which pass through such a long way and many ages.Thank you so much! I am honored to take the chance to keep the vintage, as one of the custodian during it s endless life.(その様な返事をいただきまして本当にありがとう。歴史的なヴィンテージを持つことは私の名誉です。その様な歴史背景のあるものが新しい世界に伝えられることを願っています。私は日本の文化や音楽が大好きです。それは本当に長い道のりと長い年月を経ています。どうもありがとうございました! 私は一生この人形を大切にしていきます!)」

堀川さんのサイトに能人形の落札レポートが掲載された

堀川さんに依頼しなければ、今頃確実に廃棄されていました。70年ほど前に祖母の知人が丹精込めて作り、祖母が大事にし、母が形見として引き取った人形が海を渡って生き続けるわけです。


米国と日本は核家族化が進んでいる社会事情はよく似ていますが、中古品や遺品に対する捉え方には違いがあります。

とくに遺品に対しての忌避感が強く残る日本では、遺品整理の局面でのエステートセールが浸透するのはどうしても時間がかかってしまうでしょう。

しかし、インターネットを使って販路を拡大すれば、忌避感のない文化圏にもリーチしていけます。国内での文化の浸透を待たず、文化を消失させずに後世に渡していけるというわけです。

現在、堀川さんは一人で活動していますが、今後は今後は一般社団法人生前整理普及協会と連携するなどして横のつながりを強化して行くそうです。インターネットを使った新しい時代のエステートセールが日本に根付くことを期待したいです。


関連するサイト


古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。著書に『故人サイト』(社会評論社)『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)など。2019年3月に、コラム集『死とインターネット』をKindleで発行した。

[古田雄介]