第40回:命尽きるまで、ネットを活用できる時代

[2019/8/30 00:00]

指を動かすことが困難になっても、いまは身体の一部のわずかな動きや視線でパソコンやスマホを操作することでコミュニケーションや仕事を継続することができます。意識があるかぎり、命尽きるまで、意思を伝え続けるにはどうすればいいのか、探っていきましょう。

亡くなった当日までTwitterで情報発信

2019年4月17日、肺炎のために82歳で亡くなった劇画原作者の小池一夫さんは、その当日に生前最後の投稿をTwitterにアップしました。

肺炎を患い、危篤を経験した前後もリアルタイムに近いタイミングでのつぶやきを残しており、生きている限り情報発信する姿勢を崩さなかったことがうかがえます。

小池さんのような姿勢は簡単ではないでしょう。ただ、現在は病に伏したり身体の自由に制限が生じたりしても、インターネットを通して情報発信できる時代であることも確かです。また、それを助けてくれる入力装置の幅も広がっています。

息が吹ければ、目が動けば、LINEやFacebookが更新できる

東京都文京区にある東京都障害者IT地域支援センターに足を運びました。同センターにはパソコンやタブレット、スマホ等を扱うための様々な支援機器やソフトが試用できる状態で展示されています。

東京都障害者IT地域支援センターの展示スペース

意思伝達装置コーナーで目立っていたのは、日立ケーイーシステムズが1997年から販売している重度障害者用の意思伝達装置「伝の心(でんのしん)」です。同ジャンルの定番的な存在の一つに数えられます。

「会話」「呼音」「メール」などのメニューが画面いっぱいに並び、選択状態を示すカーソルが自動でゆっくりと移動する仕組みになっています。目的のメニューが選択されたときにスイッチを押すと、メニューが実行されたりその下の階層に進んで文字入力画面に移動したりして、より具体的な操作ができます。

現行バージョンではメールの送受信のほか、LINEにも対応しています。

一種類の入力信号により、様々な意思伝達ができるわけです。指先のわずかな動きでオン・オフできるスイッチや、息の吹きかけで入力できる装置、顎を載せてカスタネットのように操作できる機器などを組み合わせることで使用シーンを広げます。

重度障害者用の意思伝達装置「伝の心」
スイッチを操作することでメールの送受信やLINEができる。現行バージョンでは、視線検出式入力装置にも対応している

視線入力装置コーナーでは、「トビーPCEye」シリーズや「リカナス Windows版」、「OriHime eye」などを実装したパソコンがズラリと並んでいました。

視線入力装置は、画面に表示されるメニュー項目を一定時間見つめたり見つめたまま瞬きしたりすることで目的の作業を選択したり実行したりします。メールやFacebook等のメニューが並ぶソフトもあり、その場合は文字盤画面でテキスト入力して情報発信が可能です。

「トビーPCEye」シリーズなどが実装されたパソコン。画面の四隅を見つめるなどのキャリブレーション(初期調整)を実施して操作する

技術と制度の両輪で進んでいく

センター長の堀込真理子さんは、支援機器のバリエーションが近年どんどん広がっていると語ります。

「テクノロジーの進化で、専門機器の精度が増す一方、廉価な一般商品の選択肢も劇的に増えていると感じます。たとえば、視線入力センサーは安価なものならAmazonで1万円台のものも見つかります。スマホやタブレット用アプリには数千円で使えるものもありますし、iPhoneの『アクセシビリティ』機能のように標準で搭載されている支援機能も充実しています。自分に適合するスイッチや入力方法を一つ持てば、パソコンやタブレット、スマホでかなりのことができるはずです」

iPhoneで、【iPhoneの設定>一般>アクセシビリティ】に進むと、すべての操作を音声でガイドする「VoiceOver」などの視覚サポートや、手の震えによる誤動作防止機能などを含んだ操作サポート、それに聴覚サポートなどの機能が使える
定番となっている意思伝達装置「トーキングエイド」のiPadアプリ版。テキスト版アプリは8,400円でダウンロードできる

こうした変化は、技術だけではなく、制度の進化も欠かせなかったといいます。

「2014年に日本が障害者権利条約を批准したことは大きかったと思います。この条約の柱は障害に対して社会が合理的な配慮をするという考えでして、民間なら合理的配慮の努力義務、行政機関等なら法的義務を負うようになっています。障害に対して社会全体で取り組むことが義務になっているわけです。

そうした制度と技術の進化が両輪になって進んでいます。どちらかだけでは成り立たないでしょう」

ただ、現状でも不足しているところは少なからずあります。堀込さんが実感している一つが地域格差です。

「このセンターは東京都の税金で運営していますが、問い合わせは全国から届きます。相談された方の道府県に同種の施設があればそちらを紹介しますが、まだ存在しないということも少なくなくて…。

ICTの技術はかなりいいところまできていると思います。ただ、必要としている人にはまだ届ききれていないんですよね。利用する人それぞれに技術をカスタマイズする必要がありますが、サポートしてくれる人員も予算も足りていないという印象です」

病院にいながらにして「勤務先にいる」と実感

このセンターには新潟病院から遠隔操作ロボ「Double Robotics(通称、ダブル)」を使ってテレワークしている男性がいます。センターの立ち上げメンバーでもある斉藤恵司さん。取材時にインタビューをお願いしたところ、快く応じてもらえました。最後は斉藤さんの談話で締めたいと思います。

「Double Robotics」。iPadの画面に映っている斉藤さんに話を伺った

斉藤さんは20歳の頃に筋ジストロフィーと診断されてから、車椅子を使う生活となりました。25歳頃にそれまで勤めていた富士通を退職して上京。社会福祉の専門学校を経て現在の社会福祉法人に再就職し、2005年の東京都障害者IT地域支援センター設立を機に職場をこちらに移します。

その後、2013年に脳出血を発症し、筋ジストロフィー専門の療養病棟のある新潟病院に長期入院となりましたが、2015年に芝浦工大の研究に参加してダブルを導入してからは、病院にいながらにして職場を縦横無尽に動いて仕事できるようになりました。

ダブルはタイヤとモーターのついた足下からポールが垂直に伸び、頭部の部分にiPadやスピーカーマイク、WEBカメラなどがついた簡素なつくりです。ワイヤレスで駆動し、Skypeのようにテレビ会議ができるもので、新潟にいる⻫藤さんがリアルタイムで遠隔操作をします。

「入院してしばらくはメールのやりとりだけで仕事をしていたので、孤独感を感じたり、ちょっとしたニュアンスが通じないもどかしさを感じたりしました。ダブルを使うようになってからは職場にいる感覚が戻ってきたんですよ」

堀込さんも「ダブルが導入されてからは、本当に『今日、職場で斉藤さんといたよね』と感じたりするようになりました」と同調していました。

ただ、こうした自宅以外でのテレワークが一般化するには課題も多いといいます。

「Wi-Fiが使えるところが限られているのと、まだたまにつながりが悪くなったりします。このあたりは5Gの普及などで徐々に改善されるのではと期待しています。

あと、私の場合、大事なことは病院のテレワークへの理解ですね。治療中心の入院ケースでは就労は難しいでしょうが、生活の場でもあるような療養の場や施設などでは、今後、事例も増えていくように思います」


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古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。著書に『故人サイト』(社会評論社)『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)など。2019年3月に、コラム集『死とインターネット』をKindleで発行した。

[古田雄介]
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