第42回:ガラケーにかけがえのない思い出が死蔵されがちな理由
昔使っていた携帯電話端末を再起動するイベントが人気を集めています。
1990年代から2000年代に多くの人が使っていた携帯電話には、どんな人生の記憶が保存されていて、人は何を求めて再起動するのでしょうか。
auが全国展開している「おもいでケータイ再起動」イベントで探ってみました。
10年前のメインケータイが再起動
2019年10月19日、東京・多摩地区のカルチャーフェス「NEWTOWN 2019」の一角で、auが開催していた「おもいでケータイ再起動」にお邪魔しました。
おもいでケータイ再起動は、かつて自分が使っていた携帯電話端末の再起動を無料でサポートしてくれるイベントです。2016年7月に新宿でトライアルが実施されて以来、これまで全国で80回以上、5000人を超える人の思い出と向き合ってきました。
携帯電話端末のバッテリーは長らく充電しないでいると過放電という状態になり、付属の充電器を使っても起動できなくなります。
しかし、バッテリーの故障判定に使う業務用テスターを使えば、故障等がない限り過放電状態が解消できます。この特性を利用して古い端末を再起動させるというわけです。
テスターにかけるにはバッテリーをむき出しにする必要があるため、構造上スマートフォンには対応しません。ストレート型端末や携帯電話普及期の主力を担った折りたたみ式端末などが対象となります。通信キャリアやメーカーは問わず対応してもらえます。
私が持参したのは、2007年に発売されたソフトバンクの折りたたみ式端末「814T」。10年近く前にiPhoneに乗り換えてからは一切通電していませんでした。持ち込む前に充電器を試しましたが、案の定どれだけ待っても電源が入りません。
しかし、背面のカバーを外してバッテリーをテスターに付けてもらうと、過放電が解消されて正常に動作するようになりました。そのまま3分間充電。モニターには800mAhと容量が表示されていました。
これで電源が入る状態になりました。バッテリーを端末に装着し、モバイルバッテリーにつなげながら電源投入を試みます。どれが電源投入ボタンかも忘れていましたが、スタッフの方のサポートを受けながらどうかに液晶画面を光らせることに成功しました。しばらくすると懐かしい壁紙が浮かび上がってきます。
サポートしてもらいながら写真やメール、通話履歴などを調べていくと、どうも2010年頃まで使っていたようです。
アドレス帳に並ぶ顔ぶれが懐かしく、現在との人間関係の変遷に驚かされます。
写真もやはりここ数年は目にした覚えのないものばかりでした。撮ったことすら忘れていたものばかりです。懐かしくも、味わったことのないような新鮮な感情がわいてきました。
ガラケーは個々人のデジタル資産史においても孤島
なぜ懐かしいのか。それは次の端末に引き継がれずに断絶していたデータが多かったからではないかと思います。
最初期からイベントに携わっているKDDI コミュニケーション本部宣伝部の井上義規さんはこう語ります。
「カメラ付き携帯電話が流行してしばらくは、『アドレス帳は次の端末に引き継ぐけれど、画像や着メロなどは移せなくて当たり前』という風潮がどこかにあって、その端末にしか残っていない写真などを持たれている方が多いように感じます。microSDカードが挿せる端末が増えて、じわじわと丸ごとバックアップする考え方が普及していって、スマートフォンの頃にはそれが当たり前になったというところがあったのかもしれません」
たしかに、814TはmicroSDカードスロットがついていますが、自分自身が丸ごとバックアップをするようになったのはスマートフォンに乗り換えてからです。それまでは写真や着メロ、送受信したメッセージなどは端末に置きっぱなしにしていました。
だからこそ、再起動に成功した人達はあらゆるデータを懐かしむようです。
「興味を持たれないものはほぼないですね。起動音やメニュー画面であっても懐かしんで笑顔になられています。留守電メッセージでの音声が復活することも少なくありません。若くして亡くなったお母さんの声を10年以上ぶりにお聴きになった方には『一生の宝物ができた』と喜んでいただき、我々も一緒に涙しました」(井上さん)
フィーチャーフォン、いわゆる“ガラケー”は、丸ごと引き継ぐ環境や文化が育つ過渡期に主力を担った道具であり、個々人のデジタル資産史において陸の孤島のような存在になりやすいのかもしれません。クラウドやバックアップ手段が発達し、引き継ぐのが当たり前になった現在ではなかなか体験できないような、固有の懐かしさを育む条件が揃った道具といえそうです。
バッテリーや基板の故障などで再起動ができなくても、「これですっきりした」と満足する人が多いというのも印象的でした。イベントを通した成功率は7~8割で、満足度は97%というデータが裏付けています。
亡くなった家族の端末は再起動できるか
かつて使っていた端末を自宅に保管している人は少なくありません。MMD研究所とオークネット総合研究所の全国調査によると、使い終わった端末を自宅で保管している人は2016年以降6割前後で横ばいとなっています。かつての端末を再起動する潜在需要はそれなりに高そうです。
そして、そのまま亡くなってしまった人も相当いると見て間違いないはずです。実際のところ、亡くなった家族の端末を再起動したいと来店する人も少なからずいるそうです。しかし、「個人情報保護の観点より丁重にお断りしております」(井上さん)。
再起動する対象はあくまで自分自身が使っていた端末です。他者の端末まで認めてしまうとプライバシーの問題が生じますから、当然の線引きといえるでしょう。他者の生死に関わらず。
NTTドコモも類似のサービス「復活! あの頃ケータイ」を2018年7月に東海地区のドコモショップで始め、2019年9月からは全国展開していますが、やはり対象は持ち主自身の端末に限定しています。
いずれのサービスも“死者のプライバシー"は厳守しています。しかし一方で、技術的には復活可能な状態で思い出のデータを残している死者の端末が市井に大量に眠っているのも確かなようです。
中古端末は資材としての潜在価値から「都市鉱山」とも目されていますが、ひとつ一つに固有の物語を抱えていると思うと不思議な気持ちもわいてきます。そのなかに自分自身の物語があるなら、掘り起こしてみるのも面白いのではないかと思います。
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古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。著書に『故人サイト』(社会評論社)、『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)など。2019年3月に、コラム集『死とインターネット』をKindleで発行した。