第49回:タブレットを緩和ケア病棟に――医師のクラウドファンディングに大反響

[2020/5/29 00:00]

5月15日、緩和ケア医の廣橋猛さんはプロジェクトを組織して「コロナ禍で家族と会えない終末期医療の現場にテレビ電話面会を」というクラウドファンディングを立ち上げました。

現在は、新型コロナウイルス感染症拡大の影響から、全国の多くの緩和ケア病棟で家族や友人との面会が禁止、もしくは厳しく制限されています。

そうした状況のなかで、終末期を迎えている患者さんが家族らとコミュニケーションを取れるようにタブレット端末を導入しよう、というのが狙いです。

クラウドファンディングサイト「READYFOR」で実施している「コロナ禍で家族と会えない終末期医療の現場にテレビ電話面会を」のクラウドファンディングページ(5月28日時点)

当初の目標額は300万円で、全国にある20の緩和ケア病棟にタブレット端末を寄贈する計画でした。

しかし、開始からわずか半日で目標額に到達。すぐさま1,000万円に再設定し、約80施設の配布する計画を打ち出しましたが、こちらも5日間で達成しています。

このため5月末現在の目標額は2,000万円まで引き上げられています。タブレット端末の配布先を緩和ケア病棟100施設に加え、緩和ケアチームを有する一般病棟や看取りを行なっている老人ホーム60施設とするなど、さらなる拡充を図りました。

支援者も1,200人を超えていて、多くの人の賛同と関心が集まっていることが覗えます。支援募集最終日の6月30日には、支援総額はどこまで達するでしょうか。

声が出ない状態でもテレビ電話なら交流できる

ここまでの反響は廣橋さんも予想していなかったと言います。

「それはもう予想以上の反響です。メッセージを読ませていただくと、支援してくださる多くの方が、ご自身の経験などから、家族と会えないのはつらすぎるから、なんとかしてほしいという想いを強く感じてくださっているようです」(廣橋さん、以下同)

このプロジェクトの起点も「家族と会えないつらさ」にありました。緩和ケア病棟ではガンなどで終末期を迎えた患者のケアが多く行なわれます。医療スタッフはできるだけつらさを理解しようとしますが、家族の存在なくしては補えないところがあるといいます。

しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大で、家族と患者が分断されてしまいました。会えない場合は電話でやりとりするケースが多いですが、お互いの顔が見られませんし、病棟には声がうまく出せなくなっている人も少なからずいます。

末期ガンを患って廣橋さんの勤める緩和ケア病棟に入院していたある高齢の女性は、すでに声がほとんど出せなかったため、二人暮らししていた夫とのやりとりは看護師にショートメールを打ってもらうことでしかできなかったといいます。

そこで廣橋さんが自費でタブレット端末を調達してテレビ電話で面会を実施したところ、病棟に来て初めての笑顔を浮かべたとのこと。テレビ電話面会の力を確信した瞬間でした。

「テレビ電話を通して直接顔を見るだけで、パッと表情が冴え渡るような場面を何度もみてきました。直接会えない現状においては、声を聞くだけでなく、家族の顔が見られることの価値は大きいと感じています」

「終末期医療の現場にテレビ電話面会を広めるプロジェクト」代表の廣橋猛さん

基本的に、タブレットによるテレビ電話は対面に準じた面会手段という位置づけといえます。ただ、導入してみると対面では得られない経験もできたといいます。

「普段は病院に来られない小さい赤ちゃんであったり、遠方のご親戚であったりと触れ合うことができるのです。複数のタブレットをつないで会話することもできますし、家族側は自宅にいるので意外とリラックスした雰囲気にもなります。細かい効果はこれから調査していく部分ですが、大きな期待を持っています」

一方で、多くの現場に導入するための課題も感じています。タブレットや通話アプリの使いこなしは人によって差がありますし、操作をサポートする医療介護関係者にも新たなスキルが求められることになります。

支援額の一部を使って、そうした面をサポートするための仕組み作りやマニュアル作成も今後進めていくとのことです。

対面できずに悔いを残す遺族もいる

新型コロナウイルスによって分断された家族とのコミュニケーションを機械が繋いだケースは、海を渡った米国でもしばしば報じられています。

たとえば2020年3月、6人の子供を持つ40代の女性が新型コロナウイルスに罹患しました。

入院先では面会謝絶となりましたが、彼女の状態から医療スタッフは一計を講じ、トランシーバーを使って子供たちと会話ができるように取り計らったと、CNNが報じています。女性はその後亡くなりました。

この家族は悲しみながらも最期の会話ができたことに満足している様子でした。しかし、同様のケースで逆の感想を述べる遺族もいます。これも同時期のCNNの報道です。

ある女性は、新型コロナウイルス感染症で入院し、死の間際にいる母とビデオ通話アプリで会話しました。医療スタッフの協力を得て実現できたコミュニケーションでしたが、女性は「そばにいて、母の手を握り、その頭をなで、母に伝えたかった言葉を伝えることもできないなんて、本当に無力感を覚えました」と述べています。

最期の対面が叶わないとき、最新技術によって代替手段が得られたことを喜ぶ人もいれば、対面できなかったことを嘆く人もいる。難しいところです。

大切な人との最期のコミュニケーションを考えたとき、対面が理想だという人が国内でも多勢ではないでしょうか。

しかし一方で、単身世帯の増加や終末期の長期化などを背景に、家族が臨終に立ち会えないケースは全国的に増えていると言われています。

臨終でなくても健康上の理由から、近しい人との面会が難しいケースもあるでしょう。そうしたときに、代替のコミュニケーション手段が取れる余地があることは、悪いことではないように思います。

緊急事態宣言が解除されました。新型コロナウイルスによる面会の問題の難易度も、これから徐々に下がっていくでしょう。しかし、廣橋さんはプロジェクトの手綱を緩めません。

「withコロナやアフターコロナであっても、なかなか直接会えない家族というのは少なくありません。仕事が多忙であったり、遠方で離れていたり。さまざまな面会の手法のひとつとして、テレビ電話面会が日本の病院や施設に根付いてくれたらいいなと考えています」


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古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。著書に『故人サイト』(社会評論社)、『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)など。2020年1月に、『スマホの中身も「遺品」です』(中公新書ラクレ)を刊行した。

[古田雄介]