第60回:令和に入って「おくやみコーナー」を設置する市役所が急増したワケ

[2021/4/28 00:00]

死亡届の提出や年金の停止、福祉サービスの手続きや名義変更、戸籍謄抄本の取得などなど……。

家族が亡くなったときに市区役所や町村役場で行うべき手続きは多岐にわたります。

それらの作業をワンストップで受け付けてくれる「おくやみコーナー」や「ご遺族支援コーナー」を設置する地方自治体がここ1年で急増しました。

その背景には内閣官房IT総合戦略室の企図があるようです。狙いと実情を探りました。

役所役場に死亡と相続のワンストップ窓口が急増中

2018年10月、神奈川県大和市は市役所の1階フロアに市民相談課前に「ご遺族支援コーナー」を設置しました。

利用は予約制。コーナーに常駐している「ご遺族支援コンシェルジュ」が遺族にヒアリングし、市役所でなすべき手続きや取得すべき書類などを整理してくれます。

それをもとに所内をナビゲートし、効率的に手続きを済ませるところまでサポート。「多くの場合、90分以内にすべての作業が終わります」(同市市民課)とのことです。

大和市の市役所にある「ご遺族支援コーナー」
ご遺族支援コーナーのカウンターとご遺族支援コンシェルジュ

1日の対応組は午前と午後あわせて4組になります。2020年度末までの対応件数は累計2,215件。

同期間の死亡件数で割った利用率は42%です。2019年度の満足は96.4%に上り、「不満」や「やや不満」の感想は一件もありませんでした。

市民課は「将来的には7~8割の人に使ってもらえたら嬉しいですね」と話していました。

市区役所や町村役場にこうした遺族専用コーナーが誕生する動きは、5年前から活発化しています。

第一号は2016年5月に大分県別府市が設けた「おくやみコーナー」といわれており、2017年には三重県松坂市、2018年には前述の大和市などが同種のコーナーを作るようになりました。

2019年度までは全国で16を数えるほどでしたが、2020年度に169自治体まで急増。北方領土を除く全国の市町村と特別区の総数は1,718ですから、実に1割の自治体が導入していることになります。

おくやみコーナー設置自治体数の推移(「第14回デジタル・ガバメント分科会」資料より)

急増の背景に「死亡・相続ワンストップサービス」

急増の背景には、全国的な少子高齢化や死亡数の増加などで積み重なった遺族や職員の負担を軽減したいという現場の思いもあるでしょう。しかし直接的な理由は、内閣官房IT総合戦略室が推進している「死亡・相続ワンストップサービス」方策にあるようです。

死亡・相続ワンストップサービス方策は2018年度末にまとめられたもので、デジタルを活用して煩雑になりがちな死亡時の諸手続きの効率化を目指しています。いわば、死亡・相続における行政手続きのデジタル・トランスフォーメーション(DX)計画といえるでしょう。

主な目的は次の3つにまとめられます。

(1)行政手続きを見直して、遺族が行なう手続きを削減する

(2)故人の生前情報をデジタル化し、電子承認で相続人に渡せるようにする

(3)死亡・相続に関する自治体の総合窓口の設置や運営を支援する

方策の全体像。内閣官房IT総合戦略室「死亡・相続ワンストップサービス実現に向けた方策のとりまとめ2018」より

このうち、「おくやみコーナー」に関わるのは(3)です。

内閣官房IT総合戦略室は先駆自治体のひとつである松坂市のサービスを分析して、約30の質問に答えることで必要な手続きを抽出するデジタルツール「おくやみコーナー設置自治体支援ナビ」を開発。

2020年5月に「おくやみコーナー設置ガイドライン」とともに公開し、全国の自治体に広く活用を促しました。

その取り組みが「おくやみコーナー」の存在を広め、2020年度の急増につながったのではないかと思われます。

おくやみコーナー設置自治体支援ナビの仕組み図解(「おくやみコーナー設置ガイドライン」より)

支援ナビを導入しないおくやみコーナーも多い

しかしながら、すべての「おくやみコーナー」が支援ナビを導入したわけではありません。

大和市や鳥取市、奈良市など、支援ナビが公開される前から同種の取り組みを実施していた自治体はそれぞれでワンストップを実現するための仕組みを模索して独自に最適化しおり、改めて支援ナビを導入するケースはむしろ少数派のようです。

2020年5月以降に設置した自治体でも、北海道旭川市や山梨県笛吹市のように支援ナビをカスタマイズして導入しているところもあれば、東京都葛飾区のように我流で構築しているケースもあります。

ある自治体職員は「支援ナビはとても詳細で便利ですが、詳細ゆえに多くの人には無関係になる項目が多くあります。職員が使いこなしてカスタマイズする余地もありますが、そこにコストをかけるよりも、住民の皆さんのヒアリングに注力するほうがよいと判断しました」と話していました。

現在のところ、住民や職員の効率化を目的に「おくやみコーナー」を設置する自治体は増えているものの、「死亡・相続ワンストップサービス」方策が目指すところ――端的にいえばDXを活用する意識はまだあまり広がっていない印象です。

役所や役場の現場で求められる効率化と、デジタルを活用した中期的で抜本的な効率化との間には、まだ大きめの溝があるのかもしれません。

オンラインで死亡届が提出される将来像

「死亡・相続ワンストップサービス」方策の3大目的の残り2つも、現場と戦略室の間で温度差を感じます。

(1)の「行政手続きを見直して、遺族が行なう手続きを削減する」は、死亡診断書の提出をオンラインで完結するシステムの構築を目指しています。これも市区町村単位での導入を想定しており、2021年度内に課題を洗い出して整備を進めるとしています。

しかし、2021年4月時点でオンラインで死亡届を受け取るシステムの導入を検討している自治体は「確認できておりません」(内閣官房IT総合戦略室)といいます。

死亡届を電子化するイメージ案(「第14回デジタル・ガバメント分科会」資料より)

(2)の「故人の生前情報をデジタル化し、電子承認で相続人に渡せるようにする」は、戸籍抄本ではなく、戸籍電子証明書のパスワードだけで必要な手続きが済ませられる仕組みを目指しています。

2024年度には試行運用、2025年度には本格運用を予定しています。ただ、少し先の計画のため、積極的に導入を意識する自治体の声は拾えませんでした。

とはいえ、総合的なロードマップをみると、2021年度は様々な取り組みの活用が始まる初年度となっています。

4年後の2025年度には「遺族がオンラインで死亡に関する手続を完結する仕組みの実現」や「相続人であることを電子認証する仕組みの実現」をかなえているビジョンも記されていました。

死亡・相続ワンストップサービスのロードマップ(「死亡・相続ワンストップサービスこれまでの取組と今後の方針」(令和2年3月17日)より)

2017年4月には「おくやみコーナー」がほとんどなかったことを考えると、4年という月日はなかなかに遠く感じます。

その間にどれだけDXが進んで、役所や役場でデジタルの手続きが浸透するのか。これからも注視していきたいと思います。


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古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。著書に『故人サイト』(社会評論社)、『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)など。2020年1月に、『スマホの中身も「遺品」です』(中公新書ラクレ)を刊行した。

[古田雄介]