第69回:「風の霊」で考える、メタバースと供養の関係

[2022/1/31 00:00]

インターネット上に構築される立体的な仮想空間「メタバース」が世界中で注目されています。

そのメタバースの技術を使った供養サービス「風の霊」が2021年11月にリリースされました。

メタバースと供養。この組み合わせにはどんな可能性があるのでしょうか。

「風の霊」を体験するとともに、運営元のテクニカルブレイン代表取締役・根本憲夫さんにインタビューしました。

「風の霊」公式サイト

アバターで列車に乗り込み、霊廟に向かう

風の霊はパソコンやスマホを使って参加できるメタバース型の供養サービスです。メタバースの世界にある霊廟に故人の遺影を納めることでメタバース上にお墓に似た“依り代”を作り、そこを拠点にして「遺影埋葬」という追悼儀式や、法事に似た「誕生会」が行えます。

2022年1月時点の入会費は1万1,000円で、管理費は年間6,600円となります。喪主として遺影埋葬イベントを主宰する料金は11万円、誕生会の主宰は5万5,000円です。

個別に墓参りする費用はかかりません。

今回は参列者として遺影埋葬のデモンストレーションに参加させてもらいました。まずは事前に会員登録を済ませ、アバターと追悼メッセージを登録します。あとは運営元から届くメールに従ってアプリをインストールし、開催日時にあわせてログインするだけです。ひとつのイベントに参加できる人数は喪主をあわせて最大50名です。

遺影埋葬に参加する際の事前登録。別売りオプションの供花も設定できる

ログインすると、世界は駅のプラットフォームから始まります。他の参列者とともに列車に乗り込み、霊廟のある星に向かいます。

行く先は2022年1月時点では雪の降る「月の霊園」のみですが、今後は大地が燃える「火星の霊園」と緑豊かな「地球の霊園」も加わる予定です。

風の霊のスタート時点。喪主もここから乗り込む

列車で移動中や降車して霊廟に向かう道程では、他の参列者と自由にチャットで会話できます。参列者の頭上には登録名も表示されているので、知り合いを見つけて挨拶することも簡単そうです。

駅から山道を歩き、橋を越える道程を歩く。自動で進行するが、視界は自由に変えられる

霊廟に入ると、遺影が中央に掲げられ、参列者が順番に献花する儀式に移行します。

献花すると、事前に登録した追悼メッセージが文字と人工音声で会場に流れる仕組みです。

全員の献花が終了すると遺影が霊廟に納められ、式は幕を閉じます。それからログアウトするまでに15分ほどの猶予があるため、会場に残って参列者と会話することも可能です。

参列者が写真や動画をアップロードしている場合はここで再生できます。

霊廟で献花するところ。供花を登録すると、ここに並べられる

「33回忌にあたる誕生会まで設定できるようにしたい」

根本さんが「風の霊」の着想を得たのは5年ほど前のことです。車椅子を使うようになった兄が、両親の墓がある丘の上の霊園に行けなくなったと話したことがきっかけでした。

同じような事情で供養ができない人が増えているのではないかと思い、まずは墓参りや法要のライブ配信サービスを模索しましたが、賛同する寺院や葬儀社が現れず断念しました。

「そこで仮想現実空間に墓地を作って、思い思いに供養できるサービスを作ろうと思いました。2020年の秋に考えをまとめて、システム開発に乗り出したのは2021年2月からです」

背景には、地方の墓を閉眼する改葬手続きが全国で増えていることがありました。手元供養や散骨のように墓に安置しないスタイルも浸透しており、時流と「風の霊」のコンセプトの重なりも感じたそうです。

とはいえ、リリース直後から短期間で採算ベースに乗るイメージは抱いていません。リリースから2カ月経った2022年1月の会員数は数名に留まりますが、それは想定内だと言います。

「ありがたいことに多くのメディアに採り上げていただいていますが、基本的には亡くなった後に必要とされるサービスですから動き始めるのに時間がかかります。現段階では、いつか大切な人や自分自身の供養を考える必要性が生じたときに選択肢に挙がるように、信用していただけるサービスとして育てていかなければと思っています」

信用を得るため施策はサービスの内外で進めています。サービス内ではアバターの選択肢を増やすなどして感情移入しやすい環境を作り、霊園をはじめとしたオプションを拡大することでオリジナリティのある式を催せるように拡張していくそうです。

サービス外では、創業80年を数える建設業グループの傘下に入ることで運営元としての継続性を高めたほか、状況によってはエンディング事業を手がける会社にサービスを譲渡するプランも念頭においているとのこと。

「いずれは初回の登録時に7回忌や13回忌、33回忌にあたる誕生会まで設定できるようにしたいと考えています。それくらいのスパンでも安心していただけるように盤石な体制に整えていきます」

とはいえ商業サービスです。収益を上げないままでは継続もままなりません。

そこで自分用の供養の場として捉えてもらうよう、「風の霊 友の会」というコミュニティも立ち上げました。老後の生活設計や病気のことなどを相談できる場を作り、日々の暮らしの延長線上で風の霊をみてもらうのが狙いです。根本さんが別の事業で主催している300人規模のメルマガグループなどからメンバーを募っているそうです。

「やはりぽっと出のサービスにいきなり供養を任せるというのはハードルが高いところがあります。友の会を通して少しずつサービスに慣れてもらい、我々を信頼していただけるように努める。その結果、少しずつ供養の一手段として『風の霊』を使ってもらえるようになればと考えています」

メタバース供養には、現実空間以上の緊張感が求められる

遺影埋葬デモンストレーションの率直な感想を述べます。

パソコンを使ってログインしましたが、メタバース空間に没入することは十分にできました。

想定しているサービスの大筋は形になっている印象です。それゆえに気になる点も具体的に見えました。大きく分けてふたつあります。

ひとつは事前の会員登録画面です。

年代別や性別で自分にあったアバターを選ぶのですが、そのアバターには「中高年1」「中高年2」「老人1」「老人2」などと呼称がついています。年代が当てはまっても、他者から「中高年」や「老人」とカテゴライズされることに抵抗を感じる人もいるでしょう。

性別についても現在の世相を反映した配慮が必要だと感じます。このあたりはアバターのバリエーションを増やす過程で改善してもらえたらと思いました。

もうひとつはメタバース内の進行についてです。霊廟が開いたあと、遺影を祭壇に安置してから儀式がスタートします。その開始の合図がナレーションのみで、それまでの“葬列”のプロセスからするりと移行するのが勿体ないと感じました。

儀式は非日常です。気軽にチャットできるそれまでの日常とは異なる緊張感のある場を作らないと、ただの虚礼空間にしかなりません。

式の始まりに十分な間や視覚効果などを設けるなどして、画面の向こうでも背筋を伸ばしたくなるような厳粛な空気を醸成したほうが体験としての質が上がるはずです。

参列者が自由な場所で参加できるメタバースでの儀式だからこそ、意識して演出すべきだと思います。

とはいえ、場所や身体の制約を受けずに誰でも供養できる空間を提供するという風の霊のコンセプトは確かに時勢に合致していますし、現状を冷静に見据えて改善案を次々に提示する根本さんの姿勢は頼もしく感じました。

物珍しさからくる一時の話題として「メタバース供養」を消費してしまうのは、とても勿体ないことです。

葬儀や法要、墓参などすでにある供養・追悼の機会に、もうひとつメタバースが加わる。故人に祈りを捧げたり、語りかけたり、親しい人とかつての思い出を語ったりできる選択肢が増えるのは、世の中にとって悪くないことではないでしょうか。

風の霊は長期スパンでメタバース供養の定着を模索しています。その先にどんな変化があるのか。期待をもって見守っていきたいと思います。

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古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。著書に『故人サイト』(社会評論社)、『スマホの中身も「遺品」です』(中公新書ラクレ)など。2021年10月に、伊勢田篤史氏との共著で『デジタル遺品の探しかた・しまいかた、残しかた+隠しかた』(日本加除出版)を刊行した。Twitterは@yskfuruta

[古田雄介]