第70回:デジタル遺品について、IT業界への3つの提案

[2022/2/28 00:00]

2016年6月にスタートしたこの連載も次回で最終回を迎えます。

これまでの取材活動を振り返って何より不安に感じるのは、死後のアカウントや残されたデータに関して、「これをやったら大丈夫」という絶対的な方法がまだ存在していないことです。

そこでデジタル遺品を長年取材している立場から、IT業界に向けて3つの提案を投げかけたいと思います。

提案1:サブスクは自動支払いのストッパー常備を

最近遺族を困らせるデジタル遺品に、サブスクリプションを含む定額制の有料サービスがあります。

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契約者が亡くなくなったとき、サービスを運営する側は基本的にそれを自動で察知することはありません。

そのため遺族などの残された側は、契約中のサービスを見つけ出して個別に解約手続きをしたり、引き落とし先となっているクレジットカードを停止、あるいは預金口座を凍結したりすることになります。

家族や親しい関係であっても他者の契約をひとつ一つ完全に把握するのは難しいため、最終的には引き落とし先を一網打尽で止めるというパターンが現実では多いようです。

しかし、この処理には2つの落とし穴があります。

ひとつは支払いを止めた後に、会員登録した住所に郵送などで請求書が届くケースがあることです。

運営側からすれば突然支払いを拒否されたのと区別がつかないので、未払い分を請求するのは自然な対応かもしれませんが、遺族にとっては寝耳に水となるでしょう。

マイクロソフトのように、遺族が自動引き落とし先を止める方法を公式に認める運営元がある一方で、遺族用の窓口を設けずに未払い請求を行なうケースも多く見られます。

マイクロソフトの故人対応ページ。画面下方に「Microsoftのいずれのサブスクリプションも、お客様の銀行口座やクレジットカードの停止、承認の取り消し、または銀行への通知を行うことで停止することができます。」と明記している。

運営元の立場で考えると、生死を確認できない未払い分の請求をするのは真っ当な行為といえます。ただ例えば、その請求書に「契約者が死亡した場合は支払いを免除する」「この契約は一身専属とする(相続しないものとする)」などの一文を添えてもらえれば、救われるケースは相当ありそうです。

もしくは、NetFlixのように一定期間アクセスがないアカウントを自動で休眠する仕組みを取り入れるのも有効かもしれません。

同社は2020年5月から、2年以上、あるいは契約時から1年以上視聴行為のないアカウントに対して、サブスクリプションの継続意志を確認する仕組みを導入しています。

返信がない場合はそのまま休眠アカウントにして、引き落としをストップする仕組みです。

いずれにしろ、契約者の状況によっては支払い義務が一旦停止するような措置が業界の常識として浸透すれば、遺族の心理的な負担はかなり軽減できるのではないでしょうか。

加えて、クラウドサービスやレンタルサーバーのように利用者のオリジナルデータが保存できる有料サービスに関しては、一旦停止中も一定期間はデータを保持する仕組みが求められます。

故人のクレジットカードを停止した後、クラウド上にオリジナルデータが残っていたことを知って狼狽したという事例をしばしば耳にします。これが2つめの落とし穴です。この穴を埋める措置が一般化したら、さらに安心して定額サービスを利用できるようになるはずです。

提案2:相続性の有無の明記を。そのうえで追悼の自由を

さまざまなWebサービスにおいて、故人が残していったものを遺族が引き継げるか否かが分かりにくい点も改善するべきでしょう。

Webサービスは大きく分けて、相続を認めない「一身専属タイプ」と遺族等が引き継ぐ方法を用意する「承継タイプ」、死後の対応について利用規約やヘルプページで説明が見られない「不言及タイプ」があります。

運営している間に、一身専属から承継可能に切り替わることもしばしば起きています。

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通信の秘密や自己同一性を重視する一身専属タイプと、遺族等に引き継げる道筋を用意する承継タイプ、どちらのスタンスも尊重すべきだと思います。

ただ、不言及のままでいるのは利用者に誠実な態度ではないように感じます。どんなサービスにせよ、サービスをローンチする時点で死後のスタンスも明記することが当たり前になってほしいですね。

エキサイトと@nifty、LINEの利用規約。いずれも一身専属のスタンスをとっている。

加えて、SNSやブログのようにオープンな場に発信するサービスは、利用者が亡くなった後の追悼の自由を保護することも望みます。

2019年11月にTwitter社は故人のものを含めて6ヶ月更新がない休眠アカウントを随時抹消していくと告知し、世界中から大反発を招きました。

計画は現在も凍結されたままです。

休眠アカウントを放置することはセキュリティ上好ましくないので、同社の計画も理解できます。しかし、故人のアカウントは故人だけのものではなく、残された多くの人にとっても大切なものになり得ます。

故人が残していったもので追悼する自由。残された側の考えは一様ではないので、難しい課題ではありますが、同社も故人のアカウントを保護する機能を検討しています。

2021年内実装の予定が2022年中に延びましたが、現在も開発中です。

この点に関しては、Facebookが一番のロールモデルといえるでしょう。

Facebookは一身専属タイプのサービスですが、亡くなった利用者のページを運営側が保護する「追悼アカウント」機能を2009年から用意しています。

さらに2015年からは、ダイレクトメッセージの閲覧などの一部機能を制限したうえで指定した相手に管理を委ねる「追悼アカウント管理人」機能と、自分の死後に追悼アカウント化せず削除を希望する生前準備機能も実装しました。

残された側と残す側どちらの意志も汲み取れるように配慮しているわけです。

死後の削除を設定する画面にある文章が象徴的ですが、全員が納得する結果に辿り着くのは簡単ではないでしょう。

しかし、納得のプロセスを当事者に委ねる姿勢はやはり大切にすべきだと思います。

Facebookのアカウントを死後に削除する設定画面。中段にある「追悼アカウントは、亡くなった人を偲ぶための癒しの場になるという声がたくさん寄せられています。アカウントを削除するかどうかを決める際には、家族や友達と相談することを強くおすすめします。」が対応の難しさを象徴している。

提案3:スマホの中身に対して配慮を

最後の提案はスマホのロックに関することです。この連載でもたびたび触れてきましたが、スマホのロックは非常に強固で、パスワードが分からなければ中身を見ることは不可能に近い構造になっています。

その一方で、スマホの重要度は近年益々高くなっています。通話や行動履歴が残るのはもちろん、QRコード決算サービスの残高や暗号資産を保管したウォレットなど、直接的な財産も残るようになりましたし、今後はマイナンバーカードとの連携も計画されており、身分証明価値も数段増しになるでしょう。

持ち主が健在のうちは頼もしい設計ですが、亡くなった後に遺族がアクセスする際には障壁になってしまいます。

持ち主としてそっとしておいてほしい気持ちは理解できますが、遺族としては相続財産や重要な連絡先、思い出の家族写真などが詰まった端末を捨て置くことは難しいでしょう。

こうした自体を回避する手段として、スマホではクラウドバックアップが有効です。

スマホの中身を丸ごと二重化しておけば、スマホにアクセスできなくなってもクラウドからデータを引き出して現状に近いところまで戻せるでしょう。

Appleが2021年12月に正式リリースした「デジタル遺産プログラム」は、まさにそのための機能です。iPhoneユーザーがこの機能を使えば、自分の死後にiCloudにアップした動画や連絡先などをコンテンツ単位で特定の相手に託せます。

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iPhoneで「デジタル遺産プログラム」を利用する際は、設定アプリから「故人アカウント管理連絡先」にアクセスする。

Androidユーザーも、「Googleアカウント無効化管理ツール」を使えば、オンラインにあるGoogleアカウント関連のデータを特定の相手に託したりできますし、メーカーが類似の機能を提供していることもよくあります。

しかし、無料で使えるクラウドの容量はApple ID(iCloud)なら5GBまで、Googleアカウントなら15GBまでです。スマホの中身を丸ごとバックアップするなら、定期的に料金を払って各社のサブスクリプションサービスを使うか、手動でパソコンや外付けHDDなどにこまめに同期するしかないのです。

有料サービスも使わず、手動のバックアップも行わない。そうしたユーザーが残したデータは、誰も救いの手を差し伸べてくれないのが現状です。そして、本人が亡くなった後に困るのは遺族です。つまるところ、“備えないスマホユーザー"の家族(遺族)に対するサポートが欠落しているように思うのです。

故人のスマホが開けないという問題を解消する方向だけでなく、重要な情報がスマホ内にロックインしないように各社各団体のサービス設計を工夫するなど、様々な配慮が必要でしょう。

業界の前向きな取り組みに期待して、引き続き取材を進めていきます。

[古田雄介]