第8回:高齢者にとっての終活の効果と課題に関する研究報告
終活はひとり暮らしの高齢者には効果がある
横浜国立大学大学院環境情報学府博士課程の大学院生である木村由香さんは、このほど、「高齢者が終活を進めるうえでの課題と支援のあり方に関する研究」報告書を発表されました。終活に関連する研究は、これまで、さまざまな分野においてそれぞれの視点で研究はされてきました。
しかし、終活という現象を包括的にとらえたものはあまりありませんでした。
また、終活に含まれる個々の事項(葬儀、墓、尊厳死等)の行動の有無を取り上げるのみで、行動がもたらす影響や、終活に取り組む人と取り組まない人との違い等は明らかにされていませんでした。
当研究報告書は、高齢者にとって終活がどのような影響をもたらすのかを明らかにし、終活を「生き生きとした人生」につなげるための方法や課題を示した初の報告書です。
そこで、報告書の中で、特に興味深いものを中心に、木村由香さんにインタビューさせていただきました。
※「研究方法」については、本文の最後に掲載。
分析対象者の属性と生活満足度との関連
研究報告書を読ませていただきました。今日は、報告書の中で、私が特に興味深く感じたことを中心に質問させていただきます。
まず、「分析対象者の属性と生活満足度との関連」では、属性のうち、「同居人」「子ども」「主観的健康観」「主観的経済観」において関連性があることが認められたそうですね。
そして、これらの属性について、「終活経験あり(以下、終活ありと表記)」層と「終活経験なし(以下、終活なしと表記)」層の比較分析をされていますが、その結果についてご説明ください(「主観的健康観」は比較分析から除外)。
属性のうち、まず「同居人」についてですが、同居人の有無は、「終活あり」層では違いはありませんでした。
一方、「終活なし」層では、同居人なし(ひとり暮らし)の生活満足度が低くなっていました。【図1】を見ていただくと分かるように、「終活なし」層の生活満足度は、全体の中央値より下になっています。
同居人のいる高齢者は、終活にかかわらず同水準の生活満足度となっており、さらに、終活をしているひとり暮らしの高齢者の生活満足度は、同居人のいる人々と差がありませんでした。
ということは、終活によって、ひとり暮らしの高齢者の生活の質が上がる可能性があるということです。
高歳化が今後ますます進み、ひとり暮らしの高齢者が増加すると予測される日本の高齢社会において、非常に興味深い結果ですね。属性のうち、「子ども」についてはどういう結果でしたか。
「終活あり」層では、子どもの有無による生活満足度との関連性が認められました。【図2】のように、「子どもあり」の生活満足度の方が高くなっています。
しかし、終活の有無別では、【図2】の箱ひげ図を見比べると分かるように、「子どもあり」と「子どもなし」の双方とも、中央値の変化はやや見られるものの、四分位範囲に変化はほとんど見られず、終活による変化を推測できる結果ではありませんでした。
属性「主観的経済観」に関しての結果は、どうでしたか。
主観的経済観は、生活満足度に強い影響を持っていました。【図3】のように、経済状態によって生活満足度が階段上に上がっていっています。
一方、「どちらでもない」という多数を占める層については、終活の有無による変化は一切見られませんでした。
しかし、経済的に「苦しい」「ゆとりがある」の両端層においては、終活に取り組むことで生活満足度が底上げされることが見てとれました。
特に、「苦しい」層においては、「終活なし」層に比べ、「終活あり」層の中央値が上昇し、四分位範囲が大幅に狭まっています。
「苦しい」とする層が終活に取り組むことによって生活の質が上がるのであれば、高齢者の間でも格差が問題となっている中、非常に重要な意味を持ちますね。
終活に「取り組む目的・取り組んだきっかけ」
次に、同居人の「生活満足度に影響を与える終活の具体的項目にはどのようなものがあるか」についての調査分析結果に関してお聞きします。まず、終活に「取り組む目的」」の分析結果についてご説明ください。
【図4】は、「取り組む目的」についての全体、同居人あり、同居人なしの層についての結果です。
最も多かったのは「他人に迷惑をかけたくないため」で、どの層でもほぼすべての回答者がそう答えています。
次いで、「自分のことは自分で決めておきたいため」で、これも約9割と多くなっています。
3番目に多かったのは、「家族などにものや情報を引き継ぐため」でした。
同居人ありと同居人なし層を比較すると、同居人なし層において、「自分の過去を記録しておきたいため」「自分の考えや思いを残しておきたいため」「今後の人生について考えるため」がやや少ない比率となっていました。
取り組む目的は、属性によっても異なるのは興味深いですね。「取り組んだきっかけ」については、どのような結果でしたか。
【図5】は、「取り組んだきっかけ」についての全体、同居人あり、同居人なしの層についての結果です。
最も多かったのは「年齢を感じて」で、どの層においても7割以上の人がそう回答しています。
次いで多かったのは、「親や家族、親しい友人などの死」でした。
同居人あり、同居人なし層別では、同居人なし層は、テレビ等のメディアをきっかけとする割合がほかの層より低くなっていました。
反面、「自分の怪我や病気」「子どもの独立」といったきっかけが他の層より多くなっており、特に「終活の講習会・フェアなどに参加して」とする回答が、同居人ありの3倍近くになっていました。
「終活に取り組んでみて感じたこと」
終活に「取り組む目的」という調査項目に対応して、「取り組んでみて感じたこと」「取り組みづらさ」ついても調査されていますね。まず、「取り組んでみて感じたこと」の分析結果についてご説明ください。
【図6】は、「終活に取り組んでみて感じたこと」について、5件法で尋ねたもののうち、「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」との回答を合わせたものです。
「これから取り組むべき準備が分かった」「財産等の現状把握・整理ができた」「老後に関する知識が深まった」という順でしたが、いずれも15%を下回っています。
また、ここで特に注目されるのは、終活の目的としては、「周囲を困らせないため」がほぼ全員が該当するとしていたのに対し、「取り組んでみて感じたこと」においては、「迷惑にかけずにすむと安心できた」は全体で10%にとどまっていたことです。
周囲を困らせたくないという終活の目的に対して、終活を行なってみての感想が対応しているとは言い難い数値でした。
目的と取り組んだ感想が違うというのは、とても興味深い結果ですね、その理由としてどのようなことが考えられますか。
ひとつは、まだ目的を達したと言えるほどには終活を行なえていない可能性があります。
しかし、もうひとつの可能性として、最初は他人への迷惑を考え取り組んだはずの終活が、取り組みを進めるうちに徐々に自らのこととしてシフトしていったということも考えられます。
「趣味や活動等やりたいことが見つかった」「外出する機会が増えた」「過去のことを思い出せた」などは、終活を通して自らの人生を振り返り、これからの充実した生につなげるという文脈につながります。
すなわち、終活に取り組むことでサクセスフル・エイジング(幸せな老後)につなげる、ということへの可能性を示していると言えると思います。
「終活の取り組みづらさ」
終活の「取り組みづらさ」については、4つのことについて調査されています。まず「取り組みづらい項目」の調査結果についておしえてください。
【図7】は、全体および終活あり層、終活なし層の結果です。
終活あり層となし層を比較すると、「葬儀の事前準備や希望のまとめ」や「医療について」「家族や親しい人へ手紙を書く」「自分史や思い出を書く」といった項目は、終活に取り組んでいる層の方がむしろ難しいとの回答でした。
次に、終活有無別に同居人なし層について比較してみました【図8】。
終活あり層と、なし層を比較すると、「遺言書の作成」は、なし層の方が大きな値になっていました。
一方、あり層の方が取り組みづらいとする差が大きなものに、「医療について」「葬儀の事前準備やまとめ」がありました。終活なし層より前者は約5倍、後者は約2倍多くなっています。
「医療について」は、過去のインタビュー調査でも、考えれば考えるほど不安になるという声があり、知識不足のため決められないという声もありました。
この部分に丁寧に対応しないと、不安を増幅させて終活自体がストップしてしまう可能性があるということです。
「取り組みづらい理由」は、どのような結果でしたか。
【図9】が結果です。図のように、「全体」「終活あり」「終活なし」および「終活あり・同居人なし」は、各項目ともほぼ同程度の割合を示していました。
「迷ってしまい考えがまとまらない」が5割を超えて最も多く、「知識が不足している」「将来の見通しがつかない」「まだ早いと感じる」「めんどくさい」が4~5割ほどでした。
一方、終活なし・同居人なし層は、ほかの層よりも多い割合を示す項目が4項目、逆に少ない割合を示す項目が4項目に分かれていました。
「生活満足度と取り組みづらい理由」の関連も分析されていますね。
「取り組みづらい理由」も終活に関するひとつの感想となることから、生活満足度との関連を分析することにしました。
終活あり、終活なし、終活あり/同居人なし、終活なし/同居人なしの4つのケースについて、取り組みづらい理由の設問と生活満足度との関連を分析しました。
その結果、「取り組んでみて感じたこと」以上に、それぞれのケースで相関がみられました。
特徴的なのは、「強い不安や恐怖を覚える」は、終活なし・同居人なし層以外において、生活満足度と下位尺度の心理的安定との関連が見られたことです。
また、「迷ってしまい考えがまとまらない」は、全体および終活あり層・終活なし層に共通しており、特に終活なし層においては、下位尺度の心理的安定と強い相関がみられました。
「面倒くさい」「特に希望がない」は、前術した心理的側面とは異なり無気力を感じさせる項目として、終活あり層においてみられました。
一方、「将来の見通しがつかない」は、終活なし層・同居人なし層においてみられました。
「取り組みづらい理由と取り組みづらいもの」との関係はどうでしたか。
終活あり層となし層の間では、同じ「迷ってしまい考えがまとまらない」という理由でも、関連する終活の項目が異なりました。
特に「ものの片付け」では、終活あり層は「強い不安や恐怖を覚える」「面倒くさい」に関係しているのに対し、終活なし層は「迷ってしまい考えがまとまらない」と関係しており、異なる傾向を示しています。
取り組みづらい項目への対処・支援方法を、属性によって変える必要があるということを示唆していますね。
加えて、終活あり層のみに「面倒くさい」がみられることから、いわゆる「終活疲れ」が推察されます。
終活に取り組んでみたものの、大変だと感じたり、ストレスがかかったり、また楽しみが見出せないといったことが可能性として考えられます。
そこでは、終活を継続しサクセスフル・エイジングに繋げるための「疲れさせない」ための工夫が求められます。
本研究の目的への答え
今回の研究は、「高齢者の終活を進めていくための課題と支援のあり方」を目的としたものでしたが、研究から導きだされた答えをお聞かせ下さい。
終活には、これからの人生をいきいきとしたものとし、幸せな老後を実現するための可能性がみられました。
特に、ひとり暮らしの高齢者の生活満足度が終活により変化する可能性が見出された点は、独居の高齢者が増加していく日本の高齢者社会において重要な知見となり得ます。
反面、終活の取り組みづらさが、終活による生活満足度の上昇を妨げるという構造も考えられました。従って、この取り組みづらさを取り除くことが、現状の終活の課題と言えます。
また、終活がもたらす影響や取り組みづらさを感じる点などは、同居人の有無などの属性ごとに異なると考えて対応することが必要です。
支援のあり方としてはどうでしょうか。
やはり、取り組みづらさを除くという課題に向き合うことが求められます。
時には、情報を提供することが生活満足度を下げることにもつながっていた点に注意すべきです。
何よりも、「不安」を煽るような形で行動を促すのは良くありません。
高齢者の属性を考慮し、その人が感じている不安を小さくする可能性をしっかり分かりやすく示すことや、終活に取り組むことで得られる安心感を想像してもらい、将来への不安を明るくすることが重要です。
これらを踏まえて、その人の終活を手助けしたり、必要な商品やサービスを提案することで、「迷ってしまう」という状況に丁寧に向き合うことが求められていると考えます。
終活フェアやセミナーなどに参加すると、不安を煽る形で行動を促していることが非常に多く、私も終活の妨げになるのではないかと懸念しておりましたが、その通りの結果でした。本日は、終活者にも、終活を推進しようとする人たちにも参考になる研究結果をお聞かせいただき、ありがとうございました。
【研究方法】
1. 調査の対象・時期・方法
1)対象
首都圏を始めとする都市部に在住の高齢者(65歳以上)男女を対象とした。配布数307部、うち252人から回答を得た(回収率82.1%)
2)時期・方法
2017年6~7月に、自記式質問紙調査を行なった。
2. 調査項目
1)基本属性
2)終活に関する項目
【1】終活だと思うもの、【2】すでに取り組んでいるもの、【3】取り組む目的、【4】取り組むきっかけとなったできごと、【5】取り組んで感じたこと、【6】重要だと思うが取り組みづらいもの、【7】取り組みづらい理由、を設定。
3)主観的健康状態
「とても健康」「まあまあ健康」「あまり健康でない」「健康ではない」の4件法。
4)主観的健康状態
「とてもゆとりがある」「ままゆとりがある」「ふつう」「やや苦しい」「とても苦しい」の5件法。
5)生活満足度
主観的幸福感を測定する尺度として、生活満足度尺度K(LSI-K)を用いた。
3. 分析対象
調査表回収後のデータクリーニングにより、最終的に242人を分析対象とした。うち、終活に取り組んでいる層は142人、取り組んでいない層は100人となった。
4.助成
本研究は、損保ジャパン日本興亜福祉財団の助成を受け実施した。
【木村由香さんのプロフィール】
横浜国立大学大学院 博士課程後期在籍、NPO法人シニアライフセラピー研究所 所長、日本傾聴ボランティア研究センター 理事。
横浜国立大学大学院・安藤研究室に在籍し社会老年学を専攻。よい年・よい時間の重ね方とは? を念頭に、現在は「終活」をテーマとして研究活動を行なっている。
同時に、神奈川県藤沢市鵠沼にて、介護保険・障害福祉・不動産・ボランタリー事業などを幅広く展開する福祉事業の運営に携わる。
また、傾聴ボランティア養成講座講師として、サクセスフル・エイジングについての講義も行なっている。
塚本 優(つかもと まさる)
葬送ジャーナリスト。1975年早稲田大学法学部卒業。時事通信社などを経て2007年、葬祭(葬儀、お墓、寺院など)を事業領域とした鎌倉新書に入社。葬祭事業者向け月刊誌の編集長を務める。また、新規事業開発室長として、介護、相続、葬儀など高齢者が直面する諸課題について、各種事業者や専門家との連携などを通じてトータルで解決していく終活団体を立ち上げる。2013年、フリーの葬送ジャーナリストとして独立。葬祭・終活・シニア関連などの専門情報紙を中心に寄稿し、活躍している。