第14回:坂口幸弘氏に訊く「グリーフケアのあり方」
医療や葬儀に対する遺族の満足度を高めることが重要
私が取材対象領域のひとつとしている葬儀会社では、「グリーフ(悲嘆)ケア」について学び、葬儀後のアフターサービスなどに活かすところが増えています。しかし、グリーフケアの代表的な方法である「遺族会」を運営するところは、あまり増えてはいません。
葬儀会社に限らず、医療機関や市民団体などが運営している「遺族会」でも、「どう運営していくのかが課題になっているところが多い」と言われています。
そこで、死別後の悲嘆やグリーフケアについて専門的に研究されている、関西学院大学の坂口幸弘教授に、グリーフケアのあり方や注目される新しい動きなどについてお話をお訊きしました。
誰が力になってくれるのかが一番重要
主に葬送に関する分野で仕事をしているからかもしれませんが、グリーフケアはかなり広がってきているように感じています。先生は、どのように見ていらっしゃいますか。
グリーフケアという言葉は、十数年前に比べると、ずいぶん浸透してきていると思います。しかし逆に、グリーフケアとやや言い過ぎているのではないかとも感じています。
というのは、すべての人にグリーフケアが必要なわけではありません。ケアとは、支援とか援助という意味ですが、どの人にも等しく支援や援助が必要なわけではないのです。
なぜなら、グリーフ(悲嘆)というのは、そもそも自然な反応であり、個人差も大きいからです。
ある研究でも、グリーフを抱えていても、専門的なカウンセリングを必要とする人は1割ぐらい、「遺族会」などのサポートがあれば望ましい人は3割ぐらいと報告されています。
残り6割はどういう人たちかというと、家族や友人など身近な人が支えてくれたり、普段通りに接したりすれば十分という人たちです。
もちろん、この割合は、故人との続柄や死の状況などによって大きく変動しますが、第三者からのケアを必要としない人たちも、かなりの割合でいるのです。
私は、これまで研究活動の一環として、本や論文を書くなど、グリーフケアの発展に努めてきましたが、だからといって、すべての人にケアが必要と言いたいわけではありません。まずはグリーフについて知ってもらうことが大切だと考えています。
「まずはグリーフということを知ってもらうことが大切」というのは、どういうことでしょうか。
グリーフを抱えている人をケアするという以前に、気づかないうちに望ましくない言動をして、相手をさらに傷つけてしまうことがあるというのが問題です。
ですから、深い悲しみの中にある人をさらに傷つけないために、グリーフを理解し、それぞれの人の思いを尊重する必要があることを、まずは広く知ってもらうことが大切だと考えています。
グリーフケアが知られるようになり、遺族会も各地で行なわれていますが、それぞれの事情で参加できない人もいるでしょうし、近くにはない場合もあります。参加を望まない人もいます。
そうすると、家族や友人など身近な人たちとの関わりが、何はともあれ大切になります。ですから、一般の人にも、グリーフという体験や関わり方を知ってもらうことが必要なのです。
グリーフケアの定義は、まだ専門家の間でも定まっていないそうですが、今のお話をお聞きしていますと、グリーフケアの範囲を、カウンセリングを必要とする1割や「遺族会」等の3割までと考えるのか、残りの6割も含めて考えるのかによっても、グリーフケアの捉え方が変わるように思います。そこら辺は、専門家の間ではどのように考えられているのでしょうか。
おっしゃる通り、どの範囲をグリーフケアと呼ぶのかによって、グリーフケアとは何かについての認識は違ってきます。
グリーフケアの定義に関する認識は専門家によっても異なり、その辺の整理をし、認識を共有していくことはこれからの課題だと思います。
私自身のグリーフケアの捉え方としては、当事者にとって、誰が力になってくれるのかという視点が大切だと考えています。
専門家であろうが、身近な家族や友人であろうが、その人にとって力になってくれる人たちとの関わりが一番重要だと思うのです。
そうした関わりも含めて、グリーフケアと呼ぶのかどうかは、本質的な問題ではないと考えています。
医療・福祉職や葬儀関係者の本来の業務自体もグリーフケア
この連載の読者は、終活に関わっている専門家も多いのでお聞きしたいのですが、医療や福祉、葬儀などに関わる専門家がグリーフケアを行なっていく上で、留意すべきことについてお聞かせ下さい。
グリーフケアと言えば、大切な人を亡くした悲しみや苦しみへのケアという捉え方が一般的です。
しかし私は、先ほども言いましたように、ご遺族にとって助けになるとか、力になるということがグリーフケアの本質だと捉えています。
そういう意味では、医療・福祉であれ、葬儀であれ、ご遺族にとって満足のいくものであったかどうかも重要です。その満足度が、ご遺族のグリーフに少なからず影響を及ぼします。
亡くなった後に何ができるかを考えることももちろん大切ですが、自分が行なっている業務の中でご遺族の満足度を高めることが、そもそもグリーフケアになりうると私は考えています。
ですから、医療・福祉や葬儀の専門職の方々には、まずは本来の業務において利用者の満足度を高めるということを重視していただきたいと思います。
本人が亡くなった後に遺族会などを行なったとしても、病院・施設や葬儀会社に不満を持った人は参加しません。その後のケアにつなげる意味でも、本来の業務をしっかりと行なうということが大切なのです。
亡くなった後を考える以前に、亡くなる前がまずは重要と考えるきっかけでもあったのでしょうか。
きっかけは、私がまだ大学院生だった頃に、ホスピスで亡くなった患者のご家族を対象に実施させていただいた面接調査です。当時、グリーフケアとして何を行なえばよいかを模索しており、ご遺族が死別後のケアとして医療者に何を望むのかを聞いて回っていました。
そのときに、「死別後のことまで気遣ってくれるのはありがたいが、何より故人が生きているときに良くしてくれたことが今の一番の救いになっている」というお話をご遺族から何度となくうかがいました。
このときの経験を通して、ご遺族にとって何が支えになるかという視点の大切さを学んだように思います。
また、亡くなる前のことをグリーフケアとして強調するのは、医療現場の現実的な問題もあります。
どのような問題でしょうか。
研修会で死別後のケアの話をしたところ、医療現場の方から、「必要なことだとは思うが、現状としてはなかなか難しい」と言われたことがあります。
確かに、医療現場は忙しいですから、人も時間も余裕が無いのです。
例えば、ホスピスや緩和ケア病棟では、約8割のところがご遺族に手紙を送っていますが、手紙を送るという作業は結構大変です。
年間200人以上の方が亡くなっている病棟もありますので、一家族ごとに手紙を書くとなると、かなりの作業量となります。そのため、ある程度は定型文にするなどの工夫をしながら続けているのが実態です。
また、亡くなった後に遺族会などのグリーフケア活動を行なっても診療報酬の点数が付かないという病院経営的な問題もあります。
そのような背景がありますので、医療現場が死別後に提供できるケアには限界があると感じています。
そもそも患者や家族への治療やケアが大切だというのは当たり前の話ですから、本来の業務をグリーケアの視点から捉え直したということです。
本来の業務をグリーケアの視点から捉えるとは、具体的にはどういうことでしょうか。
私の恩師の柏木哲夫先生が行なった研究では、ご遺族にとって、「故人が安らかに亡くなった」とか、「自分はできる限りのお世話をすることができた」と思えることが、死別後の支えになったという結果が出ています。
その後、私が行なった尺度を用いた実証研究でも、患者さんの最後のQOL(生活の質)が高かったと捉えていたご遺族や、患者さんが受けた緩和ケアに対する満足度が高かったご遺族ほど、グリーフの程度が小さいことが示されています。
一般的には、グリーフケアとは「死別後のケア」だと考えられていますので、医療/福祉や葬儀の関係者などの方々のなかには、自分たちはグリーフケアとして何もできていないと思っている人も多くいます。
そういう人たちに、研究結果を挙げながら、「本来の業務自体もグリーフケアなのです」とお伝えすると、「初めて聞きました」などと言われます。
グリーフケアとして、本来の業務だけで十分とは言いませんが、より良い本来業務を前提としたうえで、死別後に何ができるのかを考えていただければと思います。
豊中市保健所がグリーフケア事業を実施
次に、遺族の死別経験に関わる痛みへのケアについて、少しお訊きします。
葬儀会社でも、グリーフケアを学んで葬儀後のアフターサービスなどに活かするところは増えていますが、「遺族会」まで行なうところはあまり増えていません。新しい形の「遺族会」は出てきていますでしょうか。
大阪府の豊中市保健所は、5年前から、「講演会」、「わかちあいの会」(遺族会)、「啓発リーフレット」を3本柱としたグリーフケア事業を実施しています。
大切な人との死別は、重篤な健康障害やQOLの低下、自殺のリスクが高まることから、同保健所では、うつ病・自殺予防対策の一環として、グリーフケア事業を始めました。
講演会は年1回、わかちあいの会は年4回実施。
また、啓発リーフレットは、グリーフケアに関する知識、わかちあいの会の紹介、保健所相談窓口の案内を載せたリーフレットを、市の戸籍担当窓口に死亡届を提出しにきた人全員に配布しています。
この事業で特に評価できることは何でしょう。
一つは、ケアの対象を自死遺族に限定していないことです。
2006年に自殺対策基本法が制定され、各自治体では自死遺族に対しては何らかのケアを行なっていますが、自死以外の遺族に対して特に行なわれていないのが現状です。自死の場合と、それ以外の場合とでは遺族への対応が違っているのです。
これに対し、豊中市保健所では、自死遺族に限らず、遺族全般に対するグリーフケア事業を実施しています。
また、これまでの葬儀会社や医療機関等による「遺族会」とは違って、参加対象を限定せずに市民全員を対象にしていることも評価できます。
「遺族会」の運営にあたっては、会に来てくれる人はいいのですが、参加されない人をどうするのかということが課題になっています。
その課題解決策の一つは、遺族会があることを広く知ってもらうことです。豊中市保健所では、先ほど言いました、リーフレットを作成して、死亡届提出時に全員に配布しているほか、医療機関、高齢・障害福祉施設、葬儀会社など、幅広く配布しています。
市の広報誌への掲載も効果的であると感じています。こうした情報発信の方法も高く評価できると思います。
こうした点から、グリーフケアの新たな展開として、先進的な取り組みであると私は高く評価しています。
保健所がグリーフケア事業を行なう意義は大きいのでしょうか。
大きいですね。市民に広く知らせることができ、幅広いご遺族にご参加いただけるということも良いですが、行政だから安心して利用できるということも大きいと思います。
また、保健所ですので、医療/福祉の専門職がいますし、関係機関との連携もスムーズに行なうことができます。病的なリスクの高いご遺族に対する個別対応もできることなども大きな意義だと考えています。
課題としては、保健所は行政機関であり、この取り組みも税金で行なう事業ですから、目に見える形で成果を出し、予算を確保していかなければならないという難しさがあります。
「関西遺族会ネットワーク」に34団体参加
「遺族会」について、他に新しい動きはありますか。
2011年に関西で活動している遺族会が連携を図るため、「関西遺族会ネットワーク」が設立され、現在34の遺族会が参加しています。
私は直接的には関わっていませんが、とても大切な活動だと考えています。
先ほども言いましたように、グリーフケアで一番重要なことは、ケアを必要としているご遺族に、必要なケアを提供することです。
本来ケアが必要であるにも関わらず、孤立してしまっている人たちに対応するためにも、さまざま受け皿があることが望ましく、関西遺族会ネットワークの役割は大きいと思います。
個々のご遺族にとって、その遺族会が合う、合わないということもあります。
このネットワークでは、共同でホームページを立ち上げています。そのホームページでは、故人との続柄や死因などを選んで検索すると、それに該当する遺族会が表示されるようになっています。同じような体験をした人たちとの出会いを求める人もいますので、そういう検索ができるようになっています。
ネットワークに参加している遺族会同士が、お互いにご遺族を紹介しあうこともできます。実際、複数の遺族会に参加しているご遺族もいます。
こうしたネットワークは、関西以外では無いようですが、他の地域でも是非、こうした仕組みがあれば良いと思います。
「複雑性悲嘆」が精神疾患の一つとして認定
「遺族会」に関わらず、グリーフケア全般で注目すべき新しい動きはありますか。
死別に伴う悲嘆反応の程度や期間が通常の範囲を超え、治療的介入が必要となる状態は「複雑性悲嘆」と呼ばれています。
世界保健機関(WHO)による診断のガイドライン(ICD)が改定され、「複雑性悲嘆」が新たな精神疾患として位置づけられ、診断名がつくことになりました。診断名は複雑性悲嘆ではなく、別の名称となる予定です。
複雑性悲嘆の治療法は研究途上ですが、今後は精神科領域での関心も高まり、研究もますます進んでいくだろうと思います。
病気と扱われるようになると、グリーフケア全体にはどのような効果や影響があるとお考えですか。
グリーフが重篤になると病気になり得るとの認識が専門職にも一般の人にも広がってくると、効果や影響は大きいと思います。
今までは、グリーフに関心のある精神科医や心療内科医は少なく、複雑性悲嘆への治療も一部の機関で試みられていただけでした。
今後は、重篤なグリーフに苦しむ人に対して、専門医による適切な処置や対応が行なわれていくようになることが期待されます。
一方、悪影響も考えられます。グリーフの一部の話であるにもかかわらず、あたかもグリーフ自体が病気だというレッテルを貼られてしまうことです。
過剰な診断や治療の可能性は捨てきれませんが、治療的な介入が必要なご遺族にとっては希望につながるのではないかと思っています。
グリーフをテーマにした多職種が参加する学会も誕生
最後に、グリーフケアに関わる新しい動きのひとつとして、2018年12月に発足した「日本グリーフ&ビリーフメント学会」についてお聞きします。坂口先生は学会の理事であり、今年2月に開催された第1回大会では会長を務められましたが、この学会はどのような学会なのでしょうか。
学会と言えば、一般的には専門領域ごとに区分されていますが、この学会はテーマありきの学会です。グリーフを命題として、それに関わるさまざまな研究者や専門職が学術的な交流を行なうために設立されました。
従来、グリーフに関わる研究者や専門職などは、各方面でばらばらに活動していました。個人的なつながりはありましたが、一同に集まる機会はありませんでした。
しかし、グリーフはいろいろな領域に関わるテーマです。自殺や犯罪、多発する災害、そして多死社会といわれる現在の日本社会において、多くの人に関係する問題であるといえます。
行政や医療職、心理職、福祉職、宗教者、教育関係者、葬儀関係者など、多くの職種で考えていかなければなりません。
多職種の専門職と、学問領域の研究者が連携・協力し、学問的知見の集積を通じて、死別への専門的支援の普及と実践、教育に寄与していこうというのが、この学会の目的です。
登録を開始してから1年余りですので、会員はまだ150名ほどですが、第1回大会には約350名と予想を上回る数の参加者がありました。
参加者の職種としては、看護師や心理士が多かったですが、医師や大学教員、福祉関係者、葬儀関係者、宗教者、行政関係者、学校関係者、遺族会のスタッフ、学生などの参加もありました。
グリーフに関わりや関心のある研究者や専門職の方々の加入を歓迎いたします。
本日は、私がウォッチできていなかったグリーフケアの新しい動きも含め、貴重なお話をありがとうございました。
【坂口幸弘(さかぐちゆきひろ)氏のプロフィール】
関西学院大学 人間福祉学部 人間科学科教授。専門は死生学、悲嘆学。
大阪大学人間科学部卒業後、同大学院人間科学研究科博士課程修了、博士(人間科学)。
死別後の悲嘆とグリーフケアをテーマに、主に心理学的な観点から研究・教育に携わる一方で、ホスピスや葬儀会社、行政などと連携してグリーフケアの実践活動も行なっている。
著書に『悲嘆学入門-死別の悲しみを学ぶ』(昭和堂、2010年)、『グリーフケア-見送る人の悲しみを癒す~「ひだまりの会」の軌跡~』(毎日新聞社、2011年、共著)、『死別の悲しみに向き合う-グリーフケアとはなにか』(講談社現代新書、2012年)、『喪失学-「ロス後」をどう生きるか?』(光文社新書,2019年)などがある。
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塚本 優(つかもと まさる)
葬送ジャーナリスト。1975年早稲田大学法学部卒業。時事通信社などを経て2007年、葬祭(葬儀、お墓、寺院など)を事業領域とした鎌倉新書に入社。葬祭事業者向け月刊誌の編集長を務める。また、新規事業開発室長として、介護、相続、葬儀など高齢者が直面する諸課題について、各種事業者や専門家との連携などを通じてトータルで解決していく終活団体を立ち上げる。2013年、フリーの葬送ジャーナリストとして独立。葬祭・終活・シニア関連などの専門情報紙を中心に寄稿し、活躍している。