第26回:斉藤正行氏に聞く「介護業界の課題と解決策」
介護業界は「生産性の向上」を図ることが最も重要

[2020/4/1 00:00]


一般社団法人全国介護事業者連盟(以下、介事連)は、持続可能な介護保険制度の実現を目指し、介護現場視点による制度、政策への提言、情報発信を活動目的として2018年6月に設立された新しい介護事業者団体です。

介護業界における事業者団体は、社会福祉法人や株式会社などの法人種別や、訪問介護、通所介護、施設介護などのサービス種別に作られているのに対し、介事連は、法人やサービス種別の垣根を超えた横断的な事業者団体であることが大きな特徴です。

そこで、介護業界の重鎮のお一人で介事連設立の立役者である斉藤正行専務理事に、「介護業界の課題と解決策」についてお聞きしました。

斉藤正行(さいとうまさゆき)氏

3年後を目途に2万事業所の加盟を目指す

まず、介事連についてお聞ききします。法人・サービス種別の垣根を超えた介護事業者の団体を作られたのは、どういう目的でしょうか。

従来からある介護事業者団体は、法人種別、サービス種別に分かれていますので介護業界全体の情報収集などをスムーズにできません。

また、一つ一つの団体が小さくまとまっているので、介護保険制度や政策への提言力や情報発信力などが弱いということが業界の大きな課題の一つでした。

そこで、持続可能な介護保険制度を実現していくために、法人・サービス種別の垣根を超えて大同団結して提言/情報発信力を強めていくという趣旨で設立しました。

全国介護事業者連盟が目指すイメージ 出典:介事連

設立されてからまだ約2年ですが、組織化はどの程度進んでいるのでしょうか。

北海道、関東、東海、関西、九州と5つの支部が出来上がり、加盟した会員は約700法人6,500事業所になりました。

3年後を目途に、全国47都道府県に支部を作り、会員数も2万事業所くらいにして、全事業所数の10%位のシェアを取ることを目標に動いています。

介護業界の人材は、このままでは55万人不足する

では、斉藤専務理事が感じていらっしゃる介護業界の問題と課題についてお聞きします。喫緊の課題は、介護業界に大きな影響を及ぼしている新型コロナウイルス問題だと思いますし、それに対し介事連さんは精力的に対応活動されていますが、今日はコロナ問題以外の介護業界の大きな問題について、3点ほど挙げていただけますでしょうか。

日本の人口構造の変化図 出典:内閣府

最大の問題は、このままでは介護業界では55万人位不足するだろうと言われている人材不足問題です。

人材不足問題は、介護業界に限らず日本の全業界の問題ですが、介護業界には他の業界とは違う特殊要因があります。

どういうことかと言いますと、一般の業界は、人口が減っていきますからマーケットも縮小していきます。

これに対し介護業界は、全体の人口は減っていきますが、高齢者人口や要介護人口は爆発的に増えていきますから、マーケットも爆発的に拡大していきます。

しかし、生産年齢人口、つまり働ける人は、どんどん減っていきます。そのため、介護業界では、今でも人材不足で大変と言われていますが、これからは、それこそ信じられないくらい大変になっていくことが予想されます。

ですから、この人材不足問題を何とかしないと、介護業界は危機的な状況に陥る恐れがあります。

介護人材は2025年までに55万人確保する必要がある 出典:厚労省

そうした人手不足問題に対して、介護業界ではどのような対応や解決策を講じているのでしょうか。

とにかく給料を上げましょうということと、人手が足りない分は外国人を採用しましょうという、ステレオタイプな議論で終わってしまっています。

もちろん、その両方とも必要なことですが、それだけでは人材はまかなえません。

例えば、給料を上げたからといって人が来ないことは、看護師の状況を見ていたら分かることです。看護師は介護士以上に不足しており、給料は一般産業と変わらないレベルに上がっていますが、介護士以上に不足している状況は変わっていません。

ですから、介護士の給料を上げたからといって、人手不足が解消されるとはとても思えません。

人手不足を解消していくには、どのようにしていったら良いとお考えですか。

給料を上げる、外国人を採用するというだけではなく、総合的な政策をしっかりとやらなければいけないと考えます。

例えば、生産性を高めていくということは当然行なっていかなければなりません。生産性を高めるために、ICTやロボット、AIなどもうまく活用していくことも必要でしょう。

また、介護という仕事は3K(きつい、汚い、危険)で、それでいて給料も安いと思われていますが、介護という仕事にはやりがいや魅力もあるということをもっと社会にアピールして、業界のステイタスを上げていくことも必要です。

私は、長く介護業界で働いてきましたし、すごく良い仕事だと思ってやっています。介護事業者団体の専務理事をやらせていただいているのも、この業界にいるからこそだと思っています。

そういう面では、介護マーケットはどんどん拡大しており、ビジネスチャンスにも溢れた業界であるという情報もどんどん発信していくべきでしょう。

あとは、離職率が高い業界ですから、それを防止していくための介護業界におけるキャリアアップ制度の構築や、福利厚生などの労働環境の整備なども必要です。

今のお話は、業界内部の改善・改革面のお話でしたが、介護の新たな働き手を作るという面ではいかがですか。

アクティブシニアと言われる元気な高齢者の方々に働いてもらったり、障害がある方にも介護を手伝ってもらうとか、短時間労働者の方をどううまく活用していくかなど、多方面から介護の担い手を作っていくということも重要です。

人材不足問題は、先ほどの業界内部の対策も含め、そうした総合対策を行なって、何とか解決できるかどうかという難しい問題ですので、総合対策を一つ一つしっかりと行なっていかなければなりません。

厚労省も、そうした総合政策を推し進めようとしていますが、世間には、給料を上げれば良い、外国人を採用すれば良い、という2つしか伝わっていません。

それでは人材不足問題はまったく解決しないということを、介事連としてもしっかり訴えていきます。

保険財源と事業者の収益をどう確保していくか

介護業界の大きな問題/課題点の2点目をお聞かせ下さい。

介護というのは、ご承知の通り保険事業ですが、その保険財源は今でも苦しいと言われています。

今後は、先ほども言いましたように、高齢者人口は爆発的に急増していく一方、生産年齢人口はどんどん減少していくために、ますます苦しくなっていくことがはっきりしています。

なので、この保険財源を政府が言うように適正化していかなければならないと思います。

しかし、適正化するということは、介護報酬を減らしていかなければならないということですから、事業者の収益は苦しくなっていきます。

要介護人口が爆発的に増えることに対応して、サービス量は増やしていかなければならない一方、保険財政は苦しいのでサービス単価は下げていかなければならず、事業者は、その中で収益をどう確保していくかが大きな課題です。

非常に難しい課題ですが、持続可能な介護保険制度にしていくためには、この課題を何としてでも解決していかなければなりません。

2点目の課題は、保険財源と事業者の収益をどう確保していくかということですね。保険財源問題を解決するには適正化していかなければならないということですが、具体的にはどういうことでしょうか。

介事連が既存の介護事業者団体と大きく違うのは、介護報酬に対する考え方、姿勢です。

既存の介護事業者団体が一番に訴えているのは、介護報酬を上げて欲しいとか、減らさないで欲しいということですが、我われは、それは言わないようにしています。

もちろん、介護報酬は我われにとっても非常に大切ですが、先ほど言いましたように、保険財源は今後、ますます苦しくなっていくわけですから、自分たちのことだけ考えて報酬を上げろと言い続けるのは、むしろ社会悪に繋がるのではないかと私は考えています。

持続可能な社会保障制度、介護保険制度をつくり上げていくためには、適正化、つまり介護報酬を必要なところに配分し、必要でないものは削減していかなければならないと思います。

ただし、事業者が潰れたら介護サービスを提供できないわけですから、持続可能な介護保険制度を作るためには、事業者の持続性もきちんと守らなければいけないということも声を大にして訴えています。

事業者の持続性を守るために、どのようなことを訴えたり、行なったりされているのですか。

事業者が持続していくためには、報酬も大切ですが、一番大切なのは利益です。

報酬が上げられない中で利益を確保しようと思ったら、コストを下げれば良いわけです。

極論すれば、報酬はちょっと下がっても、コストを下げて利益は変わらずに確保できるという体制がとれれば、事業は継続できます。

ですから、介事連が一番のテーマに掲げているのは「生産性の向上」です。

介護業界は、点数を上げろ、上げろと言い続けてきた結果、報酬は下がり気味になり、売上は下がりはじめています。

一方、コストは、特に人の採用費や労務管理費など人周りのコストがどんどん高騰しています。

さらに、介護保険制度のルールがいろいろと複雑になり、規制がどんどん強化された結果、作業量や事務費が非常に増えています。

このように、介護業界は今、売上減、コスト増、工数増という三重苦の状況にあります。

これに対し我われは、売上のことは一旦横に置いて、残るコストと工数を下げることにフォーカスして活動していこうと考えています。

コストダウンの対象は、例えばどのようなところですか。

例えば、介護業界では訪問介護、通所介護、施設介護などサービス毎に、こういう資格者を配置しなさいとか、利用者さん何人に対して職員1人を配置しなさいといった細かなルールが作られています。

しかし、資格については、我われ現場の人間から見ると、本当にその資格が必要なのか、無くても良いのではないのか、あることによって逆に足かせになっているようなことも結構多くあります。

例えば、利用者10人以上のデイサービスでは、看護師を配置することが義務付けられています。

でも、看護師を置いているデイサービスの8割位は、看護師を活用できていません。医療行為は医師の指導がなければできませんので、看護師が行なっているのは体温や血圧などを計っているだけで、あとは、介護士と同じような仕事をしている状態のデイサービスが多くなっています。

それでいて給料は高いので、介護士からは「同じ仕事しかしていないのに、なぜ給料が1.5倍も高いのか」と不満を持たれています。あるいは、医療者としてのプライドもあるから、介護職とぶつかってしまうなど、チームワークを乱しているだけの存在になってしまっていたりもします。

そういう状態ですと、確かに足かせですね。

もちろん、医療的なサポートをしている看護師もいます。でも、それが必要なところには加算で対応すれば良いと思うのです。

そして、デイサービスには看護師を置かなくても良いことにしてもらえると、その分の人件費は下がります。

看護師に辞められたら基準割れしてしまうから、辞めさせないようにすると、逆に良い介護スタッフがドンドン辞めていってしまうというような問題が、デイサービスだけではなく全サービスでたくさんあります。

我われが、そのような問題の一つ一つについて問題提起し、改善していってもらえれば、事業者のコストもグンと下げていけるだろうと思っています。

工数削減も大きな課題になってきているのですね。

事務業務は今、本当にすごい量になっています。

それに対し、ある程度経営体力のある事業者は、事務員部門を設け、事務は全部そこに集約して行なっています。

そうすると、当然、事務員のコストがかかるわけですが、これも介護保険やサービスのルールを簡略化してもらうことなどにより、コストを減らすことができます。

事務員を雇う経営体力の無い事業者は、施設長やケアマネージャーなど現場の人たちが事務業務を行なっています。

そのため、本来の管理業務がおろそかになったりしていますので、もっとIT化することなどを含めて事務業務を削減できるような体制を構築していかなければなりません。

連携するには、まず相手のことをよく知ることが重要

介護業界の問題/課題点の3点目をお聞かせください。

介護というのは、要介護の人を一人で支えていくものではなく、地域全体で支えていくものですので、その体制をどう確立していくかということです。

国は地域包括ケアモデルを示していますが、それは概念でしかありませんので、地域包括ケア体制を具体的に作り上げていかなければなりません。

そのためには、国のモデルの中には入っていませんが、エンディングの部分のことも関わってくることですので、私はエンディング分野の人たちとも連携する体制を構築していかなければならないと考えています・

しかし、医療と介護の連携が必要だということは10年以上前から叫ばれていますが、現状では、それすらあまり進んでおらず大きな課題になっています。

医療と介護の連携は、なぜ進まないのでしょうか?

私は、介護の人たちがまとまっていないということもあると思います。医療の人たちから見ると、介護業界はいろいろな団体に分かれていて誰に話したらいいか分からず、全部の団体と話さなければいけない。だから結局、話ができないというようなことになってしまっているのではないか思います。

医療業界の人たちときちんと話をできるようにするためには、介護業界には業界全体の窓口になれるところが必要だと思うのです。

その役割を我われの団体が担いますと言うと語弊がありますのでそうは言いませんが、その役割を担うためには、少なくとも法人やサービス種別の垣根を超えた団体が必要です。

連携が進まないのは、ほかにどのような要因があるのでしょうか。

医療の人たちと介護の人たちは、お互いに「近くて遠い存在」になっていることもあると思います。

連携するためには、まず相手のことをよく知ることが必要です。

このことは、介護・医療とエンディング関係の人たちとの間についても言えることです。

エンディング関係の人たちの多くが、介護・医療の人たちと連携したいと言っていますが、介護・医療のことはほとんど知らず、知らないで提案だけ持ってきても話が進まないという状況になっています。

医療と介護の連携、医療と介護とエンディングとの連携をふくめ地域包括ケア体制を具体的に構築していくためには、何が一番重要だとお考えですか。

私は、それぞれの意識だと思います。地域包括ケアモデルの問題ではなくて、皆が本当にやろうと思っていないから協力体制がとれず、話が先に進まないのです。

本当に連携していこうという意識を持てば、相手のことを知り、理解しようとするようになりますから、話が先に進んでいきます。

ですから、本当に連携していこうという意識を持ってもらうための啓蒙や教育研修などを、もっと行なっていくことが必要でしょう。

本日は、率直で貴重なお話をありがとうございました。


【斉藤正行(さいとうまさゆき)氏のプロフィール】

一般社団法人全国介護事業者連盟 専務理事。

コンサルティング会社勤務を経て、介護大手のメディカル・ケア・サービス 株式会社 取締役運営事業本部長、株式会社 日本介護福祉グループ取締役副社長を歴任。

現在は、株式会社 日本介護ベンチャーコンサルティンググループ代表取締役。一般社団法人日本デイサービス協会理事長。

2018年6月には、介護業界における横断的・全国組織となる一般社団法人 全国介護事業者連盟を設立し専務理事・事務局長に就任するなど、介護団体・法人の要職を担っている。

著書に「エスペランサ~希望~」(日本医療企画)がある。

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塚本 優(つかもと まさる)
終活・葬送ジャーナリスト。早稲田大学法学部卒業。時事通信社などを経て2007年、葬祭(葬儀、お墓、寺院など)を事業領域とした鎌倉新書に入社。月刊誌の編集長を務めたほか、終活資格認定団体を立ち上げる。2013年、フリーの終活・葬送ジャーナリストとして独立。 生前の「介護・医療分野」と死後の「葬儀・供養分野」を中心に取材・執筆活動を行なっている。

[塚本優]