第36回:口コミだけで満室を40年間続ける高齢者施設
職員の勤務年数が長く介護力が高いことが最大の要因

[2020/11/2 00:00]


株式会社さんわ(東京都練馬区)は、1981年に開設した都内で最も古い住宅型有料老人ホーム「シルバーヴィラ向山」(同、116床)と、1997年に開設したコレクティブハウス(集合住宅)「アプランドル向山」(同、賃貸方式45室)を運営しています。

同社は、広告宣伝は行なわず、口コミだけで満室が続いています。開設以来40年近くになりますが、親子2代で入居したのが15組、兄弟や親族が入居している例も130組あることが、そのことを象徴しています。

そこで、岩城隆就(いわき たかなり)社長に、口コミだけで満室を続けられている要因についてお聞きしました。

岩城隆就(いわきたかなり)氏

定年がなく職員の最高年齢は80歳

今日は、口コミだけで満室を続けられている要因についてお聞きしますが、他の有料老人ホームとの違いを分かりやすくするために住宅型有料老人ホーム「シルバーヴィラ向山」のことを中心にお聞かせ下さい。

口コミだけで満室を続けられている一番の要因は、社長ご自身は何だとお考えですか。

職員の介護力が、他の施設より断然高いからだと思います。

介護力が高いのは、職員の勤続年数が長くて、良い介護が蓄積され伝承されていくからです。

介護業界では入社3年以内で退職する職員が7割以上になっていますが、当ホームでは、職員の4割は10年以上勤務しており、20年を超える職員も数多くいます。

職員の勤務年数が非常に長い要因は何でしょうか。

介護保険による報酬額は、技術とかではなく時間によって決まっています。

ということは、職員の能力がどんなに上がっても収入は増えないということです。ベテランになっても収入があまり増えないと、やはり人間はくさって萎えてしまいます。すると、モチベーションが下がり仕事がいい加減になってきます。

モチベーションを維持してくれるのは、お客様からの笑顔です。笑顔を見たときに喜びを実感するからです。良い介護をして、お客様が笑顔になって、信頼され、感謝されることにより、それが職員の誇りとなるのです。

誇りを持てると、職員も頑張ろうという気持ちになり、またお客様の笑顔が生まれ、感謝される。そういう好循環をつくることが肝要です。

ここで職員のモチベ―ションを維持できないと、転職してしまう人も多くなってしまいます。介護業界で入社3年未満の離職が非常に多いのは、それが大きな要因です。

お客様に信頼され、感謝される良い介護とは、どのような介護とお考えなのですか。

職員が、自分で受けたいと思える介護を行なうことです。

給料をもらうためには、自分が少々納得できないよう介護でも仕方がないと、我慢しながら行なっていると、お客様は信頼も感謝もしませんし、自分自身の誇りも生まれません。

自分でも受けたいような介護をしていると、入居者が笑顔になり、家族から喜ばれ、感謝されることによってやる気も湧き、長く勤務するようになるのです。

職員の勤務年数が長い、その他の要因は何でしょうか。

もちろん、職員が働きやすい環境づくりにも力を入れています。

1つは、「永年勤務の推進」です。定年は設けていませんし、病気や怪我等で長期間休んでも復職できるようにしています。

働いていた方が健康でいられます。健康だと、病院にかかる回数も減り、社会コストも下がります。税金を払い続けて健康を維持できれば、日本にとってこんなに良いことはありません。

ただ、70歳を超えるとフルタイムで働くことはきつくなるので、勤務日数を週3~4日に減らし、非常勤職員として働き続けられるようにしています。

非常勤になっても、当ホームでは、同一賃金、同一待遇としています。

その結果、70歳を超えても半分以上の人が働き続け、現在働いている職員の最高年齢は80歳です。

70歳を超えても半分以上の人が働き続けているというのは、すごいですね。職員が働きやすい環境づくりとしてほかにはどんなことを行なっていますか。

「職員が働きやすい勤務形態」として、勤務時間帯を選択できるようにしたり、日勤者と夜勤者を分離したりしています。

勤務時間帯の選択では、子供の送り迎えなど、家庭の事情に合わせて、出勤時間は7時30分、8時、8時30分。退所時間は、16時30分、17時、17時30分、18時の中から選べるようにしています。

また、午後の2時間だけ入浴介助を行なう非常勤職員などもいます。

日勤者と夜勤者を分離したのは、日勤と夜勤を交互に続けていると寝られなくなって体調を崩し、辞めてしまうからです。

20歳前の若いうちから経験した人は、昼夜交互に続けることができます。しかし、当ホームに入所する人は30過ぎの人が多く、普通の生活をしていて、ある日から突然、昼夜交互に仕事をすると体調を崩してしまいます。

このような働きやすい環境づくりによって、新規入職者の半数近くは当社職員からの紹介になっていますし、離職後復職する職員も多くなっています。

「シルバーヴィラ向山」の外観

入居一時金の償却期間は平均余命に基づき設定

口コミだけで満室を続けられている2番目の要因は、何でしょうか。

順番はともかく、入居一時金の償却期間は、当ホームでは平均余命に基づいて設定しています。

平均寿命は、どんどん伸びてきており、それに伴い平均余命も伸びてきています。その平均余命に基づいて償却期間を設定しないと、お客様は住み続けることが難しくなってきます。

有料老人ホームの入居一時金の償却期間は、ほとんどのホームで5~6年しかありません。平均余命と償却期間の設定が大きくかい離しており、人生の長さに対応していないところが多いのです。

当ホームでは、平均余命に基づいていくつかの生涯コースを設けており、償却期間の最長を75歳入居で20年にしています。

入居一時金の償却期間が短いと、何が問題なのですか。

入居一時金というのは、基本的には前払い家賃となります。従って、償却期間が過ぎると、その入居者は「お客様」ではなく「居候(いそうろう)」とみなされかねません。

償却期間を越えた入居者A様を退出させ、新規B様に入れ替えることが出来れば、再び「入居一時金」を手にできます。その施設の採算がギリギリであれば、その誘惑に抗しがたくなります。

具体的には、「当ホームの介護能力を越えた」、「他のお客様に危害を加えた」などの理由を挙げて追い出されます。当ホームにも、他のホームを追い出され、再入居されたお客様がいらっしゃいます。

開設当初は採算に余裕があったとしても、運営期間が長くなるに従い、必然的に「居候」が増えていきますので、結果は同じです。

「居候」が3割を超えるようになれば、施設運営そのものが困難になります。その結果、施設維持のためには追い出さざるを得なくなるのです。

つまり、こうした有料老人ホームでの契約条件は、およそ経済合理性に欠けていることになります。どこの有料老人ホームも「終の棲家」と謳っていますが、そうできない要因を抱えているのです。

ご自身の平均余命より短い償却期間での入居契約には、こうしたリスクがありますので、十分ご留意ください。75歳女性の平均余命は15.97年(令和元年 厚労省データ)もあるのですから……。

ハロウィンには大勢の子供たちが訪れて入居者と交流

入居面接は行なわずどんな人でも受け入れる

口コミだけで満室を続けられている、その他の要因をお聞かせください。

他のホームにはあまりない、当ホームの特徴ということで言いますと、どんな人でも受け入れることを基本にしています。

入居者を受け入れる際は、一般的には担当者が入居者のところへ出向き、面接の上で入居が決まりますが、当ホームでは、重大な医療/介護的問題が想定される場合を除き面接は行ないません。

家族とはお会いしますが、本人とは面接しませんので、基本的に入居当日が初対面です。

なぜ、入居面接をされないのですか。

「普通の社会」をつくりたいからです。

普通の社会というのは、多様性にあふれています。自分が面接すると、どうしても自分の好みが出て偏りが生じます。

また、面接をするようになると、職員から「社長、ああいう方は、次からは入れないようにお願いします」と言われるようになり、手間の掛りそうな方を除外しがちになります。

そうした結果、多様性が失われて偏ったお客様集団が出来上がり、また職員にも甘えが生まれてしまいます。

実際の社会には、いろいろな人がいます。ご隠居が居て、熊さん、八さんがいて初めて長屋になるように、様々な人がいてはじめて普通の社会になるのです。

「偏った社会」は、病みやすいのです。ですから、認知症などによる問題行動等で他の施設を追い出された方も、ここでは「普通の社会」を構成する貴重な一員として受け入れています。

問題行動等がある方を受け入れることに不安はありませんか。

問題行動があっても、他傷傾向のある精神障碍以外の方であれば、ここでは入居されて程無くして問題行動が無くなりますので、不安はありません。

問題行動のある方を無理に制止しようとすると、身構えたり、机などを叩いて威嚇したりします。でも、積極的に他人に危害を加えることはないものです。

ですから、こちらも構えずに受け入れる姿勢を見せます。そうすると、その人が、「ここでは、自分で自分を守らなくても生きていけそうだ」「自分は今のままで受け入れられる」と思えば、問題行動を起こさず穏やかになります。

他の入居者から「ああいう方は困ります」などと言われたりしませんか。

言われても、頭を下げ、何とか納得していただきます。その時は、不満に思った方でも、そのうち「あの人でも居られるのだから、自分がああなっても大丈夫だ」と安心されるようになり、全体的に受容の空気が生まれます。

問題はむしろ、受け入れた我われではなく、追い出した施設側で起こります。

問題行動を取る人を追い出したその日は、施設の方々は大喜びするでしょうが、翌日からは「次に追い出されるのは誰だろう」と不安になり始めます。

そうすると、自分を守るために、グループをつくり始めます。そして、やがて次のスケープゴートが作りだされます。

これは、学校におけるイジメと似ています。追い出した施設の「社会」は、受容力が失われ、ギスギスとした冷たい社会になってしまいます。

外来の方々から、「ここのホームの雰囲気はゆったりとしていて、落ち着いている」と良く言われますが、それはこうした運営をしているからだと思っています。

ホームに取材に行くと、入居者さんが私を見るホームが多いのですが、こちらでは入居者さんの視線を感じないことが印象的でした。

入居者さんの視線があつまるのは、緊張感のあるホームです。つまり、誰か来たら、自分にどう影響する人なのか、値踏みをしようとするわけです。自分の敵か味方か峻別しようとしているのです。そのようなホームは、相当ストレスに満ちているということです。

外部の人が来ても見向きもしないのは、安心してゆったり暮らせているホームだからです。

「普通の社会」をつくるために、その他に行なっていらっしゃることがありますか。

この老人ホーム内だけでは、どうしても年齢が偏ってしまいます。そのため、ホームでは子供の遊び場をつくり、特に夏はプールを無料で開いています。

そうすることで近所の小さい子供たちがホームにやって来てくれます。もちろん、小さい子供ですから、お母さんたちも来ます。

また、敬老の日やハロウィンの時には、幼稚園や学校の子供たちが大勢訪れます。

その他にも、外国語教室なども開き、日本人以外の方もいらっしゃいますし、来客者の方も自由に出入りできるようになっています。

「社会」がホーム内に入ってくるように努力しています。今はコロナ禍で様子が少し変わっていることはとても残念なことです。

中庭に設けられたプールで泳ぐ近所の子供達

「私は幸せだ」と実感を持ってもらうことが重要

「自由」ということも、他のホームにはあまりない特徴ではないでしょうか。

大切にしていることの1つは、ここは「家庭」であるということです。160LDKの一軒家なのです。

だから、自由であり、細かい規則はありません。門限はありませんし、外出や外泊も自由です。飲食、喫煙、ペットも可にしています。「家庭」ですから当然です。

規則をつくればその枠にはめようとします。つまり、規範の中に入れようとするのです。

そうすると、その規則から逸脱する人を制し、枠内に戻そうと努力することになります。

この管理労力も、案外馬鹿になりません。

一方で、はめ込まれると人間はストレスが溜まるものです。ストレスは、精神衛生上、よくありません。過度のストレスは、認知症を引き起こすのです。

ですから、「自由」という方針で運営しています。

「規則」でしばるより「自由」の方が、運営がうまくいくのですか。

自由に、何でもやっていいと放任してしまうと、無政府状態になってしまうのかというと、そうはなりません。

人間は社会性のある動物ですから、「常織」が社会のルールとして自然と落ち着いてきます。だから、心配することはないのです。

「常織」という点では、認知症のお客様でも、そうでないお客様でも同じです。認知症の方は、事実認識のズレはあるかもしれませんが、喜怒哀楽の感情はもちろん、善悪の判断など「常織」は決して失われていません。

職員に対する指導についても同じです。「他人をいたわる」「お客様を大切にする」といった当たり前の「常識」が実現されるように努力しています。

もちろん、仕事をする上での技術指導はしますし、それも大切です。でも、それ以上に大切なことは職員一人ひとりが、「自分は人間として大切にされている」「自分は幸せだ」と実感できることです。

平均年齢90歳の入居者の発表会「シルバーフェスタ」

そのことがなぜ大切なのでしょうか。

人は、自分が不幸なときには、他人には優しくできないものです。職員がお客様に思いやりをもって仕事をしてもらうには、職員がいい人生を送っていなければなりません。

このことは、万物の現象と同じだと思うのです。つまり、差があるものは何であれ均一になろうとします。

人間同士でも同様で、相対的に下にいる人は、上にいる人の足を引っ張って同一になろうとしがちです。

自分が下位なら努力して上位に昇る努力をすればいいのですが、それが出来る人は稀です。自分が不幸な時は、相手も不幸にしてやろうという気持ちになるのが自然なのです。

でも逆に、自分が上にいる人は、優しくなり、自然に下にいる人を引っ張り上げようとします。

だから、「私は幸せだ」という実感を持ってもらうことがとても重要なのです。他者に対する優しさがなければ、我われの仕事は、「介護」ではなく単なる「作業」になってしまいます。

このことは、お客様についても言えます。つまり、認知症であれ、何であれ、お客様をちゃんと一人の人間として対応することで、その方は、非人間的な行動は行なわなくなるのです。

そういうお考えのもとで、「自分は人間として大切にされている」「自分は幸せだ」と実感できるように努力されているわけですね。

どこまで出来ているか分りませんが、お客様には、最後に「良い人生だった」と思っていただけるように、職員には「ここで働いて良かった」と思ってもらえるように、日々、最善の努力を尽くしています。

今日は、とても貴重で役に立つお話をありがとうございました。



【岩城隆就(いわき たかなり)氏のプロフィール】

株式会社さんわ 代表取締役社長。社会福祉士。

公益社団法人 練馬東法人会 常任理事。

1951年 東京都練馬区に生まれる。

1974年 北海道大学工学部卒業。

1974年 三菱商事 株式会社入社 発電プラント輸出に携わり、ロンドン駐在員等を経て、1991年退社。

1991年 「シルバーヴィラ向山」の運営に携わる。

2000年 株式会社 さんわ代表取締役に就任し現在に至る。

代表者としての心構え:常に現場にあること。顧客・従業員の自己実現に努めること。

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塚本 優(つかもと まさる)
終活・葬送ジャーナリスト。早稲田大学法学部卒業。時事通信社などを経て2007年、葬祭(葬儀、お墓、寺院など)を事業領域とした鎌倉新書に入社。月刊誌の編集長を務めたほか、終活資格認定団体を立ち上げる。2013年、フリーの終活・葬送ジャーナリストとして独立。 生前の「介護・医療分野」と死後の「葬儀・供養分野」を中心に取材・執筆活動を行なっている。

[塚本優]