第35回:“終活おじさん"が語る「終活のあり方」と「東京葬祭の今」
今後は「家族の繋がり」を重視した終活を広めていく

[2020/10/1 00:00]


葬儀専門会社、東京葬祭の尾上正幸(おのうえ まさゆき)取締役は、業界では「終活おじさん」として名が知られています。

自社主催の終活セミナーを講師として頻繁に開催しているほか、終活本を出版したり、社外でも終活セミナーや勉強会等の講師を積極的に行なっているからです。

尾上氏の終活セミナーの内容は、他の多くの葬儀社とは全く異なっていることが大きな特徴です。

また、東京葬祭の経営については、日頃はあまり発言されていませんが、コロナ禍による直葬の増加などにより落ち込んでいた葬儀件数(直葬を除く)も、8月には前年並みまで回復しています。

そこで、尾上氏に、終活についての考え方や東京葬祭の葬儀件数回復の要因についてお聞きしました。

尾上正幸(おのうえ まさゆき)氏

「ご遺族から悔いる言葉が聞かれるようになってきた」

尾上さんと言いますと、私には、東京葬祭の取締役というより、「終活おじさん」というイメージの方が強いのですが(笑)、今日はまず、終活のことについてお聞きかせください。

東京葬祭主催の生活者向け終活セミナーでは、自ら講師を長らく続けられていらっしゃいますが、コロナ禍になっていかがですか。

率直に言いますと、志村けんさんのお兄さんが「何も出来なかった。とても残念だ」とテレビで発言している様子を見て、終活セミナーで何を話したらよいのか、頭の中の整理がつかなくなってしまいました。

新型コロナによってセミナー自体も出来なくなってしまいましたので、いろいろ考えたのですが、終活というのは、心や時間の余裕がある人のホビーなのかもしれないと気づきました。

次に何を学ぼうかと考えるような人たちが、時間にも暮らしにも余裕がある時に、比較的取り組みやすいのが終活なのだろうなと思ったのです。

私自身、「終活は楽しみながら行ないましょう」と言い続けてきたのですが、コロナ禍になって、それは少し考え直さないといけない、日本社会が新しい生活様式にしなければいけないと言われているのと同じように、新しい終活のあり方を模索しなければいけないと思いました。

志村けんさんのお兄さんの言葉が、終活を考え直すきっかけになったのですね。

そうです。志村けんさんのお兄さんが「何も出来なかった」と言われたのは、我われ葬儀社にとってはすごく刺激的な言葉でした。

東京葬祭でもコロナに感染して亡くなった方のご遺体の対応をすることがあり、その時に、我われが一番懸念したのは、濃厚接触者というご遺族からの二次感染です。

当初は、医者から「遺族と会って打ち合わせをするのは止めなさい」という指導があったり、厚生労働省も、「濃厚接触者に対しては、積極的に会うのではなくて、電話等にしなさい」とか、「お骨も手渡しは避けなさい」といった指導をしていました。

たとえ私がコロナのことを学んで万全を尽くしたとしても、当社の社員も現場にいるのはやはり怖いので、コロナ感染死のご遺体に関しては、多くの葬儀社と同じように、当社もお客様から「何も出来なかった」と言われるようなことを行なっていました。

ところが、ご遺族からは、「最後にこうしてあげたかった、ああしてあげたかった」などという、悔いる言葉が聞こえてきました。

そうした時に、志村けんさんのお兄さんの「何も出来なかった」という言葉があり、我われ葬儀社にとっては一番考えなければいけないテーマだと思ったのです。

葬儀が出来る時に、何が出来るのかを考えることも必要なのですが、家族や友人などが悔いを残さないように普段からどういう繋がり方をしていくのか、それがこれからの終活のテーマなのだろうと考えるようになりました。

終活のメインテーマを、どう変えるということですか。

今までは、亡くなった人はこういう人だったね、と人に見せることを強く意識していたような気がします。

今後は、家族と繋がって、記億にどう残したかということを強く意識することが大事だろうと思うのです。

つまり、ここのところで身内を亡くされた方々が強く感じている、「家族ともっと繋がっていたかった」「ちゃんとお別れをしたかった」という傷を残さないための終活をきちんと行なっていく必要があるだろうと思っています。

ご遺族からは、悔いる言葉が聞こえるようになってきたというお話でしたが、コロナ禍になって、コロナ感染死のご遺体だけでなく、コロナに感染していないご遺体でも思うような葬儀・告別式が出来なくなったことにより、一般の人たちの意識も変わってきたという感じですか。

そう思います。コロナ禍によって、日本人が一番大事にしている故人およびご遺体に対して敬意を表すことが出来なくなり、それを「悔い」という言葉で表すようになってきたのではないかと感じます。

コロナ禍の前は、まるで逆でした。故人やご遺体に敬意を表すより、賢い消費者でありたいとか、あなたは賢いわねと言われることを優先していました。その表れが、家族葬、一日葬、直葬を選ぶ人が増えてきたことだと思うのです。

それが顕在化しているのですが、潜在的には、故人をきちんと送りたい気持ちを持っているということが、今回のコロナによって明らかになったと思います。

行政主催の終活セミナーの様子

終活セミナーでは、葬儀の話はしない

これまで行なってこられた終活セミナーの質問になりますが、セミナーでお話しされる時は、どのようなことに留意されていらっしゃいますか。

一般的には、事前に葬儀の見積もりを取ることを重視している葬儀屋が多いと思いますが、私は見積もりを取ることは重視していません。

お客様にどう役立つかが一番大事だと思っていますし、見積もりを取ったからといってお客様を縛ることはできないからです。

地域の人たち向けの尾上さんの終活セミナーを二度聴かせていただきました。他の葬儀社のセミナーでは、葬儀に関する話が多いのですが、葬儀の話はほとんどされませんよね。

葬儀社の終活セミナーに来られる方というのは、肝心なことを知りたく来られるのです。肝心なことが良く分からなくて、どういう質問をしたら良いか分らない状態で来られる方が多いのです。

ですから、私は、葬儀の進め方や費用などのことより、最後を迎えるまではどうしたら良いのかとか、その時にはどうしたら良いのかとか、そうしたいざという時に慌てないためのお話をしています。

あとの話は半ば雑談です。いろいろな話をする中から、何か一つでもヒントを得ていただいて、話しやすい関係になれれば良いと思って話しています。

でも、セミナーを終った後の個別相談では、葬儀の質問が多いですよ。いろいろな話をすることで聞きやすくなっているから、葬儀のことも抵抗なく質問できるのだろうと思います。

その時に質問が無くても、東京葬祭には、面白いおっさんがいるということを覚えてくれるだけでも良いと思って話しています。

今後は終活セミナーのテーマを変えていかれるということですが、セミナーの開催方法についてはいかがですか。

従来は、エンターテイメントで良いと思っていました。来られる方が、私の話をボーッと聴いていて、「ああ、面白かった」と思ってもらえれば良いと思っていたのです。

なぜそう思っていたかというと、終活って考えたくもないという方も多いので、私の話を聴いて、「なるほど面白いな、ちょっと家族と話してみようかな」と思ってもらうためです。

そのために、2時間しゃべり続ける。それで十分だと思っていたのです。

そうしたら、昨年の11月に、世田谷区の社会福祉協議会主催のセミナーに呼ばれ、50人位の人たちにお話をする機会がありました。

主催者から質疑応答の時間を設けて下さいと言われたので、「いいですけれど、できるだけ話をさせてください。質問については、質問用紙を作るのでそれに書いてもらってください」とお願いしました。

すると、10近い質問がありました。質問の内容も豊かで、いろいろな質問があり、私が勉強になるくらいの内容でした。

主催者は、「こんな内容の質問が出たのは初めてです」と言っていました。

私は、皆さんが終活をやりたくなるようなエネルギーをつくるための話をしますので、何を質問してもいいのだという雰囲気になっており、それでいろいろな質問が出てきたのではないかと思うのです。

そういうことがあって、それまではワンウェイ(片道)で良いと思っていたのが、その後のレスポンスも、とても重要だなと思うようになりました。

私が質問に応えるだけではなく、私自身もいろいろなことを教わりたいので、今後は、終活コミニュケーションの場を作っていきたいと考えています。

介護施設で講師をする尾上氏

スタッフには「売りなさい」とは言わない

次に、コロナ禍ですので、日頃はあまり発言されていらっしゃらない東京葬祭さんの経営について少しお聞かせ下さい。葬儀件数はいかがですか。

コロナの影響で直葬が増えたことに加え、このエリアでは死亡者数が少なかったこともあって、直葬を除く葬儀件数は4月がドン底でした。

でも、5、6、7月とズーッと戻ってきて、8月にはほぼ前年並みまで戻りました。

その要因は何でしょうか。

現場スタッフの勉強会を月2回行ない、基本的なことから教えるようにしました。

例えば、従来は一つのブームである家族葬なら家族葬に乗っかっていけば、お客様もそこに乗っかってくれました。しかし今は、お客様が望んでいることを提案しないと受け入れてもらえません。

ですから、葬儀の形よりも、このお客様は何を望んでいるのかをつかむための会話をたくさんしなさい、というような話をしています。

私が基本としているのは、「売りなさい」とは言わないことです。「お客様の役に立つことを探しなさい」と言っています。それが自分の仕事の喜びにもなるのです。

そうすると、企業の使命は、何なのかということになります。

勉強会で、「企業の使命とは何だと思うか」という質問もしてみました。するとやはり、収益をつくることだと応えたスタッフがほとんどでした。

それに対して、その収益は誰からいただけるのか、その収益をもっといただけるようにするためにはどうした良いのか。そのためにはやはり、お客様が求めているものをちゃんと見極め、お客様が欲しいというものを提案・提供してあげないといない。

そのことをきちんと頭の中に入れてお客様と会話ができる人であれば、ちょっと変わってくるぞ、といった話をしました。

そして、「我われの仕事は、誰のために、何のために行なっているのか」ということをブレーンストーミングさせました。

すると、「お客様の役に立つために、私たちの存在があります」と言ってくれるスタッフが出てきて、それを皆で共有します。

勉強会では、こういう話を良くしています。

売上が厳しくなると、売上をあげろとか、売ることばかり考えさせる経営者や管理職が多いですよね。

そうなのです。当社でも、朝会では、部長クラスは「売上目標まであといくらだ」などと言いがちです。

それに対して私は、「いや、それを言って、どんなコントロールができるのだ」とたしなめます。

お客様が葬儀社に対して一番求めているものは、プロの葬儀社に頼ったのだと信じたいことだよ。だけど、その人の身だしなみや所作がいたらないと、それだけでがっかりするから、まずそれらをきちんとしなければならない。

その上で、このお客様、もしくは故人様が何を一番求められているのかを一生懸命考えてプレゼンしなさい。

そのプレゼンができれば、お客様は自分でも気が付かなかったけれども、「ああ、そうだったんだね」と思うと、至福の喜びを得るから、お客様のその表情を見ただけで我われも幸せになれるよ、といった話をします。

このように、我われは、誰のために、何のためにこの仕事をしているのかというところをベースとして、いろいろなことを教えています。

同社の家族葬ホールの前で記念撮影する社員の一部

コロナ禍では、祭壇の作り方、食事のあり方などは全部変わって良い

直葬を除く葬儀件数が前年並みまで戻ってきた、その他の要因をお聞かせ下さい。

コロナ禍でもお客様に悔いが残らないようにしたり、自分が求めていることに気づいてもらうため方法の一つとして、バリエーションやアイテムを増やしています。

例えば、お通夜では、「三密」になるから会食は行なわず、お持たせ料理にするということは、どこの葬儀社でもやっています。

しかし、参列するのは家族だけですから、しっかりとお別れの時間や会食の時間を作ってあげても良いと思うのです。

コロナ禍になって、出来ない、出来ないというところにばかり目がいってしまっていますが、参列するのは家族だけですから、そのことをベースに考えると、食事のあり方も、祭壇のつくり方も全部変わって良いはずです。

祭壇も、これまではたくさんの参列者に見せるためのものでしたが、家族だけだと手に取って触れるものが祭壇だと思うのです。

コロナ禍だから、式は行なわずに直葬にするというご遺族でも、東京などは葬祭会館で3日間位安置することが多いのですから、1泊2日で、会館で過ごす時間を作ってあげても良いわけです。

そうするとご遺族は、故人とゆっくりお別れができますし、皆でビデオを見ながら故人との想い出話をすることもできます。

あるいは、出棺の時に、誰も呼ばず、お経もあげないご遺族であっても、悔いを残すようであったら、お坊さんを呼んで30分位お経を挙げてもらっても良いのです。

こうした考え方でバリエーションやアイテムを増やし、それらを提案する力を付けることによって、葬儀件数も徐々に増えてきました。

葬儀件数が前年並みまで回復したということは、大きく変わった部分があるのではないでしょうか。

率直に言いますと、3月と4月は直葬がかなり増えました。世間で直葬が増えると、葬儀社のスタッフにもそれが刷り込まれてしまって、ご案内もそうなってしまいがちです。

しかし、お客様の声をよく聞いていると、そうではなく、悔いたくないという人も多いわけです。そこで、一日葬のバリエーションを増やし、選べるようにしました。

世間では直葬が増えていることから、直葬に傾倒しそうな当社のお客様に対して、一日葬にもいろいろあり、一日だけでも満足できるものはいっぱいありますよというご案内をするようにしてから、直葬が減り一日葬が増えてきました。

葬儀件数が回復してきたのは、これが一番の要因です。

そういう取り組みをされて、何か気づかれたことはありますか。

我われはお客様の役に立つために仕事をしており、悔いさせずに満足してもらうのだという思いをきちんと持ってご案内をしているスタッフは、不思議と、葬儀を行ないたいというお客様と出会うようです。

この間も、そういうスタッフから「家族葬を行ないたいというお客様がいます」という話があり、家族葬専用式場では三密は避けられないので、大型式場を使ってやってもらいました。

スタッフ皆がそのようになってくれると、件数や売上額も、もっともっと増えると思います。

今日は、終活のことだけでなく経営のことまでお聞かせいただきありがとうございました。他の葬儀社さんにもとても参考になると思います。



【尾上正幸(おのうえまさゆき)氏のプロフィール】

株式会社 東京葬祭 取締役。

自身の経験をもとに顧客との相談事例から学び始め、2007年より「もしものときに後悔しないセミナー」を開催。その後、終活セミナーと名付けて現在に至る。

「生きるための終活」にこだわり、終活セミナー講師として、2018年には年間50回の登壇に至り、自分史と終活の伝道師を自認している。

2008年より明治大学死生学研究所、2010年より同サービス創新研究所に参加して学びを得、よりよい葬送サービス実現のために研修を実施している。神奈川県動物愛護協会理事。

著書に『実践エンディングノート 大切な人に遺す私の記録』(2010年、共同通信社)、『本当に役立つ「終活」50問50答』(2015年、翔泳社)などがある。

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塚本 優(つかもと まさる)
終活・葬送ジャーナリスト。早稲田大学法学部卒業。時事通信社などを経て2007年、葬祭(葬儀、お墓、寺院など)を事業領域とした鎌倉新書に入社。月刊誌の編集長を務めたほか、終活資格認定団体を立ち上げる。2013年、フリーの終活・葬送ジャーナリストとして独立。 生前の「介護・医療分野」と死後の「葬儀・供養分野」を中心に取材・執筆活動を行なっている。

[塚本優]