第37回:「親なきあと」相談室 藤井奈緒氏に聞く障がい者家族の終活
相談者に対して利益誘導せず真摯に向き合う

[2020/12/1 00:00]


「親なきあと」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

障がいのある子供を持った親が、自分がこの世を去った後も子供が幸せに暮らせるように行う備え=終活のことを、そのように呼んでいます。

私は、この言葉の意味と、その具体的な内容について、今回インタビューさせていただいた藤井奈緒(ふじいなお)さんに出会うことによって知りました。

そして、「親なきあと」の終活こそ、本当に必要な終活だと思うようになりました。

また、「親なきあと」の終活の具体的内容を知ることは、一般の人の終活のあり方を考えるうえでも参考になります。

そこで、一般社団法人「親なきあと」相談室 関西ネットワークの代表理事として、旺盛に活動されている藤井奈緒(ふじい なお)さんに、「親なきあと」の終活についてお聞きしました。

藤井奈緒(ふじい なお)氏

「親なきあと」は、子供の世話ができなくなる時点から始まる

今日は、障がいのある子供・家族をお持ちの親や関係者だけでなく、この連載を行っているポータルサイト「シニアガイド」の読者層を踏まえて、一般の終活者や終活関連事業者などにも役立つことも質問させていただきますので、よろしくお願いいたします。

まず、「親なきあと」という言葉の意味についてご説明ください。

「親なきあと」とは、障がいのある子や引きこもりの子をもつ親が、子供の面倒をみられなくなってからの子供の人生を案じて語られるようになった言葉です。

「親なきあと」と言うと、多くの親は「自分たちが死んでしまった後」と捉えています。しかし、死なないまでも、病気や怪我、認知症などで子供の世話ができなくなる時点から、「親なきあと」が始まります。

ですから、「親なきあと」相談室では、そのように定義して、「亡き」を漢字ではなくて、敢えて「なき」と平仮名で表記しています。

なぜ、そのように定義することが必要なのでしょうか。

例えば、社会とのつながりを持たないまま親の庇護のもとで暮らしてきた子供は、親なきあと、社会に放り出されることになります。

障がいの種別や重さなどによって、親なきあとの人生は様々でしょうが、例えば、知的障がいが重ければ、知らない施設などに急に預けられ、本人は事情が理解できず、不安定な心境のままその後の生活を強いられることになるかもしれません。

自分の想いをうまく言葉にすることができず、人によっては、自傷や他害行為が表出する場合もあるのです。

また逆に、例えば、引きこもりの方など、そもそも障がいが無かったり軽かったりする場合には、福祉の手が届くことなく完全に孤立してしまい、最悪の場合には部屋に一人で倒れていても、誰にも気付いて貰えないような事態を招くこともあります。

ですから、子供に幸せな人生を送らせてあげるためには、親たちは、自分たちが子供の世話ができなくなった後のことを考えて、予め出来る備えをしておくことが、とても重要なのです。

長女は虫歯の治療をするにも全身麻酔が必要

「親なきあと」の備えをする際の留意点についてお聞きしたいのですが、障がいがあるということはどういうことなのかが分らない人にとっては、留意点だけを聞いても理解しにくいだろうと思います。そこでまず、障がいがあるということはどういうことなのかから、ご説明いただけますか。

私の長女には重度の知的障がいがあります。

17歳になった今でも自分で歯を磨くことができず、毎晩親である私たちが娘の口に指を差し入れ、奥歯の1本1本まで丁寧に磨いています。ひとたび虫歯にしてしまったら治療を施すのは大変で、大抵の場合、全身麻酔は避けられないのです。

また、体のどこかを怪我していたとしても、本人から痛みを訴えることをしないので、周囲の者は異変に気付いてやることがなかなかできません。

ある時は、靴下を脱がせてみたら、足の親指の爪が根っこからベロンと剥がれていたこともありました。

傷口を手当てして包帯を巻いても、そういうものはすぐに自分で取り去ってしまいますので、ばい菌が入らないようにするなど、怪我の治療にも大変苦労します。

それらは、知的障がいが重いが故に、自分自身が置かれている状況を理解できないことが原因なのですが、ならば、知的障がいが軽ければ問題は無いのかと言えば、全くそうではありません。

例えば、どのような問題ですか。

例えば、言葉も話せるし字も書けて、大抵の事は自立した生活が送れているような、知的障がいが軽度の子の場合です。

親御さんは、我が子が悪意のある誰かに騙されてしまい、多額の金銭を差し出してしまうなど、犯罪に巻き込まれてしまうのではないかという懸念を抱いています。

本人には騙された自覚がなく、被害の発見が遅れることもよくあります。

また、本人が能力的にATMで自分のお金を引き出すことができたとしても、障がい特性などにより、暗証番号を声に出して読み上げてしまうようなことがあるので、ATMは利用させられないという場合もあります。

障がいも様々なわけですね。

そうです。「障がい者」とひと言で言っても、障がい種別や重さの度合い、特性、年齢、性別、家族構成等、一人として同じ子はいません。

10人いれば10人、100人いれば100人とも、抱えている課題は違いますし、親の願いや本人の望む将来も、当然ながら違います。

ですから、親は、自分自身の老後のために行なう一般的な終活に加え、「親なきあと」に、我が子のお世話をしてくれるであろう大勢の支援者の方々に向けての終活、つまり、「親なきあと」の備えを、早い時点からなるべく丁寧に行っておくことが求められるのです。

お金は「誰が本人のために適切に使ってくれるのか」が重要

では、「親なきあと」の備えをする際の留意点についてお聞きかせください。

障がいのある子を育てる親は、子供名義の通帳に、せっせとお金を貯め続けている人が少なくありません。将来、生活に困らない程度のお金を残してやらなければ、幸せに暮らしていけないかもしれないと不安に思うからです。

ですが、私は講演会などで、お金は”いくら残すか"よりも”どう残すか"、そして、”どう残すか"よりも”誰が本人の為に適切に使ってやってくれるのか"の方が重要なのだとお伝えします。

どういうことかと言いますと、例えば、知的障がいのある子に大金の入った通帳を渡してやったとしても、それを自分で適切に管理し、自分で銀行から引き出して使うことができない限り、財産管理については誰かに託さなければなりません。

それは、成年後見人かもしれませんし、信託契約を結んだきょうだいや親戚、または、福祉サービスの支援者かもしれません。あるいは、信託会社かもしれません。

確かにそうですね。

また、多くの親御さんは子供名義で貯めたお金を誰かに横領されるのではないかとの懸念を抱いているものですが、実際には横領されるリスクよりも、本人の為に使ってやって貰えないことの方が問題です。

「たまには本人の好きな食べ物をお腹いっぱい食べさせてやって欲しい」「旅行が好きな子なので、年に1度は旅行に連れて行ってやって欲しい」など、多少のお金を残してやれば叶えて貰えそうなことであっても、その担い手を探すことの方がよっぽど大事なのです。

だからこそなおさら、「この子の面倒は親である自分たちしかみられない」とは考えずに、なるべく早いうちから我が子を他人の手に委ねる準備を始めなければなりません。

遺言を書き残し、相続財産の整理をしておくことは必須ではありますが、成年後見制度のことや、官民問わず、どのような福祉サービスがあるのかを知る努力をし、親が元気で動けるうちに、各専門家に躊躇なく相談をして、情報収集を行って欲しいと思います。

きょうだいにはきょうだいの人生がある

「親なきあと」の準備の支援活動をされている方の立場から見て、準備を進めるためのネックになっていることや課題点と思われることはありますか。

感じることの1つは、子供を他人に託せない親御さんがいることです。

「この子のことは、私が一番よく知っているから」「この子は私と一緒にいるのが一番幸せだ」などと思い込み、結果的に他人に委ねる準備ができないのです。

特に高齢の親御さんは、昔は今のような福祉サービスの無い中で、自分たちだけで頑張って障がいのある子を支えてきたので、仕方のない面はあります。

ですが、そう言って手放さずにいると、親なきあとに急に不安のどん底に突き落とされて辛い想いをするのは、愛して止まない我が子に他なりません。

ですから、「この子のことは、私よりも、支援者さん達がよく知ってくれている」と言えるようになるのが理想だと思っています。

2つ目は何ですか。

きょうだいに過度な期待をしてしまう親もいることです。

健常者であるきょうだいに対し、「私がいなくなったら、〇〇ちゃん(障害のある子)のことは、あなたに任せるから、よろしくね」と言ってしまうか、口に出して言わないまでも、心で期待している親御さんも実はたくさんいます。

しかし、きょうだいさん達は障がいのある子の人生を背負って生きていかざるを得なくなり、人生の選択肢を狭めてしまったり、プレッシャーで苦しんだりしている人がたくさんいます。

きょうだいにはきょうだいの人生があります。親が期待をしていたところで、きょうだいが結婚し、自分の家庭を持つようになったら、障がいのある子のお世話など、期待できなくなることも多いように感じています。

大切なのは、一方的に期待を寄せるのではなくて、きょうだいさんたちはどうしたいのかしっかりと気持ちを聞き取って、出来ることならきょうだいさんにまったく頼らなくても、障がいのある子が幸せに暮らしていけるように準備してあげるべきだと思います。

メンバーは全員が障がいを持つ子の親族で、かつ専門家

次に、昨年6月に立ち上げられた「一般社団法人『親なきあと』相談室 関西ネットワーク」についてお聞きします。立ち上げられた意図は、どういうことでしょうか。

「親なきあと」に向けて考えておかなければならないことは多岐にわたります。遺言を書いたらもう安心、お金の残し方を整えたら先のことは大丈夫、という風にはなりません。

住まいのこと、就労のこと、金銭管理のこと、果ては延命治療をどうするのか、その子が亡くなった時にお葬式やお墓はどうするのか等々、準備しなければならないことはいくらでもあります。

しかし、それらについて、ワンストップで相談にのれる窓口が、私の周りにはありませんでした。何か質問をしても「それは専門外なので分かりません」と言われてしまい、余計に不安になることがあります。

ですから、そうしたことがないように、あらゆる不安ごと、相談ごとをお聞きして、一緒に考え、必要であれば然るべき窓口にお繋ぎしたり、紹介する活動がしたいと考え、私の他8名のメンバーと共に立ち上げました。

メンバーは、全員が何等かの障がいを持つ子の親などの親族です。そうしたのは、当事者目線で相談にのれるようにしたかったからです。

また、専門的な対応ができるように、メンバー全員が法律やお金、障害年金、福祉、住まいなどの専門家で構成しています。

一般社団法人「親なきあと」相談室 関西ネット―ワークのメンバー

関西ネットワークでは、どのようなことを行っているのですか。

親なきあとに向けて、適切な備え方を知らなかったが故に備えが間に合わず、親も子も幸せになれなかった、などという悲劇は無くさなければならないとの想いで、セミナーなどを通じて情報発信を行うと共に、電話や対面、オンラインなどによる個別相談に応じています。

新型コロナにより、当相談室主催のセミナーが中止になって以来開講できていないので、感染状況を見ながら、少人数の定員で再開していこうと考えています。

また、オンラインセミナーや双方向で話し合う座談会なども行っていく予定です。

「親なきあと」講演会の様子(北海道美幌町社会福祉協議会主催)

関西ネットワークの「親なきあと」の支援活動を行なううえで、気をつけていることはありますか。

親御さんとお話をすることがほとんどなので、親の想いに答えることが目的になりがちですが、そもそもは子供さんが幸せに暮らしていくために何をどうするか、ということこそを考えるべきです。

なので、親御さんではなく、当事者である子供さんの想いに寄り添えるよう、想像力を働かせることが重要だと考えており、そのことに気をつけています。

関西ネットワークの今後の目標は何でしょうか。

当相談室も、まだまだ協力者を募り、もっと様々なご相談事に寄り添えるようにしていきたいと考えています。我々9人だけでは、すべてを受け止めることは到底できないと思っています。

また、関西以外の地域で講演をさせていただくと、必ず「私たちはどこに相談したらいいですか」と質問されます。

今は大阪に拠点を構え、関西に軸足を置いて活動していますが、範囲を少しずつ広げていけたらいいなとも思っています。

個別相談の様子(お寺の終活イベントで)

一元的に相談に応じられる窓口はまだまだ少ない

最後に、関西ネットワークに限らず、「親なきあと」の支援活動の課題として感じられていることをお聞かせください。

「終活支援」を公的サービスとして積極的に取り組み始めた自治体もありますが、それはまだほんの一部であり、現時点では民間が主な担い手となっています。

しかし、民間の終活関連業者は、公平な情報を相談者に提供できているかというと、必ずしもそうでない場合もあります。

また、多業種、多職種との連携が取れているところはまだ少なく、相談者が、あちらこちらに電話をしたり出向いたりして、一つ一つ別個に解決していかなければならない状況があるのではないかと思います。

つまり、一元的に相談に応じることが出来る相談窓口が全国的に見て、まだまだ少ないということも、支援活動の課題だと感じています。

多業種、多職種というのは、本当に広い範囲をいいます。例えば、終活=相続対策、だけではありません。終活=葬儀社選び、でもありません。お墓選び、だけでもありません。

介護が必要になった場合には、どこに何を相談し、誰を頼ったらいいのかや、老人ホームに入ろうと思うが、どんなタイプの住宅があるのか…つまり、終活=日常生活に関わる総てのこと、と考えると、まだまだ”点"でしか対応できていないところが多いと感じています。

また、仮に終活支援を行なうような多職種連携のチームがあったとしても、そのチームに参加している業者の中だけの情報しか相談者に提供しないので、結果的に相談者の利益最優先にはならない懸念もあります。

今、指摘されたことは、「親なきあと」の支援活動に限らず、一般の終活支援活動にも言えることですね。「相談者の利益最優先にはならない懸念もある」ということに関しては、関西ネットワークではどのようにされているのですか。

メンバーそれぞれが保険業であったり、相続専門の士業であったり、職種は様々ですが、相談者にとっての最善が、我われのメンバーが提供するものの中に無い場合には、躊躇なくメンバー以外の業者にお繋ぎするようにしています。

決して相談室に利益誘導はしないということをメンバーの中で固く誓い、申し合わせをしています。

相談者に対しては、どこまでも真摯に、正直に向き合うことを信条としており、それ故に、多くの相談者の方々から信頼を頂き、個別相談もセミナーのご依頼も、ほとんどが口コミで広まっている状況です。

信頼に足る他業種多職種連携が整った終活の相談窓口が、どこの自治体にも存在して、気軽に相談に行ける状況が理想だと考えています。

利益誘導はしないということは、一般の終活支援団体・業者にも見習ってほしいことですね。今日は、とても貴重なお話をありがとうございました。



【藤井奈緒氏(ふじい なお)のプロフィール】

一般社団法人 「親なきあと」相談室 関西ネットワーク 代表理事。Officeニコ 終活のよろず相談所 代表。

・1973年5月 大阪府八尾市生まれ。

・1996年3月 日本福祉大学経済学部卒業

・1996年4月~1997年9月 高齢者介護施設に勤務。

・2000年4月~9月 自身が26才の時に、両親と祖母を相次いで看取る。

・2010年12月~2018年9月 大手葬儀社に勤務。

・2018年10月 法的な備えを含む終活の必要性を痛感し、そのことを世に訴えるべく終活カウンセラーとして独立。

・2019年6月 「親なきあと」相談室 関西ネットワークを設立し代表理事に就任、現在に至る。障がい者家族を対象とした講演会や個別相談の他、士業他、終活関連業者への研修も行なっている。

プライベートでは、重度の知的障がい者である長女(17才)と、健常児の次女(11才)の子育て奮闘中。

主な資格:終活カウンセラー上級(R)、相続診断士(R)、家族信託コーディネーター(R)、その他、福祉関連公的資格多数。

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塚本 優(つかもと まさる)
終活・葬送ジャーナリスト。早稲田大学法学部卒業。時事通信社などを経て2007年、葬祭(葬儀、お墓、寺院など)を事業領域とした鎌倉新書に入社。月刊誌の編集長を務めたほか、終活資格認定団体を立ち上げる。2013年、フリーの終活・葬送ジャーナリストとして独立。 生前の「介護・医療分野」と死後の「葬儀・供養分野」を中心に取材・執筆活動を行なっている。

[塚本優]