第38回:鎌倉新書の介護事業参入は成功するか
介護施設入居希望者の紹介数は早くも月300件に

[2021/1/2 00:00]


終活関連サービスを提供する東証一部上場の株式会社鎌倉新書(東京都中央区)は、介護施設紹介サイト「いい介護」を2020年8月1日より開始し、介護事業に参入しました。

私はこの動きを、主に2つの点で注目しています。

1つは、ライフエンディング・ステージは死の前と後が分断されていることが課題になっており、それが繋がる1つのきっかけとなるかどうかです。

2点目は、1点目とも絡みますが、死後の葬儀・供養を事業領域としてきた同社が、生前の介護事業領域にまで参入することによって、終活関連サービス提供業者として競争優位に立ち、事業を大きく拡大できるかどうかです。

そこで、小林史生(こばやし ふみお)代表取締役社長に、介護事業への参入意図、介護業界の参入障壁をどう乗り越えるのか、参入から現在までの実績と評価、今後の目標と見通しなどについてお聞きしました。

小林史生(こばやし ふみお)氏

介護に対するニーズは2番目に多い

2020年8月1日に「いい介護」をスタートされてから4カ月が経ちましたが、改めて、介護事業に参入した意図や背景についてお聞かせください。

当社は、従来は葬儀やお墓など、死後を事業領域としていましたが、数年前に生前を含めた終活全体を事業領域にしていこうという方針を打ち出しました。

そして、終活領域のコアな領域である高齢者やそのご家族が抱えている問題・課題を解決します、ということをミッション(使命)としています。

つまり、我々が売りたいサービスを提供するのではなく、あくまでお客さまのニーズに基づき、お客さまが必要としているサービスを提供していくことを重視しています。

介護施設紹介サイト「いい介護」のトップページ

そのことは、経営、マーケティングの基本ですが、しかし、実際には出来ていない企業が非常に多いですね。お話をお続けください。

当社は、2年位前から日本郵便さんとアライアンスを組んで「終活紹介サービス」を行なわせていただいています。そのほか、自社主催の一般の方向けの「終活セミナー」も行なっています。

そうしたことを行なっている中で、お客さまからの問い合わせの中や、アンケート調査結果では、介護に関する困り事や要望が出てきています。

例えば、自社主催の終活セミナー参加者へのアンケート結果で最も多かったのは、相続関係に次いで介護が2番目で、2割位ありました。

自社主催の終活セミナーを開催しているのは東京で、参加される方のエリアも限定されていますが、日本郵便さんとの紹介サービスに対する問い合わせ内容は全国の縮図です。その問い合わせ内容では、介護は全国的に一定の困り事や要望があるということが分かりました。

そこで、当社のミッションに照らし合わせて、介護に関するサービスも提供していきましょうというのが、介護事業参入の意図であり、背景です。

今のお話は、マーケティング視点でのお話でしたが、事業戦略的には、介護はどのような位置づけをされているのでしょうか。

生前より死後の事業領域の方が、ビジネスとして成り立ちやすいですね。なぜかと言うと、亡くなったら必ず対応しなければいけないからです。

でも、終活市場全体では、亡くなる人は年間130万人ですが、高齢者という視点で見ると、65歳以上の人は人口の3割以上になっており、今後さらに増えていくわけです。

ですから、事業戦略的には、そうした生前の終活領域にも入っていこうということです。

ただ、生前というのは、死後のように今すぐに決めなければいけないわけではないですから、ビジネスとして成り立ちにくい。

ですから、生前の終活領域に関するものは、すぐにマネタイズするというよりも、投資のフェーズとして、今からしっかりやっていくこととして位置付けています。

これを社内的には、事業部の前段階の新サービスと呼んでいます。

生前の終活領域の新サービスとして、現在取り組んでいらっしゃるのは?

生前のコアになる終活領域を、大きく「お金」と「身体」に2分類して捉えています。

新サービスとして取り組んでいるのは、「お金」では保険と不動産です。この2つは、死後もありますが、生前をメインにしています。

「お金」の中で相続は、2019年度まで新サービスという位置づけでしたが、結構大きく立ち上がってきましたので、2020年度から事業部に昇格しました。

「身体」で新サービスとして取り組み始めたのが、今回の介護です。介護は、身体分野の主要なものと考えています。

鎌倉新書が提供しているサービス一覧

3つの競争優位性で介護業界の参入障壁を乗り越える

次に、介護業界の参入障壁をどう乗り越えるのかについてお聞きします。

私は、介護業界の取材・執筆もしていますが、介護業界の参入障壁はかなり高いと思います。

まず、施設紹介業者の競争が非常に激しいことです。介護業界での施設紹介業者は、ポータルサイトで集客して施設にお客さんを紹介する業者の他に、対面相談で集客して紹介する業者もあり、それらを合わせるとかなりの数に昇ります。

それ以上に大きな参入障壁があります。介護業界では人材が非常に不足しているために職員の処遇改善が大きな課題になっており、処遇改善するために入居者募集の広告費や紹介手数料が削減の対象になっています。そのため、施設紹介業者の活用を止める施設運営業者も出てきています。

こうした参入障壁があっても御社が介護業界に参入されたのは、それなりの勝算があってのことだと思いますが、そのことも含めて、参入障壁をどう乗り越えられるのかお聞かせください。

当社の競争優位性として3つほどあると思います。

1つは、Webポータルサイトの優位性です。

介護業界においてWebサイトで紹介を行なっているところは、比較的大きな会社が複数あり、小さなところもたくさんあって、確かに競争は激しくになっています。

しかし、当社のWebマーケティング力や集客技術力、SEO対策やリスティング広告などのノウハウなどをもってすれば、トップ3には入るだろうと思っています。これは、各社のWebサイトを研究させていただいて感じたことです。

御社は、特にどこが勝れていますか。

当社の最大の強みはSEOだと思います。当社の既存のサイトのほとんどは、自然検索でWebサイトの上位に上がってくるというところで勝ってきています。

新しいサイトでも同じことをすれば優位に立てるだろうと考えています。

Webでの紹介ではコールセンターも重要ですし、御社は強いのではないでしょうか。

その通りだと思います。介護の相談員は、コールセンターの経験者を採用したということもあり、課題解決力に長けています。

コールセンターが強いということを表す数字として、「資料請求に対する施設見学予約の比率」があります。介護業界では、10~15%が一般的だと思いますが、当社のこの3カ月間の見学予約率は50%に達していて、私も驚いています。

凄いですね。それがなぜ可能なのですか。

コールセンターに資料が欲しいと電話してきた方に、御用聞き程度にさばいているだけでは見学予約は取れません。

聞かれたことだけではなく、1つ聞かれたら2つ返すとか、電話応対の中で「このお客さまは、こういうことにも困っているのではないか」と察知してご提案することなどにより、「この相談員さんに任せておけば大丈夫」と信頼していただけるかどうかによって、見学予約率も変わってきます。

介護相談員が電話で相談対応している様子

御社の競争優位性の2つ目は何でしょうか。

当社は、施設入居をご検討されている方に、施設を紹介するだけではなく、悩みの解決を包括的にサポートするサービスを提供します。

身元保証人の確保、施設の入居費用工面のための不動産の売却、次世代への相続、認知症ケアのための後見人の紹介などです。

競合他社では、施設の紹介だけを行なっているところが多く、不動産売却などを手掛けているところも一部ありますが、包括的にサポートするのは当社だけです。このことは競争優位性がかなりあると思います。

実際、このことが施設運営業者さんと提携してもらえる大きな要因になっていますし、中には、「紹介業者さんに依頼していなかったが、いい介護さんだけは組みましょう」と言っていただけるケースもあります。

いま挙げられた包括的なサービスは、競合他社でも各専門家との提携などによって行なえるわけですが、御社は、それらの多くを既に内製化しているということも強みですね。

そう思います。先ほどもお話ししましたように、相続については、「いい相続」事業部があり、施設に入居される相続や後見人の紹介などは、「いい相続」事業部と連携して行なえます。

不動産の売却などは、2020年8月に新サービスとして「いい不動産」サイトもスタートしましたので、その部門と連携して対応できます。

身元保証人については、行政書士や司法書士などの士業と提携し、顧客の条件に合わせて士業を紹介し、身元保証契約が結べる体制を整えています。

こうした体制で包括的サービスを行なっていますので、これが提携施設運営業者さんを増やしていく強みにもなっています。

競争優位性の3つ目についてお聞かせください。

2点目ともちょっと絡みますが、介護業界では強いWebポータルサイトがいくつかありますが、彼らは介護に専念しているのに対し、我々は、様々なサイトを持っています。

それらのサイトの問い合わせ件数は、年間で、「いいお墓」は12万件、「いい葬儀」で2.6万件、「いい相続」でも5千件位あります。

これらの各サイトのお客さまに、他の終活サイトを利用してもらうことによって、集客コストはあまりかけずに、プラスアルファの売上、利益を上げることが可能と考えています。

我々には、そうした競争優位性もあると思います。

もう少し具体的にお話しいただけますか。

私は、終活ビジネスというのは「Ending is the beginning(エンディング・イズ・ザ・ビギニング)」のビジネスだと考えています。

つまり、どなたかが亡くなると、それがさまざまな変化を生み出します。周囲の方々が死を考えるきっかけになるので、終活がはじまるケースも多いのです。

例えば、誰かが亡くなって、お独りで住まわれている方が、介護が必要になった時には、施設に入らなければいけないという課題が出ます。そのように、家族の中でみると、生前と死後というのは繋がっているわけです。

今のは介護の例ですが、当社が行なっている他の紹介サイトでも同じです。

ということは、当社のいずれかのサイトを利用していただいた方は、当社との関係性ができれば、他のサイトも利用していただける可能性があるということです。

私の前職の楽天では、これを生態系の循環になぞらえて「エコシステム」と呼んでいました。

生前の終活領域をビジネスにしていくには、新サービスをいろいろ増やし、単体で黒字化して大きくしていくことも大切ですが、「エコシステム」的な考え方で、各サイトのクロスユースを増やして売上を上げていくことも大切だと考えています。

サイト掲載施設数は4カ月で3,000施設に

次に、「いい介護」を昨年8月1日にスタートしてから11月末までの4カ月間の実績についてお聞きします。まず、サイト「いい介護」に掲載した施設数は?

約3,000施設です。これをどう評価するかですが、介護業界でWebサイトをメーンにやられていて、有名なところが2社あります。

そのうち、1社の掲載施設数は、現在でも4,000件台です。そういう点からすると、現段階で3,000というのは、かなり早いスピードだと思います。

古くからWebサイトを行なっていても、当社より掲載施設数が少ないWebサイトはたくさんあると思います。

3,000あれば、一通りご提案するのに困りませんので、そういうレベルまできました。

サイト「いい介護」の紹介施設の詳細ページ

介護業界でも供養業界においても、紹介先をサイトに勝手に掲載しているところも多いですね。それだと掲載数を増やせますからお聞きするのですが、この点はどうされているのでしょうか。

紹介先をサイトに掲載し、実積があると、掲載した事業者と契約するというところが多いと思いますが、当社は、契約している事業者さんでないとお客さまを紹介しません。

お客さまを紹介するということは、個人情報を事業者に渡すことになりますので、個人情報は保護しますという事項が含まれた契約を締結した後でないと、紹介出来ないようにしています。

ですから、掲載施設数3,000というのは、全て契約済みの施設です。

それで短期間に3,000というのは、確かに多いですね。その要因は、先ほど挙げられた競争優位性などにもあるのでしょうが、契約できるかどうかは、やはり、入居希望者を介護施設に紹介した時にもらう紹介手数料が重要な要素だろうと思います。紹介手数料については、どうされているのですか。

当社が「この条件でお願いします」というのではなく、柔軟に対応しています。できる限り、介護事業者側で決めている条件、あるいはご要望を当社がお受けするという形で対応しています。

その結果、条件はどうなっていますか。

8割位は、介護業界における一般的な条件になっています。8割が一般的な条件になったのは、先ほど挙げました当社の競争優位性などを評価していただいた結果だと受け止めています。

NPSを導入し、改善策を講じて成長を図る

次の実績数値についてお聞きします。施設入居希望者の紹介数は、4カ月でどのくらいになっていますか。

スタートから4カ月目で、月300件近くになっています。

これがどの程度の数字かと言いますと、介護業界における施設紹介サイトのスタートから3~4カ月目の紹介数は、一般的には100件程度、良くて200件程度と言われていますので、300件に近いというのはかなり多いと思います。

その要因には、競争優位性のところでおっしゃられていた資料請求に対する施設見学予約率が50%ということがあるでしょうが、他にはいかがですか。

これは、「いい介護」に限ったことではありませんが、NSPを2019年から試験的に導入し、2020年からは全サイトで導入して取り組んでいます。

NPSというのは、ネット・プロモーター・スコアの略で、顧客ロイヤルティを測る指標です。今まで計測が難しかった企業やブランドに対して、どれくらいの愛着や信頼があるかを数値化することで、企業の顧客との接点における顧客体験の評価や改善に生かされています。

また、NPSは事業の成長率と高い相関関係があると言われており、日本で優良と言われる企業の多くが取り入れています。

活用の仕方は、当社で言えば、サイトをご利用いただいたお客さまに、メールでアンケート調査を行ないます。

利用していただいたサービスについて、1点から10点までの間で採点していただくのですが、それを集計することよって、良し悪しを評価する数値が導き出されます。

その数値を、社内で何点以上にしようと目標を決めて、改善に取り組んでいます。

改善はどのように行なっているのですか。

採点が悪かった方と良かった方の双方に対して、各サービスに所属する全員が分担して電話でヒアリングします。

それで集まったことを全員で共有し、ディスカッションして改善施策を出します。

この全員ミーティングを毎月行なっており、NPSを導入したことで改善施策は結構出てきています。

その改善策を実行することで、事業の成長性が良くなっています。

実積数値について、もう1つお聞きします。競争優位性の2つ目は、施設入居を検討されている方に、施設を紹介するだけではなく、身元保証人、不動産、相続、後見人の紹介なども行なうということでしたが、それらの依頼も既に出てきているのでしょうか。

「いい不動産」への紹介が出てきています。ですから、介護施設の紹介が増えれば、不動産の紹介も確実に増えてくると見ています。

2021年度中(2022年1月)に事業部化する

最後に、今後の目標についていくつかお聞きします。まず、「いい介護」の目標は?

2020年の8月1日にスタートしましたので、1年半後の2021年度中(2022年1月)には一定の成長のところまで、つまり、事業部に持っていくことを目標にしています。

私は、「いい介護」によって介護施設への紹介が増えていけば、その施設と「いい葬儀」や「いいお墓」の紹介を行なうことの提携も出来て、施設が入居者に「いい葬儀」や「いいお墓」を勧めるようになるのではないかと見ています。これについては、どのようにお考えですか。

そのことは、可能性が高いチャレンジ目標だと考えています。

ただ、「いい介護」で提携した施設さんと、紹介手数料の満足だけでなく、紹介数や成約数の実績をしっかりと作って、信頼関係を構築した上で取り組むことが必要です。

ですから、「いい介護」をしっかり成長させて事業部化することが先決と考えています。

今の質問にもちょっと絡みますが、先ほど「エコシステム」という考え方によるクロスユース販売のお話をされていましたが、これにも既に取り組まれているのですか。

取り組んでみましたが、フランクにお話ししますと、可能性はものすごく感じるのですが、それを現実のものにするには、難易度が結構高いです。

どういうことかと言いますと、例えば、「いい葬儀」は約9割が電話流入なので、利用された昔のお客さまは、電話番号はあるのですが、メールアドレスがありません。あるいは、「いい仏壇」は、Web上でクーポンを発行するサービスなので、メールアドレスはあるけれど、電話番号はないといったことがあります。

ですから、クロスユースにアプローチしていくためには、お客さまのそうした基礎情報をしっかり集めるとか、たくさん持てるようにすることが必要です。

でも、クロスユースへアプローチしていくことを目標にすると、そうした情報を準備していきますので、「エコシステム」はいずれ必ず実現できると考えています。

今日は貴重なお話をありがとうございました。お話ししにくい数値なども明かしていただき感謝申し上げます。



【小林史生(こばやし ふみお)氏のプロフィール】

株式会社鎌倉新書 代表取締役社長COO。

・1974年 石川県生まれ。関西学院大学卒業。米デューク大学経営大学院経営学修士課程(MBA)修了。

・2000年 楽天株式会社へ入社、グルメ関連事業の責任者を歴任。

・2008年 米国LinkShare Corporation(現 Rakuten Marketing) でVice President、米国Buy.com(現 Rakuten.com)でPresidentを歴任。

・2017年 鎌倉新書に入社、執行役員として「いい葬儀」を担当。

・2018年 同社取締役。

・2019年 同社代表取締役COOに就任し、現在に至る。

著書に、『楽天で学んだ 「絶対目標達成」7つの鉄則』(日本実業出版社)がある。

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塚本 優(つかもと まさる)
終活・葬送ジャーナリスト。早稲田大学法学部卒業。時事通信社などを経て2007年、葬祭(葬儀、お墓、寺院など)を事業領域とした鎌倉新書に入社。月刊誌の編集長を務めたほか、終活資格認定団体を立ち上げる。2013年、フリーの終活・葬送ジャーナリストとして独立。 生前の「介護・医療分野」と死後の「葬儀・供養分野」を中心に取材・執筆活動を行なっている。

[塚本優]