第41回:2021年度介護報酬改定の注目ポイントと課題
「科学的介護」導入で介護業界再編が加速する

[2021/4/1 00:00]


事業者が利用者に介護サービスを提供した場合に、その対価として事業者に支払われる報酬を「介護報酬」と言います。

介護事業者の収入の大半は、この介護報酬であることから、事業者が最も注目している事柄です。

介護報酬は、3年に一度改定されます。2021年度は改定年度に当たり、改定された報酬は4月1日から適用されます。

では、今回の改定の注目ポイントや残された問題・課題は何でしょうか。

介護事業者・医療機関向け経営情報紙「週刊高齢者住宅新聞」などを発行し、介護業界に精通されている株式会社 高齢者住宅新聞社の網谷敏数(あみや としかず)社長に、お話を聞きました。

網谷敏数(あみや としかず)氏

介護報酬はスタートした2000年に比べ減少している

まず、今回の介護報酬改定全体のことについてお聞きします。報酬改定率は、新型コロナ対応の0.05%を含め0.7%アップでしたが、これをどう評価されていらっしゃいますか。

昨年12月に発表された時点では、ちょっと胸をなでおろしました。

というのは、財務省はプラス改定すべきではないと強く主張しており、もしかしたらマイナスになるかもしれないという予想もあった中で、前回の0.54%よりもアップした改定だったからです。

しかし、その後よく考えてみると、職員の処遇改善も含め介護事業者の経営基盤を強化していかなければならない等々を考慮すると、決して満足できる改定率ではなく、低いと思うようになりました。

そもそも、介護保険がスタートした2000年に比べて、介護報酬は下がっています。2000年から3年ごとの改定率をプラスマイナスすると、1.53%下がっているのです。

しかし、介護市場は2000年に比べて大きく拡大し、介護の担い手をたくさん養成していかなければならないことなどを考えると、今回は微々たるプラス改定と言わざるを得ません。

今回の改定の最大の注目点は科学的介護

次に、厚生労働省(以下、厚労省)が今回の報酬改定に関して掲げている分野横断の5つのテーマについてお聞きします。

厚生労働省は、(1)感染症や災害への対応力強化、(2)地域包括ケアシステムの推進、(3)自立支援・重度化防止の取り組みの推進、(4)介護人材の確保・介護現場の革新、(5)制度の安定性・持続可能性の確保、の5つのテーマを掲げ、各テーマの中の重点テーマを示しています。これらの重点テーマの中で、今回、最も注目されるのは何でしょうか。

(3)の「自立支援・重度化防止の取り組みの推進」の中で示されている「科学的介護の取り組み」です。

科学的介護を行なっていかなければならないということは従来から言われていましたが、今回は、科学的介護の取り組みに報酬加算を出し、力を入れていくということがはっきりと示されました。

厚労省が掲げる5つの分野横断テーマ

「科学的介護の取り組み」というのは、どのような内容でしょうか。

科学的介護という考え方に基づく加算は、前回の報酬改定から取り入れられました。

1つは、VISIT(ビジット)に基づくリハビリマネジメント加算です。これは通所・訪問リハビリテーション事業者が、リハビリテーション計画書、リハビリテーション会議録等を所定の様式で作成してVISITにデータ提出すれば、フィードバックと加算が得られるものです。

このほか、ADL(日常生活動作)の評価方法として介護度の軽減の程度を評価する指標である「バーセル・インデックス」が取り入れられました。

今回の改定では、VISITとバーセル・インデックスを組み込んだCHASE(チェイス)とを統合したLIFE(ライフ)というデータベースを構築していくことが示されました。

事業者は、LIFEにデータを提出し、フィードバックの活用によりPDCAサイクルの推進とケアの向上を図る取り組みを推進するとしており、この取り組みに加算がつく形になっています。

「CHASE」とは、どのようなものでしょうか。

CHASEとは、「Care」「Health」「Status」「Evets」の頭文字を組み合わせた言葉です。

「Care」と「Health」は介護のサービスを意味し、「Status」は利用者の状態、「Events」は利用者の情報を意味しています。

これらの情報を集めて蓄積し、データベース化して活用することが「CHASE」の目的です。

現在の医療では、これまでに蓄積された様々な臨床結果や情報を基に最新、最良の根拠を用いて患者それぞれに合った医療を提供しています。

これを「エビデンス(根拠)に基づく医療」と言っていますが、介護でもエビデンスに基づいた介護を行なえるように「CHASE」というデータベースを構築するということです。

「CHASE」では、これまである「介護保険データベース」と「VISIT」では賄えない、利用者の状態やケア内容になどに関するデータべースを構築していきます。

約260項目から成っていますが、あまりにも項目が多いと現場の入力負担が懸念されます。

そのため厚労省は、収集項目を整理して優先順位をつけ、多くのデータが必要なADL、機能訓練・リハビリ、栄養、口腔・嚥下、認知症などの「基本的な項目」を30項目に絞ってスタートします。今後は適宜、修正・追加を行なっていくとしています。

「VISIT」と「CHASE」の概要

その「CHASE」と「VISIT」を統合した「LIFE」が導入されることにより、介護事業者はどうなると予想されますか。

厚労省が求めることが出来るか出来ないかで加算が取れるか取れないかが決まってくるので、事業者は皆取り組むでしょうが、どこまでできるかは事業者によって差が出てくるでしょうね。

介護というのは、よく言われるように生活の場であり、介護職というのは、利用者に寄り添って笑顔でケアしている人たちです。

それを、医療のようにエビデンスとかアウトカムで評価して加算を出しますよと言われても、なかなかなじまないという難しさがあります。

それをどう進めていくかは、事業者の考え方、進め方によって変わってくるので、差が出てくると思うのです。

認知症、看取りへの対応に加算を拡充

科学的介護のほかに、注目される重点テーマは何でしょうか。

(2)の「地域包括ケアシステムの推進」の中の重点テーマとして示されている「認知症への対応力向上に向けた取り組みの推進」と「看取りへの対応の充実」ですね。

この2つは、厚労省は従来から力を入れていますが、今回、加算がいろいろ拡充されていますので、さらに力を入れていこうとしていることが分かります。

まず認知症に関しては、特養やグループホームなどの施設系サービスに加えて、訪問看護、訪問入浴介護、夜間対応型訪問介護などの訪問系サービスについても、認知症専門ケア加算が新設されました。

また、緊急時の宿泊ニーズに対応する観点から、小規模多機能、看護小規模多機能という多機能系サービスについて、認知症行動・心理症状緊急対応加算が新設されました。

それから、介護に直接携わる職員は、認知症介護基礎研修を受講することが義務付けられました。介護資格を持っていなくても、介護に関わる全ての人が、認知症対応力を向上しなければならないということが謳われたということです。

看取りは、どう充実されたのでしょうか。

まず、特別養護老人ホームや介護付ホーム、グループホームなど施設系の看取り加算の算定期間が、従来の死亡日の30日前から45日前へと15日間延長されました。

また、介護付ホームについては、看取り期に夜間または宿直により看護職員を配置していると、新たに看取り加算IIがつくようになりました。

訪問介護における看取り対応の充実も図られました。2時間ルールというのがあり、従来は2時間未満の間隔のサービス提供は所要時間を合算することになっていたのですが、合算せずにそれぞれの所定単位数で算定してよいことになりました。

合算すると所定単位数が少なくなり、報酬が少なくなっていたものが、それぞれの所定単位数で算定することにより、報酬が増えるということです。

ということは、施設でも在宅でも、看取り対応が充実されたということですね。

そうです。ACP(アドバンス・ケア・プランニング)とか人生会議と言われるようになり、施設でも在宅においても看取りが当たり前という状況になってきており、特に、施設での看取りが増えてきています。

その背景には、最後は、病院ではなく、自宅か長く住んでいる施設でというニーズが増えてきているということと、国が医療費を抑制するために、病院から在宅・施設へシフトさせようとしているということもあります。

人材確保は「まんじゅう型」から「富士山型」へ

今回の改定の注目点は、科学的介護、認知症、看取りの3点ということでしたが、介護業界では人材不足も大きな問題になっています。厚労省が掲げる(4)の「介護人材の確保・介護現場の革新」については、どう思われますか。

介護職員の処遇改善やテクノロジーの活用による業務効率化・業務負担軽減などが謳われ、加算も拡充されており、それはそれで良いと思いますが、人材不足問題を解決していくには、人材確保のための総合的なプランをきちん描き、それを推進していくことが重要です。

その総合的プランを、厚労省は、5年位前に「介護人材確保方策の目指す姿」として示しています。

「まんじゅう型」から「富士山型」へ

これによれば、介護人材の現状は「まんじゅう型」になっており、目指すべき姿は「富士山型」と言っています。

「まんじゅう型」というのは、専門性が不明確で役割が混在しており、そのために、将来展望・キャリアパスが見えにくく、早期退職などが多くなっていると指摘しています。

「富士山型」というのは、富士山のように、2つの目指すべき方向があり、1つは頂点を目指す方向です。

介護現場では、介護福祉士が頂点で、さらにその上に認定介護福祉士もあり、それらの資格を取ってもらって良いケアにつなげてもらおうということです。

もう1つは、裾野(すその)を広げ、多様な人材の参入を図るという方向です。資格を取らなくても、NPOという形でも、ボランティアという形でもよいから、現場のケアに携わる人を増やしていこうということです。

このように、頂点を目指す方向と、裾野を広げる方向の両方向で行なっていこうということですが、私は、前者も大事ですが、後者の方がより大事だと考えます。

どうしてでしょうか。

介護人材は今でも不足しており、今後、高齢者はどんどん増えていってさらに人材が不足していくことは目に見えていますので、それを資格者だけでカバーしていくのは到底無理だからです。

では、裾野を広げる人材はどういう人かと言うと、アクティブシニア、外国人、就業していない女性、かつて介護職を行なっていた主婦層、障害者、学生のアルバイトなどいろいろ考えられます。

介護人材を確保していくためには、そういう発想で、裾野を広げていくことがとても大事だと考えます。

介護事業者が科学的介護を進めていくには、新しい人材も必要になってきますよね。

その通りです。LIFEに必要なデータを提供して、フィードバックを活用して、PDCAを回すということを、介護の専門資格を持っている人が全部行なうというのは大変だと思います。

ですから、医療にはアウトカム評価とか医療事務という仕事があるように、アウトカム評価ができるようなデータ管理に精通した人材を採用・育成することが大事になってくるでしょう。科学的介護を推進するための新しいセクションを設けた方がよいかもしれません。

今、コロナによって会社が倒産や閉鎖したりして退職を余儀なくされた人がたくさんいます。

これはある大手の介護会社の話ですが、応募がすごくたくさんあるそうです。

その中には、介護や看護などの資格を持った人たちだけでなく、普通のサラリーマンをしていた人たちも結構いるそうです。

そのように今は人が動いており、介護専門職以外の新しい人材を採用するチャンスだと思うのです。

とは言え、中小の介護事業者は、新しい人材を集めるのは難しいですよね。

中小でも、業務の洗い出し・振り分けをきちんと行ない、介護専門職以外にやってもらう仕事は、新しい人を採用するのが難しければ、アウトソースするとかICTなどのテクノロジーに置き換えていくことなども真剣に考えていかなければなりません。

給付と負担の抜本的見直しが必要

人材確保策の他に、今後の課題は何でしょうか。

介護保険制度改革です。つまり給付と負担の見直しの問題ですが、今回は先送りされてしまいました。

しかし、給付と負担のあり方を抜本的に見直さないと、少子高齢化がどんどん進んでいく中では、社会保障財源はもちません。

抜本的に見直さないで、今までのように、給付の抑制や負担を増やすことを中途半端に行なっていても、次世代にしわ寄せがいってしまいます。

だから、中途半端なことを続けるのではなく、日本はどこを目指すのかというグランドデザインを描いて国民に示し、きちんと議論すべきだと思うのです。

グランドデザインというのは?

国際的な比較では、北欧やイギリスのように、高負担だけど教育費は無償で医療費や介護費もほとんどかからないという国があるわけです。

では、日本はどうかというと、負担は中負担と低負担の間ぐらいで、福祉は中福祉から高福祉を目指しているような感じです。

でも、それでは持続的な制度にはならないので、中福祉から高福祉を目指すのだったら、負担は少なくとも中負担以上にしてもらわないといけないわけです。

そうした意味でのグランドデザインは描かれていないし、国民にも示されていないので、それをはっきり示して問うべきだと思うのです。

示すと、いろいろ反発が出てくるでしょうが、きちんとグランドデザインを示さないことには納得のしようがないし、議論は先に進みません。

日本のような療養保険型の介護保険制度を導入しているのは、ドイツ、韓国ですよね。

そうです。3カ国を比較すると、日本の保険料負担は、給付対象年齢は難病や特定疾患を持っている人などは40歳からですが、基本は65歳からです。

これに対し、ドイツと韓国の保険料負担は20歳からです。そのかわり、給付対象年齢は、ドイツはゼロ歳から、韓国は20歳からになっています。

ですから、保険料負担の対象を広げるかわりに、給付対象も広げるという考え方もあるわけで、どこにどう切り込むかなのですよ。

また、ドイツと韓国は、どちらかというと、中重度者向けの介護保険設計になっています。

これに対し日本は、要支援1、2から要介護1~5まで7段階の、世界的にみても幅広いサービス体系になっています。

日本は、狭くしよう狭くしようという見直しを徐々に行なっているわけですが、ドイツは逆に広げよう、日本に近づけようという流れが出てきています。

こうした海外の動きも参考にしながら、しっかりとしたグランドデザインを描いて欲しいですね。

業界再編の第2ステージが進行

最後に、今回の報酬改定は、介護業界にどのような影響を及ぼしていくでしょうか。

介護業界は今、業界再編の第2ステージに入っています。

第2ステージで特徴的なのは、TOB(株式公開買い付け)やMBO(経営陣買収)などの計画的なM&A(企業合併・買収)が増えてきていることです。

それらのM&Aの中には、敵対的なものもありますが、今回続いたツクイ、Nフィールド、ユニマットに対するTOBは、全て友好的なM&Aです。

つまり、業界の競争も激しくなってきていることなどから自己防衛する介護事業者も増えてきているわけです。

独立系の会社で創業家一族が経営幹部の会社は、だいぶ整理されてきましたが、まだ結構あります。

そうすると、子供にすんなり譲れない会社や親族のいない会社は、大手とのタイアップや、TOB、MBOといった計画的なM&Aがさらに増えてくるだろうと思います。

そうした中で、今回の報酬改定では、厚労省は先ほどいった科学的介護、認知症、看取りなど、かなり政策的に加算をつけています。

0.7%アップの配分内訳は公表されていませんが、基本報酬より加算の方が多くなっているでしょう。

だから、加算が取れない会社は厳しくなっていきます。その結果、業界再編が加速していくことになるのではないでしょうか。

今日は貴重なお話をありがとうございました。



【網谷敏数(あみや としかず)氏のプロフィール】

株式会社 高齢者住宅新聞社 代表取締役社長

1968年生まれ。青山学院大経済学部卒業。

卒業後、亀岡大郎取材班グループ 株式会社 全国賃貸住宅新聞社配属。全国の有力不動産・管理会社、ハウスメーカーなどの取材を重ねるとともに、「賃貸住宅フェア」の企画・運営に当初から携わる。

業界の生の情報を売りにした地主・家主セミナー、管理会社セミナーなどの講師も手がける。平成15年から3年間、株式会社 全国賃貸住宅新聞社 代表取締役社長を務める。

平成18年4月、「高齢者住宅新聞」を創刊。翌年法人化し、代表取締役社長に就任。創刊時から「住まい×介護×医療展」(旧高齢者住宅フェア)を主催している。

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塚本 優(つかもと まさる)
終活・葬送ジャーナリスト。早稲田大学法学部卒業。時事通信社などを経て2007年、葬祭(葬儀、お墓、寺院など)を事業領域とした鎌倉新書に入社。月刊誌の編集長を務めたほか、終活資格認定団体を立ち上げる。2013年、フリーの終活・葬送ジャーナリストとして独立。 生前の「介護・医療分野」と死後の「葬儀・供養分野」を中心に取材・執筆活動を行なっている。

[塚本優]