第44回:寺院は危機的状況をどう打開したらよいのか「葬式仏教」から「福祉仏教」へ転換せよ
葬祭業界では、新型コロナの収束が長引くに連れ、「大変だ」「苦しい」との声が増えています。
寺院も例外ではなく、各仏教教団の2021年度予算は、軒並み減少しており、中には半減した教団もあるそうです。
では、危機的な状態の寺院が増えてきている要因は、コロナ禍だけなのでしょうか。
危機的な状態から脱するには、まず、問題・課題点を明確にし、それに対して的確な対応・打開策を講じていかなければなりません。
そこで、産経新聞の記者から2019年12月に宗教専門紙を発行する文化時報社の社長に転身し、「社会と宗教をつなぐ宗教専門紙」との新たな社是を掲げて宗教界に新風を吹き込む小野木康雄(おのぎ やすお)氏に、寺院の問題・課題点とそれへの対応・打開策についてお聞きしました。
人々に生前から関わるのが寺院本来の役割
今日は、寺院の問題・課題点とそれへの対応・打開策についてお聞かせください。問題・課題点を挙げるためには、寺院の役割は何であるのかが前提となります。小野木さんは、寺院にはどのような役割があるとお考えですか。
寺院とは、一般的には葬儀や法事を頼む所と思われているかもしれませんが、それだけではありません。
人々が亡くなってから関わるだけでなく、生前から関わるのが寺院の本来の役割です。
「生老病死」と言われるように、いのちや人生の苦をトータルで捉え、それらを和らげるのがお寺の役割だと思います。
いのちや人生の苦といいますと、普段の生活の悩み事や困り事から、福祉サービス、終活・アドバンス・ケア・プランニング(ACP)など、年を重ねるごとに、いろいろな問題や苦が出てきます。
お寺は本来、そうした問題や苦について話を聞いてくれたり、相談できる存在でした。
しかし、そうしたことを行なう、あるいは行なえるお寺は、段々と少なくなっているのが現状です。
問題・課題点と打開策(1)―宗派を超えたネットワークの構築
少なくなってきているのは、何が妨げになっているのでしょうか。つまり、何が寺院の問題・課題点なのでしょうか。
問題・課題点を3つ挙げたいと思います。
直近の問題・課題点から言いますと、1つは、コロナ禍によって仏教教団の衰退が現実味を帯びてきたことです。
端的に言いますと、お寺の収入が減っているということです。
その理由は、例えば、葬儀の簡素化の進行です。
大正大学の地域構想研究所・BSR推進センターが2020年12月に実施した「寺院における新型コロナウイルスによる影響とその対応に関する調査」の結果(有効回答数:304名)では、「葬儀についての変化」に関して、41.4%が「一日葬などの簡素化」と回答しています。
葬儀が簡素化すれば、当然、お寺さんがいただけるお布施も減り、お寺の経営が圧迫されます。
例えば、葬儀が一日葬になるということは、お通夜と葬儀・告別式と2日に渡って行なっていたものを、1日で済ますということですから、お布施も1日分になってしまうわけです。
コロナ禍によって仏教教団の衰退が現実味を帯びてきた例として、他にもありますか。
各教団の財政も危機的状況になってきています。
規模が最大級の仏教教団を例に挙げますと、曹洞宗は、2021年度予算で5億円余りの特別支援金を末寺に支給することを盛り込みました。一般会計56億7,984万円の約9%に当たります。
実際は、特別支援金を末寺に支給するのではなく、末寺から徴収している賦課金、いわゆる上納金ですが、その上納金を減免するということです。
減免しなければならないほど、末寺は苦しくなってきています。
また、浄土真宗本願寺派の2021年度予算は、49億2,000万円で前年度より約3億5,000万円(約7%減)減少しています。
同派は、予算編成と同じタイミングで2025年度までのグランドデザインを策定しており、それによると5年間で8億5,000万円の予算規模縮小を目指すとしています。
大規模教団に限らず、多くのところで予算が減少しており、中には半減という教団もあります。
では、そうした仏教教団の危機的な状況に対し、お寺はどのような対応・打開策を講じたらよいとお考えですか。
教団が衰退してくると、行なえることが限られてきますので、末寺は教団に頼らない経営や活動をしていかなければなりません。
具体的には、経営面では、「葬式仏教」に頼らず、収入源を分散させることが必要になってくるでしょう。
いわゆる多角化経営をしたり、経営者としてではなくても、兼業・兼職することです。技術職(SE)、飲食店、医療・福祉職など、実際にいろいろな職業についているご住職がおられます。
ただし、対価や見返りを求める終活関連業者とは手を組まないようにした方が良いと思います。
どういうことでしょうか。
営利を一番の目的とする終活関連業者からすると、お寺さんと手を組むと、檀家・門信徒さんに終活サービスを勧めやすいですから、魅力的なわけです。
そのため、お寺さんと連携したがっている業者はたくさんいます。
しかし、営利至上主義の業者の口車に載って、檀家・門信徒さんを業者に紹介すると、言葉は悪いですが、檀家・門信徒さんを食い物することになりかねません。
先ほど、収入源を分散させることが必要だと言いましたが、葬式仏教に頼っていると寺院経営が苦しくなって、営利至上主義の業者の口車につい乗ってしまいかねません。
そうならないためにも、分散させることが必要だと思うのです。
教団に頼らない経営や活動とは、他にどのようなことですか。
宗教活動では、テーマ別サンガ(僧伽)を形成していくことが考えられます。
というのは、教団が段々と財力が無くなって、教団主体の研修会、講習会が出来なくなってくると、横の連携によって研鑚し、資質を高めていくしかないのではないかと思うのです。
地域毎にある仏教会の中でも、普段から連携して活発な活動をしていた仏教会は、東日本大震災の時にも宗派を超えて対応して宗教者らしい活動を行ないました。
例えば、仙台仏教会や東京都大田区の仏教会などです。
こうした地域単位の連携を、次はテーマ別に連携していこうというのがテーマ別サンガです。
テーマは、福祉や医療、教育、貧困の問題などいろいろな社会課題がありますから、それらの課題に対応して、宗派を超えてテーマ別に集まり活動していく必要があるのではないかと考えます。
仏教教団が衰退していくことに対しては、末寺は、宗派を超えたネットワークを構築して対応していくことが必要ということですね。
問題・課題点と打開策(2)―福祉との協働
寺院の問題・課題点の2つ目は何でしょうか。
社会と乖離(かいり)していることです。端的に言いますと、社会変化に対応できていない寺院が大半です。
どういうことかと言いますと、コロナ禍によって停滞、衰退するようになっても、「葬式仏教」にとどまり、生前からの終活、ACPなどに関われていないということです。
また、檀家・門信徒が減少していることに対する打開策も見い出せていません。
文化時報は宗教専門紙ですので、先進的な取り組みをしているご住職や、社会貢献活動をしているお坊さんなどを取り上げたりしているのですが、取り上げるご住職は少数派です。少数派だからニュースになるのです。
裏を返せば、先進性がなく、社会貢献もしないで手をこまねいているようなご住職が大半ということですね。
そういうことになります。また、一見、社会の変化に対応しているようでも、先ほど言いましたように、営利至上主義の終活関連業者と連携しているお寺もあります。
お寺を中心に終活サポートを行なっていこうという動きは大切なことだと思いますが、その先進的な事例を弊紙で取り上げたいと思ってその背景を調べてみると、営利だけを目的としているとしか思えない事業者と繋がっていたりするので取り上げづらいのです。
では、変化に対応できずに社会から乖離してしまっている寺院は、どのような対応・打開策を講じたらよいとお考えですか。
「福祉」と協働していくのが良いと思います。
具体的には、1つは「葬式仏教」から「福祉仏教」へ転換することです。
冒頭でも言いましたように、人間の苦は「生老病死」です。死だけに寄り添う方が不自然なのです。ですから、生前からいろいろな人の悩み事、困り事に寄り添っていくべきだと思うのです。
中でも福祉関係が良いと思います。
仏教は聖徳太子の時代から、「四箇院の制」によって悲田院という社会福祉施設をお寺に設けていました。
近年では「誰一人取り残さない」を理念に掲げる国連の持続可能な開発目標(SDGs)の実現に向け各教団とも取り組みを進めています。何より、慈悲や利他の精神は、福祉に通じています。
福祉関係にも、高齢者福祉に限らず、障害者福祉や児童福祉、矯正保護などもあり、福祉全般を視野に入れて福祉仏教に転換していったらどうでしょうか。
文化時報も、「福祉仏教入門講座」という僧侶向けの講座を開催しています。今後は「福祉仏教」への転換が必要になってくるだろうということを見越して、お寺さんたちにより関心を持っていただきたいと思って開催しています。
お寺さんの反応はいかがですか。
約40人にオンラインで受講していただいているのですが、画面越しに伝わる熱気がすごいですね。メーリングリストも活用しながら、活発に交流・意見交換しています。
全7回のうち4回まで終了し、これまで成年後見制度について学びました。単なる知識の伝達だけではなく、お寺や僧侶ができること、しなければならないことについて、一人一人に考えを深めていただいています。
福祉との協働の具体策として、他にありますか。
国が推し進めている「地域包括ケアシステム」に参画していくことです。
しかし、厚生労働省が示した地域包括ケアシステムのモデル図のプレーヤーの中に、お寺は入っていません。
あまり期待はされていないという状況ですから、お寺が自ら積極的に働きかけて地域のプレーヤーになっていく必要があると思います。
お寺の多職種連携ということでは、病院の緩和ケア病棟などでは臨床宗教師をはじめとする僧侶たちが医療職と連携して患者さんに寄り添うということは行なっており、実績があります。
これを、病院の中だけでなく地域に広げて、福祉職や行政マンなどいろいろな専門職と連携して地域の方々を支えていくという活動は、今後、欠かせないのではないかと考えます。
問題・課題点と打開策(3)―宗教リテラシーの向上
寺院の問題・課題点の3つ目は何でしょうか。
これは寺院の問題というより社会の問題ですが、宗教アレルギーが強いことです。
その要因は、1つは「こころの時代」と叫ばれながらも、1995年にオウム真理教事件が起こり、その呪縛がいまだに解けていないことです。
また、2001年に起こった米国での同時多発テロの影響で、イスラム教は危険であるという偏見や、世界で起こっている紛争の背景には宗教対立があるといった誤った見方がされたりしています。
そうした宗教に対する誤った認識が、宗教アレルギーを促進しているように思います。
そして、宗教アレルギーが社会にはびこった結果、宗教者は、自分たちが行なっている社会貢献活動は「布教目的ではない」と、わざわざ表明する必要があるようになっています。
例えば、どのようなことですか。
例えば、臨床宗教師です。
臨床宗教師というのは、東日本大震災をきっかけにして生まれた資格で、資格を取得した宗教者たちは災害現場や医療現場等で宗教宗派を超えて活動しています。
しかし、臨床宗教師の倫理綱領で「布教はしません」、「宗教への勧誘は行ないません」ということを謳っています。
多くの宗教宗派の最大の目的は、布教ですよね。
そうです。ですから、宗教者なのに布教ができないジレンマに臨床宗教師は陥りますし、布教ができない臨床宗教師の活動に、一体何の意味があるのかと言っている宗教者も未だにいます。
「布教目的ではない」と表明する必要性があるのが現実で、そうせざるを得ない宗教アレルギーを払拭(ふっしょく)していくことが課題となっています。
では、払拭していくには、どのようにしたら良いとお考えですか。
アレルギーを完全に払拭するのは難しいかもしれませんが、少なくとも和らげていくことはしなければなりません。
そのためには、宗教リテラシー(社会生活で適切な対応のための判断材料となる宗教知識とその運用能力)を向上させていかなければならないと考えます。
そのために行なうべきことはいろいろあると思いますが、例えば、供養の正しい考え方を広めていくことです。
先祖供養というのは、亡き人と共に生きる、すなわち、亡くなった人のためでもあり、生きる人のためでもあるということです。
また、医療・福祉職などには、未だに「死は不吉である」「敗北である」という考え方がありますが、そうではないのだという死生観を伝えていくことも、リテラシーを向上させていく一つでしょう。
あるいは、「悼む」「偲ぶ」「祈る」といったいろいろな追悼儀礼を勧めることも一つだと思います。
というのは、布教より先に、まず宗教のことを知り、理解してもらうことが先決だからです。
これまでの教団単位の取り組みは、布教して檀家、門信徒を増やしていくということが中心となっていましたが、まずは、宗教とはこういうものなのだ、だから必要なのだということを理解してもらわなければなりません。
そのことを教団側ができなければ、臨床宗教師のように、宗教宗派を超えた宗教間協力によって行なうとか、個々のお寺が行なっていく必要があるのではないでしょうか。
私も供養業界で13年間位仕事をしてきましたが、教団や寺院がそういうことを行なうのは難しいでしょうね。
宗教者がそういうことを出来ないのであれば、特定の宗教に偏らず、いろいろな宗教のことを報じている宗教専門紙である文化時報の役割ではないかと思っています。そのことは、大真面目で考えています。
寺院が中心でなくても構わない
それは、今後が楽しみですね。最後に、付け加えられることがありましたらお願いいたします。
今日は、寺院のお話しをしましたが、忘れてはならない大切なことを付け加えさせていただきます。
それは、寺院が中心でなくても構わない、寺院ありきで物事を考える必要はないということです。
仏教にとって大切なのは仏様であり、仏心です。つまり、中心であるべきなのは、それらを大切にする全ての人々なのです。
ということは、僧侶にとって大切なのは、対価をもらえるから動くというのではなく、利他の精神で人々にどこまでも伴走し、寄り添うことなのです。
今日は、葬式仏教から福祉仏教への転換という斬新なご提案をはじめ、貴重なお話しをありがとうございました。
【小野木康雄(おのぎ やすお)氏のプロフィール】
文化時報社社長兼主筆。元産経新聞記者。過労死防止学会幹事。
1975年生まれ、大阪府枚方市出身。私立東大寺学園高校、関西学院大学文学部卒業。
1998年に産経新聞に入社し、大阪本社社会部、政治国際部や京都総局などで警察、遊軍、司法、宗教などを担当。主に労働問題や宗教の取材に取り組んできた。
2012年には過労死に焦点を当てた連載「karoshi 過労死の国・日本」で、貧困問題について優れた報道を表彰する「貧困ジャーナリズム賞」(反貧困ネットワーク主催)を受賞。
2019年12月、交流があった文化時報社の前社長から事業承継した。「社会と宗教をつなぐ宗教専門紙」を掲げて文化時報の大胆な紙面改革を行なっている。
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塚本 優(つかもと まさる)
終活・葬送ジャーナリスト。早稲田大学法学部卒業。時事通信社などを経て2007年、葬祭(葬儀、お墓、寺院など)を事業領域とした鎌倉新書に入社。月刊誌の編集長を務めたほか、終活資格認定団体を立ち上げる。2013年、フリーの終活・葬送ジャーナリストとして独立。 生前の「介護・医療分野」と死後の「葬儀・供養分野」を中心に取材・執筆活動を行なっている。