第48回:「NPOりすシステム」が2大改革を実行
初期費用の預託金を無くし15万円で生前契約可能に

[2021/10/4 00:00]


NPOりすシステム(東京都千代田区)が日本初の「生前契約」(注)を開始したのは、1993年10月のことです。

それから28年。同法人は、生前契約数の大幅拡大および財務体質強化のため、2つの大きな改革を実行します。

1つは、職員はいったん退職し、雇用によらない新しい人材活用形態への切り替えです。

もう1つは、生前契約を利用するに当たって必要な約100万円の初期費用額を、15万円に大幅に切り下げることです。

この大改革の旗を振られているのは、りすシステムの創始者で御歳84歳の松島 如戒(まつしま にょかい)氏です。

そこで、松島氏に改革の背景・狙い、内容等についてお聞きしました。

(注):「生前契約」とは、法律用語ではなく、一人暮らしの高齢者等を対象として、身元保証や日常生活支援、死後事務等に関するサービスの名称です。

松島 如戒(まつしま にょかい)氏

現在の生存契約数は約4200名

まず、「NPOりすシステム」さんの生前契約の契約状況についてお聞かせください。

トータルの契約者は約6,500名です。このうち死亡された方、契約を解除された方、これは結婚による寿(ことぶき)解除が多いのですが、これらを差し引いた現在の生存契約者数は約4,200名です。

その数字を、どのように評価されていらっしゃいますか。

生前契約システムの創始者の私としては、極めて不本意な数字です。安定的な運営のためには、かねてより1万人くらいの生存契約者が必要と申し上げてきましたが、その半分にも達していません。

でも、生前契約者がおられる地域は、日本全国の92%にわたります。

どういう数字かと言いますと、衆議院議員選挙の小選挙区は前回の総選挙時に295あり、そのうち269選挙区内に1名以上の契約者がおられるということです。いわゆる空白区は、26区しかありません。

衆議院議員選挙の小選挙区を指標とされるのは、どうしてですか。

ご承知のように、選挙区の格差は2倍以内と決まっており、調整されていますので、国が定める地域区分として最も格差が少ないからです。

例えば、全国815市の人口は、最多は横浜市の372万人、最小は北海道歌志内の3,500人で、その差は1,000倍以上あります。

また、東京都の世田谷区は90万人で、これより少ない政令都市は、20都市中7都市もあります。

このように「市」などの地域区分は格差が大きいので、私たちは格差2倍以内という小選挙区の指標を使って、りすシステムサービス網を組み立てていくことにしたのです。

契約者がおられる地域と、おられない地域の人口比では92%対8%ですが、国土の面積でもほほ同じ割合でした。

これらの数字を見て、私は大変驚くと同時に大喜びしました。

元は小さな寺を母体としたNPOの活動が、わずか30年足らずで日本全国に知れ渡っているだけでなく、多くの地域の人々が生前契約という仕組みを利用して下さっているからです。

りすシステムのサポート内容

財政構造は遺贈に大きく依存

りすシステムさんの課題と対策についてお聞きします。

りすシステムの会報誌「りす倶楽部」293号によりますと、職員はいったん退職し、「雇用によらない形態の新しい仕組みを構築する」と書かれていました。これは、どういうことでしょうか。

永続性・持続性の基本は財政ですが、りすシステムの課題の1つは、財政基盤を強固なものにしていくことです。

現在の財政構造は、寄付、特に遺言による遺贈に大きく依存しています。

収入に対する寄付比率は、どの位になっているのでしょうか。

総事業費は約5億円で、そのうち会費収入が約2億円、寄付金は約3億円で、約5分の3が寄付金になっています。

寄付に依存するのは、当然のことと考えています。

利用者負担によってのみ運営できればNPOである必要はなく、ビジネスを行なう株式会社のような組織で良いわけです。

しかし、生前契約は、公益的なサービスですから、「ビジネスであってはならない」というのが、私たちの基本理念であり信念です。

ビジネスにならないように運営するためには、寄付に依存するのも当然だと思うのです。

とは言え、寄付金の依存度が高すぎるのも問題です。寄付比率が5分の3というのは、やはり高すぎます。

寄付というのは、年によって大きく変動しますし、今後の日本の社会、経済状況によっては、減っていくこともあり得ると考えておかなければなりません。

そうすると、寄付金への依存度を下げていく必要があります。

そのための方法は、2つあります。1つは支出の削減であり、もう1つは収入増を図ることです。

職員の雇用から業務委託契約へ

支出の削減策の1つが、今回の「雇用によらない形態の新しい仕組みの構築」なわけですね。

そうです。株式会社であれば、極めて効率の悪いサービスから徹退することもできます。しかし、りすシステムではそれはできません。なぜなら、「誰でもが、いつでも、どこででも、必要な時に安心して利用できる生前契約」という基本理念に反するからです。

そこで、あれこれ模索し、究極の「りすシステム」の役割とは何かを突き詰めて考えた結果、しょせん不可能なことを行なっていたことに気がつきました。

どういうことでしょうか。

りすシステムは、契約者の皆さんから遺言で喪主(祭祀を主宰する者)を託され、生前の生活上の支援では「生前事務委任契約」(公正証書)によって、各種の代理権を委ねられています。

「死」と「生」の中間では、「任意後見契約」によって、判断能力の低下や喪失の事態に至っても対応することを委ねられています。

これらNPO法人に託されている事柄を、NPO法人自らが実施することは、しょせん不可能だということです。

無理をして法人が実際の仕事を行なうには、人を雇用しなければなりません。りすシステムはこれまで、この無理をして人を雇用することを行なってきていました。

しかし、人を雇用すれば、仕事があっても無くても給与等のお金が必要になります。そうしたことの結果、事業収入に比べ、人件費率が高くなり過ぎました。

そこで「人」の問題にメスを入れなければならないと考えられたわけですね。

そうです。では、人を雇用しないで、りすシステムに託されている事柄をしっかり実施するには、どうしたら良いのかを改めて考えました。

家族であれば、長い共同生活の中で、お互いの考え方はある程度分かりあえているので、「企画書」や「意思表示書」が無くても、葬儀、入院の身元引受保証、手術等の同意等ができます。

しかし、他人や法人ではそういきませんので、書類にしていただいた個人情報を維持・管理・変更して、必要な時はそのデータを取り出して仕事をしています。

その実務的な仕事を、これまでは「人」を雇用して行なってきましたが、これからは適材適所の人や団体にお願いして行なうことにしました。

それぞれの専門職業人に、きちっとした業務指示書によって仕事をお願いします。

専門職業人はどのようにして選定するのでしょうか。

りすシステムが主催する所定の研修を受けていただいた上で、「契約家族コーディーネーター」という資格を認定させていただきます。

その上で、仕事に対する姿勢や人柄なども十分に考慮し、理解し合った上で仕事をしていただきます。そのために、りすシステムに業務登録していただきます。

業務登録して仕事をする人との契約関係は、どういうかたちですか。

業務委託契約です。

業務委託契約より、従来の職員の方が、人件費はかかるでしょうが、きっちりとした仕事ができるのではないかという気もしますが、どうなのでしょうか。

いや、契約者の皆さんにとっても、従来より良くなると思います。

雇用職員で実務を行なうには好き嫌いや相性などに配慮することが不可能なので、「金太郎飴」の原理で契約者にサービス提供しました。

これは、いつでもどなたにでも均一のサービスができて良いことですが、不便さもあります。

契約家族コーディネーターとして業務登録していただいた地域密着型の個人事業主であれば、契約者は気に入った業務登録者を選択することが可能になります。

生前サポートの申し込み方法等は、どうされるのでしょうか。

従来通り電話、メール等でコールセンターに申し込んでくだされば、りすシステムが適材のコーディネーターを人選して差し向けます。

そして、仕事が終わればご利用いただいた方の業務を個人データベースに入力して、次回以降のサポートの資料とさせていただくのも従来通りです。

職員から契約家族コーディネーター等への切り替えによって、本部職員はどのくらいの人数にされるのですか。

現在、切り替えの途中ですが、スタッフは常勤の理事等の役員だけにする予定です。

りすシステムさんは、支部を全国に8カ所置かれていらっしゃいますね。この支部はどうされるのでしょうか。

職員から契約家族コーディネーターへの移行措置として、2024年3月までは現状の場所で支部が行なっている機能を残します。

それ以降は、組織拡充の状況等を勘案し拡充できることを期待しています。

そのほか、生前契約に関連する施設として、遺体安置施設「りすセンター新木場」、Ai専用のCT装置を設置した「Aiセンター新木場」があります。これらは、どうされるのでしょうか。

運営はコーディネーターの団体に委託しますが、価格その他のサービス内容については、現状を維持します。

かなり思い切ったリストラ(事業/組織等の再構築)ですね。

新木場のスタートから10年を過ぎましたが、遺体安置のみを引受ける施設も多くなり、新木場の主たる役割に変化を来たしています。

お言葉ですが、原点回帰なのです。りすシステム立ち上げの時に構想していた形に、28年かけてやっと到達したということです。

立ち上げ当時、友人から「お前の仕事は何か」と問われ、私は家族の役割の「手配師」だと答えていました。

NPOりすシステムの仕事の肝は、手配即ち法律行為なのです。実際の仕事は、それぞれの契約・仕事内容に応じて適材に託すことが生前契約の真の姿です。

りすシステム主催のセミナーの様子

契約、サポートの自動化を進める

支出の削減策として、他に計画されていることはありますか。

運用はもう少し先になると思いますが、いま申し上げた改革を機に、「セルフ生前契約」をできるようにしようと考えています。

セルフ生前契約というのは、次のようなイメージです。

りすシステムの生前契約のホームページから入っていただき、契約申し込み手続きを完了し、申込金5万円を納付していただきます。

申込手続き完了と同時にパスワードをさしあげますので、順次作業を進めていただけます。

このページは、契約者専用ページですから、一定期間ご自由にお使いいただける仕組みとすることを考えています。

さらに、公正証書作成等の契約事務完了後も、ご自身のページは自由に閲覧や書き込みができるようにする予定です。

「セルフ生前契約」が可能になりますと、かねてより課題であった「秘密生前契約」もセルフでできるようになります。

「秘密生前契約」というのは、どういうものでしょうか。

遺言制度の「秘密遺言」にヒントを得たものです。

実は、現状でもシークレット扱いの契約が数件あります。

代表理事の杉山歩だけが承知しており、しかるべき場所にデータを格納するというものです。

これについては、杉山歩に突然何かがあったら困りますので、杉山歩が死後、もしくは後見状態になった際に開封可という「遺書」を書いてもらっています。

生前契約をセルフ化できると、秘密生前契約もそうしたことが必要なくなります。

管理コスト削減のために、セルフ化、自動化をどんどん進められるわけですね。

生前サポート等につきましても「自動予約システム」の導入が必要と考えています。

サポート業務に関しては、現在はコールセンター等で申し込みを受け付けて、適材を人選して差し向けるという仕組みですが、「自動予約システム」では、利用される方がそこに登録されているサービス提供者をチョイスして所定事項を入力して申し込み、サービス提供側がOKなら、その返事をする仕組みです。

しかし、支出削減のために全てを自動化しようと考えているわけではありません。

このシステムを活用して、地域のコーディネーターと共に、よりよいサービス提供者を探すことが可能になります。

そして、契約者お一人おひとりのQOL(生活の質)の向上に必要な人材に出会うためのものとして、機能の充実を図っていこうと考えております。

初期費用の預託金70万円は無くす

財政基盤を強固なものにしていくためのもう1つの方法である収入増について、計画されていらっしゃることをお聞かせ下さい。

収入増策というより、生前契約をもっと多くの方々に利用していただくための改革を行なう計画です。

冒頭で現在の生存契約者数4,200名というのは、極めて不本意な数字であると申し上げました。

利用者が思うように増えない理由はいろいろ考えられますが、その中でも大きな要因は、生前契約を利用するに当たって必要な初期投資額が多いことだと思います。

初期投資額は、申込金が5万円、法人の運営のための分担金が15万円、システム維持費(年会費)として年1万2千円、生前事務の預託金が20万円、死後事務の預託金が50万円、公正証書作成費が約10万円を納付していただいており、これらを合わせると約100万円となります。

100万の初期投資というのは、生前契約を必要とされる方々にとっては、やはり大きく、この初期投資額を大幅に下げる予定です。

りすシステムの生前契約の費用一覧(現行)

具体的には、どうされるのでしょうか。

初期投資としては、申込金と公正証書作成費を合わせた約15万円にします。

分担金の15万円は、年会費に上乗せすることにして、5年間位に分割して納付していただく形にします。

預託金の70万円は、無くします。

ということは、約15万円だけで契約できるようになるわけですね。生前契約を行なっているところのほとんどは預託金を預かっており、それを無くすというのは画期的なことですが、どのような考え方なのでしょうか。

どのようなサービスでも前金というのは、あまりありません。

生前契約は、死後、あるいは病気その他心身ともに弱った状態の時に具体的なサービスを提供することになりますので、事前にお金をお預かりするというある種のビジネスモデルが確立したのです。

しかし、死後サービスの支払いは、生命保険の活用等に切り替える。生前サービスの支払いは、デビットカードやクレジットカード等の登録により決済していただければ、預託金を預かる必要はないという考え方です。

この種の仕事では、預託金の流用等による消費者被害発生が問題となっていますが、りすシステムのこの制度変更が類似の事業を行なっている皆さんに普及すれば、消費者被害の防止に資することになります。

初期投資として約15万円しかもらわないようにすると、法人の運営が難しくなるということ等はないのでしょうか。

先ほどお話ししました、職員から業務委託への切り替え等の管理コスト削減策は、そうならないようにするためのものでもあります。

また、契約時に法人がもらえるお金は元々、申込金5万円と法人運営のための分担金15万円を合わせた20万ですから、法人の運営が難しくなるということはありません。

つまり、管理コスト削減策は、単なるリストラではなく、生前契約を増やし普及させていくための施策であるということですね。

その通りです。

同時に、契約者からお預かりした個人情報はいかなる社会変動にも耐えて護りつづけるための施策です。

初期投資額の切り下げは、いつから開始されるのでしょうか。

コンピューターシステムの変更等準備を進め、2022年4月1日からと考えています。

りすシステムの生前契約利用の適齢期は50歳として、人生100年時代の「ハーフタイム生前契約」を目指します。

生前契約を行なっているほとんどのところが多額の預託金を徴収していますから、15万で契約できると契約数は大幅に増えそうですね。そうなると、生前契約全体の状況も変わってくるでしょうね。本日は、とても貴重なお話をありがとうございました。



【松島如戒(まつしまにょかい)氏のプロフィール】

1937年京城生まれ。戦後、大分県別府市に引揚げ。

1988年東京・巣鴨に「高野山真言宗功徳院東京別院」、「すがも平和霊苑」を建立。

1990年血縁を超えて入る合葬墓「もやいの碑」を建立し、「もやいの会」を設立。

1993年任意後見・生前契約受託機関「りすシステム」を設立。

2000年契約監視機関「NPO日本生前契約等決済機構」を設立。同年、「りすシステム」もNPO認証を受ける。

2009年「NPO地球に恩返しの森づくり推進機構」を設立。

2021年「一般財団法人契約家族研究機構」設立。

著書に『私ひとりで死ねますか』(日本法令)、『死ぬ前に決めておくこと-葬儀・お墓と生前契約』(岩波アクティブ新書)、『サイバーストーン-インターネット上の「墓」革命』(毎日コミュニケーションズ)などがある。

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塚本 優(つかもと まさる)
終活・葬送ジャーナリスト。早稲田大学法学部卒業。時事通信社などを経て2007年、葬祭(葬儀、お墓、寺院など)を事業領域とした鎌倉新書に入社。月刊誌の編集長を務めたほか、終活資格認定団体を立ち上げる。2013年、フリーの終活・葬送ジャーナリストとして独立。 生前の「介護・医療分野」と死後の「葬儀・供養分野」を中心に取材・執筆活動を行なっている。

[塚本優]