第58回:ネットを使った生前整理が急増した理由
「フリマ終活」や「フリマ生前整理」という言葉は数年前から聞かれるようになりましたが、ここ最近はネットを使って私物を売買するシニアが顕著に伸びていると言われています。
背景には何があるのか。また、これらのサービスを賢く利用するにはどうすればいいのかを考えてみましょう。
2018年から現在までニーズ上昇中
フリマサービスと終活や生前整理の結びつきが業界で強く意識されるようになったのは2018年の暮れでした。
メルカリは中高年の利用者が増えてきたことなどを受けて、ファンイベントの一環で60歳以上限定の「シニア座談会」を開催。
このイベントを通して、2018年にメルカリで出品された商品の説明で「終活」や「生前整理」というキーワードを含む件数が前年比約2.5倍になったことなどを発表しています。
また、ラクマも2018年12月にシニアユーザーの利用実態を調べたところ、2016年年初からの3年間で60代~90代の新規登録数が29.8倍に増加。とくに70代は48.9倍と顕著に伸びていたそうです。
その勢いはコロナ禍でも衰えておらず、メリカリでは2020年3月から5月における50~60代の新規出品者数は昨年同月比で約1.7倍、新規購入者数は約1.6倍に増えていたといいます。
自分が長らく所有していた品々をインターネットで売りに出して換金したり、必要なものを購入したりする。終活や生前整理の文脈でそれを実践することが急激に普通のことになっていると推察できます。こうした変化の背景には何があるのでしょうか。
理由その1…スマホを持ち始めたシニアの増加
まず挙げられるのは、「フリマアプリを使う」という行為がシニアにとって身近になったことです。
前述のラクマの調査によると、シニアがラクマを始めたきっかけは「スマートフォンを持ち始めたから」が19%でトップとなっています。スマートフォンを使いこなすなかで、手元で気軽に手持ちの品を売買できるフリマアプリを知り、利便性に気づいたという人も多そうです。
シニアとスマートフォンの距離は、望むと望まざるとに関わらず近づく運命にあります。
折りたたみ携帯電話の多くが採用している3G通信は、まもなく提供が終わります。auは2022年3月、ソフトバンクは2024年1月、NTTドコモは2026年3月の終了をすでに公表しており、その後は4G以降の通信方式に対応した端末を使うしかありません。4G以降の主要な端末はスマートフォンなのです。
なお、PHS通信は2021年1月末にすでに終了しています。
ちょうど2018年末ごろから、キャリアショップでもシニアにスマートフォンを訴求するキャンペーンが見られるようになりました。
70代以上のモバイル端末は折りたたみ携帯電話が主流でしたが、それが数年のうちにガラリとスマートフォンに切り替わるのが既定路線となっているわけです。すると、それをきっかけにフリマアプリを始めるシニア層も当面は増え続けるのではないかと思われます。
理由その2…「誰かに使ってほしい」という潜在ニーズ
そして、シニアが潜在的に持っているフリマアプリを使うニーズ、とくに出品ニーズの高まりも背景にあるようです。
メルカリが2020年8月に実施した利用者アンケートによると、フリマアプリで持ち物を販売する理由(複数回答)は、20~40代では「お金にしたいから」が73.8%でトップだったのに対し、50~60代は「使わなくなったので、欲しいと思う人に使ってもらいたいから」が72.4%で最大の動機となっています。
ほかにも「捨てるのがもったいないから」(62.9%)や「無駄なものを持ちたくないから」(39.0%)といった理由も50~60代で多く挙げられており、持ち物を整理する意識の高まりが感じられます。
こうした動向はラクマによる2018年12月のシニア利用者を対象にした調査も見られます。
ラクマを使う目的のトップは「安く商品を購入するため」(56%)でしたが、2位以下には「家の中を整理するため」(46%)、「断捨離をするため」(42%)などが続いています。
これらのことから、コロナ禍特有のものではなく、近年に通底したニーズであることが窺えます。
理由その3…形見が受け継がれにくくなった
使わなくなった持ち物を誰かに使ってもらいたいという需要の根底には、世帯構成の変化も関係していそうです。
国勢調査によると、2015年時点で核家族世帯は約56%、単身世帯は約35%となっており、三世代が暮らす世帯よりも主流になっています。
国立社会保障・人口問題研究所が発表した将来推計によると、その傾向は今後ますます進み、2040年頃には核家族と単身世帯で全体の9割を超えます。
自分が使わなくなったモノを託せる家族が減っている今、それでもモノを生かしたいのであれば売りに出すのがもっとも現実的な選択肢となっているわけです。
こうした個々人の所有事情の変化にフリマアプリの台頭が結びついたところはありそうです。
その流れを裏付けるように、品々の価値を査定してオークションへの出品を仲介するエステートセールの需要も急成長しています。
以前のこの連載で紹介したエステートセラーの堀川一真さんは、2021年2月時点で出品中の品物は約2,600点、全国約160人の依頼者とやりとりしているとのこと。
取り扱う品物は、骨董品や日本人形、クラシックカー、別荘など多岐にわたります。2020年10月には株式会社化しました。
もっとも多いのは亡くなった親の遺品の行く末を案じる子世代からの相談ですが、持ち主から生前整理を依頼されるケースも増えているといいます。
「残されたモノ、託されたモノにどういった価値があるのか検討がつかずに困っている方はとても多いと感じますね。そこでしっかり査定して適正な情報をお伝えするのが私たちの第一の仕事だと自負しています」(堀川さん)
2021年4月には、堀川さんを含めたエステートセールの専門家(生前整理エステートセールアドバイザー有資格者)のみが出品できる国際的な専用サイトを始動する予定とのこと。愛用品や愛蔵品の価値がわかる人の手元に届けられる選択肢がまたひとつ増えるはずです。
社会の変化によって、残された人たちに後を任せる大変さがじわじわと高まっている一方で、生前整理の方法はどんどん増えてハードルも確実に下がってきた様子です。
コロナ禍のなか、自宅で過ごしているときに私物と向き合う機会が増えた人は多いのではないでしょうか。それらの行く末はどうなるのか。年齢は問わず、改めて向き合ってみるのも楽しいかも知れません。
記事に関連するWebサイト/関連記事
- メルカリ
- フリマアプリ「メルカリ」、初となる50・60代の利用動向を発表(2018年11月プレスリリース)
- ラクマ
- フリマアプリ「ラクマ」、激増するシニアユーザーの利用実態を調査(2018年12月プレスリリース)
- フリマアプリ「ラクマ」、シニアユーザー激増の背景を調査(2019年3月プレスリリース)
- 総務省統計局 平成27年国勢調査
- 国立社会保障・人口問題研究所「2018年 日本の世帯数の将来推計(全国推計)」
- 株式会社ポジティブシンキング(堀川さんのサイト)
- ESTATE SALE J
古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。著書に『故人サイト』(社会評論社)、『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)など。2020年1月に、『スマホの中身も「遺品」です』(中公新書ラクレ)を刊行した。