第10回:長江曜子氏に訊くお墓の問題点と解決策
リサイクルによる持続可能な、お墓のシステムを
「墓じまい」をはじめとして、お墓の問題についてマスコミなどでも取り上げられることが非常に多くなっています。しかし、問題点の指摘や具体例を挙げるだけにとどまり、問題点の根本的な解決策まで示したものはあまりありません。
そこで、聖徳大学教授として墓地や葬送に関する教鞭をとられるとともに、家業の石材店の三代目社長としてお墓の実態や実務にも詳しい長江曜子氏に、お墓の問題点と解決策についてお話をうかがいました。
「墓じまい」は急速に進み過ぎ
お墓の現状の中で、特に問題・課題と考えていらっしゃることは何でしょうか。
1つは、「墓じまい」とそれに付随する問題です。
お墓というのは、墓地と墓石で成り立っていますが、墓地は永代使用料を支払う形になっています。永代に渡ってお墓を受け継いでいくという前提で考えられているのです。お墓は家族で守っていく、ということが当たり前であったわけです。
ところが、近年、有縁でありながら、お墓を自分の代で片付けてしまう「墓じまい」という現象が起こってきました。私は、この「墓じまい」が急速に進み過ぎていると思っています。
というのは、「墓じまい」は、日本の家族形態が核家族化、少子化してきて、「少ない子供に迷惑をかけたくない」、あるいは「子供はいない」ということなどから増えてきていると言われていますが、実は、お墓を承継するのは子供でなくてもよいのです。
甥や姪であっても、書類が整えば承継できます。公営の墓地だと、例えば東京都の場合は、7親等まで承継し、無税で有効に使用できる祭祀財産なのです。
そうしたことがあまり知られていないことが、「墓じまい」が急速に進んでしまっている要因の一つになっていると思います。
「墓じまい」が急速に進んでいる要因として、他にはいかがでしょうか。
核家族化、少子化が進んできたことにより、承継を前提にしない樹木葬や合祀墓、散骨などの新しい形態のお墓や埋葬法が出てきましたが、通常の永代使用を前提にしたお墓であっても、10年、20年といった有期限貸付の新しいタイプのお墓が出てきています。
あるいは、家族単位ではなく夫婦単位であったり、個人単位のお墓なども通常の墓地や霊園の中にも造られようになっています。
しかし、こうしたことは一般の人にはまだあまり知られておらず、このことも「墓じまい」を急速に増やしている要因の一つになっていると思います。
遺骨が尊厳ある形で取り扱われていない
冒頭で「『墓じまい』とそれに付随する問題がある」とおっしゃいましたが、「付随する問題」とは何でしょうか。
「墓じまい」で必要となるのは、お墓を更地にして地方公共団体やお寺などのお墓の運営主体に返還しなければならないということだけではありません。お墓の中から遺骨を取り出し、それをどうするのかという問題もあります。
遺骨は言うまでもなく物ではありませんから、尊厳ある形で取り扱わなければいけません。しかし、最近は、尊厳のない処理、処分に近い形で扱われるケースも増えてきており、問題ではないかと感じております。
具体的には、どういうケースでしょうか。
典型的なのは、「委託海洋散骨」と呼ばれているケースです。これは、遺骨を遺族などが自分で散骨するのではなく、散骨業者が遺骨を預かって海に散骨してくれるものです。
しかも、遺骨を自分で業者のところに持って行かなくても、郵便局の「ゆうパック」で送ることができ、業者は届いた遺骨を粉骨にして、10人分とか20人分が溜まると、まとめて海に散骨するという方法が増えてきています。価格も、一体約2万円と安価です。
こういう方法に、遺骨に対する尊厳があるのかは疑問です。
そもそも散骨は、「墓地、埋葬等に関する法律」(以下、墓地埋葬法)に記述がなく、グレーゾンのビジネスになっています。これが例えばフランスでは、散骨に当たって、いつどこで撒いたかを故人の出生地に届けなくてはならないなど、法律によって手続きが定められています。
フランスの火葬率は2015年で34.1%と日本より低く、火葬率99.9%の火葬大国である日本ではこういった法律が存在しないために、どこにどれくらいの数の遺骨が散骨されているのかもわかりません。遺骨の行方を把握できていないというのは、文明国では日本くらいなものです。
そういう点でも、遺骨が尊厳ある形で扱われているとは言えません。
また、一部トラブルのあった10カ所以上の地方公共団体では規制の条例を作っていますが、条例だけでなく法律の整備も必要だと思います。
ヨーロッパにみる持続的なお墓システム
ご指摘されたような「墓じまい」を巡る問題を解消していくには、お墓をどのようにしていったら良いとお考えですか。
こうした問題が起こってきた本質的要因は、お墓を永代に渡って受け継いでいくという前提で考えられている日本のお墓制度が、核家族化や少子化の進展によって、制度疲労を起こしているところにあります。
ですから、「墓じまい」を巡る問題を解消していくには、永代に渡って受け継いでいくという制度を、更新可能な有期限化へ移行すべきです。
参考になるのは、日本と同じように国土が狭いヨーロッパです。
例えば、フランスやスウェーデンでは、国土が狭いことを考慮して、有期限の20年期限貸付にしています。20年経ったら、つまり一世代ごとにお墓の見直しをしようという考え方です。
だから、承継者がいる人は、また20年更新して借りれば良いし、承継者がいない人は返却すれば良いわけです。
返却はどのような仕組みになっているのかと言いますと、墓石は名前が刻んであるので他の場所には捨てず、墓地内のストックヤード(保管所)に移して保存しています。
墓石を移した後の遺骨は、墓地内に合葬埋蔵する場所を設けていて、そちらに移動します。
遺骨が入れてあったカロート部分は、世界遺産にもなっているスウェーデンの森林墓地では新しいものには造り変えないで、そのまま使用します。
このようにリサイクル的な考え方を導入することにより、持続可能なお墓システムをつくっています。
日本のように、お墓をどんどん新しく作るより、コスト的にも安く済みますね。
そうです。お墓は個別にすればするほどコストがかかります。建立費(こんりゅうひ)だけでなく、建立した後に管理料などもかかるからです。
そもそも、日本の人口は2045年までどんどん減少していくわけですから、墓地をたくさん造っても意味がありません。今ある墓地を有効活用することが大切です。
また、お墓は地域の人々のためになるものでなければなりません。
ですから私は、日本のように国土が狭く、人口が都市部に集中している国では、フランスやスウェーデン-デンのように、リサイクル的なお墓システムをつくっていく必要があるだろうと考えています。
求められるお墓のセーフティネット
「墓じまい」の問題以外に、お墓の問題点または課題点と考えていらっしゃることは何でしょうか。
もう一つの大きな課題は、お墓のセーフティネットが必要になっているということです。
先ほど、子供がお墓を承継できなかったら、甥や姪でも承継できるのだと言いましたが、現実には、おじやおばとの関係は昔と違って縁が薄くなっていますから、承継したがらない人たちが多くなっています。
例えば、引き取られない遺骨が増加していることから「エンディングプラン・サポート事業」を開始した神奈川県横須賀市では、2014年度に引き取られなかった遺骨60人のうち、身元がわからない人はわずか3人で、残りの57人は身元も親族も分かっているのに引き取られていないのです。
今後、こうした引き取り手のない遺骨はますます増えることが予想されます。例えば、首都圏では65歳以上のひとり暮らしの世帯の割合が、すでに12%以上になっています。その割合は、今後さらに増えていきます。
こうしたひとり暮らしの高齢者の人たちが亡くなった時に、親族がいても引き取られない遺骨が増えていくことが懸念されます。
ですから、お墓と埋葬のセーフティネットをちゃんと用意しておかないといけないと思うのです。
しかし、日本の行政や、地方公共団体は、それをなかなか行おうとはしていませんね。
そうなのです。「墓地埋葬法」では、墓地の経営主体は三種類挙げられています。
まず第一には、行政/地方公共団体が行ない、それでもまかなえない時に、第二に公益法人が行ない、第三には宗教法人が行なうと記載されています。
ところが、第一の行政/地方公共団体による墓地は限られており、不足しています。この最大の要因は、国の補助金が一切出ない公共事業だからです。
補助金が出ないということは、地方公共団体としては、例えば、市政○○周年事業として市債を発行するといった形でお墓を造り、販売しなければなりません。
しかし、売れなかったら借りたお金を返せず、持ち出しになるから、そういうリスクのあることはなかなか行おうとはしません。そのために、公営墓地はあまり育たず、これまでは第三の寺院や寺院とタイアップした石材企業などの事業型墓地が中心になってきたのです。
しかし、セーフティネットをつくるとなると、寺院や民間企業では難しく、墓地と埋葬もヨーロッパのように「福祉の一環」と位置づけ、行政/地方公共団体が担っていく必要があると思います。
セーフティネットとして、どのようなものを作っていく必要があるとお考えですか。
税金で行なうことですから、行政/地方公共団体がすべてを行なうのは難しく、ある程度の支払い能力がある高齢者と、生活困窮者などの支払い能力の無い人とは分けて考える必要があると思います。
前者では、先ほどもお話しした横須賀市の「エンディングプラン・サポート事業」の取り組みが参考になります。
この事業は、2015年7月から、預貯金が225万円以下、土地と家屋を合わせた固定資産評価額が500万円以下、年収などの月収が18万円以下で頼れる親族がいない一人暮らしの高齢者を対象に行なっています。
市役所の職員が葬儀、お墓、死亡届出人、リビングウィル(自分の終末期、死後についての生前の希望)についての意思を本人から事前に聞き取り、書面に残しておき、同時に葬儀社と生前契約を結ぶという仕組みです。
葬儀と納骨にかかる費用の上限は、25万円から30万円以内に収め、利用者が葬儀社に先払いします。
横須賀市ではさらに、2018年5月から「終活情報登録伝達事業」(通称「わたしの終活登録」)も始めました。
こうした横須賀市の取り組みを見習って、同様のサポート事業を行なう地方公共団体も出てきています。
もう一つの生活困窮者で支払能力のない人に対するセーフティネットは、どのようなものが考えられますか。
例えば、フランスでは、遺骨を5年間は無料で置いてもらえる無料墓地があります。
しかし、無料墓地を大量につくるようなことはぜず、今ある霊園の中の花壇を少し小さくして、空いた所に無料墓地を造るなど、実現可能なことを行なっています。5年後には、合葬の場所に移すのもその一つです。
あるいは、パリの墓地では火葬場を併設しており、火葬場の庭のところに散骨のエリアを作っています。
このように、日本と同じように国土の狭いヨーロッパには、日本がセーフティネットをつくる上でも、参考になるものがいろいろあります。
こうしたセーフティシステムを、日本でも真剣に考えて構築していかないと、遺骨に対する尊厳のない処理、処分がますます増えていくことが懸念されます。
将来を担う若者も捨てたものではない
長江先生は、日本葬送文化学会の女性初の会長を務められました。私は葬送業界で11年間ほど仕事をしてきましたが、最近は業界人から「葬送文化」という言葉を聞くことが少なくなり、「エンディング産業」という言葉がよく聞かれるようになりました。
葬儀やお墓などの葬送は、人間が行なう文化行為のひとつです。しかし、「文化」ではなく「産業」を前面に押し出し、目先の金儲け的な短絡的な考え方がまかり通るようになってきたと私も感じております。しかし葬送は、デスケアサービス、つまり死をケアするサービスの一環であることが大切です。
また、「産業」を前面に出すことにより、先ほど言った「委託散骨」や「引き取り手のない遺骨」のように、死者の尊厳を守り、死者を悼む心を守り伝えていくという、葬送文化をないがしろにする人たちが増えてきている要因にもなっていると思います。
そうした意味では、日本では今、メモリアルゼーション、すなわち追悼する心の問題が問われています。
でも、日本の将来を担う若者は、捨てたものではないですよ。
どういうことでしょうか。
私が大学で教えている学部は児童学部です。その学部で行なっている3年次ゼミのテーマは、「生命の大切さを伝える絵本の研究」です。
生命の大切さは、昔は三世代同居だったので、おじいちゃん、おばあちゃんが死ぬところを見て家庭で直接学びましたが、今はそういう体験が少なくなっています。
だから、幼稚園・保育園や学校で死の問題や道徳まで教えるようになっているのですが、その教え方もただ「命は大切だよ」と言葉で教えるのではなく、絵本の読み聞かせによって、子供たちの心の中で生命の大切さを考えてもらえるようにしていこう、というのがこのゼミの狙いです。
でも、今の若者はドライなので、希望者はあまりいないかもしれないと思っていたら、ゼミの説明会は満杯で定員を上回る希望者がいて選抜しなければならないほどでした。
保育園や幼稚園、小学校などの先生になろうと思っている生徒たちの中には、そうした志を持った若者が結構いるのです。
さすが、先生を目指している若者たちだけありますね。
もっと驚くのは、私は「日本人の心を石文化から学ぶ」という教養科目の授業も持っているのですが、こちらは100名以上が受講しています。
私の授業の裏科目は科学なので、女子大だから「科学よりこちらの科目の方が単位を取るのが楽そうだな」という学生もいるでしょうが、心や精神性という見えない世界のことは重要だと思う若者も多くいるのです。
私は、お墓とか、最後のお別れでは、火葬場の炉前でちゃんとお別れして遺骨を拾うとか、そうした人として当たり前のことの大切さを、もう一度見直していかないといけないのではないかと思って、こうした授業を行なっています。
樹木希林さんの最期に学ぶ
葬送文化の大切さが伝わりにくくなったのは、葬送についての家庭教育の機会も少なくなったという影響も大きいのでしょうね。
その通りですが、家庭教育も行おうと思えば行えると思うのです。例えば、最近で言えば樹木希林さんの最期です。
希林さんの娘の旦那さんである本木雅弘さんの話によると、希林さんは病院から自宅に戻ることを希望して自宅で亡くなられました。
最期の時は、希林さんの孫が手を握り、もう一方の手を本木君がさすり、娘さんはズッーと話しかけている。そして、娘さんがスマホを持って、まだアメリカにいて間に合わなかった孫に希林さんの顔を見せている。本木君は別の電話で、夫の内田裕也さんの声を希林さんに聞かせている、というまさに皆で希林さんを囲んだ状態だったそうです。
裕也さんから「おい、しっかりしろ」と声をかけられると、希林さんは孫の手をぎゅっと握る。それを見て本木君が声はまだ聞こえているということを伝えると、裕也さんは「ありがとう、ありがとう」と言っているうちに、希林さんはだんだん呼吸の間隔が空いていって、本当に静かにスーッと消えていくように亡くなったと言います。
希林さんは、かねてから、「子供や孫に育ってもらうために、死に様も含めて見てもらいたい」と言っていたので、娘さんや本木さんはそうしたのだそうです。
これが生命の次の世代への理想のバトンタッチです。
私もニュースで読みましたが、良いお話ですね。
私が勤めている大学の保育科の小児科医の教授が、医学生や看護師などに、死というものはどういうものなのかは、口だけではなかなか教えられないと言っていました。
つまり、亡くなるところを自分の目で見て、手で触ってみたりしないと分からないし、分らないから次世代に伝わらないわけです。
ですから、私たちも、希林さんのように、生命のバトンタッチを行なっていくことがとても大切なのです。大切な人と、どのように別れたのかによって、その後の人生も決まるのです。
今日は、貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
【長江曜子氏のプロフィール】
聖徳大学児童学科教授(学術博士)。聖徳大学SOA(ソア)校長。1920年創業の株式会社 加藤組・石匠あづま家代表取締役社長。日本葬送文化学会前会長。
明治大学大学院文学研究科日本文学専攻コース博士課程修了および共立女子大学大学院家政学研究科博士課程修了。
家業の石材店を3代目として経営するかたわら、お墓の比較研究のために世界45カ国を回る。アメリカのお墓大学を卒業し、日本初のお墓プランナー兼葬送アドバイザーとして活躍する。
日本における墓地と葬送研究の第一人者として、日本葬送文化学会の女性初の会長を務めた。
著書に『欧米メモリアル事情』(石文社)、『21世紀のお墓はこう変わる』(朝日ソノラマ)、『Q&A 21世紀のお墓と葬儀』(明石書店)、『臨終デザイン』(明治書院)などがある。
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塚本 優(つかもと まさる)
葬送ジャーナリスト。1975年早稲田大学法学部卒業。時事通信社などを経て2007年、葬祭(葬儀、お墓、寺院など)を事業領域とした鎌倉新書に入社。葬祭事業者向け月刊誌の編集長を務める。また、新規事業開発室長として、介護、相続、葬儀など高齢者が直面する諸課題について、各種事業者や専門家との連携などを通じてトータルで解決していく終活団体を立ち上げる。2013年、フリーの葬送ジャーナリストとして独立。葬祭・終活・シニア関連などの専門情報紙を中心に寄稿し、活躍している。