第24回:横須賀市が終活支援に乗り出した本当の理由(後編)
終活情報登録で誰もが“自己実現的葬送"を可能に

[2020/2/4 00:00]


横須賀市の終活支援事業を中心的に推進してこられた同市福祉部の北見 万幸(きたみ かずゆき)福祉専門官へのインタビューの後編をお届けします。

昨日掲載の前編に続き、後編では、2つの終活支援事業のうち、2018年5月にスタートした「わたしの終活登録事業」を中心にお話をうかがっています。

北見 万幸(きたみ かずゆき)氏

引き取り手のない遺骨53件のうち、13件は電話番号が分からない

2015年7月から開始した「エンディングプラン・サポート事業」に続き、2018年5月からスタートした「わたしの終活登録事業」についてお聞きします。

引き取り手のない遺骨が増えているのは、同居の家族に頼れない一人暮らしが増えていることに加えて、携帯電話の普及によって連絡先が分らなくなっていることが大きな要因の一つになっているということでしたが、もう少し詳しくお聞かせください。

連絡先が分らない時には、昔は、104番にかけて電話番号を聞きました。名前とどの辺に住んでいる人と言えば、教えてくれました。

しかし、今は、携帯電話の普及によって、固定電話を持たない人が増えました。今の電話帳のページ数は、かつての20分の1から30分の1くらいになってしまっているそうです。

携帯電話は、タッチ一つで電話がかけられますから、確かに便利です。しかし、自分の子供や親族、友達の番号まで覚えている人はほとんどいません。

そのため、その人が倒れてしまった時には、その人を救おうとする人たちにとっては、連絡先が分かりにくくなったということです。

その人が所持している携帯電話から家族などに連絡しようとしても、携帯電話にはロックがかかっており、パスワードが分らないと解除できないからです。

ですから、携帯電話というのは、元気な人たちにとってはとても便利ですが、その人が倒れて、その人を救おうとする人たちにとっては危険なのです。

そうしたことが、役所の業務にも影響を及ぼすようになってきたのですね。

そうです。私たち市の職員は、一人暮らしの人が倒れたとの連絡を受けた場合、住民表から本籍を調べます。戸籍の付表を取ると、親族の氏名と住所が分かります。

従来は、その段階で104に電話すれば、その親族の電話番号が分かり、支援を依頼することができました。しかし、今は電話番号が分らない人がかなりいます。

2018年度の引き取り手のないお骨は53件でしたが、そのうち13件は電話番号が分かりませんでした。その場合は、「お悔やみとお願い」という書式で、市役所にご連絡くださいというお願いの手紙を送っています。しかし、ほとんど返信がありません。

現在の住民票と戸籍だけでは、誰が支援者か分からないケースが増えているのです。

ですから、一人暮らしの高齢者に限らず、家族と同居している人であっても、家族・親族や、その人が所属しているコミュニティなどまで分かる、新たな登録制度が必要だと考えました。

そのほかに、「わたしの終活登録事業」を開始した背景や目的はあったのでしょうか。

お墓がどこにあるのか分からない時代になったということもあります。

例えば、子供のいない夫婦が増えていますが、夫が先に亡くなり妻がお墓に納骨した。その後、妻が亡くなった時に、甥や姪が納骨しようと思ってもお墓がどこにあるのか分らないという話をよく聞くようになりました。

先ほどお話しした、2018年度の53件の引き取り手のないお骨のうち、3件はご主人の後から亡くなった奥さんのお骨でした。

警察が「子供はおらず、遠くに離れている甥、姪もお墓の場所を知らないので困っている。市の無縁納骨堂に入れて欲しい」ということで、持ってきました。

また、冠婚葬祭互助会の発表によると、亡くなった人が互助会と生前に契約していたことを遺族が知らなかったために、生前契約の1割が未履行になったり、葬儀後に遺族が解約しているそうです。

生前契約していても、病院、警察、福祉事務所などはどこに問い合わせれば良いのか分かりません。連絡先もすぐに分らないと、別の葬儀社になってしまって生前契約も無駄になるのです。解約すると、手数料を取られますので損をしてしまいます。

万一の時に、その人の情報を伝えるハブ(中継点)が必要

先ほどお話しされていた、その人が所属しているコミュニティの連絡先を登録しておく必要があるというのは、どういうことでしょうか。

国は今、地域包括支援を進めています。特に高齢者は、地域包括コミュニティに関わってもらうようにしています。

しかし、ひとたび当事者が倒れれば、当事者がどこのコミュニティに所属しているのか分からなくなる可能性があります。

特にコミュニティが私的な形だと、当事者の所属コミュニティは全く分からなくなります。

また、社会は進歩して豊かになりましたが、財の多い社会が幸せな社会とは限りません。

昔のように、例えばAクラブという財が一つしかない社会では、当事者はそこしか選べなかったけれども、いざ倒れたときには、保護した人はAクラブと連絡を取り合って助けることができました。

しかし、現在のように、財がたくさんある社会では、当事者が好きなところを選べるけれども、いざ倒れたときには、保護した人は、どこに所属しているのか分からず、助けられない可能性があるのです。

だから、所属しているコミュニティの連絡先を登録しておく必要があるというわけですね。

そうです。支え手の多さは、本人の安心には、必ずしもつながらない時代になっているのです。

現に、1割の不安が起こっています。先ほどお話ししたように、お骨の1割は引き取り手がなく、また、互助会の生前契約の1割が解約や未履行になっており、さらに、本人が献体登録していても、1割の遺体が大学に運ばれていないという現実もあります。

これらの大きな原因は、情報が伝わっておらず、情報を伝えるハブ(中継点)がないからです。ハブが必要なのです。

それが「わたしの終活登録事業」をスタートされた理由ですね。

はい。市役所が本人の思いを予め聞いてハブとなり、本人の終活を支援する必要があると考えました。

市が終活支援すれば、万一の時も、緊急連絡先や本人の思いが分かります。

また、終活ノートの保管場所など本人の終活努力や民間事業者の支援も無駄になりません。

ですから、「エンディングプラン・サポート」は、誰もが基本的葬送を選べるようにする事業であるのに対し、「わたしの終活登録」は、誰もが自己実現的葬送を選べるようにする事業です。

そして、両事業とも、墓埋法第9条の適用を減らし、財政負担を軽減することができます。

さらに、「わたしの終活登録」では、空き家対策も可能です。

登録するのは本人の思いを知るための手掛かりとなる情報

「わたしの終活登録事業」の概要をお聞かせください。

希望する総ての市民が対象で、本人が元気なうちに終活情報を市役所に登録できます。登録料は無料です。

「わたしの終活登録」登録用紙
登録できる項目 出典:横須賀市

登録できるのは上図の11項目です。

ただし、7番目の「臓器提供に関する意思表示」は、臓器提供ネットワークの人に聞いたところ、登録していただいても間に合わないと言われました。交通事故にあい、運転免許書に臓器提供希望と書いてあった時に、間に合うのが精一杯だそうです。

11項目の中から、自分が希望するものを選択して登録でき、追加・変更・削除も随時できます。

倒れて入院したり、徘徊して保護された時などに、連絡先が分らなければ、病院や警察、消防、福祉事務所などすべてのところが市役所に問い合わせてきます。

ですから、登録していただく項目は、本人の思いの“詳細そのもの"ではなく、緊急連絡先、遺書/エンディングノートの保管場所、葬儀の生前契約をした葬祭事業者名など、本人の思いを知るための“手掛かりとなる情報"です。

これが登録項目のポイントであり、エンディングノートの単なる配布などと違うところです。

2つの終活支援事業の特徴、違いをまとめると下図のようになります。

横須賀市の終活支援事業のまとめ 出典:横須賀市

登録された項目の3位は「お墓の所在地」

2018年5月にスタートされてから現在までの登録状況は、どのようになっていますか。

登録件数は、2019年12月12日でちょうど200件になりました。

登録された項目で一番多かったのは、緊急連絡先です。

ところが、緊急連絡先を書けない人が9人もいました。保証人とか身元引受人という責任が重いものではない緊急連絡先ですら書けない人が、5%近くもいるのです。悲しいですね。

2位は、医師、薬、アレルギーです。

3位は、お墓の所在地です。これは意外でした。登録者の年代の中心は60~70代ですので、この年代はまだお寺離れ、檀家離れは少ないのかもしれません。

4位もとても意外でした。葬儀の生前契約先です。これは、横須賀市の地域特性によるものだろうと思われます。横須賀市は、冠婚葬祭互助会の創業の地であり、その互助会を書いている人が多いからかもしれません。

逆に、地域包括支援センターなど厚生労働省が期待する支援事業所や終活サークルなどの項目は、上位になるかなと思っていましたが、これは下位でした。

「わたしの終活登録」は、希望する総ての市民が対象ですが、年代別ではどのようになっていますか。

60~70代に次いで多いのは40~50代です。80代になると、登録者はほとんどいません。

10代の登録者が1人います。親御さんが50代で、子供さんが10代の2人家族で、子供さんは最重度の知的障害者です。

親御さんが倒れたら、子供さんは自分で緊急連絡先も言うことができない。連絡先のカードを首から紐で下げているけれども、嫌がってすぐ投げ捨ててしまう。

でも、カードを持っていない時でも、市役所に緊急連絡先を登録しておけば、警察が保護したり、病院が対応したりした時に、市役所に問い合わせれば緊急連絡先が分かるので10代の子供さんも登録したのです。

カードを持っていなくても、市役所に問い合わせれば連絡先が分かるということが、この登録事業のミソなのです。

登録者200人に関し、登録者が緊急事態となって、問い合わせがあった人はいますか。

1人いらっしゃいます。2018年11月に登録していたお一人住まいの人が亡くなり、姪御さんから市役所に問い合わせが入り、3つの要望を言われました。

1つは、「私以外の緊急連絡先の人を教えて欲しい」というものです。亡くなった本人は緊急連絡先として5人書いていましたが、姪御さんは他の連絡先の人を知らないので、そういう要望を言われたわけです。

緊急連絡先の人は、互いに教えあって良いことになっていますので教えました。

姪御さんから後日電話があり、4人は友達で、連絡先は4人とも携帯電話でしたが、4人とも連絡が取れ、火葬に間に合って収骨してもらえたそうです。

2つ目の要望は、「遺書の保管場所を教えて欲しい」です。そうしたら、遺書の場所も登録していました。自宅の寝室のベッドの下の黒いカバンの中に5通と書いてありました。

姪御さんと一緒に私も見に行きました。書いてあった通りの場所にありました。裁判所に持って行き検認されました。

3つ目の要望は、「お墓の場所を教えて欲しい」です。これも登録されていました。亡くなった本人は横須賀市に住んでいましたが、お墓は静岡県にあり、そのお墓に納骨することができたそうです。

このように、終活情報を市役所に登録しておいたことにより、本人の生前意思や姪御さんの要望を実現することができました。

裏メニューとして「空き家予防の相談」も行なう

私は、「わたしの終活登録事業」の効果として、登録数もさることながら、波及効果に注目しています。冒頭で、市場が活性化した例として、冠婚葬祭互助会の会員への登録呼び掛けのことをお話になられていましたが、他にはどのようなことがありましたか。

司法書士会、行政書士会などからも、この事業は歓迎されました。

それぞれの士業の団体が、いろいろな終活サービスを行なっていますが、本人と契約して名刺大のカードを渡すのだけれども、カードを持っていることを前提にしているので、持っていない時に倒れたりすると、どうしようもない。

でも、行政に情報を登録しておけば、カードを持っていなくても、病院や救急隊、警察などは市役所に問い合わせるので、我われに連絡が入る可能性が一気に高くなり、非常にありがたい。

だから、契約する人達に、市役所に登録するように促すというお話でした。

先ほどの互助会のケースも今のケースも、登録される側が本人に促すようになり、そういう効果もあるということですね。

こんなこともありました。ある日、産業廃棄物業者さんが血相を変えて市役所にやって来ました。遺品整理業者の登録は項目に入っていないだろう、と誤解していたらしいのです。

説明すると、みるみる顔つきが変わり、ニコニコしながら「これを待っていました」と言われました。

その産廃業者さんは、横須賀市の正式な許可を受けた業者です。しかし、もぐりもいます。市外の業者が、市内に乗り込んできて仕事を取ったり、産廃物を山に捨てる業者もいるそうです。

横須賀市内の業者は、自分達の市場が食い荒らされてしまうわけですから、登録できるようにするのは大歓迎だと仰るのです。

逆に、市外から乗り込んで来たり、そもそももぐりだというのは、終活登録をされると困るわけです。本人が遺品整理の生前契約をした業者の名前を市に登録すると、もぐりであるということがバレてしまうからです。

こういう登録制度は、消費者保護の一環になるということで、消費者庁からもウエブ版で事業の紹介をしていただきました。

先ほど、「空き家対策も可能」とおっしゃいましたが、11項目の中には入っていません。これはどういうことでしょうか。

11項目の登録項目以外に、裏メニューとして「空き家予防の相談」の要・否の欄を設けました。

ご存じの通り、いま、空き家がどんどん増えてきています。そこで、全国の市町村では「空き家相談会」などを行なっています。

しかし、空き家相談会という呼びかけ方をしても、全然来ないそうです。そりゃそうでしょう。空き家相談会なんかに行ったら、「死ぬ前に何とかしてください」ということばかり言われるのは分かっていますから。

そこで、終活情報登録の相談をしてきた人に、相談の一つとして「空き家予防の相談もできますよ。どうされますか」とお聞きすることにしたのです。

終活登録した200件のうち、1割の人は「空き家相談も必要」と回答しています。

ですから、終活登録は、空き家対策にもなっています。

支援事業の仕組みのグレードアップも視野に

最後に、2つの終活支援事業の課題点と対策についてお聞かせください。

当面の一番の課題は、支援事業を周知することです。特に、支援事業を知ってほしい人たちが、新聞をとっていなかったり、町内会を止めたりしていて、情報から一番遠く、そういう人たちにどう周知していくかが大きな課題です。

これについては、予算も限られていますので、市の広報紙に掲載してもらったり、町内会や自治会の集会など、いろいろなところに出て行ってお話したり、チラシを配ったりしています。

「わたしの終活登録」チラシ

支援事業の仕組みをグレードアップしていく方法については、すでに見えています。

長岡市が「フェニックス・ネット」というネットワークシステムを導入しており、情報の入力は、本人に面接するケアマネージャーやヘルパーなどが、モバイルで行なっています。

長岡市は、人口27万都市で、緊急連絡先の登録は5千人を超えています。一人暮らしの高齢者は4千人位ではないかと予測されますが、それはもう、フルカバーしているのではないでしょうか。

しかし、残念なのは、葬儀やお墓など、死後事務のことは一切入力していないことです。

私は、この「フェニックス・ネット」に、横須賀市が行なっている終活情報を足せば良いと考えています。

システム構築費は、人口27万人の長岡市で850万円です。人口40万人の横須賀市だと1,200万円かかります。このほか、ランニングコストとして、毎年、1,000万円以上かかります。

このシステムを導入するには、それらの資金をどうするかが課題です。

お金のある都市は、今後、導入する可能性のあるお話ですね。今日は、貴重なお話をたくさんお聞かせいただきありがとうございました。


【北見 万幸(きたみ かずゆき)氏のプロフィール】

横須賀市福祉部 福祉専門官。

早稲田大学卒業後、横須賀市役所入庁。9年間の税務部勤務の後、平成3年から生活保護ケースワーカー、精神保健福祉相談員、生活困窮者自立支援担当課長、福祉部次長などを経て、令和元年退職。

退職後も福祉専門官として横須賀市に引き続き勤務し、現在は終活支援の普及啓発に当っている。

“低所得世帯への学習支援と財政効果"は国会でも取り上げられ、生活保護世帯の子供たちの大学進学の一助となった。

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塚本 優(つかもと まさる)
終活・葬送ジャーナリスト。早稲田大学法学部卒業。時事通信社などを経て2007年、葬祭(葬儀、お墓、寺院など)を事業領域とした鎌倉新書に入社。月刊誌の編集長を務めたほか、終活資格認定団体を立ち上げる。2013年、フリーの終活・葬送ジャーナリストとして独立。 生前の「介護・医療分野」と死後の「葬儀・供養分野」を中心に取材・執筆活動を行なっている。

[塚本優]