旦木瑞穂の終活百景 第五景『明るい店内で介護の相談ができる「すみまめカフェ」』

[2016/7/11 00:00]

2015年4月。墨田区京島に「すみまめカフェ」がオープンしました。

「すみまめカフェ」は、墨田区で有名なコーヒー店のコーヒーや、人気パティスリーのケーキ、話題のカフェの紅茶や、評判のベーカリーの石釜で焼いた美味しいパンがいただけるカフェです。

しかも、ここは居宅介護の支援事業所を兼ねており、在宅で介護を受けている人達を支援する拠点となっているのです。

ケアマネージャーも居ますから、カフェにいながらにして介護の相談ができます。

どうして、カフェと介護を一緒にしたのか、話を聞きに行ってきました。

「すみまめカフェ」ができるまで

墨色の屋根が目を引く「すみまめカフェ」

「すみまめカフェ」は、株式会社クリエイト・ケアが運営する居宅介護支援事業所併設カフェです。

「もともと、クリエイト・ケアを始めたのは、『IT業界の人たちと介護業界の人たちを掛け合わせて何か面白いことができないかな』って考えて、クラウドファウンディングをやったりとか、『今ないものを作ろう』とかいろいろ活動をするうちに、『地方発信基地みたいなものを作りたい』と思うようになったのがきっかけです」

軽快に話すのは、特定非営利活動法人(NPO)クリエイト・ケア理事長の本木潤さん。

本木さんは社会保険労務士、ケアマネージャーなどの資格があり、株式会社クリエイト・ケアの顧問と介護事業所管理者も務めています。

「ここキラキラ橘商店街って、よくテレビの撮影に使われるほど有名な商店街なんですけど、だんだん寂れてきちゃったんですよね。それで、地域の町おこしみたいな感じで、新しい店を誘致するコンペを企画したんです。そのコンペに参加してみたら、こんな商店街のど真ん中に店舗を借りられました」

本木さんは笑います。

「普通の居宅介護支援事業所はあまりお金がかけられないし、基本的には訪問するのが仕事なので、『お客さんに来てもらおう』っていう感覚はないんですよね。でもここはあえてお金をかけて、分かりやすいところに居宅介護事業所を開きました。『気軽に寄ってもらう』っていうのがコンセプトなんです」

確かに、普通の居宅介護支援事業所は、マンションの2階だとか、路地裏などの分かりづらいところにあることが多いのです。

でも、「すみまめカフェ」は商店街のメインストリートに面しています。

広々とした店内

お店の前面がガラス張りになっているので中が覗けて、気軽に立ち寄りやすい雰囲気です。

「ここにはケアマネージャーとか、介護の資格を持った者がいます。だから利用者やその家族も来てくれますが、よく介護職の方が来て喋って行かれますね。介護職員のSNSとかコミュニティサイトとかできてますけど、あれってやりとりが文章だし、どうしてもライブ感はないですよね。でもここはふらっと来て喋れますし、自然と介護職員のコミュニティができています。ここが役に立ってるって実感しますね」

本木さんは嬉しそうに目を細めます。

店の奥に用意された相談席

認知症の方は新しい環境や相手に馴染むのが難しく、新しいケアマネージャーや新しいヘルパーに慣れるのに時間がかかります。

普通の事業所だとできませんが、「すみまめカフェ」は家族と一緒にランチやお茶ができるので、ふらっと立ち寄った際にケアマネージャーやヘルパーと面識を作ることができます。何回か通ううちに、認知症の方も慣れて来るので、スムーズにケア業務に取りかかれるのだそうです。

「すみまめカフェ」は「凝縮版墨田区」

「すみまめカフェ」には、墨田区の人気店や有名店のものが集まっています。

例えばコーヒーは、墨田区曳舟で有名なコーヒー店、「Cafe Sucre(シュクレ)」のものです。

パンは、東向島で評判のベーカリー「Tomtom」の、石釜で焼いたパンです。だから味や知名度はすでにお墨付き。

美味しそうな焼きたてパンが並びます

「特にコーヒーは、墨田区で有名な『Cafe Sucre』さんに、『すみまめカフェ』専用にオリジナルでブレンドと焙煎をしてもらってるんです。だから『Cafe Sucre』さんの『すみまめブレンド』が飲めるのは、ここだけなんですよ」

株式会社クリエイト・ケアの代表取締役を務める渡邉宗貴さんが誇らしげに話します。

クリエイト・ケアは、同じ名前の株式会社とNPOがあります。「すみまめカフェ」の運営は株式会社が行ない、NPO法人が介護支援事業を担当する、二人三脚の体制です。

渡邉さんは現在、「すみまめカフェ」でコーヒーを淹れたりパスタを作ったりしていますが、実は10年以上介護業界で働いていた経験があり、社会福祉士の資格を持っています。

本木さんとは、10年ほど前に、有料老人ホームのスタッフとして知り合いました。

左から渡邉宗貴さんと本木潤さん

「すみまめカフェ」は、店の名前もロゴマークも、墨田区で活躍するデザイナーに依頼して決めたもの。店内には、墨田区の工芸品やお土産品などが置いてあり、「すみまめカフェ」のコンセプトに賛同してくれるお店のものを仕入れているのだと言います。

店内に並ぶメイドイン墨田区の商品たち

「特に、この『ピエノ』っていうチーズケーキは、小麦粉と砂糖を使ってないんですよ。糖尿病の方のために、『Tomtom』さんが作ったケーキです。今の高齢者はお茶よりコーヒーが好きな方が多いですからね。高齢者で甘いものが好きだけど、糖尿病で食べられないという方に喜ばれています」

渡邉さんがメニューを開きながら言います。

モチモチの生平打ち麺が美味しい

そこで、オススメのランチとチーズケーキをいただきました。

ドリンク付きのパスタランチは税込700円。この日はトマトのパスタとミートソースのパスタから選べました。

パスタはモチモチの生平打ち麺。太めで弾力があります。添えられているデニッシュも、メイドイン墨田区です。カリッと香ばしく焼かれていて、バターの香りが鼻をくすぐります。

小麦粉と砂糖を使っていないチーズケーキとノンカフェインコーヒー

「Tomtom」さんのチーズケーキ「ピエノ」は、ふんわり柔らかなムースのような生地で、舌触りはなめらか。チーズが濃厚で、見た目以上に食べ応えがあります。

「すみまめブレンド」はすっきりとした後味で、深いコクがあります。

「ぜひ飲んでみて」とオススメされてノンカフェインコーヒーもいただきましたが、言われないとノンカフェインと分からないくらい、しっかりとした本格的なコーヒーの味わいでした。

ないないづくしの介護業界での挑戦

「すみまめカフェ」は、オープンして2年目になりました。

カフェの方は順調ですが、介護事業所の人手不足が問題だといいます。

「ビジネス的なことをいうと、介護って儲かる仕事ではないし、クリエイティブな仕事かっていうと、難しいです。でも僕たちは、他のことで稼ぎを出して、新しいことにどんどんチャレンジして行けばいいと考えています。ここにはノウハウはないけど、好きなことができる土壌はあります」

本木さんがきっぱりと言い放ちます。その視線の先には、窓際に設けられた棚に並べられた透明で平らなボトルがありました。

その名も「モバイルウォーター」。株式会社クリエイト・ケアが手がけたペットボトル入りの水です。

平らな形状でかさばらず、ジーンズのポケットにも入ります。また、丈夫に作ってあるので、何度でも再利用できます。中身は富士山のミネラル天然水100%。非加熱処理なので、水の美味しさがそのまま活きています。これが、伊勢志摩サミットの協賛商品に選ばれたのだそうです。

「フランス大使館を通じて、フランスに輸出したり、空港に置いたりといった活用方法を考えています。ほとんどは外国人のお土産向けですね。機内に持ち込めるサイズにしてあります」

現在ボトルには、フランスのデザイナーが描いた浮世絵がデザインされていますが、高齢者や障害者など、ハンディキャップを持った方が描く絵をボトルにデザインしていきたいと考えているそうです。

5年間保存ができ、宇宙食にも採用されている点に目をつけ、「防災ようかん」なるものも作りました。

「羊羹(ようかん)は1回に1万個作らないといけなくて、ロットが大き過ぎるという問題があるんですが、要望はあります。100個とかだと難しいんですが、小学校や老人ホームなど、何千個という単位で注文があるときは対応しています。何ができるかいつも探っていますね」

カフェに水に羊羹。発想が面白いです。

「介護から少しずれた視点やアイディアや発想があるから、採算が合わせられたり、損しない仕組みができるんです」

過去に、医療・介護業界にいたからこその、気づきがあります。

「介護ってどうしても辛そうなイメージがありますよね。それが人手不足の一因でもあると思うんです。だからここ『すみまめカフェ』は、子どもたちの介護職に対するイメージを変える、教育の場でもあると考えています。『介護ってそんなに悪くないんだぜ』って見せられる場所なんですよ」

ヘルパーが実際に訪問して、仕事をしている姿を録画するサービスも継続しています。

「車のドライブレコーダーがこれだけ普及したのも、事故の時の証拠になるからですよね。介護にも応用できないかと考えたんです。うちは、録画することを納得している職員が介護に入りますし、希望される家族には、カメラを設置することの同意書をいただいて、提出にも応じています」

渡邉さんが言います。このサービスは、新聞に取り上げられたこともあるそうです。自分たちの仕事や仲間に、信頼や自信が持てないとできない取り組みだと思います。

墨田区を安心して徘徊できる街に

私が訪問した日は、カフェ内でソルトアートのワークショップが開かれていました。

「イベントは週一くらいのペースで開いています。うちのスタッフがやったり、『ぜひここでやらせてください』って申し出があったり。地域のイベントスペースとして積極的に開催しています。場所代はとっていません。地域のコミュニティカフェとして、常に何かをやっているようにしたいと思っています」

イベントなどを案内するスタッフ手描きの黒板

カメラやネイル、エステや工芸など、手に職を持っているママさんが最初はお客として来店し、仲間を集めてワークショップを開いたり、一般の人に参加を募って講座を開いたりすることが多いといいます。

「私たちが取り組もうとしているのは、この商店街の全75店舗の事業主さんに、認知症というものを少しでも理解してもらうことと、地域で見守っていく体制づくりです。私たちは介護保険事業所でありながらカフェでもあるので、他の個店のみなさんに協力いただいたりできるんですよね。今、商店街の事業主さんたちに、店を閉めた後でも参加してもらえるように、夜に1時間程度ですが、認知症サポーター養成講座を開いています。一人でも多くの方に認知症に対する理解を深めてもらって、雑な言い方かもしれませんが、ここ墨田区の京島エリアで、『認知症の方が安心して徘徊できる』街を作っていきたいんです」

渡邉さんが窓の外に視線を移します。

「『認知症の方が安心して徘徊できる』街づくりを進めるにあたって、『どこどこのおばあちゃん、あっちに行ったわよ〜』っていう声の掛け合いがあればそれに越したことはないですよね。でも、常に目を光らせているのは無理です。だから、見守りツールとしてGPSとか、最新の技術を活用することも必要だと思っています。だけど問題は、携帯電話やスマートホンだと結構な金額がかかるだけでなく、認知症の人は『充電の仕方が分からない』と言って、電池切れで使えない場合が多いんです」

本木さんも後を受けます。

「商店街が一体となって高齢者を見守るシステムが、ここが中心となってできないかと考えているところなんです。京島エリアから実験的に進めていきたいと思っています」

認知症や介護の話を、2人はとても明るく、前向きにするのが印象的です。

「いずれは富裕層向けと一般向けに、訪問介護サービスの2極化を進めていこうと考えています」

例えば、有料老人ホームでは、高級なところと価格を重視したところへの2極化が進んでいます。

「今は他に選択肢がないから仕方がないですが、高級な老人ホームに入るのって、結構無駄なお金の使い方だと思うんです。僕は自宅でも充分な介護はできると思っています」

本木さんはきっぱりと言い切ります。

最近は病院での看取りが減り、自宅や施設での看取りが増えていると言います。高級志向の訪問介護。面白い考え方だと思います。

2人の目標は墨田区への恩返し

「3年後に2店舗目。5年後にもう1店舗を計画しています。人対人の商売だから、まずは定着してくれないといけません。当面は人手不足が問題ですね。普通の介護じゃつまらないと感じている人、私たちの会社の仕組みに面白さを感じてくれる人が来てくれるなら大歓迎です。人が集まれば、自然とお客さんも増えますし、会社も大きくなります」

力強い口調で渡邉さんが言います。

「居宅介護支援事業所は、土日祝日が休みのところが多いんですが、それでは本当に必要としている人にまで手が届かない。でもここは年中無休です。『土日祝日もやってるから』と言って、他の事業所から移って来た方もいます。墨田区全体をカバーしようとすると、最低でもあと2店舗は欲しいんです」

5年後の2021年には、墨田区の介護を必要としている人全てに、支援の手を行き渡らせることを目標としています。

「もし他の区がこのスタイルを真似したいとするなら、どんどんしてくれたらいいと思っています。大手さんやお金のある会社が、こういうスタイルの事業所を各地にどんどん増やしてくれれば、困っている人がもっと相談しやすくて、利用しやすい環境になって行くと思います」

渡邉さんは続けます。

「まずは墨田区に恩返しをしたいですね。もっともっと地域に密着して、地域コミュニティをどうするか、見守り環境づくりをどう進めていくかを考えていきたい。事業所ができたら終わりじゃないですからね。じっくりと周りの理解を得ながら進めていくことが大切なんです」

本木さんが後を受けます。

「僕たちは、やりたいことがあれば明日にでもできます。やろうと思って明日やって、失敗だと思ったら明後日からやめればいい。そんなことができるのは、僕らの強みなのかなって思います」

2人の信頼があってこそ、夢が形になっていく。

次はどんなことが始まるのでしょう。次のアイデアが楽しみです。

「すみまめカフェ」

  • ホームページ/すみまめカフェfacebook:https://www.facebook.com/sumimame/
  • 株式会社クリエイト・ケア:http://www.w-createcare.com/
  • 住所/東京都墨田区京島3-39-8(キラキラ橘商店街)
  • TEL/03-6657-5532
  • 営業時間/10:00~18:00
  • 定休日/無休 ※お盆・正月を除く
  • アクセス/東武スカイツリーライン曳舟駅から徒歩12分・京成押上線曳舟駅から徒歩8分


旦木瑞穂(たんぎ みずほ)
1975年愛知県出身。
産経デジタル「New Roses Web」にてグルメ・イベントレポートや、鎌倉新書「月刊 仏事」で葬儀や介護に関する記事などを連載。
各種パンフレット、ガイドブックなどの企画編集のほか、グラフィックデザイン、イラスト制作も行なう。

Twitter:@mimizupon

[旦木瑞穂]