第36回:0.1%で起きる問題――プロバイダーの死後対応の現状
インターネットに接続するには回線契約とプロバイダー契約が欠かせません。契約者が亡くなったとき、プロバイダーはどんな措置をとっているのでしょうか。国内の主要なプロバイダーを横断取材して現在地を探りました。
契約者の死後はインターネット環境も放置できない
一人暮らしの人が亡くなったら、住まいで使っていた電気やガス、水道などのライフラインの契約を誰かが解除することになります。家族と暮らしている場合も、契約者が亡くなったら(原則として)名義変更が必要になるでしょう。インターネット回線も同様です。
インターネットの利用は回線契約と、その回線を使って様々なサービスを提供するプロバイダー(インターネットサービスプロバイダー、ISP)との契約で成り立っています。
契約者が亡くなった場合、2つの契約を個別に処理したり、ワンストップでまとめてやりとりしたりすることになります。いずれにしろ、最初の相談はプロバイダーの相談窓口ということが多いように思われます。
インターネットが市井に普及しておよそ30年。一世代分の時代を経たいま、プロバイダーの死後対応の状況はどうなっているのでしょうか。対応頻度はどれくらいで、窓口でにはどんな相談が届いていて、最近はどんな傾向がみとめられるのか――。
インターネットサービスには固定回線向きと移動回線向きがありますが、どちらも含めて国内の主要プロバイダー42社にメール取材をお願いしました。結果として、24社から回答を得ました(うち、実名回答は11社)。
遺族からの申請は千契約に1~2件の割合
契約者の死亡に伴なう遺族からの相談については、全契約の割合からみて「ここ数年で横ばい」、もしくは「微増」とのことです。急増や減少傾向を伝える回答はなく、全体として安定しているとみていいでしょう。
遺族からの申請に対応する件数はプロバイダーの規模によって異なりますが、個人向けのサービスにおいては概ね1,000契約あたり1~2件程度ということが多いようです。
たとえば、300万件超の契約を抱える「ぷらら光」は、遺族からの申請が月間200~300件程度あります。年間では2,400~3,600件となるので、およそ千人に1人です。申請業務としてみても、けしてレアケースではない規模感といえるでしょう。
厚生労働省の人口動態統計によると、2017年の死亡率(人口千人あたりの年間死亡者数)は10.8となるので、誰かが亡くなったとき1~2割の確率で遺族がプロバイダーに処理をお願いしている計算になります。
ただ、とくに死亡を告げずに解約するパターンも一定数あると予想されるので、この割合は高まるかもしれません。実際、遺族からの相談も含めると対応件数が1.5~2倍になるとの回答もありました。
一方、本人や家族がいわば終活のようなかたちで契約を見直すケースが増加傾向にあることにも注目したいです。
「高齢のため名義変更をしたい(子供の名義にしたい)、といったお問合せが増えています」(DTI)、「認知症などで意思決定が困難になり、ご家族様から契約の確認、手続きの問い合わせをいただくケースが増えつつあります」(SYNAPSE)などの回答を複数のプロバイダーから得ました。
契約者の死後に遺族が行動を起こすパターンが横ばいから微増で推移する傍らで、生前に備えておくケースが着実に増えているとみえます。すると、今後生前整理などの習慣が進めば、死後対応件数が減る道筋もありそうです。
UQ mobileも2019年3月から承継可能に
契約者や家族からの声により、死後に選べる選択肢は少しずつ広がっています。
契約者が亡くなったとき、すべてのプロバイダーは遺族による契約解除を受け付けています。加えて、契約を相続人等に引き継ぐ「承継」が選べるサービスが多勢になっています。
このあたりはスマホの契約とよく似た傾向といえるでしょう。詳しくは、この連載の「故人のスマホの解約に必要な書類とお金」をご参照ください。
インターネットが普及した2000年前後は引き継ぎを認めない一身専属タイプの規約のほうが主流でしたが、次第に承継に対応するプロバイダーが増えていきました。
直近ではUQ mobileが2019年3月に約款を改定して承継可能になっています。その理由を、UQコミュニケーションズは「電話番号承継のご要望が多くなってきたため」と明言します。
また、SYNAPSEは2019年6月から、契約者だけでなく家族でもインターネットの契約商況を照会できる「シナプス契約ご家族登録」の提供を予定しています。
契約者が亡くなったとき、諸々の申請には公的な死亡証明や続柄証明書類に加え、プロバイダー契約時に発行された契約書が必要になります。この契約書が見つけられずに困ってしまうというパターンは、多くのプロバイダーでしばしば起きています。
ふだんから家族と重要な情報が共有できるようになれば、万が一のときもそうしたトラブルが回避できるようになるかもしれません。
この連載の「あなたの電子書籍は、遺族に相続できるのか」で、電子書籍販売において相続対応を唯一明言しているサービスとして取り上げた「eBookJapan」(イーブックイニシアティブジャパン)は、2018年10月に「Yahoo!ブックストア」と統合した新サイト「ebookjapan」にリニューアルしました。
新サイトはヤフーグループの利用規約に従う方針のため、相続対応はなされません。
その理由について、同社はHON.jpのインタビューでこう答えています。
実際のところ「相続したい」といった問い合わせを受けたことは一度もないんですよ。創業からの志や良しと高く評価いただいているのは、よく理解しているのですが。
どれだけユーザーのことを考えてサポート体制を整えても、使われなければいつか消えてしまいます。逆に、多くの要望の声はサービスの利用規約を変え、ひいては業界の主流をも動かすこともあるわけです。
プロバイダー契約はデジタル資産(遺品)分野において、とりわけ家族からの声が届きやすい資産といえます。その契約のトレンドを読み解くとことで、デジタル資産全体の明日が描けるかもしれません。
関連するサイト(実名回答のプロバイダー、順不同)
古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。著書に『故人サイト』(社会評論社)、『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)など。2019年3月に、コラム集『死とインターネット』をKindleで発行した。