古田雄介のネットと人生
第10回:あなたの電子書籍は、遺族に相続できるのか

[2017/3/31 00:00]

紙の本と電子書籍。中身はまったく同じでも、購入者が亡くなった後の取り扱いには違いが生じるようです。複数の電子書籍ストアのスタンスを調べました。

電子書籍は出版全体の10分の1の規模に成長

長らく出版不況が叫ばれるなかで、近年売り上げを伸ばしているのが電子書籍です。かつて3兆円を優に超えていた出版業界全体の市場規模は20年ほど漸減が続き、ここ最近は2兆円を割り込んでいるといわれています。

そのなかで電子書籍と電子雑誌をあわせた電子出版市場は2011年からの5年間で700億円弱から1800億円超に急成長を遂げ、2020年には3500億円近くにもなるとの予測もされています(出典:インプレス総合研究所リリース)。

これからの時代、電子書籍の存在感が高まっていくのは確実な情勢です。

実際、マンガを中心に書籍のデジタル化は当たり前のことになってきていますし、電子コンテンツの扱いやすさも高まっています。普段使っているスマートフォンやタブレット、パソコン、あるいは電子書籍の専用リーダーがあれば、購入した何百冊もの本を手軽に持ち出してどこでも読めますし、読みたい本や読みたい箇所を素早く検索できます。きめの細かい画面で見れば、表現力も紙に見劣りしません。

コンテンツとしては紙と比べて遜色なく、デジタルならではの強みも発揮してくれる。そんな電子書籍ですが、権利関係に関しては紙と異なる部分があります。それがとくに顕在化しやすいのが購入者の死後です。

書棚にある紙の本は購入者に所有権があるので、亡くなった後は家族や友人に形見分けしたり、図書館に寄贈したりできます。しかし、電子書籍は「閲覧する権利」を購入するという意味合いが強く、大抵のストアでは購入したコンテンツの第三者への譲渡を禁止しています。購入者が亡くなった後の自由度は、どうしても限定的になってしまうところがあるのです。

紙と電子の書籍を両方取り扱うブックストア「honto」のスタンスが象徴的です。「(電子書籍は)第三者への譲渡、貸与等の禁止ですので、引継ぎ不可です。購入された紙の本は引き継がれても問題なしです」

とはいえ、すべての電子書籍は購入者の死後に誰も読む権利がなくなってしまうのかといったら、必ずしもそうではありません。そこは電子書籍ストアの考え方に依ります。

現状では相続できないサービスが多勢

国内で利用できる主要な電子書籍ストアの利用規約を調べたところ、ほとんどの店舗では相続人への承継(死後の引き継ぎ)を認める文言はありませんでした。というよりも、購入者(会員)の死後を想定した規約を明言していないところのほうが多い印象です。

そのうえで個別にスタンスを取材しましたが、やはり相続対象としないとの回答が多勢でした。購入した電子書籍は会員のアカウントに紐づけられており、アカウントが相続できない(相続を想定していない)から買ったものも引き継げないというスタンスです。実際のところ、ストアのアカウントは厳密な個人情報の提供を求められないことが多く、会員が亡くなったとしてもその死の証明や相続人との続柄の証明などが困難だという背景もあるでしょう。

電子書籍ストア「BookLive」の利用規約。「第5条(退会)」に亡くなった会員の購入コンテンツは相続の対象外になると明言している。会員の死後について明記している貴重な例。

そのなかで、利用規約内で相続可能と明言している数少ないストアが「eBookJapan」です。遺族からの問い合わせを受けたら、誓約書に同意後に免許証などの身分証明書類を提示してもらうなど、相続のためのフローも用意しているとのことです。相続(承継)できるのは電子書籍単位ではなく、アカウントそのものです。

同社広報はこう語ります。「一般的に紙の本が物理的に相続が可能な反面、電子書籍が不可能であるのは、『紙でできることは、電子でもできてほしい』というユーザーの常識に反すると考えております。eBookJapanは、ユーザーの常識に応えていきたいというスタンスのもと、相続のご案内を行っております」

「eBookJapan」の利用規約。「第10条(禁止事項)」の8項目に「他の会員の会員情報や本アカウントを利用して本サイトにアクセスする行為。但し、会員の死亡によりその地位を相続した場合における当該相続人(単独で会員の地位を相続した者に限る)のする行為を除きます。」とある。

そのほか、電子書籍「kindle」を展開している「Amazon Japan」は、利用者の生死に関わらず第三者への譲渡や貸し出しを禁止するスタンスですが、アカウントを家族で共有することは認めているため、会員登録した本人が亡くなっても、その家族が使い続けるのは問題ないとの見解を示しています。

相続実績はまだ皆無といえる

では現在、電子書籍ストアには相続の相談がどれくらい寄せられているのでしょうか。

実のところ、いまはまだ皆無といえる状況のようです。相続可能を明言している「eBookJapan」でも、会員の没後に家族からアカウントの停止の相談を受けることは「3カ月に1回程度」あっても、相続に関してはまだゼロといいます。

電子書籍は急成長中で歴史が浅いため、相続を考えなければならない購入者のケースがまだ少ないとも考えられます。相続に関する業界のスタンダードがないのも、死後の取り扱いにつて考える喫緊の必要性がないというのが大きな理由かもしれません。

それゆえに、これから変わっていく余地は大きいです。たとえば、電子書籍ストア「BOOK☆WALKER」は、「これまでにはとくにお問い合わせはございませんでしたが、世の中の状況等を鑑み、しかるべきときにスムーズに対応できるよう、体制の整備に取り組んでまいります」(同社広報)とコメントし、まだ相続の方法が確立されていないながらも、今後は前向きに検討していくといいます。

かつて、プロバイダー(インターネット接続サービス)の多くは、一身専属性という承継不可能なスタンスのところが多かったですが、現在は承継できるほうが多勢になっています。その背景には、亡くなった契約者の家族からの問い合わせや、「引き継げないと困る」といった要望があったようです。そうした変化は電子書籍にも十分起こりうるでしょう。いずれにしろ、おそらく主流を動かしていくのは、購入者本人でもストアでもなく、遺族の声だと思います。

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古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。書き手が亡くなった100件以上のサイトを追った書籍『故人サイト』(社会評論社)を2015年12月に刊行。2016年9月以降、デジタル遺品研究会ルクシー(http://www.lxxe.jp/)の理事を務めている。

[古田雄介]