第62回:「インターネットは半永久的に残る」神話の崩壊

[2021/6/24 00:00]

「インターネット上にあるものは半永久的に残ります」と昔からしばしば言われます。

一方で、Appleが先だって発表した「デジタル遺産プログラム」のように、ここ最近はインターネット上のあるものの終わりを意識した機能が増えています。

Appleが「デジタル遺産プログラム」を今秋提供予定

Appleは2021年6月に開催した開発者向けの主宰イベント「Worldwide Developers Conference(WWDC) 2021」において、「デジタル遺産プログラム(Digital Legacy Program)」という新サービスの計画を発表しました。

WWDC2021 基調講演で「デジタル遺産プログラム」が紹介された

これは利用者が亡くなったとき、同社のクラウドサービス「iCloud」を通して、あらかじめ指定していた相手に指定したコンテンツのデータを託せるというもの。

コンテンツはiCloud上にある写真やメッセージ、カレンダー、バックアップデータ、購入したアプリなどが対象で、相手ごとに個別に決められます。

たとえば、私が「自分が死んだら、写真は家族Aに、進行中の仕事のデータは仕事仲間Bに渡したい」と考えているとしたら、Aの連絡先には写真アプリを紐付け、Bの連絡先にはバックアップデータを紐付けて登録しておきます。

すると私の死後、AとBはそれぞれに付与されたアクセスキーを元に専用ページで所定の手続きを行うことで指定したデータにアクセスできるようになります。

プレゼンで明かされたデジタル遺産プログラムのイメージ

託す相手は親族や相続人である必要はなく、Apple IDを持たない人も対象となります。

ただし、発動させるには「死亡証明書やその国に必要な書類等が用意できるということが条件」(同社広報)になる仕組みのため、現実的にはある程度の制約がかかりそうです。

デジタル遺産プログラムは、2021年秋のソフトウェアアップデートで提供される見込みです。

まだ現時点では明らかになっていない部分も多々ありますが、Appleのサービスに紐付いたデジタル資産の行く末に備えられる画期的なプログラムであることは間違いなさそうです。

GoogleとFacebookも“終活ツール"を提供している

デジタル遺産プログラムは、自らの死に備えるための生前整理ツール、あるいは終活ツールといえそうです。実はライバル社も同じような役割が果たせる機能を提供しています。

草分けはGoogleです。この連載の第1回でも取り上げたとおり、同社は「Googleアカウント無効化管理ツール」という機能を2013年にリリースしました。

Googleアカウント無効化管理ツールのパソコン画面

これはGoogleアカウントにログインしない期間が一定値(3~18カ月)を過ぎたら、あらかじめ指定した処理を発動させるというものです。

アカウントをただ抹消する道筋も選べますし、「Gmailは●●に共有したい」「YouTubeとGoogle Phoneは●●にメッセージを添えて渡したい」など、託す相手や託すコンテンツを個別に指定できます。

Appleのデジタル遺産プログラムは託された相手のアクションで発動するのに対し、Googleアカウント無効化管理ツールは時限装置的に発動するという違いがあります。しかし、機能の大枠はよく似ています。

また、Facebookも生前整理ツールを提供しています。

Facebookでは故人のページを保護保存する「追悼アカウント」機能が2009年から使えますが、2015年には利用者自らが死後に「追悼アカウント管理人」を指定したり、アカウントの完全抹消の希望を残したりできるようになりました(詳しくは、この連載の第37回を参照)。

本人が何も希望を出さないまま追悼アカウントとなったページには誰もログインできなくなるので、コメントが書き込まれる以外は静止保存される状態となります。

追悼アカウント管理人がいれば、新たに葬儀や納骨、一周忌などの投稿を追加したり、友達申請を受け付けたりできます(ダイレクトメッセージの閲覧や過去の投稿の削除はできません)。

一方で、アカウントの完全抹消を希望しておけば、死後に残された人たちが追悼アカウント化の申請を出しても自身の希望が優先され、運営により抹消してもらえます。

追悼アカウント管理人やアカウント抹消希望を設定するパソコン版ページ。「設定とセキュリティ」-「設定」-「追悼アカウント管理人」と進む

放置されなくなり、神話は消えていく

生前整理ツールと並行して、本人が何もしなくてもアカウントを片付けてくれるサービスも増えています。

動画配信大手のNetFlixは休眠アカウントに対して自動退会となる仕組みを2020年5月に導入しました。

入会後1年、あるいは直近で2年以上利用していない利用者に対して、退会や利用を尋ねるメールを送り、反応がなければ課金と利用権を停止。その後10カ月間アクションがなければ、それまでの視聴履歴やプロフィールも抹消する流れとなります。

前述のGoogleも、2年以上使われていない休眠アカウントや、15GBの無料領域を超過したまま2年以上使っているアカウントのデータを随時削除していく計画を2020年11月に発表し、2021年6月1日に有効化しました。

また、国内企業ではYahoo! JAPANが2020年2月から「長期間ご利用がないYahoo! JAPAN IDの利用停止措置」を実施しています。

2021年6月現在は3年以上利用していないIDが対象で、利用停止措置されるとログインできなくなります(ID自体は抹消されません)。

Yahoo! JAPANの利用停止措置に関するお知らせ

放置されたアカウントは不正アクセスの温床になり、ユーザー領域は資源の無駄につながります。

それでも、これまでは休眠アカウントにかけるコストが見合わない等の事情もあって、手を付けないでいるスタンスが一般的でした。それがアカウントを放置してもそのまま残り続けるという事例を生み、「インターネット上のものは半永久に残る」という神話を育んだところがあります。

ところがここ数年で空気が変わりました。近年はIT企業の個人情報管理にかかる責任の増大や、資源を有効活用する取り組みなどもあり、休眠アカウントを適切に処理することに本腰を入れる企業が増えてきているのです。

変化に伴い、騒動も起きています。

Twitterは2019年11月末に休眠アカウントを同年12月から抹消していくと発表し、世界中から猛反発を受けて撤回しました。猶予期間があまりに短かく、抹消対象に故人のアカウントも含めていたためです。

後に同社は、2021年中には追悼アカウントのような仕組みを導入し、そのうえで休眠アカウントへの取り組みを考えると発表しました。

休眠アカウントや放置されたサイトへの対応は、これからのインターネット界隈において、見過ごすことのできない課題といえるでしょう。

しかし、十把一絡げで処理してしまうと、故人が残した公開ページや事情があって長期的に休眠しているアカウントの保護が追いつかないという難しさも抱えています。

このあたりの解決策は今回採り上げたような先行サービスが良いロールモデルとなりそうです。

そうして、インターネット上のサービスが隅々まで整備されたら、何年も誰も管理せずに放置されているサイトやアカウントはほとんど存在しなくなっている可能性もあります。

そのときは「インターネット上にあるものは、使わないでいると数年で消えてなくなります」という説明がよく使われるようになっているかもしれません。

[古田雄介]