旦木瑞穂の終活百景 第八景『お葬式はふるさとで。石川県小松市によるUターン葬儀の提案』

[2016/8/17 00:00]

「多死社会」という言葉をご存知でしょうか。

日本は、2025年に団塊の世代が後期高齢者入りし、2040年には死亡者数がピークを迎えると言われています。

現在はまだそこまではいかないまでも、都心部の火葬場では、死者が多い時には火葬待ちが発生する場合も少なくなく、それに備えるために、冷蔵設備を備えた遺体安置施設が年々増えています。

しかし、待ちが発生するほどの混雑は都心部だけで、郊外や地方の火葬場にはまだ余裕があるようです。

石川県小松市にある斎場「小松加賀斎場 さざなみ」も、比較的まだ余裕のある火葬場の一つ。

ここでは、来たるべき「多死社会」に備え、現在の都心部の火葬待ちの解消や、比較的余裕のある状況を活かすために、「お葬式はふるさとで」という、自治体としては珍しい取り組みを行なっています。

今回は、石川県小松市、加賀市の取り組み「お葬式はふるさとで」について、「小松加賀斎場 さざなみ」を運営する小松加賀環境衛生事務組合の、小松加賀斎場所長 吉田唯幾(よした ただちか)さん、事務局長 角谷政幸(かどや まさゆき)さんにお話を伺ってきました。

「お葬式はふるさとで」の発案者

小松加賀斎場「さざなみ」。海の近くにあるので潮風が感じられる

「小松加賀斎場さざなみ」は、2011年6月に開設されました。小松市と加賀市の斎場が築30年を超え老朽化してきたため、両市で設立した事務組合が新たに建設し、運営を行なっています。

火葬炉の数は8基ありますが、昨年の1日当たりの平均火葬件数は6件。最大件数は13件で、火葬が全くない0件の日が1日だけありました。1日3回転できるため、1日当たり最大24件まで対応できることになりますが、開設してからの5年間で、1日17件が最高なのだそうです。

「小松加賀斎場さざなみ」の稼働率は、25%いかない程度です。

一方、東京都内や神奈川県の都心部の火葬場の稼働率は、軒並み50%を超えています。

特に、炉の修理などのため、使用できる炉が少ない状況になると、85%以上の稼働率になる火葬場もあります。

タイミングによっては約1週間~10日もの火葬待ちが発生することもある都心の現状と比較すると、「小松加賀斎場さざなみ」が、いかに余裕があるかということが分かります。

「『お葬式はふるさとで』の発案者は、小松加賀環境衛生事務組合の管理者である、和田愼司小松市長です。和田市長が東京に住む親戚の葬儀に参列した際に、5~6日待たないと火葬ができないという状況に遭遇しました。和田市長はその経験から、『せめて小松市にゆかりのある方にだけでも、ふるさとに帰ってきて葬儀をしませんか。という案内を出してはどうだろうか』と考えたようです」

小松加賀斎場の吉田所長は言います。

吉田唯幾 所長

「東京には『東京 石川県人会』という、東京で活躍する石川県出身者で作った600人くらいの会員制の組織があるんですが、去年の8月に、『お葬式はふるさとで』の案内のチラシを600部配布しました。その後、関西の石川県人会に200部、今年の6月には、中部地方の石川県人会にも200部配布しました」

角谷事務局長が後を続けます。

「お葬式はふるさとで」は、2015年7月からスタートした取り組みです。これまで、県人会経由で興味を持った方から「詳しく知りたい」と直接問い合わせがあり、雑誌やインターネット、テレビでも取り上げられるなど、反響としてはまずまずのようです。

「お葬式はふるさとで」実際の利用例

スタートから約1年経った現在、「お葬式はふるさとで」の利用例はまだ1件です。しかも、ちょっと特殊な例でした。

2016年の2月。神奈川県で暮らしていた、小松市出身の50代の男性が亡くなり、小松市で暮らすその父親が、市内の葬儀社に葬儀を依頼。葬儀社は神奈川県まで寝台車を使って遺体を迎えに行き、小松市内で葬儀を行ない、「小松加賀斎場さざなみ」で火葬し、小松市内にある墓地に埋葬されました。

「『小松加賀斎場さざなみ』は小松空港から近いので、『お葬式はふるさとで』の遺体の輸送手段として想定していたのは、羽田空港から小松空港までの空送でした。しかし、地元の市民には案内をしていなかったため、亡くなった方のお父さんが『お葬式はふるさとで』のことを知らず、陸送となったようです」と吉田所長は言います。

小松空港から「小松加賀斎場さざなみ」までは、車で10分かからない程度の距離です。

地元の葬儀社には、「お葬式はふるさとで」の案内はしてあったのでしょうか。

「小松市、加賀市の葬儀会社には、会合を開いて協力を仰ぎました。私どもの想定としては、日本全国の葬儀会社のグループである、全日本葬祭業協同組合連合会などが、全国の葬儀社に情報を共有してくれると考えていました。もしくは今回の場合だと、小松市の葬儀会社と神奈川県の葬儀会社とが連絡を取り合い、神奈川県の葬儀会社が男性の自宅に遺体を迎えに行き、羽田空港から送って、小松市の葬儀会社が小松空港で受け取る流れを考えていました。その方が合理的だと思うのですが、実際は依頼を受けた地元の葬儀社が、一社で全部対応してしまいました」

と、吉田所長が答えてくれました。

石川県人会で配布されたというチラシには、「お葬式はふるさとで」に協力している葬儀会社の連絡先一覧や、依頼から埋葬までの流れが記載されていました。利用者の方が陸送を選択したのなら良いのですが、地元の葬儀会社が客の囲い込みをしたいために、一社で全て対応してしまったのだとしたら、改善の余地がありそうです。

「空送の方が時間も短縮できますし、配送料金も安く済みます。陸送だと1km当たり500円になりますが、日本航空でも全日空でも、普通の荷物の1.5倍程度の料金で遺体を送ることは可能です。ただ、他の荷物と一緒にされたくない場合は、コンテナを1つ貸し切ることになるので、十数万円かかります。また、小松空港は、利用者が少ない時期は、飛行機の大きさが小さくなります。その時期に当たると、コンテナは使えず、荷物はばら積みになるので、棺のまま飛行機に積み込まれることになります」

遺体の空送料金が普通の荷物の1.5倍程度なら、火葬待ちで発生する安置施設利用料金より安く済むかもしれません。

「小松加賀斎場さざなみ」と小松加賀環境衛生事務組合

「お葬式はふるさとで」に取り組む小松加賀環境衛生事務組合は、小松市・加賀市のし尿や浄化槽の汚泥の処理施設と、「小松加賀斎場さざなみ」の運営・管理を行なっています。

「『小松加賀斎場さざなみ』の平成27年度の火葬実績は、小松市・加賀市の市民の火葬が95%を占めています。残りの5%の内訳は、石川県内の方が16件。石川県外の方が13件。国外の方が3件です。小松空港は台湾や韓国、中国への国際便もあり、石川県やその周辺は温泉や観光地が多いため、旅行者が旅の途中で亡くなられるケースが時々あります」

と、吉田所長が話してくれます。

火葬料金は、小松市・加賀市の市民以外の火葬の場合、5倍になります。小松市・加賀市の市民は7,000円。それ以外の方は35,000円です。施設の運営・管理は、火葬料と市に納める税金で賄っているため、エリア外の方には、市税に見合う分を算出して、火葬料として徴収しているのだそうです。

「まだ新設して5年ですし、機械も壊れていないのでいいですが、10年経つと炉が痛み出すので、機械のメンテナンス費用や炉の補修費がかかってきます」

1月1日と8月15日、毎月第1月曜日に設備の点検・整備のため、休場日を設けています。それ以外は、友引でも開設しています。

「『小松加賀斎場さざなみ』を新設する前に、友引がどれほど運営に影響するかを調査したところ、福井県から上がってきて、金沢あたりまでの石川県民の方は友引を気にしないことが分かりました。浄土真宗は仏事的に六曜を気にしない宗派なのですが、このエリアはまさに、ほとんどの方が浄土真宗なんです。ただ、内灘町や七尾市、輪島市の火葬場は、友引の日は休業しています。さらに富山県に入ると、友引は火葬場は開設していますが、葬儀自体は行なわない人が大半です。しかし新潟県まで行くとまた、友引きを気にしない方が多くなるんです。小松市・加賀市では、平均が100%だとしたら、友引の日は95%になる程度です」

角谷事務局長が興味深い話をしてくれました。

北陸地方は浄土宗と浄土真宗の方が多いと聞きますが、中でも浄土真宗では、元々は中国の六曜の一つである友引を一切気にしないのだそうです。

「最近では、近隣への配慮やダイオキシン防止のため、高性能なバグフィルターをつけることが義務付けられているので、どうしても定期的な補修点検が必要なんです。炉を冷ましてから、中に入って点検するのですが、1日置いてもかなりの高温なので、汗びっしょりになって点検しています」

吉田所長の言葉に感情がこもります。想像するだけで汗が出てきそうです。

「小松加賀斎場さざなみ」は、新設されて5年が経ちました。施設内を見学させてもらいましたが、掃除が行き届いていて清潔感があり、5年経っているとは思えないほどきれいです。その上、いたるところに絵画や陶磁器など、美術作品が飾られています。

人間国宝の作品はガラスケースに展示されている

「『小松加賀斎場さざなみ』の一番の特徴は、館内に102点の美術品があるというところです。中でも、人間国宝の作品が4点あり、全て寄付していただいたものです。利用者のみなさんから、よく『まるで美術館のようだ』と言われます。火葬がなくても、作品を見に来る人もいます」

人間国宝の作品の一つ「つげ香炉」

九谷焼の生産地である土地柄、「展示物は陶磁器が多い」と、角谷事務局長が話します。

「職員たちで『他にない施設にしたい』と考えて、話し合って方向性を決めました。作品は、最初は市の広報に募集の告知を出しましたが、17点しか集まらなかったので、小松市と加賀市の美術作家協会に話をしてみたところ、102点が集められました」

待合室にも掛軸や陶磁器が飾られている

作品にはQRコードが付いており、読み取ると、作品の詳しい情報が見られるようになっています。

「小松加賀斎場さざなみ」は1年に約4万2千人が利用する施設なので、玄関や廊下に飾られた作品は多くの方に目に触れますが、控え室などに飾られた作品は、利用する方しか見られません。見られるバランスを保つために、毎年配置換えを行なっています。

廊下にも絵画が並ぶ

「斎場らしくない斎場、火葬場らしくない火葬場にしたかったんです。今後は、古い作品を引き取ってもらって新しいものに交換したり、まだ声をかけていない作家団体に声をかけたりして、多くの方に訪れてもらえるように、展示の方にも力を入れていきたいと考えています」と吉田所長は言います。

「お葬式はふるさとで」の可能性

「お葬式はふるさとで」の実際の利用例は、まだ1例のみですが、今後はどのようにして、利用者を増やしていくのでしょうか。

「私どもの方から、宣伝することはできません。『受け皿は整備しましたので、どうぞご利用ください』という対応のみです。しかし、いつでも慌てずに対応できるように、準備はできています。取材や問い合わせがあれば、積極的に応じるようにしています」

吉田所長は、落ち着いた口調で話します。

「エリア外の利用者が増え過ぎると、地元の方に迷惑をかけてしまいます。あくまでもエリア内の方が優先で、時間帯にも制限を設けています」

3室ある告別室はさまざまな宗旨宗派に対応する

「小松加賀斎場さざなみ」で、エリア外の方が葬儀・火葬を行なう場合、2時半、2時45分、3時。の3つの枠で受け付けています。宿泊はできませんが、所謂「1日葬」「火葬式」「直葬」など、簡単な葬儀には対応できます。

広々とした炉前ホール

しかし引っかかることがあります。「お葬式はふるさとで」の2月にあった1例は、神奈川県で亡くなった方が息子で、小松市在住の方が父親だったから成り立ったのではないでしょうか。

大学や就職を機に都心部へ出た方が、結婚して家庭を持って、子どもや孫ができて、歳をとって亡くなったとしても、お葬式をするのは残された息子や娘たちです。わざわざ遠く離れた石川県で葬儀を行おうと思うでしょうか。

「亡くなられた方が遺言などを残せば、残された方はその通りにしてあげたいと思うのではないでしょうか。実際、こちらに菩提寺がある方は、この取り組みに興味を持たれる場合が多いです。『おじいちゃんの生まれ育ったところでお葬式をして、菩提寺にある先祖代々の墓に埋葬して、ついでに温泉に入って観光して帰ろう』といった利用もあるでしょう」

吉田所長は続けます。

「私どもが積極的に宣伝活動することはできませんが、まずは葬儀社の営業さんがこの取り組みに価値を見出し、どこにニーズがあるのかを探り、ユーザーがどこに情報を求めるのかを把握した上で、そこへ上手く訴求できれば、利用者は増えると思います」

多死社会を乗り越えるためのUターン葬儀

2025年に迎える多死社会。2040年に迎える死亡者数のピーク。都心部の高齢化はこれから加速度を増していきます。

供養の形は多様化してきましたが、火葬場不足はどうにもなりません。

人口減少が進む郊外や地方では、斎場や火葬場の利用者も先細りとなっていきます。その一方で都心部では、斎場や火葬場の空きがない現状に対応するため、遺体安置施設が増えてきています。

しかし、安置する期間が長くなれば、費用がかさみます。高額な費用をかけて、火葬場が空くまで遺体安置施設を利用するなら、希望の日時に葬儀・火葬が行える「お葬式はふるさとで」という提案は、現実的な選択肢となり得るのではないでしょうか。

今から約10年後、多死社会を迎えたその頃は、故郷や住所に縛られず、故人やその家族が好きな土地で、葬儀や火葬が簡単にできるようなサービスが広まっているかもしれません。

小松加賀環境衛生事務組合

「小松加賀斎場 さざなみ」


旦木瑞穂(たんぎ みずほ)
1975年愛知県出身。
産経デジタル「New Roses Web」にてグルメ・イベントレポートや、鎌倉新書「月刊 仏事」で葬儀や介護に関する記事などを連載。
各種パンフレット、ガイドブックなどの企画編集のほか、グラフィックデザイン、イラスト制作も行なう。

Twitter:@mimizupon

[旦木瑞穂]