旦木瑞穂の終活百景 第九景『「お坊さん便」に賛同する住職と運営会社の素顔に迫る』

[2016/9/6 00:00]

みなさんは今、お寺さんやお坊さんとの付き合いはありますか?

お坊さんに、いくらお布施を包んだらいいか分かりますか?

「お坊さん便」は、そんな曖昧な法事・法要に対するお布施の料金を明確化し、全国一律、定額・追加料金なしで僧侶を手配する、株式会社みんれびが運営している僧侶手配サービスです。

みんれびはこのサービスを2015年の12月にAmazonマーケットプレイスに出品し、話題となりました。

今回は、実際に「お坊さん便」に賛同し、提携している僧侶、曹洞宗 万吉山 見性院(まんきちざん けんしょういん)の橋本英樹(はしもとえいじゅ)住職と、みんれびの取締役副社長兼COO 秋田将志(あきたまさし)氏にお話を伺ってきました。

檀家制度を廃止した住職

橋本英樹 住職

橋本英樹氏が住職を務める見性院は、埼玉県熊谷市の郊外にある曹洞宗の寺院です。建物や植木はきれいに手入れされ、広大な敷地には墓園もあり、永代供養墓も整備されています。

ここまで広い敷地を管理しているのだから、「最近では珍しく檀家さんの多い、比較的余裕のある寺院なのかな」と思い、橋本住職に尋ねました。

「当院では、檀家制度を廃止しました。『みんなのお寺』を信条に、寄付・年会費・墓地管理費などは不要とし、さらに宗教・宗派・国籍を問わず、墓地を分譲しています」

橋本住職は、2012年の6月に、檀家制度の廃止に踏み切り、新しい信徒制度「随縁会」を発足させました。

「随縁会」は、見性院との関わり方の度合いによって、特別会員、普通会員、自由会員で構成されていますが、いずれも会費は無料です。

橋本住職は、かつての檀家さんたちに「自分の考えに賛同するかしないか」伺いを立てました。すると、400軒ほどいた檀家さんのほとんどはそのまま残り、信徒に移行したそうです。檀家さんからの会費収入がなくなり、一時的に収入は落ち込みましたが、間口を広げたことで一般の利用者が増え、現在の収入は2倍以上に。信徒数も800軒に倍増しました。

橋本住職は、雑誌やテレビに取り上げられることも少なくなく、著書も多数執筆されています。

2014年8月には、祥伝社から「お寺の収支報告書」を出版し、寺院の収支計算書や財産目録などを公開。今年8月には、「あなたの町からお寺が消える理由」が洋泉社から出版されています。

また、かねてから全日本仏教会を中心とした檀家制度に頼る日本の寺院のあり方に疑問を持ち、檀家制度の廃止以外にも、さまざまな改革を行ってきました。2010年10月には、優秀な僧侶の支援や救済、人材育成を目的とした、僧侶を紹介するボランティアの会「善友会」を設立。宗派を超えて、現在約40名の志のある僧侶が参加しています。

見性院 本堂

「お寺離れは自然な成り行きだと思います。何も不思議ではありません。伝統や格式ばかりを重視してきた全日本仏教会に、ツケが回ってきたのでしょう。私はいずれこうなると思って、10年以上前から手を打ってきました」

橋本住職は静かな口調で話します。

「まず私は籠城のようになっていた、寺の外堀と内堀を埋めました。外堀は教区や組合寺院。内堀は旧檀家さんたちとのしがらみです。そうして、僧侶が自由に街に出られるようにしました。でないと、入ってくる人に対して、内堀と外堀の人たちが抵抗するからです」

僧侶が自由に外に出ること。それがすなわち、僧侶派遣サービスです。橋本住職は、みんれびが「お坊さん便」を始める前から、檀家が減って困っている僧侶を集めて、僧侶派遣サービスを行っていました。

「僧侶派遣もそうですが、当院では葬儀・法要はもちろん、仏壇の販売、墓園の分譲、送骨サービスまで、さまざまな事業を行なっています。一般の方が悩まれるお布施の金額も、分かりやすく一覧にまとめ、ホームページに掲載しています。そのため、今や95%の方が、ホームページを見て来られた方です」

檀家制度を廃止しているので確かな数は出せませんが、墓園に納骨している人全員を信者とすれば、現在は全国に千人を超える信者がいるといいます。

境内に設置された永代供養墓

「お坊さん便」に登録した理由

橋本住職とみんれびの出会いは、今から4年ほど前のこと。見性院では葬儀社を介さず、葬儀をトータルで請け負っていました。その関係で、みんれびが運営している、葬儀社の見積もりの比較を行い、紹介するサイト「葬儀レビ」がきっかけで知り合いました。

その後は、お互いに情報交換をし合う付き合いが続き、「お坊さん便」がスタートする際も、橋本住職にも声が掛かったといいます。

「『お坊さん便』に賛同するかどうかは、一晩かけてじっくり考えました。私がみんれびさんに協力することで、どうしたってプラスの影響、マイナスの影響は出ます。でも一番大切なのは、困っている消費者や僧侶をつなぐことです。全日本仏教会から袋叩きに遭うことは分かっていましたが、自分が矢面に立ってでも、人のためになると信じる信念があるなら、貫くべきであると判断しました」

橋本住職は、「このままではいけない」と思い、自分を犠牲にしてでも一石を投じてみたかったと言います。

「僧侶だって、妻子もお弟子さんも従業員もいて、お寺の維持費も必要で、生活があります。お布施をいただくことは悪いことではありません。でも、特権階級意識は持ってはいけない。一般庶民の目線で街に出て、泥臭く仕事をしながら、もっと僧侶たちに世の中を知ってもらいたいと思ったんです。だから、『お坊さん便』を肯定して、率先して世に出ました」

昨年12月、全日本仏教会がamazonへの「お坊さん便」の出品を批判し、話題になりました。

「『お坊さん便』について、僧侶同士の意見交換はありますが、深い議論にはなりません。全日本仏教会の言い分も分かるし、お互いの立場があるので、見解が違って当たり前だと思っています」

橋本住職が僧侶になったのは15歳の仏教系高校入学時。お寺の子どもとして、「お寺はこういうもんだ」と思って育ってきたそうです。

しかし大学を卒業してから、寺院とは関係のない仕事をしたり、海外留学を経験したりして、何が正しいのか悩んだ時期もあったと言います。

「今は、僧侶もさまざまな経験をして、知識人でないと務まらない時代です。一度外に出て視野を広げて、いろいろ習得して来なければ生き残れません。時代は諸行無常で急速に動いています。今までのやり方ではもうダメです。葬式や法事の簡素化が進んでいる。永代供養、樹木葬を選ぶ人が増えている。なぜ今までのやり方ではダメなのか、中にいる人には分からないんです。自分が世の中に出れば、世の中の人が求めるものや考え方が分かってきます。人は、いいものを安く、また新しいものを欲しがるものです。伝統や格式ばかりを大切にしていたのでは、もう通用しません」

橋本住職は、「宗教改革をしなくてはならない」と力を込めます。

「2,000~3,000年もの間続いてきたものを変えることは大変です。でも私はある意味、アマゾンは仏教界にとっての『黒船』だと思います。外からの力によって、変われるいい機会だと思っています」

ご本尊と橋本住職

橋本住職は、超宗派のグループを形成したいと語ります。

「私が作ったビジネスモデルに賛同してくれた僧侶たちの寺院をフランチャイズ化して、ホールディングスを作りたいと考えています。檀家さんに頼らない寺院の運営を確立しているからこそ、改革ができるんです。私のビジネスモデルやノウハウを活かして、存亡が危うい寺院に注入していきます。今生き残っている寺院でも、将来は分かりません。そういう意味でも、フランチャイズ化やホールディングスの設立は必要なんです」

ホールディングスとは持ち株会社制を意味します。つまり、橋本住職の見性院が大株主となり、傘下にある寺院の経営や管理を行っていくシステムを構築するということになります。現在の宗教法人法では難しい目標ですが、橋本住職はそれを承知の上で、規制緩和や改革を目指しています。

「壮大な計画でしょう?」

橋本住職はいたずらっぽく笑いますが、話を伺っていて、橋本住職ならやり遂げられるのではないかと思いました。

「お坊さん便の会社」みんれび

株式会社みんれびは、代表取締役社長を務める芹沢雅治氏が、「ライフサイクルに特化したメディアを作りたい」と考え、その中で葬祭分野に注目し、2009年に起業しました。同年6月には「葬儀レビ」の運営を開始、2013年5月に「お坊さん便」の運営をスタートさせました。

その後も、定額のセット価格で火葬式や一日葬などの葬儀を提供するサービス「シンプルなお葬式」や、海洋散骨の「海洋散骨Umie」、格安の仏壇商品を提供するインターネット通販サイト「格安のお仏壇」、墓石を提供する「格安の墓石」など、葬儀や供養に特化したサービスを次々にリリースし続けています。

秋田将志 取締役副社長

「ユーザーメリットを上げるためにも、シナジーの高いところから順に広げて、一連の流れを作りたかったんです」

秋田将志 取締役副社長は言います。

「みんれびが提供するサービスの特徴の1つとして、『価格が明瞭』という点が挙げられますが、そのほかに、オペレーションとコミュニケーションの部分にも強くこだわっています。葬儀業界は、人が関わらないと成立しない業界です。また、葬儀には不安がつきもので、ネガティブな印象が否めません。だからこそ、『お客様の声を聞く』ということに徹底的にこだわって、丁寧に対応することを重視しています」

みんれびが運営するウェブサービスは、もちろんインターネットでの予約や申し込みが可能ですが、どのサービスも無料のお客様窓口で、電話で相談ができるように整備されています。

みんれびの社内

正直私は、インターネットを介して、日本の伝統や格式が根強く残る葬儀業界に乗り込み、「お坊さん便」をはじめ、簡素で合理的なサービスを提供するみんれびという会社は、「クールでドライな会社」というイメージを抱いていました。

「全然そんなことないですよ。インターネットを介してのつながりだからこそ、人のフォローが大切で、そこは疎かにしてはいけないと考えています」

そう、秋田副社長は言います。しかし、私のようなイメージを抱く人は少なくないのではないでしょうか。

「現在は、ほとんど9割の方が『お坊さん便の会社』というイメージを持たれていますが、確かに、ドライなイメージを持っている方はいると思います。例えば、お坊さんにもそういった方はいますが、実際に会ってお話しすると、『誤解してました』と言われることが多いです」

「お坊さん便」と提携している僧侶は現在500名弱。2015年のお問い合わせ件数は約10,000件。お問い合わせの多くが受注につながるそうですが、今年は12,000件を見込んでいるとのこと。

どんな僧侶が提携しているのでしょうか。

「今現在はそこまで困っていないけれど、これからのことを危惧して、檀家さん以外の新しいつながりを求めて、提携を希望する方が多いです」

みんれびでは僧侶に提携を勧める営業は行なっておらず、ほとんどが僧侶同士の口コミと言います。

ちなみに、アマゾンで「お坊さん便」を取り扱ってもらうにあたり、審査などはあったのでしょうか。

「『お坊さん便』のようなサービスを出品するのは初めてで、業界的にも複雑な部分が多いため、まずは詳しく説明を行ない、両社でミーティングを重ねて、不透明な部分を解消していきました」

リリースになる2~3カ月前から、密度濃く話し合ったと言います。

みんれびの使命とビジョン

「葬儀への考え方や形が変わりつつあり、火葬式が増え、豪華な葬儀自体に価値を感じないという方がいます。もちろん、費用を使えばいいというものではありません。適正な価格で、それぞれのニーズに合ったものを提供できるようにしていきたいと考えています」

秋田副社長は神妙な面持ちで言います。

「今現在でさえ、お寺との付き合いがない方がほとんどですから、その子どもたちはもっとないかもしれません。千年以上続いてきたものがたった数年でひっくり返ってしまう危機感を感じています」

若い世代の宗教観も薄れてきていると言われています。

「だからこそ、『お坊さん便』を使っていただくことで、葬儀や法要を機にお坊さんとの接点を増やしてもらいたいと考えています。お寺に行くことが非日常のままでは、一般の人がお坊さんとの付き合いを増やすのは難しくなってくると思います」

確かに、最近お寺に行くのは、観光かお祭りの時くらいです。

「日本の全人口が対象となるようなサービスがなかなかない中で、みんれびの仕事は社会的な影響が大きいと思っています。全国の葬儀社数は非常に多いですが、業界上位の葬儀社でも、全体に占めるシェアは小さく、業界を牽引していく存在がいないのが現状です。葬儀業界という閉鎖的な業界で、マーケットを変えていける事業には、やりがいを感じています」

みんれびは創業8年目に入りました。

「正直『お坊さん便』は、アマゾンに出品するようになって、『ここまで社会的な課題があったのか』と驚きました。お客様側ばかりではなく、お坊さん側の課題も含めて、両者のニーズを満たした仕組みを提供しているからこそ、ここまで問い合わせが増えているのだと思います」

「やってきて良かった」と秋田副社長は目を細めます。

葬儀を発端に、供花や仏壇、お墓や散骨など、サービスの幅を広げてきたみんれびですが、今後はどんなことを始めるのでしょうか。

「葬儀に関する全てをカバーしてから、関連したところに広げていきたいと思っています。将来的には相続や介護の方面も、可能性があるかもしれません」

5年、10年経つと、社会構造が変わっていきます。人が亡くなる場所として、かつては病院が大半でしたが、最近は病院の数が足りないことから、自宅にシフトしつつあります。老人ホームなどの施設で看取られるケースも増えてきています。

「特に介護分野では、看取りの移り変わりに注目しています。法改正によって、保険点数が引き下げになり、代わりに看取りに振り分けられました。看取りまで対応する介護施設や、ターミナルケアを重視していく方向に動いています。看取りに寄った介護分野の動きは、より葬儀との深い関係性があるので、流れを掴んでいかなければと思っています」

同時に、集客媒体に関しても、注意深く世の中の流れを観察していると言います。

「一時代前は、タウンページを集客媒体にしている葬儀系の仲介業者はいくつかありました。でも、インターネットが普及したことで、ほとんどなくなってしまいました。インターネットだけに頼っていては、同じ轍を踏む可能性があります。集客方法をインターネットに一本化せず、オフラインの方にも力を入れていかなければならないと考えています」

さらに今後は、グリーフケアについても考えていきたいと言う秋田副社長。

「『お坊さん便』はグリーフケアの一端を担っているかなと思っています。法要でしっかりと供養をしたり、法話を聞くことで、遺族のケア、グリーフィングになるのではないかと思っています」

老人ホームやホスピスなどの施設に「臨床宗教師」として僧侶が出向き、グリーフケアにあたるサービスも、東日本大震災を機にじわじわと増えてきているようです。

「それから、死イコール悲しみだけではないと思っているんです。故人を想って感謝や感動でお別れする儀式もあっていいのではないでしょうか。葬儀業界って暗いイメージを持つ人が多いと思うんです。僕らの力で、暗いイメージを払拭していきたい。みんなが憧れるような業界に変えていけたらと思っています」

「お坊さん便」を手がけるみんれびは、「葬儀業界を変えたい」「良くしたい」と考え、情熱を持って現実と向き合い、将来を見据える会社でした。

檀家制度が崩壊し、寺院の存亡も危ぶまれる今、こうした新しい考え方を実践する住職や企業の力を借りて、時代の流れに乗ることは、伝統と格式を後世に残すためにも、必然なことなのかもしれません。

関連サイト


旦木瑞穂(たんぎ みずほ)
1975年愛知県出身。
産経デジタル「New Roses Web」にてグルメ・イベントレポートや、鎌倉新書「月刊 仏事」で葬儀や介護に関する記事などを連載。
各種パンフレット、ガイドブックなどの企画編集のほか、グラフィックデザイン、イラスト制作も行なう。

Twitter:@mimizupon

[旦木瑞穂]