旦木瑞穂の終活百景 第十一景『自治体が手がけた、日本初の樹木葬墓地「メモリアルグリーン」』
横浜市が手がけた樹木葬墓地
自治体が手がけた樹木葬墓地といえば、真っ先に思いつくのは、東京都の「都立小平霊園」でしょう。
小平霊園は、2012年に都立霊園初の樹木葬墓地が完成しました。初年度の募集には、16倍を超える応募が殺到して、話題になりました。
しかし実は小平霊園は、自治体が手がけた樹木葬墓地としては、日本初ではありません。自治体が手がけた、日本初の樹木葬墓地は、2006年に、横浜市戸塚区にある「横浜市営墓地 メモリアルグリーン」に誕生しました。
今回は、「横浜市営墓地 メモリアルグリーン」の成り立ちや、今後の横浜市の墓地計画について、横浜市役所 健康福祉局環境施設課の石附俊明さんにお話をうかがいました。
遊園地から「総合公園型墓園」へ
「横浜市営墓地 メモリアルグリーン」は、「横浜ドリームランド」というレジャー施設の跡地に整備された霊園です。
「横浜ドリームランド」は2002年に閉園し、37年の歴史に幕を下ろしました。
しかし、その後すぐに霊園の整備が始まったわけではありません。「横浜ドリームランド」の跡地には、中古車のオークション会場の建設が決まっていました。ところが、周辺は大規模な市営・県営住宅などが立ち並ぶ住宅街。環境の悪化や道路の渋滞などを心配し、反対の声が上がりました。
その頃横浜市は、年々需要が増加し続ける墓地問題と、緑あふれる公園の整備が課題となっていました。そのため、中古車オークション会場に対する反対の声を受け、「横浜ドリームランド」跡地を買い取り、整備が決定しました。
横浜市の墓地需要の高まりに対応するため、メモリアルグリーンの整備は急ピッチで進められました。通常なら、反対されることが多い墓園の整備ですが、もとは中古車オークション会場の建設が決まっていたという状況だったこともあり、地域の方々の理解と協力が得られ、スムーズに開発が進み、2006年に完成しました。
横浜市が跡地を買い取ってから、3年という異例の速さでオープンに漕ぎ着けています。
「横浜市営墓地 メモリアルグリーン」は、「俣野公園」と一体になった「総合公園型墓園」です。合計13.1ha(ヘクタール)という広大な土地のおよそ半分にあたる6.1haを墓地が占めています。
その内訳は、芝生型納骨施設が7,500区画。樹木型納骨施設は3カ所あり、それぞれ1,000体ずつ。慰霊碑型納骨施設は12,000体となっています。
2006年の9月にオープンし、10月から利用者の募集を開始。2007年3月から納骨がスタートしました。2009年には、一番人気だったという、芝生型納骨施設の募集が終了。2013年には、樹木型納骨施設と慰霊碑型納骨施設のすべての募集が終了しました。
樹木型墓地を整備した経緯
横浜市営墓地は、メモリアルグリーン以外に、久保山墓地、三ツ沢墓地、日野公園墓地、根岸外国人墓地の、計4カ所がありました。すべて墓石型で、久保山墓地、三ツ沢墓地、根岸外国人墓地は明治時代から、日野公園墓地は昭和初期からある古い墓地です。
横浜市では、横浜市墓地問題研究会を設置し、1988年から1989年にかけて、21世紀を展望した横浜市の墓地のあり方について検討が重ねられていました。将来必要になる墓地区画や墓地需要の推計と併せ、市民の意識や近年の墓地事情の変化についても、調査を進めていました。
戦後の核家族化の進展や少子化、非婚化によって、墓地の承継者が確保できず、墓地を取り巻く環境は大きく変化してきました。古くからある既存墓地は、返還等による未使用区画や、無縁化区画が年々増加する傾向にあります。
また、横浜市は、大都市でありながら、まとまった樹林地・農地などがあり、都市の大きな魅力になっています。しかし緑地は、毎年約100haが失われているのが現状で、一度失われると回復は困難です。その一方で、緑の増加や維持を求める市民の声が高まっており、緑の保全と創造は、緊急に取り組まなければならない課題となっていました。
そうして1990年、横浜市墓地問題研究会の報告書の提言を具現化するため、1991年までの1年間、「横浜市新墓園等基本構想委員会」が設置され、墓地や霊堂整備について具体的な検討が進められました。
この検討の結果、1993年には日野公園墓地に壁面式納骨施設と合葬式納骨施設が整備され、2006年には、広い緑地面積を有する公園と一体となった墓地、メモリアルグリーンが整備・開設されたのでした。
公営では前例がなかった樹木葬墓地整備
今でこそ、樹林墓地は珍しくなくなりました。しかし、メモリアルグリーンが整備された2006年は、まだ公的な霊園ではどこにもなかった形式の墓地です。何を参考に作られたのでしょうか。
「特定の墓地をモデルとしたわけではありませんが、海外の墓地や横浜の山手にある外国人墓地、保土ヶ谷にある英連邦戦死者墓地などを参考にしたのだと思われます。墓地の整備が急がれていましたので、スケジュール的に墓地の形態について住民アンケートなどを行なう余裕はありませんでした」
横浜市役所 健康福祉局環境施設課の石附俊明さんは言います。
ヨーロッパ等では、墓地は緑を確保する手段と考えられており、公園として管理されているところが多く、市民の憩いの場となっています。また、代々家族が墓を維持・管理していくような承継の仕組みがなく、更新は可能ですが、原則的に墓地使用権の契約期間が決められているなど、日本とは大きな違いがあります。
例えば、オーストリアのウィーン中央墓地は、公園として市民の憩いの場となっており、特別名誉地区には国際的に有名な音楽家、芸術家、政治家の墓があるため、観光スポットもなっています。
教会の回廊や墓地の外壁を利用した壁墓地は、ウィーンでは比較的多く見られるタイプの墓地ですが、かつて、キリスト教では火葬した遺灰を土に埋めることを禁止していたため、壁の中に納骨されるようになりました。
スウェーデンのスコーグスシュルコゴーデンは、「森の墓地」という意味の墓地です。「人は死ぬと森に還る」というスウェーデンの人々の死生観のもと、美しい松林の中に造られた墓地には、約12万人の死者が眠っています。
ニュージーランドのクライストチャーチ霊園は、公園づくりを強く意識し、家族や個人で1区画につき樹木1本を購入する家族型墓地区画と、バラの下にプレートを置く合葬式墓地区画が設けられています。
以上のような海外の墓地事例を参照して、メモリアルグリーンの整備は進められました。
「横浜市営墓地 メモリアルグリーン」の特徴
約51億円の費用をかけて整備されたメモリアルグリーンは、税金の投入は一切なく、独立採算の形をとって管理・運営されています。墓地利用者から集めた使用料を基金としてプールしておき、基金を取り崩して、委託した管理業者に支払っています。
「他の市営墓地の管理事務所は、横浜市が直営で業務を行なっていますが、メモリアルグリーンは、指定管理者制度を導入し、民間の業者に管理・運営を委託しています。園内の芝生や花壇の管理も含めて、造園などのノウハウを持った業者に全て任せています」
実際に訪れたメモリアルグリーンは、緑が豊かで、色とりどりの花が咲き、手入れが行き届いた美しい公園でした。花壇に植えられているのはバラが多く、春と秋のバラの見頃になると、多くの方が訪れると言います。
管理棟には、テーブルや椅子が置かれた休憩コーナーが併設され、墓参り用の花も販売されています。
池にかかった橋を渡ると、西洋風の門があり、足元には石畳の中に、優雅な書体で「Memorial Green」と書かれた石のプレートが見えます。
正面には慰霊碑型墓地の、水を湛えた円形の鏡のようなモニュメントが見えます。
両側には芝生型納骨施設が広がります。芝生型納骨施設の一区画は一般的な墓地よりもかなりコンパクトで、形もとてもシンプルです。その芝生型納骨施設の向こうに、樹木型納骨施設が見えます。
こんもりと丸い芝生の山の真ん中に、シンボルツリーが立っています。樹木型納骨施設のシンボルツリーは、ケヤキ・クスノキ・ヒメシャラの3種類。3本のシンボルツリーはいずれも、ドリームランド時代から受け継がれたものです。中でも1番人気は、お盆の頃に白い花を咲かせるヒメシャラでした。
「使用料はいずれも最初の1回限りですが、管理料は形態ごとに異なり、芝生型納骨施設の方は毎年お支払いをお願いしています。樹木型納骨施設と慰霊碑型納骨施設の管理料は、使用料と合わせて最初の1回限りで、合計額は樹木型納骨施設は1体約20万円、2体約40万円。慰霊碑型納骨施設は1体約9万円、2体約18万円です。芝生型納骨施設は代々引き継ぐことを前提としていますが、樹木型納骨施設と慰霊碑型納骨施設は申し込んだ方のみの利用を前提としており、一緒に入れるのは2体までです」
メモリアルグリーンの樹木型納骨施設は、骨壷のまま埋葬するタイプです。永年使用なので、一旦埋葬すると、永久に掘り起すことはありません。
「慰霊碑型納骨施設は30年経過後、更新のお申し出がなければ、隣に用意されている合同埋葬室へ移します。樹木型納骨施設は永年使用なので、土地の利用効率的にはあまり良くないかもしれませんが、とても人気がありました」
最後に募集が行われた2013年には、慰霊碑型納骨施設は1,760体の募集に対して5,462体の応募があり、抽選倍率が3.10倍だったのに対し、樹木型納骨施設は388体の募集に4,608体の応募があり、11.88倍という高い抽選倍率となりました。
横浜市の今後の墓地整備計画
メモリアルグリーンの樹木型納骨施設は永年使用のため、今後基本的には募集はありませんが、芝生型納骨施設は使用年数が30年に定められた区画があること、慰霊碑型納骨施設は使用年数が30年に定められているため、30年後に再募集が行なわれる予定です。
横浜市墓地問題研究会の2008年の推計では、2026年までに13万を超える墓地区画の整備が必要になるという結果が出ていました。その後、2008年末時点の横浜市内の墓地の供給可能区画数は、墓地実態調査の結果等から、約40,000区画あることが分かっているため、2026年までに、残りの約94,000の墓地区画の整備が必要になると考えられています。
その推計を受けて、横浜市では、2011年以降、既存墓地の未使用区画の活用を推進するとともに、限られた面積で多くの遺骨を納めることが可能な納骨堂の整備を検討してきました。
さらに2012年には、2031年までに約130,700区画の墓地が必要になると、推計を更新しました。
これを受けて、現在横浜市では、日野公園墓地内に納骨堂を整備する計画が進められています。
「日野公園墓地の一部の区画を移転して場所を空けて、そこに機械搬送式納骨堂を建設することになりました。2017年度から募集を行ない、2018年度に供用開始を予定しています」
機械搬送式納骨堂は、2009年2月に、宮崎市の宮崎南部墓地公園が導入していますが、公営墓地ではまだほとんど見られません。市民からの要望はもちろん、推計によると2031年までに約130,700区画の墓地整備が必要になるため、横浜市は迅速に用地の確保などの検討を行なっているようですが、短期間での実現は難しい状況です。
機械搬送式納骨堂は維持管理に費用がかかりますが、短期的な墓地需要に対応するため、広い土地を必要としない、機械搬送式を採用することになりました。
「メモリアルグリーンには現在も、北海道から九州まで、たくさんの自治体が視察に来ています。2003年に指定管理者制度という考え方が法律で定められ、それ以降、新しく造られる公営施設に取り入れられるようになりました。2006年にできたメモリアルグリーンは独立採算ですが、他の市営墓地は、使用者からいただく管理料や、市民の皆さんの税金を投入して運営・管理をしています。独立採算方式で管理・運営する方法を学ぶためにいらっしゃる自治体も多いんですよ」
東京都営の小平霊園の陰に隠れて、テレビや雑誌など、メディアに大きく取り上げられたことはなかったという「横浜市営墓地 メモリアルグリーン」。
しかし横浜市は、横浜が持つ西洋的なイメージを上手く取り入れ、独自の樹木葬墓地を作り上げていました。そして現在、公営では珍しい、機械搬送式納骨堂の建設を進めています。
先進的な取り組みを続ける横浜市。その動向を追い続けたいと思いました。
関連サイト
- 「横浜市営墓地 メモリアルグリーン」
公式サイト:http://www.memorialgreen.jp/
旦木瑞穂(たんぎ みずほ)
1975年愛知県出身。
産経デジタル「New Roses Web」にてグルメ・イベントレポートや、鎌倉新書「月刊 仏事」で葬儀や介護に関する記事などを連載。
各種パンフレット、ガイドブックなどの企画編集のほか、グラフィックデザイン、イラスト制作も行なう。
Twitter:@mimizupon