旦木瑞穂の終活百景 第十景『長寿は毎日の食事から! 1日約22万食を手がけるワタミの宅食』

[2016/9/28 00:00]

高齢者の生活を支える「宅食」という食事

「終活」とは、自分の人生が有限であることを認識して準備を始めることです。

人生が終わった後に備えた葬儀や相続のことばかりではなく、残りの人生をどのように生きるかということを考えることも「終活」の一環です。

今回の「終活百景」は、高齢期の「食事」を考えるために、配食サービスの大手「ワタミの宅食」を取材してきました。

「配食サービス」とは、主に高齢者向けの食事を、自宅に届けるサービスです。栄養やカロリーバランスを考えた食事が手軽に摂れることや、配達によって安否が確認できるという点から、一人暮らしの高齢者や、身体が不自由になってきた高齢者世帯の利用が増えています。

近年、高齢者の増加が加速する中、配食サービス市場に飲食関連企業の参入が相次いでいます。

居酒屋「和民」で有名なワタミ株式会社の宅食事業「ワタミの宅食」は、配食サービスの先駆け。「宅食」という言葉は、ワタミ株式会社の登録商標です。

今回の終活百景は、急拡大する配食サービス市場をリードする「ワタミの宅食」の、広報担当 芦野恵理子(あしの えりこ)課長と、同社商品企画チーム所属の管理栄養士 岩本智子(いわもと ともこ)課長と、川崎塩浜事業所で実際にお弁当のお届けを担当している徳永ルミ子(とくなが るみこ)さんにお話を聞いてきました。

川崎塩浜事業所のスタッフのみなさん

「ワタミの宅食」の歴史と特徴

「ワタミの宅食」は、ワタミ株式会社の事業ブランドの1つです。

ワタミ株式会社が手がける配食サービスは、もとは1978年創業の「有限会社 長崎ディナーサービス」という、長崎県で食材セットの宅配の会社が行なっていたものでした。

「ワタミ株式会社」は、1984年にその前身である「有限会社 渡美商事」が設立され、その後「ワタミ株式会社」となったのが1986年です。

その翌年の1987年に、「株式会社タクショク」と社名を変更した「有限会社長崎ディナーサービス」が、ワタミグループの一員になったのは、2008年のことでした。

「ワタミの宅食」は、2016年7月末現在、営業所の数は536カ所。北は山形・宮城から、南は九州まで、合計1日約22万食を届けています。

その利用者の多くは、60代以上の高齢者。「ワタミの宅食」は、高齢社会となった日本を、「長寿であることを喜べる社会にしたい」との思いを込めて、業務に取り組んでいます。長寿であることを喜ぶためには、健康であることが欠かせません。そして健康には、毎日の食生活が大きく関わってきます。同社は宅食サービスを通じて、一人でも多くの高齢者の方に、喜びと幸せを届けたいと考えています。

「ワタミの宅食」には、大きく2つの特徴があります。1つめの特徴は、専任の管理栄養士が、塩分、カロリー、品目数に配慮して、全ての献立を設計しているということ。そして2点目の特徴は、「まごころスタッフ」と呼ばれるお届けスタッフが、毎日決まった時間帯に、利用者の自宅まで弁当を届けているという点です。

まごころスタッフの徳永ルミ子さん

健康を助ける美味しいお弁当

お弁当を受け取る原さん

川崎市在住の70代の女性、原さんは、ご主人が自営業のため、昼食は家で食べるという生活を、結婚後50年近く続けてきました。しかし数年前、ご主人が糖尿病だと分かり、病院の先生に「食生活が原因」だとはっきりと言われてしまいます。

それからというもの、朝、昼、晩の食事の支度の度に、塩分摂取量やカロリーなどを気にして料理をしなくてはならなくなりました。食事の支度に時間がかかるようになると、他の家事に支障が出てきます。原さんは、毎日3度の細かい計算や計量をしながらの食事の支度に、だんだん疲れてきてしまいました。

「血液検査の結果から、『食生活が原因です』って先生に言われて、すごくショックでした。ちゃんとしなきゃと思って、野菜の量や種類や、栄養バランスを考えて1日3食作ってたら大変で大変で……。他の家事もしなくちゃいけないのに、毎日食事のことばかり考えてたら、鬱っぽくなっちゃいました」

そう言って原さんは笑います。

「管理栄養士の方が献立を考えてるし、塩分もカロリーも範囲内で安心だしと思って、ずっとラジオCMで気になっていたんです。だから新聞に折り込みチラシが入ってきた時に、思い切って申し込みました。15品以上の食材を使っていて美味しいし、量も丁度いいようで、主人にも好評です。15品も使うなんて、自分ではできませんもの。お昼だけの利用ですが、すごく気持ちが楽になりました」

原さんが利用しているのは、4種類のお惣菜とごはんで構成された「まごころ御膳」。鬱っぽくなっていたというのが嘘のように、原さんは明るく弾んだ声で話します。

「原さんは利用されて3カ月ですが、最初の頃はあまり喋らなかったし、笑顔も少なかったんです。でも最近は、笑顔が戻り、お化粧もするようになって、旦那さんも『明るくなったね』ってとても喜んでいるそうです」

まごころスタッフの徳永ルミ子さんも、嬉しそうに言います。

塚本さんとまごころスタッフの徳永さん

同じく川崎市在住の80代の女性、塚本さんは、先にご主人を亡くし、息子さんと2人暮らしでした。3年前に息子さんが胃を摘出する手術を受けたのをきっかけに、やわらかく、食べやすさに配慮した「まごころこばこ」の利用を開始。その後、息子さんを亡くされましたが、引き続き利用を続けています。

「美味しいし、まごころさんがいい人だから、いつも引き止めてお喋りしてます。毎日会うのが楽しみなんですよ」

塚本さんは朗らかに言います。

「私もお喋りは好きですし、楽しく働かせてもらっています」

徳永さんはそう言うと、2人は顔を見合わせで笑います。

「私はもう、死ぬまでワタミさんにお願いするつもりです」

塚本さんはにっこりと微笑みました。

お弁当を届ける「まごころさん」

「ワタミの宅食」では、配達することを、「お届けする」と言い、配達員のことを、「まごころスタッフ」と名付けています。利用者やスタッフの間では、「まごころさん」と呼んでいます。

川崎塩浜営業所のまごころスタッフの徳永ルミ子さんは、「まごころさん」になって4年。その前は、デイサービスのスタッフとして7年働いていたそうです。

「もともと、高齢者福祉や、介護の仕事にはやりがいを感じていました。でも、私が働いていた施設では、利用者さんとの決められた距離がありました。ここから先は踏み込んではいけませんよっていうルールです。あるとき、ワタミの宅食のステッカーをつけた車を見かけて気になって、調べてみたら『ワタミの宅食の利用者は高齢者の方が多い』と知って、興味を持ったのが、まごころスタッフになったきっかけです」

徳永さんは、「利用者の方はみなさん話好きで楽しい」と言います。

「中にはなかなか心を開いてもらえない方もいますが、毎日顔を合わせるので、天気のことや近所のことなど、必ず何か話すようにしています。そうするうちに、だんだん信頼してくれて、家族のこととか、悩みとかを話してくれるようになります。利用者さんが私が来ることを楽しみに待っていてくれるのが、一番のやりがいですね」

徳永さんは53歳。営業所の女性スタッフの中で一番の年長者で、2人の孫がいます。

「ここはスタッフ同士の仲も良くて、誰かが調子が悪いときは、サポートし合って働いています。楽しいし、働きやすいし、『まごころさん』になって良かったと思っています」

「まごころさん」は、営業所のある周辺地域に住む方がほとんどとのこと。利用者と近所や地域の話題が通じることも、高齢の利用者が「まごころさん」に親しみを感じられるポイントなのかもしれません。

高齢者向けならではの配慮

「ワタミの宅食」が販売する商品は、先に紹介した「まごころ御膳」と「まごころこばこ」のほかに、バランスのとれた和洋中、6種類のお惣菜が楽しめる「まごころおかず」と、野菜を中心とした8種類のお惣菜で30品目の食材が摂れる「まごころ万菜」の4種類があります。

一番人気の「まごころ御膳」
20品目以上の食材が摂れる「まごころおかず」

「健康は毎日の食事から」という考えのもと、最短5日間を通して、専任の管理栄養士が献立を考えています。

注文は、月曜日から金曜日までの5日間コースと、月曜日から日曜日までの7日間コースの2コースが用意されています。(地域によっては5日間コースのみの場合もあります)。

利用者の希望によって「鍵付き安全ボックス」の用意もありますが、基本的には「まごころスタッフ」が毎日決まった時間帯に、手渡しを基本に届けています。

「『1日だけ利用したい』という方もいらっしゃいますが、利用者の方の健康に寄与するためには、最低でも5日間は利用していただきたいので、5日間または7日間単位で、ご注文を受けています。私たち管理栄養士も、まごころさんの車に同乗して、お客様に直接話を聞く機会があるのですが、病院通いをしている方から、『血液検査の値が良くなって、先生に褒められたのよ』とか、『今まで鯖は食べなかったけど、食べてみたら美味しくて、食べられるようになった』とか、健康の手助けになるのはもちろんですが、先入観や思い込みを取り払って、食わず嫌いを直してもらえたりするのが嬉しいですね』

管理栄養士 岩本智子さん

管理栄養士の岩本智子さんは言います。

医食同源という言葉がある通り、食事によって、治療とまではいかないまでも、体質や体調を改善したり、整えたりすることはできるといいます。

献立を考える上で、配慮しているのはどんなことでしょうか。

「高齢者の方をターゲットとしているので、ごはんの水分量など、食材の硬さに一番気を配っています。特に、噛む力が落ちている方向けの『まごころこばこ』には、繊維質であるシイタケや弾力のあるコンニャクなど、噛み切りにくい食材は入れないようにしています」

そのため、どうしても肉に柔らかさを求めると、薄切りになってしまい、男性の利用者から厳しい意見が寄せられることもあるのだとか。

「お客様からいただいたアンケートハガキには、全て目を通しています。また、毎月全国の営業所で、お客様にアンケートをお願いして意見を伺い、人気のあるメニューを把握したり、2~3回アンケートをしても評価の伸びないメニューは取りやめるなど、献立の参考にしています」

また、食材や味付けの微妙な違いは、料理をする方は気がつきやすいですが、料理をしない方には同じに感じられてしまうことが多いため、1週間の献立を考えるときは、似たようなメニューにならないよう気を付けていると言います。

「ただ、食材を増やしたり盛り付けを工夫したりして、工程を増やしてしまうと、別のところに影響が出ることも考慮しなくてはいけません。22万食という規模になると、1つの工程が増えて、1秒違うだけで、全体では22万秒違ってくることになります。下手をしたら、出荷遅れにも繋がりかねません」

献立企画会議の様子

そのため、献立内容と製造・盛り付け工程のバランスを考えながら、細かな調整をしているとのこと。管理栄養士は、献立表に書かれている品目の種類やカロリー、塩分摂取量だけでなく、切る回数、揚げる時間など、製造工程まで考慮しなければいけません。

「当然のことですが、食材の価格や衛生基準などについても注意を払っています。お届けを含めて、決められた価格の範囲内でできる献立を考えることが、私の役割です」

岩本さんは微笑みます。

日常となっている宅食

「ワタミの宅食」ほどの規模になると、管理栄養士の仕事は広範囲で、想像以上に多岐に渡っているということが分かりました。

「以前病院に勤めていた頃、勤務時間が終わって、帰ろうとしていたときに救急が入って、食事の用意が必要になることが時々ありました。勤務時間外だからといって、患者さんを空腹なまま放って帰れません。その頃も今も、大変じゃないとは言えませんが、私は仕事ってそういうものだと思っています」

サバサバした口調で話す岩本さんも、まごころスタッフの徳永さんも、みなさん明るくて、活き活きと働いている印象です。

「宅食は、身体が不自由だとか、近くにスーパーがないとか、何かしら困っていて事情があって利用していただいている方が多く、半ばファンみたいに応援してくれる方も少なくありません。高齢者の方はテレビや新聞をよく見ているので、数年前に当社のことで騒動があったときも、『お弁当が届かなくなったら困るんだからしっかりやってよ』とか『あんな報道に負けないで』など、心配や激励のために声をかけてくれる人もいました。宅食って外食と違って、日常に入り込んでいるんですよね。お客様にとって、なくてはならない存在になっているという実感を得られたときが、一番やりがいを感じるときです」

岩本さんは、目を細めます。

「日常の味」になるために、配慮していることはあるのでしょうか。

「昔からあるメニューの1つに、『マカロニのクリーム煮』というメニューがあるのですが、私が初めて味見をしたとき、『ベタなクリームシチューみたいな味』と思ったんです。もっと生クリームの効いたクリーミーな味を想像していたので、すぐに改善しようと思いました。でも、同時期にお客様にアンケートをとったところ、意外にも人気が高かったんです。それから以前、ハーブを使ったメニューを出したら、『漢方薬みたいな味』と言われて不評だったことがあります。私たちの年代は、イタリアンやフレンチのメニューを作るとき、気軽にハーブや生クリームを使いますが、高齢者の方にとっては『馴染みがないもの』ということが分かりました」

高齢者の方が求めている味は、本格的なイタリアンやフレンチの味ではなくて、昔懐かしい『町の洋食屋さん』の味なのですね。

「トマトソースよりケチャップ。デミグラスソースも醤油に寄った和風の味。本格的より懐かしい味や分かりやすい味の方が好まれるようです。でもこれは、私たちが高齢者になる頃には、また違ってくると思います」

外食は晴れの日。宅食は日常。毎日の食事には、本格的さよりも慣れ親しんだ味が求められるのかもしれません。

介護保険で利用できる配食サービス

食事と健康は密接な関係にあります。食事は、生きることの楽しみの1つでもあります。

日本は平均寿命の長さで1位2位を争う長寿国ですが、健康寿命はそれよりも10年ほど短いことをご存知でしょうか。できることなら、死ぬまで健康で、美味しく食事をしたいですよね。

そのためにも、普段の食事の栄養バランスやカロリー、塩分摂取量を考えてくれている配食サービスは、健康で自立した生活を維持するための、有効な手段の1つと言えるかもしれません。

配食サービスは、今でこそ多くの民間企業が参入していますが、もともとは地方自治体とその関連機関が中心となって行なっていました。

介護保険制度が施行され、民間の企業が介護分野に進出してくるにつれて、配食サービスに参入する企業も増え、食事内容や付加サービス、価格などの競争が激しくなりました。その結果、配食サービスは、より使いやすいサービスになるとともに、広く認知され、利用も促進されてきています。

介護保険制度上のサービスである、介護保険特別給付の「生活援助型配食サービス」は、実施している自治体で暮らしていて、要支援もしくは要介護認定を受けている方なら、配送費のみで配食サービスを受けることができます。利用したい場合は、ケアマネジャーを通して申し込みます。

介護保険制度上のサービスである、介護保険特別給付の「生活援助型配食サービス」を実施している自治体は、まだあまり多くはないようですが、それとは別に「高齢者の食の自立支援」として、配食サービスを支援している自治体もあります。

栄養バランスやカロリー、塩分摂取量を考慮しての利用だけでなく、家事の負担軽減や、遠方で暮らす両親の安否確認のために、配食サービスを子ども世代が活用する例も増えています。興味のある方は、住んでいる地域の自治体に、一度問い合わせてみてはいかがでしょうか。

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旦木瑞穂(たんぎ みずほ)
1975年愛知県出身。
産経デジタル「New Roses Web」にてグルメ・イベントレポートや、鎌倉新書「月刊 仏事」で葬儀や介護に関する記事などを連載。
各種パンフレット、ガイドブックなどの企画編集のほか、グラフィックデザイン、イラスト制作も行なう。

Twitter:@mimizupon

[旦木瑞穂]