古田雄介のネットと人生
第16回:「一件一件の困り度合いが大きい」――デジタル遺品サポートの現状
「故人の端末が開けない」「故人のSNSアカウントを削除したい」など、デジタル遺品への対応ニーズは増えていると言われます。実際にはどんな具合で増えているのでしょうか。全国展開でデジタル遺品サポートを展開している日本PCサービスに実情を教えてもらいました。
デジタル遺品の実情を知るなら全国規模の受け皿が望ましい
筆者はライター業務の傍ら、デジタル遺品研究会ルクシーという団体で一般の方からデジタル遺品に関する相談を受けています。相談の大半は「スマートフォンやパソコンのロックが解除できない」というもので、その背景には「家族の思い出の写真を取り出したい」「銀行預金の情報を知りたい」といった切実な要望がある場合が多いです。
肌感覚として、徐々に相談が増えていて、相談される方の年代が広がっているとは感じています。しかし、私たちのところに届くのはせいぜい月に2~3件で、デジタル遺品に関する要望の全体像が測れるほど多くはありません。
数人で対応していることもあり、窓口は基本的にメールに限らせてもらっているので、そこでフィルタリングされている部分もあるでしょう。
ニーズの全容を掴むには、多くの人の声をフラットに受け取れる大規模な枠組みが必要だと日々感じています。そこで今回は、全国規模でデジタル遺品サポートを行っている日本PCサービスに取材させてもらいました。
日本PCサービスは、デジタル機器のトラブル解決サポートを目的としたサービス「ドクター・ホームネット」のひとつとして、デジタル遺品サポートを提供しています。対外的にアナウンスしたのは葬儀業大手の公益社と提携した2016年7月ですが、その前から個別に対応していたといいます。
サポートの範囲はパソコンを中心にデジタル資産全般。チラシには、「パソコンのパスワード解除」(税別20,000円)や「パソコンのデータ救出」(税別25,000円)、「SNSアカウントの削除支援」(税別12,500円)など、5万円を切るパックメニューが並んでいます。
代表取締役社長の家喜信行さんはサービスを始めた理由をこう語ります。
「ニーズが増えてきたから提供したというよりは、やらないとまずいという思いのほうが強かったです。いまも相談件数が爆発的に増えているわけではありません。ですが、一件一件の困り度合いが大きいんですよ。一般的なトラブル以上に『何とかしてほしい』と切実な思いをいただく。それに応えるためというところがあります」
デジタル遺品の対応は全体の0.15%
「いまも相談件数が爆発的に増えているわけではありません」との発言には明確な裏付けがあります。
2016年9月~2017年8月の間に同社が対応したデジタル遺品サポートは、ドクター・ホームネットの窓口対応9万件のうち0.15%程度にしかなりません。
前年期(2015年9月~2016年8月)と比べると2倍以上伸びてはいますが、葬儀社等と提携した効果が今期に入って現れていることを考えると、潜在ニーズが額面通りのペースで伸びているとは言いにくいでしょう。
パソコンを中心としたトラブルのなかで、デジタル遺品に関する相談はまだまだ少数というわけです。ただし、ドクター・ホームネット全体の利用者は6割以上が男性なのに対し、デジタル遺品サポートは女性の利用者が過半数を超えるなど有意な差もみられます。
年代でみると、相談者は全体平均の40~50代とほぼ共通していて、実際の対応の局面になると60代の割合が若干増える程度とのことですが、これは逆に意外だったとか。
「当初は高齢で亡くなった方のデジタル機器に対応する想定をしていましたが、実際は若くして亡くなった方のものを対応させていただくことも多いです。相談された方の配偶者であったりお子さんであったりというケースは珍しくありません」
相談の内訳はパソコンのパスワード解除に関する項目が圧倒的に多くなっています。パスワードが解除されないと内部に入れず、何も作業が進められません。入り口の段階で困っている人がとても多い、もしくはパスワードが分からないから相談に乗り出す人が多いということでしょう。
なお、スマートフォンに関しては対応範囲が限られていて、現在のところロック解除はサポート外となるためここにはカウントされていません。
窓口にたどり着くのは氷山の一角!?
一方で、「一件一件の困り度合いが大きい」という事実も、日々の対応のなかでより色濃くなっているといいます。
60代の女性からは20代で亡くなった娘さんのパソコンにログインしたいと懇願されました。パソコンに不慣れななか、どうにかインターネットで検索して窓口にたどり着いたと言います。無事パスワードを解除すると、すぐさまハードディスクに保存されている家族写真を見つけ、涙を抑えることができなくなったそうです。
また、70代の女性は亡くなった夫が生前パソコンで買い物をしていたようで、没後もショップから請求が来たと困惑していました。解約の方法が分からないというということで、相当悩んでいた様子とのことでした。お金絡みでは、故人がFXや株取引をしていた痕跡を調べてほしいという依頼も珍しくないようです。
家喜さんは、これらの依頼に触れて要望の重みを実感しながら、触れられていない潜在ニーズの存在がどんどん大きくなっていくのを感じると漏らしていました。
「デジタル遺品サポートに関しては、我々のサービスを偶然見つけたり、必死に検索して連絡されたりする人がとりわけ多い印象です。逆にいえば、途中で諦めてしまった人や気づけないままでいる人が相当数いらっしゃるわけで、そこにリーチできるようにならないと……」
パスワードが分からず、そこで諦めて放置してしまうケースが多いのは、筆者も実感しています。しかし、潜在ニーズのサイズ感はまだほとんど掴めていません。1,000人に1人が困るケースなのか、10人に1人なのか……。
そのあたりを把握するためには、デジタル遺品のサポートサービスの普及と、デジタル遺品の対処法の浸透が欠かせないでしょう。
金融資産や情報資産のデジタル化は今後ますます進みます。遺品全体のデジタル遺品のウェイトは否応もなく重くなっていくと思われます。そして、その拠点となるのは、解析手段がある程度確立されたパソコンから、おしなべてセキュリティーが強固なスマートフォンに移っていくのは確実です。そんな近未来にどう備えればいいのでしょう。
「元気なうちから、デジタル機器のパスワードだけは実印などと一緒に保管して、家族に伝わるようにすることですよね。そのうえで、機器の中身は家族や仲間がほしがるものと、内緒にしておきたいものを意識して整理しておく。個々人が備える意識を持つことが大切だと思います」
デジタル遺品について、「最近注目されている」「話題急増の」といった冠つきで取り上げられることが増えてきました。しかし、実感としてはまだまだ本格的には向き合われていない印象があります。その感覚は図らずも家喜さんと共通していたように思います。
デジタル遺品の問題が深刻化するのは、おそらくこれからです。
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古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。書き手が亡くなった100件以上のサイトを追った書籍『故人サイト』(社会評論社)を2015年12月に刊行。2016年9月以降、デジタル遺品研究会ルクシー(http://www.lxxe.jp/)の理事を務めている。2017年8月にはデジタル遺品解決のための実用本『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)を刊行する。