古田雄介のネットと人生
第12回:クラウドワーカーの報酬は遺族の元に届くか

[2017/5/29 00:00]

インターネットの普及により、不特定多数のクライアントとワーカーがつながるクラウドソーシングという仕事のスタイルが広まっています。

クラウドソーシングで働いていたワーカーが亡くなったとき、その報酬はどのようになるのでしょうか。15のクラウドソーシング企業に取材しました。

国内でも10年以上前から広がっているクラウドソーシング

クラウドソーシングとは不特定多数の人に業務委託する仕事の形態を指します。

依頼主は、頼みたい仕事があったらインターネットを介して不特定多数の働き手に向かって依頼し、働き手(クラウドワーカー)は空いた時間に自分がこなせるスキルの仕事の依頼を見つけたら請け負って報酬を得る、という柔軟性の高いスタイルです。

仕事の内容はデータ入力や、文章作成、製品デザイン、画像や動画の作成など多種多様。インターネットを使った内職になぞらえる人もいます。

米国では20年前から近いかたちの業務形態が広まっていて、日本国内でも2000年代後半から現在にかけて複数の企業が立ち上がっています。現在は100万人近くの働き手を抱える仲介サービスもあり、株式市場に上場している運営元も珍しくありません。

では、ワーカーが亡くなった場合はどんな手続きがとられるのでしょうか。

基本的に期間契約ではなく、業務単位で仕事を請け負うので、クライアント側に先払いの問題が発生することはないでしょう。

一方で、ワーカーが亡くなって、その遺族がクラウドソーシング仲介サービスに解約や報酬の相続手続きを相談したりということはありそうです。実際のところについて、国内で運営している主要な仲介サービス15社に取材しました。

実際の事例は年1回あるかないか

15社のうち、匿名希望をあわせて回答をもらえたのは12社でした。

ほとんどの仲介サービスには遺族からの問い合わせがまだ届いたことがないそうです。2008年12月にスタートした「ランサーズ」で「年に1回」程度という具合です。

それゆえワーカーが亡くなった後の道筋は未整備のところが多く、利用規約にも「死亡」や「相続」といった文言が見られること自体まれです。

ただ、報酬を遺族に引き渡すことに関しては前向きなスタンスの企業が多いです。先のランサーズの場合、ワーカーの戸籍謄本と問い合わせした人の身分証の写しなどの公的書類を送ってもらい、確認が取れたら未払い分の報酬を登録口座に振り込むといった手続きを経ます。

なお、故人の口座が凍結されていて、遺族の口座に振り込んでほしい場合は、さらに別の手続きも必要になります。

ランサーズの利用規約。利用規約には記載がないが、相続の手続きは確立している。そうした例は少なくない

また、100万人超のワーカーを抱える「クラウドワークス」は「ご遺族による未払い報酬の受け取りにつきましては、相続財産の分配の手続きに従うことになります。個人情報の開示について弁護士会照会を経由して弊社にご依頼ください」というスタンスです。

いずれにしろ、死亡証明や関係性証明などの法的な裏取りをどう行っていくのかが各社の課題に感じているところのようです。

実際、2007年2月から「シュフティ」を提供しているうるるは「死亡確認や報酬の整理方法などについて、顧問弁護士と相談して、ルール化を図っていくことが必要と感じております」と話していました。

登録時に厳密な身分証明がいらない分、相続や遺品整理が必要な段階になったときに法的証明の手間が大きくなるというのはある意味ネットサービスの宿命です。

その手間は解消できないものの、相談すれば乗り越えるのに協力はしてくれる。そんなスタンスがクラウドソーシング業界全体に流れる空気なのだと感じました。

労働の対価感が相続対応を促進しそう

この空気は同じ報酬系ネットサービスでもジャンルによって意外と大きく変わります。たとえば、ショッピングモールやゲームサイト内で独自に設定しているポイントは相続対象と捉えず、遺族からの問い合わせを想定していないところがほとんどです。

自分のサイトに貼った広告などを報酬に替えるアフィリエイトサービスも、報酬の単位を独自ポイントに設定し、一定額たまったら円や他ポイントに交換できるという仕組みを採用しているところが主流で、やはり相続の道筋は用意していないところが多いです。

一方、クラウドソーシングサービスにもリアルワールドが運営する「CROWD」のように独自ポイント制を採用しているところもありますが、「現状は予定しておりませんが、今後の検討課題のひとつでございます」(同社)と、相続手続きに関して道を開く余地を残す姿勢がみられます。

会員が手がけた写真や動画を提供する素材サイト「PIXTA」も独自ポイント制を敷いており、会員死亡時はアカウントを閉鎖してこれまでの報酬も没収という規約になっていますが、「遺族からしかるべき相続手続きの要請等があった場合には、適宜、弊社顧問弁護士と相談のうえ対応いたします」(同社)といいます。

PIXTAの利用規約。会員が死亡した場合は退会する規約になっているが、相続の相談に関しては個別に応じてくれる構えだ

このあたりの空気感の違いは、各業界各サービスの利用者数や貯めている額の多寡のほか、“労働の対価”感も関係していそうです。

クラウドソーシングは雇用形態が新しくても、ひとり一人の作業の実態は従来からある労働と変わらないので、その道にあまり詳しくない遺族であっても、対価を支払ってもらうという考えにすんなりと行き着きます。

「故人の勤務先に未払い分の給与を支払ってもらう」という行為の延長線上にあるイメージです。この労働イメージにより、クラウドソーシングサービスの相続対応は他の報酬系ネットサービスに比べてハイペースで整備されていくのではないかと思います(相談実数が増えるなどして対応のノウハウが蓄積しなければならないので、それでも短くて5年はかかると思いますが)。

ワーカー本人が家族に会員情報を伝えよう

とはいえ、現時点ではワーカーが亡くなった後は遺族が動かなければ相続や会員登録の抹消といった手続きは始まりません。万が一の際、家族を困らせないためにワーカー本人はどんな心構えが必要でしょうか。

取得した回答すべてで共通していたのは、会員情報やパスワードを家族に知らせておく、死後に伝わるように準備しておく、というアドバイスでした。

「(遺族からの問い合わせの際)ご本人の登録名やログインパスワードなどのアカウント情報が明確であれば、時間をいただかず確認が可能かと思われます」(「Bizseek」を運営するアイランド)

「当サービスだけでなく、大事なサービスに関しては、ログインIDなどの会員登録情報をご家族やお身内に共有しておくことをお勧めします。まずはご本人確認が大事になりますから」(「Craudia」を運営するエムフロ)

それを踏まえ、一度デジタルの持ち物を整理してみるとよいかもしれません。クラウドソーシングを含め、ネット口座やスマートフォンのパスワードなど、突然自分が動けなくなくなったら家族が困るであろうものの所在を一枚の紙のまとめて、預金通帳などに挟んでおく。

これを1年に1回くらいのペースで更新すれば、随分混乱が抑えられると思います。

デジタル資産をまとめるシートは私が所属しているデジタル遺品研究会ルクシーのサイトで無料公開しているので、興味があればぜひダウンロードしてください。

会員情報を書いたメモを預金通帳などにはさんでおけば、いざというときに発見してもらいやすい

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古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。書き手が亡くなった100件以上のサイトを追った書籍『故人サイト』(社会評論社)を2015年12月に刊行。2016年9月以降、デジタル遺品研究会ルクシー(http://www.lxxe.jp/)の理事を務めている。

[古田雄介]