海外ではデジタル遺品をどう扱っているか

[2017/11/24 00:00]

デジタル遺品という新しいタイプの遺品は、世界各地でほぼ同時期に誕生したといえます。

日本ではここ最近になって対処すべき問題として取り沙汰されるようになってきましたが、海外の国々はどのように向き合っているのでしょうか。この道で先行している欧米の動向を調べてみました。

米国では46州でデジタル遺品法が制定されている

米国では、2011年頃からデジタル資産関連法に関する議論が活発になり、2014年7月にはUniform Law Commission(ULC/統一州法委員会)がデジタル資産の相続に関する法的な基準「Fiduciary Access to Digital Assets Act(FADAA)」を発表しました。

翌月にデジタル遺品法を制定したデラウェア州を皮切りにこの基準を採用する州は相次いでいて、2017年時点で46州が導入するまでに至っています。

FADAAの大筋は、パソコンやスマートフォンに保存されたファイルやアプリ、インターネット上のアカウント、仮想通貨などのデジタル資産を適正に相続できるようにするというものです。

故人が残したデジタル資産は、法定相続人や弁護士などの「受諾者」が管理できますが、故人が生前に残した意思によってアクセスを制限できます。また、オンライン上の資産については、サービス提供側の利用規約に則ったうえで取り扱うことになるので、Facebookのようにアカウントを相続しないルールで運用しているものはそのスタンスが尊重されます。

FADAAは大まかな輪郭にすぎないので、サービスごとの規約の違いを調べて適正に対応していくという骨の折れる作業は解消されません。しかし、遺族が困ることは多くはないでしょう。

米国では公的な遺言書が残されていない場合、相続手続きが日本よりはるかに煩雑になるため、ほとんどの場合は法律家が間に入ります。FADAAをもとに作業するのは、大抵の場合においてその道のスペシャリストとなるわけです。改正しながら全米に広がっていることが、順当に機能している証左といえるでしょう。

ULCの公式サイトにあるFADAAのページ

EUではデータ保護の統一基準が作られるが、遺品周りは各国対応

欧州に目を向けてみると、EUとして個人のデジタルデータを保護する動きが目立っています。

2018年5月には「General Data Protection Regulation(GDPR/EU一般データ保護規則)」という、EU圏内の個人の情報を扱う全世界の団体が対象となる規則が施行される見込みです。世界を股にかけてビジネスする企業にとっては無視できないものですが、今のところデジタル遺品に関する直接的な関わりはないようです。

デジタル遺品に関しては、各国がそれぞれのスタンスで法整備しているのが現状です。

フランスは2016年10月に「Digital Republic bill(デジタル共和国法案)」を公布しています。デジタルデータとオンラインの資産に関する総合的な法律で、利用者の没後(mort numerique/デジタル死)に関しても、オンライン上に残った資産が適切に保管・相続される道筋を作るように第20条で言及しています。

フランス「Digital Republic bill」に関する公式解説。第20条の解説で、死後の資産の取り扱いについて言及されている

デジタル先進国として知られるエストニアは、より具体的です。データ保護法により、デジタル資産の持ち主の意思は没後30年後まで有効と定めています(第12条)。また、没後30年間は遺族が故人のデータを処理する権利が制限付きで与えられています(第13条)。

EU以外で目立つのはスイスです。相続法によって、故人の資産は持ち主の最終的な意思がない場合は、法定相続人が権利も義務も引き継ぐとされていますが、そこにはデジタル資産も含まれています。

ただ、いずれの国でもオンラインサービスが設定している利用規約が先に立って、その外枠として法律がある構図なので、相続を認めないルールで運用しているサービスならどこの国でもやはり相続は認められないというのが現状です。

解釈によってはバッティングする部分もあり、実際に裁判も行なわれているので、今後変動することは十分にあるでしょう。相続に関して、法律家が関わる頻度が高いのは米国同様なので、問題が渋滞する前に速やかに改良されていくかもしれません。

Facebookも自らのスタンスは未完成だと認める

各国の動きをおしなべてみると、デジタルの資産・遺産を従来の資産・遺産に準じた形で処理するように枠組みを作っている最中のようにみえます。

しかし、サービスの会員登録時に厳密な身分証明を求めるような動きはあまりみられません。今後も簡単な手続きでオンラインサービスを始められそうですが、一方で、所有者が亡くなった後に誰もそれを証明できないままネットに存在し続けるようなアカウントなりページなりはこれまでどおり生まれていきそうです。

そうした“オンライン亡霊”が漂うなかで、故人や遺族に気にかけられたオンライン遺品の処遇は様々な判決や論議を経て改善されていく――そんな道を辿るのではないかと思います。そういう意味で、草分けたる欧米諸国においてもデジタル遺品問題はまだまだ未解決なテーマといえるのではないでしょうか。

世界中にユーザーを抱えるFacebookのような巨大企業も、この問題に頭を悩ませているのが実情です。

同社は2017年6月に「困難な問題(Hard Questions)」と題して、簡単には片付かないインターネット上の問題を7つ提示しました。そのなかには、嘘情報の拡散防止やテロリストの悪用されない方策などとともに、「オンライン上のアイデンティティは人の死後どうあるべきか」という項目もあります。

同社は「故人が残したダイレクトメッセージを開示してほしい」「アカウントを提供してほしい」という遺族からの訴えをしばしば受けています。しかし、裁判になっても最終的には求めに応じていません。

それは故人やダイレクトメッセージの相手のユーザーと取り交わした規約違反になってしまうことなのが根拠になっています。それでも現在のスタンスが100%正しいと確信しているわけではないことは、この件に言及したプレスリリースを読めばわかります。

Facebookが2016年8月に発表した「困難な問題:オンライン上のアイデンティティは人の死後どうあるべきか」のリリース(日本語訳版)

日本はまだ空白状態

翻って日本のデジタル遺品を取り巻く環境を見てみると、まだ業界のガイドラインもない状態です。欧米と比べると相続の場面で遺族が自ら動くケースが多いことを考えると、デジタル遺品を円滑に処理する難易度は高めといえそうです。

国内の法整備の動きについて、日本デジタル終活協会の代表を務める伊勢田篤史弁護士は「相続法改正における法制審議会においても、デジタル遺品に関する議論はなされておらず、今度の相続法改正において、デジタル遺品に関する改正がなされる可能性は低いでしょう」と語ります。

デジタル遺品のなかでも、とりわけインターネット上の遺品については海外と地続きです。国内で新たな動きが起きなくても欧米の整備が進めばそれにつられていく部分もありそうですが、「社会問題となるような大きな動きがない限り、デジタル遺品に関する具体的な法整備がなされる可能性は低いでしょう」といいます。

国際的なサービスの利用規約は各国の法律に磨かれていき、それが日本国内の法整備とはあまり関わり合わずに変化していく、という流れになりそうです。

世界のデジタル遺品(特にオンラインの遺品)に関するルールつくりの動きがもっとも顕著に表れるのは、FacebookなりGoogleなりの世界的IT企業の利用規約かもしれません。

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古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。書き手が亡くなった100件以上のサイトを追った書籍『故人サイト』(社会評論社)を2015年12月に刊行。2016年9月以降、デジタル遺品研究会ルクシー(http://www.lxxe.jp/)の理事を務めている。2017年8月にはデジタル遺品解決のための実用本『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)を刊行する。

[古田雄介]