古田雄介のネットと人生
第20回:2018年、デジタル資産の姿はどう変わる
誕生して間もない「デジタル資産」はまだ過渡期にあるため、短期間で価値も周囲の環境も大きく変わります。
1年前の情報でさえ古くなってしまうなか、2018年の終わりにはどんな姿になっているのか。最新情報をもとに見通したいと思います。
オフライン:鍵なし突破の難易度上昇、バックアップ性能も上昇
スマートフォンやパソコンの中に保存されているオフラインのデジタル資産は、それ自体が大きな変貌を遂げることはないでしょう。家族写真やダウンロードしたメッセージ、仕事のファイルなどの重要さは以前と変わらないはずです。
しかし、保存している器――スマートフォンやパソコンの管理方法は変わっていきます。同じ機器を使い続けていても、OSや管理ソフトのバージョンアップにより、これまでの方法が使えなくなることがしばしばあるのです。
たとえば、iPhoneは連係ソフト「iTunes」を使ってパソコンにバックアップを残したりデータをやりとりしたりできますが、2017年9月のiTunesバージョンアップ以降、インストールアプリの一括管理メニューがなくなりました。
同時に、iPhoneの中身を丸ごとコピーする「暗号化バックアップ」機能を使っても、個別アプリやブック、着信音の設定は復元できなくなっています。このため、パスコードが分からなくなった端末をiTunesに暗号化バックアップして、それを復元することで中身を得るという手法でも、100%元の状態に戻すのは難しくなりました。
少し古い話ですが、Android端末もパスワードを忘れた際の復元が困難になっています。2015年半ばまではGoogleアカウントでログインした他の端末からパスワードを変更する手が使えましたが、現在は利用できません。
これらの動きから、スマートフォンのロックを解除するハードルが年々高くなっていくのは確実でしょう。
生体認証技術も進んで、持ち主は楽に施錠と解除ができるようになっていますが、何らかの事情で通常のロック解除ができない場合はなかなか苦労しそうです。
一方のパソコンはパスワードを忘れた際にリセットする方法が今のところ確保されていますが、管理方法はやはり変化がありそうです。注目されているのは、2018年3月の大幅アップデート(通称「Redstone 4」)により、搭載される予定の「タイムライン」という新機能です。
これまでに操作したファイルやソフトの履歴が時系列で辿れる機能で、いわばパソコン上(より正確には同一アカウント上)の作業が“全録”できるようになります。作業の記憶から目当てのファイルなどが探し出せるようになるので、管理やバックアップはとても楽になりそうです。
しかし、見られたくないファイルを家族や同僚に内緒にするには新たな工夫が必要にもなるかもしれません。いずれにしろ個々人のバックアップ方法やファイル管理方法に影響を与えるのは必至でしょう。
オンライン:仮想通貨絡みと個人情報絡みで大きな変化が起きそう
オンラインに目を移すと、変化はさらに大きくなります。
年内に確実に発生するのは個人情報絡みの動きです。この連載の「海外ではデジタル遺品をどう扱っているか」でも触れたように、5月にはEUが「General Data Protection Regulation(EU GDPR/EU一般データ保護規則)」というルールを施行します。
これはEU圏内の個人情報を取り扱うための枠組みで、サービス事業者がEU圏外に個人情報を勝手に持ち出すのを厳しく規制したり、個人情報の持ち主がデータ消去を申請できる「忘れられる権利」を保証したりします。
インターネットには国境がありませんから、どんなサービスもEU圏内の利用者を抱える可能があります。すると、EU GDPRにあわせて利用規約を見直す必要が出てきます。
規約の更新だけならデジタル資産に与える影響はそれほど大きくないでしょうが、放置気味になっているサービスの場合はこの機会に閉鎖になることも十分あり得えます。無料ホームページや無料ブログなどをお持ちでしたら、動静を見守っておいたほうがいいでしょう。
また、経済産業省と総務省はEU GDPRを受け、サービス提供元に蓄積された健康データや購入履歴といった個人情報を利用者個人が自由に引き出せる「ポータビリティ権」を個人情報保護法に盛り込む検討を始めています。2020年頃の法改正が目処になりますが、年内にも関連する何かしらの動きがあるかもしれません。
もうひとつ注目したいのはお金絡みの法の動きです。金融庁は2018年度以降を目処に、電子マネーやクレジットカード、ネット銀行の口座などネット関連の金融資産の法律を「フィンテック新法」に一本化して風通しをよくする計画を表に出しています。
加えて、2016年12月に成立した「休眠口座活用法」も2018年1月からすでに動き出しています。年間500~600億円とも言われる休眠口座の資金を社会還元するための法律で、本人以外に知られず休眠化しがちともいわれるネット銀行の口座周りに何かしらの影響を与える可能性があります。
そのほか、今まさに世を騒がせている仮想通貨取引所に関するルールが見直されるのも確実でしょう。
SNSに関してはフェイクニュース対策に絡む動きが今年も続くと思われます。各々の利用者による投稿も、閲覧者が運営元に通報する仕組みの充実と併行して運営元が自発的に巡回する仕組みが強化されていくでしょう。
AIによる解析技術も普及し、「書き捨て」「アップ捨て」のような行為は次第にやりづらくなっていくと思われます。
ユーザーファーストは進みそう。自衛の重要性も上がりそう
以上の動きを踏まえてデジタル資産を俯瞰して眺めてみると、社会の枠組みがデジタルの特異性に順調に対応していっている感があります。
一瞬で丸ごとコピーされうる個人のオフライン資産は、機器のセキュリティ強化によってこれまで以上に強固に守られるようになり、オンラインでは個人情報が各個人に帰属する方向に整備が進み、フィンテック全般の枠組みもしっかりしていきそうです。
利用者の立場でいえば、デジタル資産を「使う」「残す」環境はより安心で快適になっていくと思われます。
一方で、「隠す」という意識でみると、機器の新しい機能やネットの監視の仕組みをよく理解したうえで作戦を練り直す必要がある気がします。日の当たり方が変われば影の位置も変わるので、これは致し方ありません。
さらに注意したいのは「託す」場合です。全体的にユーザーファーストが進んでいますが、家族や信頼できる誰かと資産を共有する、引き継いでもらうといった行為については、各端末各サービスによって判断が分かれ、統一の手法はまだ形成されないようです。
それでいてセキュリティが強固になり、デジタル資産の重要性も増しているわけです。これまでに増してきちんとした対策が重要になってくるでしょう。
今のうちにデジタル資産を見返したくなった方は、前回の「年の瀬に最短30分でデジタル資産を整理する」をぜひ参考にしてください。
古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。書き手が亡くなった100件以上のサイトを追った書籍『故人サイト』(社会評論社)を2015年12月に刊行。2016年9月以降、デジタル遺品研究会ルクシー(http://www.lxxe.jp/)の理事を務めている。2017年8月にはデジタル遺品解決のための実用本『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)を刊行する。