古田雄介のネットと人生
第21回:世代間のデジタルデバイドは、すでに崩れ始めている
ITを使いこなす度合いによって生じる、情報や機会の格差を「デジタルデバイド」といいます。
国内においては、年配な人ほど情報端末やインターネットを敬遠するといった世代間のデジタルデバイドが大きいと思われてきました。しかし、それはまもなく過去のものになるかもしれません。
70代で5割がネット活用も、スタンスは消極的か
スマートフォンやパソコン、インターネットの使用に関する世代間の格差は年々少なくなっているようです。
総務省の「通信利用動向調査」をみると、60代後半で7割、70代でも5割以上の人がインターネットを利用していると答えていますし、日本能率協会総合研究所による最新の調査結果でもほぼ同じ結果が出ています。
一方で、同省の「高齢者の日常生活に関する意識調査」(最新は2014年版)では、60歳以上でネットやスマートフォンを「まったく利用していない」「あまり利用していない」人の割合は67.2%に達しているとも伝えています。
ここから推測されるのは、「ネットにつながる環境は持ってはいるけれど、あまり積極的には利用していない」という、平均的なITとシニアの方との距離感です。
普及率でいえばずいぶんデジタルデバイドが埋まっているように見えますが、実情ではまだまだ若い世代との開きがあるという感じでしょうか。
しかし、個別の事例を調べていくと、消極的ではないIT活用の流れも見えてきます。
年代の垣根なく使われるアプリやサービスが増える
ベンチャー企業のウェルビーは、糖尿病や生活習慣病を患っている人に向けて、日々の血圧や血糖値、運動量などをクラウド上で管理できるアプリ「Welbyマイカルテ」を2014年1月から提供しています。
累計ダウンロード数は非公開ながら、一部のシニア向けスマホにプリインストールされ、多くの医療機器と連係するなど利用環境は順調に拡大しているようです。
注目したいのは、年代別の利用率が高齢ほど高くなっていることです。
全世代の平均は26%となりますが、50代~70代のユーザーは30%を超えていて、60代にいたってもは38%となっています。
糖尿病や生活習慣病の通院治療は40代以降が多いという事情もありますが、スマートフォンアプリの利用率がこれだけシニア層で高くなるとは運営側も予想していなかったとのことです。
行政の取り組みで目を見張るのは、神奈川県が2016年3月にスタートしたサービス「マイME-BYOカルテ」です。
病気になる手前の状態である「未病」の段階から自分の健康状態を把握してもらうというのが根本の目的で、電子版お薬手帳や民間企業の健康アプリなどとの連係も盛んに行なっています。
家族の情報も登録可能で、災害情報の通知も含めてもしもの際に役立つのは県運営ならではの特長といえるでしょう。
当初はWebで提供していましたが、2017年4月からはスマートフォンアプリも使えるようになりました。
利用者数の目標は当初から2017年3月で1万人、2018年3月で5万人、2019年3月で50万人、2020年3月に100万人と設定していますが、実際の推移も今のところ想定通りとのこと。
2018年2月初旬の時点で4万1千人を超えているので、2018年3月目標も問題なくクリアできそうです。
年代や性別の解析は2018年度から取り組む予定で、まだ正確な割合は見えていませんが、運営する神奈川県ヘルスケア・ニューフロンティア推進本部室は「コアユーザーはおそらく子育て中のお母さんです。一方で、行政情報誌を介して高齢者の方の利用も広がっているのも実感しています。口コミというより、SNSを介して広まっている印象ですね」といいます。
ちなみに、「子育て中のお母さん」がピックアップされたのは、電子母子健康手帳の機能を持つ民間アプリ「母子モ」と連係する人の利用率がとりわけ高い数値で安定しているためだそうです。
ただ、「母子モ」を提供するエムティーアイは「離れて暮らす祖父母の方にもご利用いただけます」と訴求しているので、子育て世代以外にも利用者が広がっている可能性もありそうです。
PHRの浸透がデバイド解消を促進しそう
「welbyマイカルテ」と「マイME-BYOカルテ」、それに「母子モ」は、いずれもPHR(Personal Health Records)にカテゴライズできます。
PHRは自分自身の健康情報や医療情報を自分で管理できる仕組みで、インターネットやスマートフォンなどの活用を前提に設計されているサービスです。
年齢が上がっていくに従って無視できなくなってくる健康情報。その効率のよい管理方法として注目されるPHRを利用するにはデジタル環境が欠かせません。
越えなくていい壁は高いままですが、越えなければならない壁は行き来するうちに低くなっていきます。PHRが世代間デジタルデバイドの解消に貢献している側面は大いにありそうです。
そうなると、どれだけ実用性の高いPHRが広まっていくかが今後のデジタルデバイドを考えるうえで鍵となりそうです。
神奈川県ヘルスケア・ニューフロンティア推進本部室は、マイME-BYOカルテに関する県民の声についてこう話していました。「サービス開始時から一貫した印象ですが、デジタルにアレルギーのある方はあまり多くない印象です。むしろ『使ってみたいけど、やり方がよく分からない』という声を多くいただきます」
ネットやアプリを使ったサービスの抵抗感が薄まった今、「やり方がよく分からない」を解消するような分かりやすいサービス、あるいは周囲のサポート環境があれば、案外早いうちに世代間デジタルデバイドはなくなるのかもしれません。
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古田雄介(ふるた ゆうすけ)
1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。書き手が亡くなった100件以上のサイトを追った書籍『故人サイト』(社会評論社)を2015年12月に刊行。2016年9月以降、デジタル遺品研究会ルクシー(http://www.lxxe.jp/)の理事を務めている。2017年8月にはデジタル遺品解決のための実用本『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)を刊行する。