旦木瑞穂の終活百景
第十六景『葬儀業界初のポータルサイト「いい葬儀」を作った「鎌倉新書」』

[2016/12/26 00:00]

「終活」という言葉が誕生したのは2009年。『週刊朝日』の元副編集長、佐々木広人氏が生みの親とされています。

鎌倉新書は、「終活」という言葉が生まれる前の2000年に、全国の葬儀社検索、お葬式のマナーや葬儀に関する総合情報サイト「いい葬儀」をスタートさせました。

2001年には、供養業界のビジネス情報誌である「月刊仏事」を創刊しました。

当時、全国の葬儀社を検索できるサイトはなく、画期的なサービスとして瞬く間に広まりました。

一方「月刊仏事」は、供養業界全体の情報を網羅し、業界を問わず通用するビジネスのヒントや、消費者目線のデータを掲載するビジネス情報誌として、確固たる地位を確立しています。

2016年最後となる終活百景は、「終活」がブームになる前から「終活」と向き合い、ビジネスチャンスを探ってきた鎌倉新書の清水祐孝社長にお話を伺いました。

清水祐孝 社長

「いい葬儀」を振り返って

「もともと我々は、仏教書を作る会社でした。『いい葬儀』を始めたのは、関連した領域だったというのが理由の1つです。消費者と葬儀社の間には、情報のギャップがありました。消費者は、葬儀のことは全くわからず、葬儀社が100%情報を持っているという状況が続いていました。この問題はいつか誰かが解決しなければならないと考えていましたし、ニーズもありました。両者の情報格差を解消することが、ビジネスにつながればいいなと思っていました」

この情報格差のために、葬儀社側の人間がいくら誠実に対応しても、消費者側は警戒してしまいます。

「我々はずっと出版の世界で生きてきましたが、これから先は、『ネットを使って情報収集したい』というニーズが高まるだろうなとは思っていました。でも、『高齢社会が到来するから、絶対儲かるだろうな』という感覚ではなかったですね」

清水社長は言います。

「『葬儀はきっちりやった方がいいですよ』『火葬だけで済ませちゃいけないですよ』などといくら呼びかけても、お金をもらう立場のものが言うと何となく説得力がありません。そういう意味で、間に入って情報格差を解消することが、我々ができる大きな仕事の1つだと思ったんです」

現在の「いい葬儀」。累計相談件数は23万件を越えている

「いい葬儀」立ち上げから16年が経ちました。情報格差は解消できたのでしょうか。

「解消できたという側面がある一方で、価格だけが一人歩きしているという側面もあります。葬儀というものが不透明だから、単純に『価格を安くしました』ということが進み、安い選択肢は増えたけど、その一方で、不適切なものを選択する危険性も広がりました」

葬儀の価格を明確に打ち出した葬儀社が増えたことで、低価格競争が激化してしまったようです。

「例えば高齢で、身寄りがないとか、経済的に余裕がないとか、そういう人たちに、派手な葬儀をしろとは言いません。でも逆に、まだ人間関係が残っている人たちまでが、偏った情報の受け入れ方によって、『適切なものが得られない』という状況を解消したいんですよね」

以前は、一部の葬儀社によって、消費者が葬儀社に警戒心を抱くようになっていたように思いますが、現在も同様に、一部の葬儀社の安易な言動が、葬儀の低価格競争を招いているような気がします。

「もちろんネットには、適切な情報も、バイアスがかかった情報も、フィルターなしに伝えられるという、いい面も悪い面もあります。自分たちとしては、必要としている人たちに適切な情報を伝えようと努力してきているつもりですが、全体として良くなっているかというと『まだまだだな』という印象を持っています」

どんなに便利なツールができたとしても、使いこなせなければ宝の持ち腐れです。消費者側も、情報を読み解く力が求められます。

「月刊仏事」の目的

「月刊仏事」最新号。年間購読のみで、購読料は16,200円(税込)

一方、2001年に創刊された「月刊仏事」ですが、もともとは「宗教と現代」というタイトルのお寺の情報誌でした。

「お寺の情報誌は、ある宗派の話題は別の宗派には関係がなかったり、僧侶の中にも、信仰的なものには全く興味がない人がいたり、逆に経営には関心がない人がいたり、ビジネスとして的が絞り辛いと感じていました。そこで、マーケットという意味ではお寺に近い、葬儀やお墓や仏壇といった業界の事業者の方が、興味が向くテーマや課題が明確で共通していることに目をつけました」

当時、葬儀や仏壇、お墓の業界誌はありましたが、あくまでもそれは業界側、事業者側からの視点で作られたものでした。

「葬儀を行なうとか、お墓を建てるとか、仏壇を買うといった消費行動は、家族の誰かが亡くなったことによって起きる一連の流れです。だから今後は各事業者たちが、自分たちが扱う商品だけに目を向けるのではなくて、関連する商品の価値を消費者に提供することも必要になってくると思いましたし、それぞれの業界がクロスオーバーしていくことが予想されました」

実際に、葬儀社が仏壇を売ったり、仏壇屋がお墓を売るという、業界のクロスオーバー化が進んでいます。

「だから、事業者は『消費者を見て行動するべきだ』という意味を込めて、業界を横串に刺したような業界誌を作りたかったというのが、『月刊仏事』創刊の理由ですね。当時『終活』という言葉があれば『終活』か、もしくは『供養』というタイトルの方が適当だったのかもしれませんが」

現在、「月刊仏事」は、介護関連の情報もカバーしています。

「長寿化が進み、高齢者の比率が高まっていく社会の中では、死の前後のことを考える時間が、昔より格段に長くなっています。高齢者が持つ課題は、葬儀やお墓だけではありません。『月刊仏事』には、事業者はこの先、『シニアの課題解決という視点で考えた方がいいのではないでしょうか』というメッセージが込められています。シニアの課題にトータルで応えていけるように、死を中心として、前後にテーマを広げていますね」

インターネットと比較して、出版の比率は下がっています。

「インターネットにはインターネットの、出版には出版の良さと弱みがあります。弱みは、今日起こったことを今日届けるのは出版は苦手です。でも一方で、今日起こったことを今日知りたいというニーズがあり、インターネットならそのニーズに応えられます。出版は、なくなることはないでしょうけれど、そこに人々がかける時間やお金の比率はどうしても下がっていくと思います」

「『月刊仏事』の、情報を収集するというメディアとしての役割は、これからも変わりません。もちろん読む側にしても、ネットで情報収集したい人もいれば、紙でじっくり読みたいという人もいるわけですから、部数や採算を、『月刊仏事』や『いい葬儀』というメディア単体では考えていません。鎌倉新書全体のポートフォリオとしては、両媒体とも、それぞれ重要な位置を占めているということですね」

「月刊仏事」があることで、「いい葬儀」に対する信頼が高まるという効果もあるのです。

お通夜と葬儀の2日間では葬儀社は生き残れない

終活市場や葬儀業界は、この先、どう進むのでしょう。

「ここ20年ほど、葬儀の単価は下がる傾向にあります。それは消費者の懐具合が寂しくなったというよりも、社会の変化によって、人間関係が簡素になったからだと私は思います。定年になった直後に亡くなれば大きな葬儀ができますが、これだけ長寿化が進み、あるいは生きていても病院にいる時間が増えれば、自ずと葬儀は縮小化します」

「農林水産業が中心の時代は、生まれた場所で一生過ごすという方が大半でしたが、今はそのような方は少なくなくなりました。大学や就職、転勤などで、人は移動することが多くなりました。社会が変わり、消費者の意識が変わりました。これは、受け入れていくしかありません」

人が生涯同じ地域に住んでいた頃は、祖父母や親戚、町内だけでなく、お寺との付き合いもありました。そんな時代の葬儀と、現在の葬儀が同じなわけがありません。

「需要は減る。供給は減らない。そんな中で生き残ろうとしたときに、価格を下げて数を取りに行こうとすると、必ず同じ地域の他の葬儀社に追随されてしまいます。値下げ競争に陥ることは、お互いが不幸になるだけです」

では、どうすれば今後、葬儀社は幸せになれるのでしょう。

「お客様一人一人の満足度を高めるしかありません」

しかし、葬儀の満足度というもの自体が曖昧です。

それに、葬儀は頻繁に経験するものではありません。比較対象が数年前のものでは、正しく比べられません。

「私はそもそも、お通夜と葬儀の2日間を最適化するということだけで、葬儀社が生き残っていけるとは思えません。もちろん、資本力があるところの戦い方は別ですし、『生き残っていけるよ』という人はいるかもしれませんが。ではどうすればいいのか。1つは、視点を変える必要があると思います。『自分は葬儀の会社ではない』と考えるべきでしょう」

「これまでより視点を広げて、『人の死の前後』で、いかにして『目の前にいるお客様に満足を与えられるか』を考えることが大切なのではないでしょうか。お通夜と葬儀の2日間のみではどうにもなりませんし、価格を上げ下げすることでは幸せになれません。『その家族の課題は何か』『どこを解消してあげればいいのか』ということを、その会社なりに考えるということだと思います。もしかしたら解決の1つは、グリーフケアかもしれないし、事前カウンセリングかもしれません。いろいろな考えがあると思います」

葬儀業界も消費者の多様化に対応できなければ生き残っていけないということなのかもしれません。

「葬儀業界の、競争が少なくて単価が高いという時代は終わりました。『2日限りのイベント施行』という考え方では、今の厳しい状況からなかなか脱却できないのではないかと思います。じっくりとした取り組みが必要でしょうね」

鎌倉新書では昨年、お別れ会をプロデュースする、『Story事業部』というものを立ち上げました。

「お別れ会は、特別な人だけが開くものではなくて、一般の人たちも、その人にはその人の歴史やストーリーがあるわけですから、盛大ではなくても、その人の歴史をなぞるようなイベントを開催してもいいのではないかと思うんです」

「安さを優先して、直葬をしてしまった後に、『ご焼香させてください』という人がパラパラと現れ、思いのほか対応に手を焼くことも少なくありません。直葬後でも、故人に縁のある人たちに集まってもらえば、遺族が楽だということもあります。『直葬だけで終わらせてしまう人へのアップセールス』という事業者としての側面もありますが、『そういうものを志向する人たちが増えていくだろうな』というニーズを見越して始めました」

昔からある「葬儀」の枠を超えて、その人が生きてきた歴史にクローズアップする「お別れ会」。

お坊さんがお教を読み、会葬者が順番に焼香していくような、決まりきった「葬儀」のあり方に、疑問を持つ人にも受け入れられそうです。

「プロデュースさせていただいた方には、ものすごく喜んでいただきました。手応えは感じていますが、我々はもともと葬儀社でもイベント会社でもないので、同じような価値観を持った人たちに、やってもらえたらいいなと思っていますね」

葬儀は生を学ぶ機会

「私は父親から会社を受け継ぎ、『この先、仏教書では生き残れない』という思いがあって、少しづつ修正しながらここに辿り着きました。だけど長年やってくると愛着も湧いてきます。理念にもあるように、人と人とのつながりに『ありがとう』を感じる場面のお手伝いがしたいと考えて、ここまでやってきましたが、葬儀は、人と人とのつながりの中で、自分の生を考えるいい機会だと思うんです」

「朝起きて、『今日も生きてて良かった』と思う人はほぼいません。大抵の人は、生きていることが当たり前だと思っています。でも一方で、死ななくて済む人は一人もいませんよね。つまり、人が死を意識することは滅多にないということです。だけど、例えば親が死ぬと、『30歳差だから俺もあと30年か』とか思うわけで、近しい人の死は、自分の生を考えるいい機会だなと思います」

清水社長は、2014年に先代の社長であるお父さまを亡くされています。

「『自分が死ぬまであと30年か』となったとき、『死んだら持っていけないんだから、お金に執着してもしょうがない』と考える人がいるかもしれません。大竹しのぶさんが忌野清志郎さんの告別式で『あなたのように』とスピーチした理由の1つは、『人の死を見て自分の生を考えるいい機会』だから。もう1つは、自分のスピーチを自分の耳で聞いて、脳みそに入れることで、『人の生を題材にして、自分の生の誓いを立てる』という意味があるのではないかと思います」

「私はお坊さんではないので、宗教的な意味合いはよく知りませんが、やり方はともかく、日本の葬儀のようなものが世界中に必ずあって、人が集まって何か儀式のようなことをやっている意味は、葬儀が『残った人が自分の生に関して考える重要な勉強の時間』だからだと思います」

そういう機会を作らないのが直葬で、家族だけで独占するのが家族葬。見方を変えると、すとんと腑に落ちます。

「だから、価格ばかりに目を向けるのではなくて、『せっかくの学びの機会なんだから、家族以外にも時間を作ってあげようよ』と私は思うんです」

清水社長は同社のサイトと「月刊仏事」で、社長コラム“展望”を連載しています。

「私は若い頃『どうしたら商売が上手くいくか』ということばかりを考えて突き進んできたんですが、振り返ってみると、それはそれで良かったと思うし、ある種の充足感もあります。いろんな意味で勉強になったと思うので、これからも、自分が思ったことや気付いたことを、もっと発信していきたいと思っています。それを人様は受け入れる必要はないと思いますが、もし参考になるなら、参考にしていただければと思います」

そう言って、いたずらっぽく笑いました。

鎌倉新書の使命

終活ブームと言われて久しい昨今ですが、終活市場は思うほど盛り上がっていない印象です。

「私も、いろんなところに話に行くんですが、高齢者のみなさんの関心は高いです。だけど、葬儀社のセミナーで実際に生前予約をして帰る人がいるかというと、ほとんどいません」

「多くの高齢者が不安感、課題感を持っています。時間はある。でも、今日決めなければいけないかというと、別に今日じゃなくてもいいわけです。でも、カッコイイ車や洋服、家だったら、決断はそこまで先延ばしにしないはずですよね。保険と同じで、必要性は感じる。でも、ワクワクしない。なぜって、自分が倒れた時のことなんて誰も考えたくないですから。『今は元気だからそのうち考える』となってしまいます」

「ニーズはあるけどウォンツじゃない。必要性は感じるけど、欲しいものじゃない。終活の世界で、『今日欲しい』『今日必要だ』と『消費者に思わせるにはどうしたらいいか』という視点を持つことが重要なんだろうと思います」

清水社長には、その答えが見えているのでしょうか。

「その答えが何なのかは、それぞれが考えればいいことで、私もそれなりに一生懸命考えています。私は、いくら高齢者が増えても、終活業界でニーズをウォンツに昇華できないうちは、ビジネスにはならないと思っています。結局、後回しのまま亡くなって、家族が葬儀や相続の手続きを行う。そういうパターンが続くと思います。高齢者が自分で意識的に動く状況を作るにはどうしたらいいか、知恵を絞っていかなければなりません」

「葬儀や相続は、高齢者の自己実現の一部だと思うんです。だから『高齢者の自己実現のお手伝いをする』というのが我々の使命であり、例えばその中には、その人の生きた証を後の人に伝えるような、自叙伝のようなものもあってもいいかもしれません」

「終活という言葉を辞書で引くと『元気な生きている間に、相続やお墓や葬儀のことを準備すること』なんて書いてありますが、それはごく一部だと思っています。高齢者の人が、『人生が最期に近づく間』の、『頭も体もちゃんと動く間』に、『自分がやっておきたいこと』や、『やり残したら後悔しそうなこと』を『減らす』のが終活で、そのほんの一部に、葬儀や、お墓、相続のことがあるだけだと考えています」

「『旅行をしたい』のならそれも終活だと思いますし、『いつもそばにいる奥さんに、普段は言えないことを言っておきたい』それも終活だと思います。あくまでも、『やりたいことや後悔をなるべく減らす活動』みたいな定義付けを、自分としてはしています」

「終活をお手伝いすることこそが、我々がやるべき社会貢献だと思います。しかし単なる慈善事業でやるわけにはいかないので、上手く事業とマッチングさせていきたいと思います。そこをどう取り組むかが、会社としての挑戦だと思います」

鎌倉新書は、2016年10月に本社を八重洲に移転しました。新しい社屋から、それにふさわしい挑戦の形が姿をあらわす日もそう遠くないでしょう。

新社屋の執務室では全社員が業務にあたっている
集中したい時や打ち合わせなどを行なうテーブルエリア
書籍を自由に読んだり、休憩もできるフリースペース

関連サイト


旦木瑞穂(たんぎ みずほ)
1975年愛知県出身。
産経デジタル「New Roses Web」にてグルメ・イベントレポートや、鎌倉新書「月刊 仏事」で葬儀や介護に関する記事などを連載。
各種パンフレット、ガイドブックなどの企画編集のほか、グラフィックデザイン、イラスト制作も行なう。

Twitter:@mimizupon

[旦木瑞穂]