旦木瑞穂の終活百景
第二十景『高齢者の部屋探しを応援する「R65不動産」』

[2017/2/22 00:00]

最近では、息子や娘に呼び寄せられて引越しをする高齢の親を、「呼び寄せ老人」。息子や娘の住まいの近くに暮らすことを、「近居」というそうです。

かく言う私も、昨年10月に義理の母を名古屋から呼び寄せて、現在は我が家の近くの賃貸に住んでもらっています。

「呼び寄せ老人」「近居」こんな言葉が生まれるくらい、遠くに住む息子や娘を頼って、高齢の親が引っ越しをするケースが増えています。

そこで今回は、65歳以上の高齢者入居可能物件を仲介する「R65不動産」の代表を務める山本遼(やまもと りょう)さんに、高齢者を取り巻く不動産事情について話を聞いてきました。

「R65不動産」代表 山本遼氏

きっかけは2人のおばあちゃん

山本さんが「R65不動産」をスタートさせたのは2015年5月のこと。当時は25歳でした。

広島県出身の山本さんは、現在27歳。愛媛県の大学の工学部を卒業しました。

「モノと関わるより人と関わる仕事の方が面白そうでしたし、不動産業界はシステムが分かりやすく、自ら関与できる幅が多いのではないかと思いました」

「働いている人が楽しそうだった」という理由で、中国四国地方で一番物件を抱える、社員数約150名の会社に入社しました。

就職して2年目には、東京進出のため、新店舗立ち上げスタッフに選ばれます。

山本さんは上司と2人で上京し、新店舗を軌道に乗せるために尽力します。

そして約1年後、新店舗が上手く回り始めると、2店舗目の計画が持ち上がります。

しかし、3年間でひと通りのことを経験した山本さんは、かねてから気になっていたことに挑戦するために、独立を考えていました。

大きなきっかけとなったのは、独立前の不動産会社で担当した80歳の女性でした。

「不動産会社はここが5件目です」と困惑した様子で来店した女性は、80歳という年齢が信じられないほど、元気で若々しい印象でした。女性は4件の不動産会社を回りましたが、ほぼ門前払いに近い形で、物件の紹介さえしてもらえなかったといいます。

不動産会社に就職してから、1年で約300人。3年で約1,000人の担当をしてきたという山本さんは、65歳以上の高齢者を担当するのはこの女性が初めてでした。

山本さんは、何10軒もの不動産会社に電話し、女性の希望条件と合う物件で、高齢者の入居が可能かどうかを、次々に確認しました。

「それこそ、鬼のように電話をかけまくる『鬼電』をしまくりました。断られることがほとんどで、『これほどまでに高齢者の部屋探しが大変なのか』と思いました」

大家さんや不動産会社の多くが、女性の年齢を言った途端に入居NGを出したのです。

しかし、山本さんの努力の甲斐もあり、約1カ月後には入居する物件が決まりました。

そしてもう一人、山本さんに大きな影響を与えたのは、彼が『理想の老人』として憧れる、祖母の存在がありました。

薬剤師だった山本さんの祖母は、76歳まで自宅の1階で薬局を営み、病気が分かってからは自分で身辺整理をして、78歳で亡くなりました。

山本さんは、母親が働く介護施設で目にする老人と、自分の祖母の姿にいつもギャップを感じていました。

「私が思い描く理想の老後は、自立した祖母のような暮らし方です。高齢者の方の『最後まで自分らしく暮らしたい』という思いをお手伝いしたいと思って起業しました」

3年間勤めた不動産会社を退職したあと、「R65不動産」という名前のサイトを立ち上げました。

サイトでは、「第2の人生きっかけメディア」をコンセプトに、65歳以上の高齢者でも入居が可能な物件情報の掲載だけでなく、高齢者の部屋探しの事例や、関連したニュースなども発信しています。

「R65不動産」のサイト。ブログのような作りで見やすい

高齢者が入居可能な賃貸住宅は全体の約1.3%

近年、賃貸住宅に住みたいと考える高齢者は増えています。

配偶者を亡くしたことがきっかけで、持ち家からコンパクトな賃貸住宅へ転居したいと考えるケースや、独り身となった親を心配して、子どもたちが自身の家の近所に呼び寄せるケース、金銭的な問題や介護的な理由から、サービス付き高齢者住宅から住み替えるケースなどが出てきています。

去年呼び寄せた私の義理の母は、現在72歳。

約3年前に義理の父が亡くなり、身体も弱ってきていましたが、寂しさからか気持ちも沈みがちでした。

実際に呼び寄せる前に、不動産会社の担当者に、条件に合った物件をいくつか探してもらいました。そのときに、「高齢者不可の物件は省きました」と言われたのが強く印象に残っています。

ニュースなどで聞いたことはありましたが、どこか他人事のように捉えていたこともあり、このとき初めて「高齢者を嫌がる大家さんは少なくないのだ」と思いました。

「表立っては表明していないことが多いのですが、入居者が高齢者の一人暮らしだと、拒否されることがほとんどです。実は、現在募集中の部屋のうち、高齢者が借りられる部屋は、1.3%しかありません」

「当社から他の不動産会社に問い合わせても、高齢者を受け入れる物件が見つかる確率は10件に1件程度です。多くの大家さんは、単身の高齢者の入居に関して、外国人やシングルマザーの方の入居とは比べものにならないくらい、マイナスイメージを持っています」

私の義理の母の物件探しの際も、特に「高齢者不可」とされていなかった物件で、何度も内見させてもらったにも関わらず、最終的に大家さんから入居を断られるという経験をしました。

「一般的には、年齢だけを理由に入居を断ってはいけないとされています。大変難しい問題ですが、貸す側のリスクを考え、きちんと対処していくことが、これからの賃貸に必要な事だと思います」

物件の紹介は、ていねいで柔らかい文章が特徴。物件写真も明るい

貸す側が恐れるリスク

高齢者が部屋を借りる際に、貸す側のリスクと考えられる要素は、大きく2つに分けられます。

「1つは、孤独死に対する不安です。高齢により突然亡くなってしまうことや、純粋に人が亡くなるということへの恐れ。一人暮らしで亡くなると、発見されるまでに時間がかかる場合が少なくありません。事件性はなくても、特殊清掃が必要になることもあるので敬遠されます」

高齢者の入居に対してリスクを感じている大家さんに対しては、実際に高齢者の入居を受け入れた大家さんの事例などを挙げて説明しているといいます。

「高齢者の方の入居から数週間後に、そこの大家さんと話をしたら、『若い人に比べて、引越頻度は少ないし、静かに暮らされる方が多い』など、高齢入居者ならではの良さを聞くことができました。ささやかですが、こういったコメントを他の大家さんや不動産仲介会社、管理会社に伝えています」

貸す側が抱える不安や心配を取り除く努力も怠りません。

「入居者の方が亡くなった後の対処ですが、火災保険の特約などを上手く適用することで、特殊清掃やハウスクリーニングなどの大家さんの負担を軽減することも可能です。亡くなった後、発見の遅れを防ぐ方法としては、センサーを設置するなど、テクノロジーでカバーできることもあります。ただ個人的には、いくらITが進んでも、テクノロジーに頼るよりは定期的に人と会う機会を作って、結果的に見守りにつながるような温かみのあるコミュニケーションの方が良いと思っています」

山本さんは、新聞配達所や訪問看護ステーションなどと連携し、高齢者に対する地域の見守り体勢を強化していきたいと考え、動き出しています。

「2つ目には、お金の心配です。相談に来られる高齢者の方の中には、身寄りがなく、連帯保証人も立てられず、介護が必要な方も少なくありません。施設に入った方が良いのではないかというケースも多いのです」

基本的に山本さんは、相談に来られた方や他の不動産会社からの依頼はすべて受けています。

「施設の紹介は行なっていませんが、身寄りのない方には、保証会社を使ってきちんと審査をしたり、家財処分の「承諾書」を締結することで、借りられる場合もあります」

貸す側が困るのは、身寄りのない高齢者が亡くなった後に部屋に残された、家財の処分だといいます。現状の法律では、入居者の残した家財を、貸した側が勝手に処分することは認められていません。

一方で、部屋を探している高齢者側にも、さまざまな問題があるようです。

「高齢者の方は、立ち退きなどを別にすれば、そこまで切羽詰まっていないことが多いので、家選びで必要な妥協ができなかったり、なかなか決断できなかったりで、手続きに時間がかかることも少なくありません」

若い人と違って、一度に何件も内見できないことも、時間を要する理由の一つだそうです。

貸す側になってみるプロジェクト

「高齢者が賃貸物件を借りにくいという現状は、僕は問題だと思っているので事業として取り組んでいるわけですが、実際はそこまでボリュームが大きいわけではありません。高齢者の人口が増加していると言っても、その中で賃貸を探している高齢者の方はほんのひと握りです。だから、現状を変えるためには、既存の不動産の仕組みに落とし込んでいくことが大事だと思っております」

「入居者の家財は、一般的には相続人に相続されますが、身寄りのない人の場合、大家さんが処分できなくて困っています。事故物件の定義もありません。自然死をどう扱うべきかなど、整備すべきことはたくさんあります。お金に頼らなくてもいい、きちんとした制度を作るべきだと思います。連帯保証人がいない人をどうすべきかも、早急に考えなくてはいけません」

高齢者とは関係なく、不動産に関する問題は山積みです。

「国が行なうかどうかではなく、自分たちの力で出来るところまでやってみようと思っています。不動産業界で、ここ30年で変わったのはペットが飼える物件が出てきたことくらいです。今30代の人が60代になった頃、賃貸物件が気軽に借りられるようになっているでしょうか。不動産業界自体も、もっと自発的に動くべきです」

山本さんは、「貸す側になってみるプロジェクト」を計画中です。

「今までは、『どうやったら貸せるか』だけを考えてきました。だけど、『大家さんを説得すれば解決』という問題ではありません。貸す側の意識や不安を丁寧に取り除かないと、結局何をやっても一緒だと思います。そのために、実際に物件を抱えて、貸す側を経験してみようと思っています。同じ立場になって初めて、他の大家さんや不動産屋さんに対して、『高齢者の方に貸しても大丈夫です』と説明できます。それと併せて、貸す側が貸してから安心できるようなサービスや制度を考えています。物件量を増やすことよりも、法的な整備が必要だと思っています」

最終目標は「R65不動産」をなくすこと

個人事業主だった山本さんは、需要の高まりを受けて、2016年の4月に「R65不動産」を法人化しました。

最近では新聞やテレビなど、多くのメディアに取り上げられ、忙しい日々を送っています。

「高齢者の方は朝が早いので、私も朝が早くなりました。野菜をもらったり、過去に紹介したお客さんからランチに誘われたりすることもあります。必要とされているということなので、ありがたいと思っています」

高齢者のお客さんとは接する時間が長く、物件探し中に親しくなることが多いため、入居が決まった後も孫のように可愛がってくれる方も少なくないのだとか。

「起業後、一番印象に残っているのは、今まで住んでいたアパートが、建物の老朽化のために立ち退きすることになって、相談に来られた74歳の女性です。やっぱり部屋探しには苦戦しました。サバサバした方だと思っていたのですが、ようやく部屋が決まったときにうっすらと涙ぐんでいた姿は、今でも忘れられません」

再開発が進む東京では、立ち退きで転居せざるを得ない高齢者も少なくないようで、これまでに仲介した方の大半が、建て替えなどに伴う立ち退きが理由だったといいます。

高齢者の多くは、長年暮らした場所の近くで新たな部屋を探そうとしますが、これまで借りていた部屋と同程度の家賃では、借りることが難しくなっているというのが現状です。

「今、高齢者が直面している不動産がらみの問題を、不動産会社の方や大家さん、その他の業種の方とともに解消していきたいと思っています。本当は『R65』なんて頭に付いてなくていいんです。何歳の方でも、借りたいときに借りたい部屋が借りられる賃貸環境が整えばいいなと思っています。そんな住宅環境を作ることが、当社のミッションです」

山本さんは、「自分が高齢になったときに、自由に賃貸物件が借りられる社会であってほしい」という想いもあり、「R65不動産」を立ち上げたと話します。

「社会の課題解決とかそういった気負いはないんです。そんな社会が作れるのなら、『R65不動産』がパクられて、高齢者専門の不動産会社が増えればいいと思っています。『R65不動産』という会社をなくすことが、最終的な目標なんですよ」

スタートからもうすぐ3年。最近は、物件に手すりをつけてくれる大家さんもいて、確実に理解者は増えているようです。

「なかなか部屋が決まらないと責任を感じます。だからこそ、部屋が決まったときは、やっぱり嬉しいです」

「半年も探してきて見つからなかったのに、山本さんに相談したら2週間で見つかった」と、喜ばれることが一番のやりがいだといいます。

「少しずつですが、大手の不動産会社を巻き込めるような仕組み作りをしていきたい」と静かに熱く語る山本さん。

たとえ高齢者を定義する年齢が後退しても、誰もが歳をとる限り、いつかは高齢者になる日がきます。

誰でもいつでも必要なときに、希望の住処(すみか)が見つかる世の中になることを、祈らずにはいられません。

関連サイト


旦木瑞穂(たんぎ みずほ)
1975年愛知県出身。
産経デジタル「New Roses Web」にてグルメ・イベントレポートや、鎌倉新書「月刊 仏事」で葬儀や介護に関する記事などを連載。
各種パンフレット、ガイドブックなどの企画編集のほか、グラフィックデザイン、イラスト制作も行なう。

Twitter:@mimizupon

[旦木瑞穂]