旦木瑞穂の終活百景
第二十二景『葬儀の全国統一価格を実現させた「イオンライフ」』

[2017/3/28 00:00]

日本全国にショッピングモールやスーパーマーケットを持ち、海外展開も積極的に行なうイオン。

そんな小売業界のイオンが、ひとつの事業として「イオンのお葬式」を立ち上げ、葬儀業界に参入したのは2009年9月のことでした。

リーズナブルな葬儀料金と安心感を明確に打ち出すことで、「イオンのお葬式」は瞬く間に社会に浸透し、5年後には「イオンライフ株式会社」として分社化。現在は葬儀だけでなく、相続相談や永代供養墓、海洋散骨、墓じまいなど、終活に関わる幅広いニーズに対応しています。

今回は、葬儀業界出身者として立ち上げ当初から広原章隆社長をサポートし、「イオンのお葬式」に尽力してきた谷知也取締役に、「イオンのお葬式」が誕生した経緯と、そこにかける想い、今後の目標などを伺ってきました。

イオンライフ株式会社 谷知也 取締役

始まりは父の葬儀への義憤から

「2006年に父親を亡くした広原は、実家で葬儀を営みました。葬儀業者から最初に提示された金額は180万円でしたが、実際に葬儀が終わってみると、請求額は250万円に増えていたそうです。確かに必要なものであったと思います。しかし、契約書がない。ずっと商品部で契約社会にいた広原は、契約書がなく、断りなく金額が上がってしまう当時の葬儀業界に対して疑問を持つようになりました」

現在イオンライフ代表取締役を務める広原章隆社長は、葬儀を終えて仕事に戻ると、自らの経験や疑問を社内で話し合いました。すると、同様な経験をして、疑問を抱いていた社員が少なくなく、話し合いは驚くほどの盛り上がりを見せました。

そこで広原社長は、葬儀料金の明確化を前面に打ち出し、遺族感情に寄り添った葬儀事業を会社に提案しました。

広原社長はイオンの従業員たちにヒアリングを行ない、まずは従業員向けに事業の骨組みを作ることにしました。その中で、知れば知るほど不透明な葬儀業界が浮き彫りになり、驚嘆していたといいます。

「見積もりも契約書もなく、葬儀後の追加料金は当たり前のこの世界に一石を投じたい。世の中の人は困っているはずだ。うちには葬儀のプロがいない。一緒にやらないか」

当時、葬儀社のコンサルティングを行なっていた谷知也取締役は、広原社長の熱意に賛同し、2009年2月にイオンに入社しました。

谷取締役の参加から、約半年で準備を進めた「イオンのお葬式」は、スタートした当時、新聞などの広告に「父の葬儀の義憤からこの葬儀を始めました」という広原社長自らの経験から生まれたキャッチコピーが採用されていました。

そして2014年9月、イオンリテール株式会社の1事業だった「イオンのお葬式」は、葬儀だけにとどまらず、終活全般をカバーするために『イオンライフ株式会社』として分社し、イオングループの1社となりました。

葬儀の全国統一価格の実現

「イオンのお葬式」が事業としてスタートしてから7年半が経ち、「イオンライフ会員」は14万人以上になりました。年間葬儀件数は非公開とのことですが、6割が会員、4割が初めての申し込みだといいます。

「まず、従業員へのヒアリングや調査を経て、事業をスタートさせました。そのため、口コミや影響力によって社会に受け入れられることは、ある程度の予想はできていました」

従業員たちからは、「商品の価格が全国のイオンで統一されているように、葬儀の価格も統一できないか」という声が挙がっていました。当時は実際に葬儀を行ってみないと最終的にいくらかかるのか分からないような時代でした。

そのため、イオンの従業員のみならず、葬儀業界に不信感を抱いている人は少なくありませんでした。

「葬儀には、自動車が買えるような金額がかかるにも関わらず、見積もりも契約書もない。返礼品の価格もあってないようなもので、祭壇も使い回し。これは世の中の人は困っているはずだと思いました。そこで私たちは、それまでの葬儀にかかる約半額で、全国統一価格を打ち出しました」

最初は、イオングループの従業員とイオンクレジットカード利用者のみに限定して、静かに事業をスタートしました。

「従業員とカード会員しか利用できないという縛りと、店内にポスターを貼る程度の告知しかしていなかったため、スタートして2~3ヶ月は恐ろしいほど電話も問い合わせもありませんでした。

しかし徐々に『カード会員にならないとダメなの』『イオンでの買物は現金でもできるのに』という問い合わせがじわじわと増えてきました。広原に伝えると、『そんな嬉しい要望があるのなら縛りをなくそう』ということになり、縛りを外した途端、一気にお客様が増えました」

世の中の人々は「イオンのお葬式」のようなサービスを待っていたのかもしれません。

「現在もまだまだ不透明な部分が残る葬儀業界ですが、当時は葬儀社だけでなく、お寺様のお布施にも疑問を抱いている人が少なくありませんでした。広原はここにも『一石を投じたい』と言って、疑問に思うことや不透明な部分を明確にしてきました」

同社はそれまで「お気持ちで」と言われてきたお布施の料金を明確に打ち出しました。また、一度の通夜/葬儀限りの僧侶の紹介ではなく、その後の四十九日法要、盆法要、祥月法要、年忌法要などを引き続き依頼できる、寺院や檀家を持つ僧侶の紹介も行なっています。

顧客の満足度93点

イオンライフは葬儀社ではありません。現在同社は「特約店葬儀社」と呼ばれる全国約540の葬儀社に同社が仲介し、その業者が葬儀を請け負います。

ただし「特約店葬儀社」となるためには、厳しい審査を通らなければならず、140項目にわたる独自の品質基準を満たしていないと「特約店葬儀社」として同社と契約することはできません。

「従業員たちの素人目線から、葬儀で『こうして欲しい』『これは絶対にして欲しくない』と思う内容を140項目の『葬儀サービス品質基準』として定めました。趣旨に賛同いただいた葬儀社を『特約店葬儀社』としてお願いしています」

140項目の中には、「儀式では白手袋を着用」「お別れに使う花が地面に落ちた場合は捨てる(絶対に拾ってお棺に入れない)」といった細かなことまで定められています。当初は「依頼件数が少ない割に要求が細かくて面倒くさい」と葬儀社から反発も受けたそうですが、徐々に理解が深まったといいます。

葬儀サービス品質基準は年に一度差し替え、社会や顧客ニーズの変化に対応しています。

また、利用者には葬儀後にアンケートを行ない、必ず点数をつけるようお願いしています。2017年3月現在のお葬式に対する評価は「93.4点」、担当者に対する評価は「94.7点」で、公式サイトにも掲載されています。

アンケートの点数によって、AランクからEランクに分けています。平均95点以上を獲得しないと、Aランクにはなれません。コールセンターに葬儀の依頼が来ると、依頼者の希望の地域で、ランクが高い葬儀社から紹介されます。そのため、ランクが低い葬儀社は仕事の依頼が少なくなります。

「『小売業界のイオンが専門家をランク付けするのか』と反発を受けたこともありましたが、『イオンライフ基準』を維持するために継続して実施しています。幹部の間では毎週、アンケートのための会議を行なっているんですよ」

Cランク以下の葬儀社は、同社が独自に主催する研修を受けることになっています。

価格も品質も「トップバリュー」を重視する「イオン基準」を満たす葬儀を維持し続けることで、顧客満足度平均93%を保持し続けています。

日々変化する葬儀事情に対応するための「フォローアップセミナー」も行なわれる

黒船来襲と恐れられた葬儀業界参入

ここ10~20年くらいで、家族や親族だけで行う「家族葬」や、通夜・告別式をしないで火葬のみを行う「直葬」を選ぶ人が多くなり、葬儀の縮小化が進んでいます。進学や就職で故郷を離れる人が増えたこと、長寿高齢化が進んだことなどがその要因です。

同社はこうした消費者意識の変化を取り込み、直葬に当たる「火葬式」から、120人の会葬に対応する「一般葬」まで、5つのセットプランを中心に提案しています。

利用件数が一番多いのは、50人の会葬に対応する「家族葬」で、税込49万8千円となっています。一番価格の高い「一般葬」で69万8千円、一番価格の安い火葬式で19万8千円となっています。いずれも必要なものはほとんどがセットになっており、葬儀後に追加料金が発生することはありません。

同社の参入当初は、「価格破壊を起こした」「黒船来襲だ」などと葬儀業界で恐れられたと聞きますが、実際に反発はあったのでしょうか。

「葬儀業界にもいろいろな団体がありますが、葬儀業界への参入を発表した直後に、ある協会から手紙が来ました。その後実際に、当時の会長、副会長の方たちが来社されました。よく、『イオンが価格破壊を起こした』と言われますが、それは違います。私たちは明確にしただけなんです」

葬儀社の一部からも「何でわざわざ業界の違うイオンがやるんだ」と反発を受けたそうですが、その答えは「お客様や従業員たちが困っていたから」と、単純かつ明快です。

「反発もありましたが、私は業界の理解を得るために、約2年くらいかけて、日本全国の葬儀社さんを説得して回りました。話し合いを重ね、時間をかけて理解していただき、納得した上で契約を結ばせてもらいました」

同社は現在、全国約540社の葬儀社(2017年3月現在)と提携しています。

「イオンのお葬式」のこだわり

とかく価格ばかりが注目されがちな「イオンのお葬式」ですが、品質にもこだわりを感じます。

中でも、「会葬礼状」に独自性を打ち出し、遺族に電話でヒアリングを行ない、故人に纏わるエピソードなどを盛り込んでいます。

「専門のライターがご遺族にお電話で5~6分かけてヒアリングし、オリジナルの文面を書き起こします。2人目のライターが構成や常識などを確認し、3人目のライターが校閲を行ない、トリプルチェックで完成させます」

電話取材から文面完成までは約2時間。通夜に間に合わせるように届けています。

一般の会葬礼状は定型様式なので、一読後に捨てられることがほとんどですが、同社の礼状は残しておく人が多く、このサービスがあるために「イオンのお葬式」を利用する人も少なくないといいます。

「最近は、家族葬や火葬式が増えています。本来、家族や親族だけで行う葬儀の場合、会葬令状は必要ありませんが、当社ではその代わりに、お礼の手紙を送ることをお勧めしています」

「イオンのお葬式」の家族葬や1日葬には、会葬令状が50枚ずつセットされています。身内だけで葬儀を行うと、意外と忘れがちなのが、お世話になった方々へのお知らせです。

年末に亡くなられた場合は年賀欠礼で伝えられますが、1月2月に亡くなった場合、年賀欠礼では遅すぎます。親戚やお世話になった方々から「何でもっと早く知らせてくれなかったんだ」と言われてしまう場合もあると聞きます。そんな事態を避けるためにも、お礼の手紙を有効活用して欲しいといいます。

「文面に『亡き父は生前から家族でひっそりと送って欲しいと申しておりました』とあれば、葬儀に参列できないことを残念に思う方々の気持ちも落ち着きます。家族葬を選択しても、お世話になった方への感謝はきちんと示すべきだと私たちは考えています。葬儀の前後はバタバタしてうっかり忘れてしまいがちですが、そこをサポートするのが私たちの役目だと思っています」

インターネットで価格から葬儀の内容まで、詳細を知ることができる「イオンのお葬式」ですが、インターネットから直接、葬儀を申し込むことはできません。専門の教育を受けたコールセンターに電話をすると、特約店の葬儀社を紹介され、葬儀社が決まると、その葬儀社の担当者が直接自宅に伺うという流れになっています。

「葬儀はセンシティブな儀式なので、必ずお会いして諸事情を汲み取り、最適な内容を提案させていただいた上でお申し込みいただきたいと考えています」

「価格・品質・故人さまへの感謝の気持ち。これらすべてがととのってこそ『イオンのお葬式』」同社のこだわりが感じられます。

異業種だからできたこと

「私たちの一番の弱みは、実際に葬儀することができないことです。特約店葬儀社様は、お客様に寄り添うことができます。だから、圧倒的に感謝・感動されるのは、特約店葬儀社様です。

一方で私たちは、多くのお客様とは事前相談からのお付き合いです。また、葬儀の翌日には『お疲れさまでした。ご葬儀はいかがでしたか』とお電話をさせていただいています。その時に、『ありがとうございました。イオンライフさんのおかげで終えることができました』とお客様の声を聞くことができます。最初と最後でお客様の声が聞ける。それが一番のやりがいです」

葬儀を行なうことは、誰もが不慣れで不安なことです。コールセンターのスタッフは、グリーフサポートの研修を受けており、遺族の立場に寄り添って、葬儀に関する不安や質問に対応しています。

コールセンタースタッフは「グリーフサポート研修」を受けている

同社の経営理念には、「お客さまのこれからにずっと寄り添い安心をご提供します」とあります。

「昔は『生前に葬儀の相談なんて不謹慎だ』と言われていました。『生前準備』なんていう言葉もありません。『葬儀社に行くなんて縁起でもない』と考えられていて、敷居が高かった。でもそんな閉鎖的で近寄りがたいイメージの葬儀業界に、小売業界のイオンが入ることで、少しイメージが柔らかくなったような気がしませんか。お葬式という言葉にしても、“イオンの"と前につくだけで、親しみやすさが湧いてきます。たったそれだけでも、やって良かったなと思っています」

同社は業界に先駆けて、全国のイオン店舗を中心に、積極的に終活イベントを開催してきました。

「今力を入れているのは、『生前準備』です。お客様に『生きている間、元気なうちに考えましょう』と呼びかけています」

イベントなどでは、お客様にオリジナルの『メッセージノート』を配布し、「メッセージを残しましょう」「自分が亡くなったらどんなことをして欲しいか書き留めておきましょう」と提案しています。

イオンの店舗で開催される終活イベント

「かつて不謹慎と言われた『死を考える』こと、タブー視されてきたことを、当たり前に話し合える機会作りや社会作りも私たちの仕事であり、責任のひとつだと思っています。私たちが目指す理想形は、誰に聞いたら良いのかわからないことを『とりあえずイオンライフに相談しよう!』と思い浮かべてもらえるような存在になることです」

人々が困っていること、疑問に思っていることとはつまり、社会から求められていることです。異業種から参入した同社がここまで葬儀業界に浸透できたのは、社会から求められていることを実現してきたからに他なりません。

「私が来たばかりの頃『ただの葬儀屋さんになったらだめだよ』と広原はよく言っていました。広原はいつも『お客様がどう思うか』『お客様が困っていることは何だ』とアンテナを張っています。葬儀屋さんにならないために、お客様が困っていることを調査・分析します。お客様や従業員から上がってくる声を大切にしています。紹介業の多くは、紹介したらお客様との関係は終わりですが、私たちには、紹介したという責任があります。お客様に何かあったら必ず駆けつけてお話を聞くスタイルは、事業スタート以来曲げていません」

谷取締役は現在も全国を飛び回っています。同社の「お客さま第一」を貫く姿勢には、感服させられました。

終活を成功させるためのキーワードは、「不安や疑問をそのままにしないこと」ではないでしょうか。

真っ暗で先の見えない未来は、誰もが不安なものだと思います。

だけど、その未来は本当に真っ暗でしょうか。ぼんやりと見えているものから目を背けてはいませんか。

タブー視せず、あらゆる方面から想像して、大体の輪郭を掴むことができれば、備えることができます。準備し、対策を立てておけば、それをしなかったときよりも安心を得ることができます。現在をより楽しく充実したものにするためには、安心こそが必要不可欠なものなのかもしれません。

関連サイト

【編集部よりお知らせ】「旦木瑞穂の終活百景」は、今回が最終回となります。ご愛読ありがとうございました。


旦木瑞穂(たんぎ みずほ)
1975年愛知県出身。
産経デジタル「New Roses Web」にてグルメ・イベントレポートや、鎌倉新書「月刊 仏事」で葬儀や介護に関する記事などを連載。
各種パンフレット、ガイドブックなどの企画編集のほか、グラフィックデザイン、イラスト制作も行なう。

Twitter:@mimizupon

[旦木瑞穂]